二人で料理
第二陣で賑わうファーストタウンを、新たな仲間のマーウとむらさめとディーパクトを連れて歩く。
周囲を見回してあれはこれはと尋ねてくる三人に、ポッコロとゆーららんと共に教え、たまに俺と手を繋ぐイクトとネレアが人の多さに当てられて興奮気味に口を挟み、隣を歩くミコトと共に二人へ注意を促しながら各々が登録予定のギルドを巡る。
服飾ギルドでマーウが、装飾ギルドでむらさめが、最後にディーパクトが料理ギルドで登録し、そのついでに買える範囲で素材や道具も購入。
ついでだから俺も少し食材を買い足し、今度は作業館へと向かう。
「先輩、どんな料理を教えてくれるんっすか?」
落ち着かない様子を示すように、馬の尻尾をバタバタ揺らすディーパクトに尋ねられる。
「その前に、いくつか確認をしたい。ディーパクトは、どれくらい料理ができるようになりたいんだ? 料理人になれるくらいなのか、自炊ができればいいくらいなのか」
目指す方向性は重要だ。
予め聞いておかないと、的外れなことを教えかねない。
「ん-。将来料理で食っていこうとは、全く考えていないっすね。好きではあるけど、仕事にはしたくないって感じっす」
ということは、本職のような考え方や技術には触れなくていいか。
「分かった。じゃあ次は――」
作業館に着くまでの間に、どんなことができるのか、自分一人では何が作れるのか、料理を教わっていた祖母からどんなことを教わってきたのかを尋ねる。
そうして情報を集めた結果、料理は焦がさず生焼けにならず程度、固さのある野菜はゆっくりなら上手く切れて肉や魚のような柔らかさのある食材は上手く切れず、教わっていたのはさほど難しくない料理ばかりだったことが判明。
教わっていた期間もそこまで長くないみたいだから、そんなものか。
「ありがとう。どういったことを教えるかは、おおよそ目途がついた」
「本当っすか。どんな料理を教わるのか、楽しみっす」
ワクワクした様子のディーパクトの姿に、友人のポッコロとゆーららんが顔を合わせて笑みを浮かべ、マーウとむらさめも微笑ましいものを見る目をしている。
「先に言っておくが、あまり手の込んだ料理や難しい料理を教えるつもりはないぞ」
話を聞く限り、ディーパクトが料理をするのは自炊の範囲。
休みの日ならともかく、平日の自炊は大変だ。
朝は時間が無いし、夜は会社が学校帰りで疲労。
そんな状況下で自炊するなら、時間が掛からず手間も少ない方が良い。
どうしてと首を傾げるディーパクトに説明すると、「あぁー」と言って納得してくれた。
両輪が共働きだから、朝はバタバタ、夜は疲れ気味の姿を見ているから分かるんだとか。
「にーにもごはんつくーの?」
「おう! 先輩に教わって頑張るっす」
「マスターの美味しいご飯を台無しにしないなら、構わないんだよ」
「ますたぁのごはんまずくしたら、すらっしゅもーどですぱっとするからね」
ネレアの問いかけにディーパクトが答えると、ミコトが釘を刺してイクトが物騒なことを言いだす。
「こら、二人とも。そういうことを言ったら駄目だぞ」
「「はーい」」
返事はしてくれたが、本当に分かったのか?
「悪いなディーパクト、今のは気にしなくていいからな。ほら、二人も謝りなさい」
「「ごめんなさい」」
「お、おっす。別にいいっすよ、心配するのは当然っす」
まったく、変なこと言うから固くさせちゃったじゃないか。
ひとまず今は様子見をして、調理前になっても固かったら一声かけることにしよう。
「さっきからトーマとかーいー軍団のやり取りが、まんま親子みたいでウケる」
「トーマ君って、ここではあんな感じ?」
「はい。面倒見がよくて美味しいご飯も作ってくれるので、本当のお兄さんみたいです」
「あの子達を甘やかすこともありますが、注意する時はちゃんと注意するので、たまにお父さんみたいにも見えますよ」
後ろの四人の話は気にしないっと。
そうしているうちに作業館へ到着し、利用方法を説明して作業台を借りる。
第二陣の生産職が早速ここへ押し寄せたのか、一階の作業場にある作業台は全て埋まっていたから、空きがある二階の作業場で作業台を借りる。
やり方を教え、習うよりも慣れよでマーウとむらさめとディーパクトに借りてもらい二階へ。
全体の半分ほど作業台が埋まった作業場では、上手く出来なかったのか完成品を見て首を傾げるプレイヤーや、第一陣らしきプレイヤーから教わって作業に打ち込むプレイヤーの姿がある。
その中を通り抜け、借りた作業台の前に立つ。
位置関係は、俺とディーパクトで使う作業台の正面にある作業台をむらさめが、右隣にある作業台をマーウが使う。
「ポッコロはむらさめに、ゆーららんはマーウに道具の場所や器具の使い方を教えてやってくれ」
「「はい」」
同性同士の方がやりやすいだろうと手伝いの振り分けをして、俺はディーパクトへ道具の場所や器具の使い方を教える。
何故かイクト達が一緒になって話を聞いてるが、特に邪魔はしてこないからそのまま説明を続けよう。
「あっ、赤の料理長だ」
「えぇっ! あの人が掲示板で見た、赤の料理長さんなんですか!?」
「人型の可愛らしいテイムモンスターを三体連れたサラマンドラ、間違いないぜ」
「一緒にいる馬の子は第二陣で来た友人……いや弟か?」
「近くの作業台でリス君とクラゲちゃんから説明を受けている人達と来たけど、あの人達とも知り合いなのかな」
「久々に見る料理長の調理、楽しみだぜ」
俺に気づいた周囲の声が耳に届き、少し恥ずかしい。
だけどそれはそれ、これはこれと割り切り、設備についての説明を続けた。
「ここにある備品と設備については以上だけど、何か質問あるか?」
「はいはい! 造った料理を持って行きたい時はどうすればいいっすか?」
「店で器や調理器具を買って、それに入れておけばアイテムボックスへ入れて持ち出しできるぞ」
パンとかおにぎりならそのままでもいいが、それ以外の料理はそうはいかないから、自前の物を用意するのが一番だ。
参考として前回作ったアツペラワカメ出汁の醤油風味スープが入った、自前の寸胴鍋を出してみせる。
「だったら、俺も食器とか調理器具を買った方が良いっすか?」
「できればその方がいいな。それぞれで持っていた方が、やりやすいだろうし」
問題はそのための資金だが、これは皆から受け取っている食費から出せばいい。
皆の飯のために受け取っている金だから、一緒に調理をするディーパクトのために使って問題はあるまい。
だけど、念のため確認をした方がいいだろうから、昼飯の後で聞いておこう。
ディーパクトにはこの件を先に伝え、恐縮はされたが納得してもらえた。
「ねえますたぁ、まだごはんつくらないの?」
「ああ、悪いイクト。今から――ネレアどこいった?」
「むらさめお兄さんの所にいるんだよ」
ミコトから居場所を聞いてむらさめの作業台を見ると、踏み台に乗ったネレアが作業台を挟んで対面側から、早速木材を削って何かを作っているむらさめの様子をジッと見ている。
「あ、あの、何かな?」
「きーしなーでつ-って」
人見知りなむらさめが、ジーッと見つめてくる視線が気になって尋ねるが、ネレアは気にしないで作ってと返す。
ネレアは木工とか鍛冶とか石工のスキルを持っているから、作業が気になるのかな。
前にカイゴー島の拠点で睡眠環境改善のため、新しいベッドを作る作業にも興味を示していたし。
その様子にころころ丸を抱えたポッコロは苦笑しており、俺の視線に気づいたむらさめから助けてオーラが届くが、人見知りを少しでも改善してもらうため心を鬼にして笑顔でサムズアップ。
そんなぁって声が上がりそうな表情をされたが、これも俺なりにお前のことを思えばこそだ。
「じゃあディーパクト、早速だがこの後で食う昼飯を作ろう。さほど難しくないものにするから、安心してくれ」
「あざっす! おねしゃーす!」
元気がいいのはともかく、たまに体育会系の片鱗が見れるな。
何か運動でもやっているのだろうかと思いつつ、使う材料をアイテムボックスから出していく。
「それで先輩、何を作るんっすか?」
「炒め物とナムルを一品ずつと炊き込みごはん、それとさっき見せた鍋のスープをかきたまスープにして出す。俺は米の準備をするから、ディーパクトはそこのブロッコリーを茎から切り取って一口大に切り分けてくれ」
茎から切り取るだけなら、慎重にやればそう心配は無いはず。
二桁に達した人数用だから量は多いが、スピードが命の肯定じゃないから大丈夫だろう。
肉や魚と違って、長時間触っていても問題は無い。
「別にいいっすけど、米を洗うことなら俺もできるっすよ?」
「炊飯器がこの大きさだぞ」
アイテムボックスから魔力炊飯器を作業台の上に出すと、業務用クラスの大きさに口を半開きにしてポカンとする。
「えー、あの量マジか」
「マジだぞ。料理長の仲間、結構食うからな」
「人数が増えたから、なおさらでしょうね」
周りも驚くが、店で毎日業務用炊飯器を見ている身としては、さほど驚くことはない。
こっちで何度も使って見慣れたこともある。
「当然、仕込む米の量も家庭用とは比べ物にならないが、それでもやるか?」
「やめとくっす。大人しく、ブロッコリー切っておくっす」
大量の米を仕込むのが大変そうだと思ったのか、素直に引いてくれた。
「なら、よろしく頼む。切り分けたら備品の大鍋でそれを茹でてくれ。味付けは後でやるから、塩茹でにしなくていいぞ」
「ということは、ブロッコリーのナムルっすか?」
「その通りだ。手順は教えるから、安心してくれ」
「おっす! お願いしまっす!」
ナムルは覚えておいて損は無い。
大体の野菜で作れるし、味付けも気分次第で調整可能。
なにより、炒めや焼きと違って茹でだから少しの間なら放っておいても問題無い。
その合間を利用すれば、洗濯機を回すとか電気ポットやケトルに水を入れるとか、ちょっとしたこともできる。
「ああそれと、茎は炒め物に使うから捨てるんじゃないぞ」
「えっ!? 茎食うんっすか!? ここ、固いじゃないっすか!」
「固い部分を切り取るか、気にならないほど細切りか薄切りにすれば大丈夫だ。一度下茹でするか蒸してから調理する方法もあるが、今回は薄く切るからそのままでいい」
使い方を教えるとディーパクトは「へぇー」と呟き頷く。
最近は茎から切り取り袋詰めにして売っているのもあるが、ちゃんと調理すれば茎だって美味い。
大量の米を洗いながら、茹でてサラダに加えるとかきんぴら風に炒めるとか、賄いで作ったことのある茎を使った料理を伝える。
「そういえば祖母ちゃんも、大根の葉の部分で色々作っていたっす。漬物とか、みじん切りにして炒めてふりかけ風にするとか、ざく切りにして炒め物に使うとか」
ブロッコリーを洗いながら話を聞いたディーパクトが、亡くなったという祖母の料理を教えてくれた。
「大根の葉なら、刻んで汁物に使ってもいいぞ。茹でて刻んで塩したのをごはんに混ぜて菜飯にするとか、かき揚げに使う材料の一つにするとか」
「……俺なら捨てちゃっている部分も、色々と使えるっすね」
そっ、ジャガイモの芽のように食べたらいけないような箇所でなければ、大抵は食べられるの。
食べられるようにするには手間が掛けるのもあるけど、食べようと思えばキャベツや白菜の芯とかカボチャの種だって食べられる。
「店で出すのは難しいかもしれないが、普段の飯で食う分には問題無いだろう。捨てている部分を使えば、一品増やすか料理の量を増やせるからな」
俺も賄い作りでよくお世話になるよ。
キャベツの芯を茹でて和え物にするとか、ニンジンのヘタの部分を細切りにしてきんぴら風にするとか。
「食べ盛りとしては嬉しいっすね」
「だろう? ネット上にもそういうのを使ったレシピがあるから、参考に見るのもいいんじゃないか」
「了解っす! 後で見てみるっす!」
元気よく返事をしたディーパクトはブロッコリーを洗い終え、鉄の包丁で慎重に芯から切り取っていく。
うん、奥から手前に包丁を引いているし、支える手は包丁から離しているから大丈夫そうだ。
手は遅いものの、それは慎重かつ丁寧にやろうとしているから。
まだまだ初心者の身なら、それくらいがちょうどいい。
「あっちの馬の子、まだ手つきが初々しいな」
「だけど丁寧にやろうとしているのは分かるわ」
「ていうか赤の料理長さん、あんなに大量の米を当たり前のように研いでいるし」
「話を聞いているだけで、料理が浮かんでお腹が空きそうなんですけど……」
ディーパクトへ向けていた目を米へ戻し、研ぎ終わった米入りの釜を魔力炊飯器へセット。
続いてアイテムボックスから熟成瓶二つを取り出す。
中にはそれぞれ、干しハイスピンホタテと干しロックオイスターが水に浸けた状態で入っている。
前回のログインで仕込んでおいたこれを、自前の鍋を二つ出して別々に移す。
ちゃんとザルで濾し、ハイスピンホタテとロックオイスターを別々に取り除く。
うん、どちらも干した状態から戻っているし、浸けていた水も戻し汁になっている。
この干しハイスピンホタテの戻し汁を魔力炊飯器へ投入。
さらに水と醤油と酒を加え、味が全体に行き交うよう混ぜる。
乱暴にやると米が割れるおそれがあるから、優しくゆっくりと。
ここへ戻ったハイスピンホタテ、それとこの二つと一緒に購入した干しブロッサムシュリンプ、乾物なのに鮮やかな桜色をしている小指の爪くらいの大きさの干しエビを載せて炊飯開始。
「先輩、なんかすごい炊き込みごはん作ろうとしているっすね! ホタテに干しエビなんて、豪勢じゃないっすか!」
「ホタテは乾物だったんだが、その戻し汁も使うから良い味になると思うぞ」
「めっちゃ楽しみっす! さすが先輩、略してさすせん!」
「変な略語作らなくていいから、それより手を動かしてくれ」
「あっ、はいっす!」
ブロッコリーの切り分け作業に戻ったディーパクトを見守りつつ、状態を確認するため取り除いたロックオイスターを戻し汁入りの鍋へ加え、ネギとジンジャーを切って酒と共に鍋へ加えて火に掛ける。
この隙に横縞のシマシマタマネギの皮を剥き、鍋の中身が沸騰してきたら火を弱め、野菜の準備に戻る。
「先輩、コンロ一つ使うっす」
ブロッコリーを切り終えたディーパクトが、備品の大鍋に水を溜めて火に掛けた。
ちらりとまな板を見ると、切り分けたブロッコリーはボウルに集めて、茎は別のボウルに集めている。
「お湯が沸くまで、何をすればいいっすか?」
「ナムルの味付けの準備を頼む。どんな味にしたい?」
「えっ、自分が決めていいんっすか?」
「お前が作っている料理なんだ、お前に決める権利がある」
なんでもかんでも言う通りにさせていたら、自分で考える力がつかない。
本職にならないとしても、自炊するならどういう味で作るかぐらい自分で決めないとな。
勿論、どうすればいいのか手助けくらいはするつもりだ。
「えっと……じゃあ……あっさり系でどうっすか?」
あっさり系ね。
作る予定の炒め物、炊き込みご飯、かきたまスープの味を考えれば悪くない。
炒め物はしっかりした味付けにする予定で、炊き込みご飯も干しハイスピンホタテの戻し汁と干しブロッサムシュリンプで炊いて味がしっかり付いている。
これでナムルまで味を強くしたら、スープしかあっさり系が無い。
全体のバランスを考慮すれば、あっさり系なのはいいな。
「分かった。ならまずは、ニンニクとジンジャーをすりおろそう。量を教えるから、取ってくれ」
「うっす!」
返事をしたディーパクトにニンニクとジンジャーを用意してもらい、皮を剥いてニンニク片を必要な分だけ取り、ジンジャーは皮付きのまま必要な分だけ切ってもらう。
割合はニンニクが一で、ジンジャーが九くらいだ。
これを俺のおろし金を貸してすりおろしてもらい、途中でお湯が沸いたら手を止めてもらってブロッコリーを入れてもらい、火加減の調整もしてもらう。
「馬君に教えながら、鍋の方も見ているのね」
「しかも自分は野菜を切りつつ、自分が火に掛けている鍋の灰汁取りまでしているし」
「料理長って二つ名は伊達じゃない、ということか」
「だろう? 料理長は凄いんだぜ」
「なんでアンタが自慢気なのよ」
周囲にいる誰かが言った通り、ディーパクトに指示をしながらも野菜の下ごしらえは続けている。
皮を剥いた横縞のシマシマタマネギを八分の一のくし切りに、マダラニンジンを薄めの短冊切りに、ギッチリピーマンとブロッコリーの茎をマダラニンジンと同じくらいの厚さと大きさに、そしてパワフルニラは一口大に切り分ける。
合間に手を止め、ロックオイスターを入れた鍋に浮いた灰汁を取るのと、ブロッコリーを茹でている鍋を見るのも忘れない。
「ディーパクト、そろそろブロッコリーが茹で上がったから、ザルに上げてくれ。重かったらイクトとミコトに手伝ってもらえ」
「うっす!」
ジンジャーをおろしおえ、ニンニクをおろそうとしていたディーパクトに指示を出す。
手を止めたディーパクトはザルを流しに置き、ブロッコリーを上げるために持ち上げようとするが重いのか危なっかしい。
だけど言われた通り、見物中のイクトとミコトの手を借りて無事にザルへ上げた。
その後はしっかり湯切りしてもらい、ボウルに移したら乾燥スキルで表面の水気だけを取ってもらう。
当然ながら、そこらへんの調整はしっかり指示を出した。
「少し冷ましている間に、すりおろしを続けてくれ」
「おっす!」
俺が冷却スキルで冷ましてもいいが、まだ手が遅いから作業中に冷めるだろう。
あまり手を貸しても、勉強にならないからな。
「先輩、どうやったらそんなに手際よく切れるんっすか」
パワフルニラを刻んでいると、ニンニクをすりおろすディーパクトから質問が飛んできた。
ここで経験を積めばできるようになると言えば、そこまで。
今求められているのは、何かしらの切っ掛けだと思う。
だからこそ、上手く出来ずに悩んでいた頃に掴んだ切っ掛けを伝えよう。
「包丁で切るのを、一つのリズムと捉えてみたらどうだ?」
「リズム、っすか?」
「ああ。包丁で食材を切る際に、少なからず音がするだろう? その音を一定のリズムで刻むんだ」
切る速さや手元ではなく、音に注目するよう言ってパワフルニラを切る音を聞いてもらう。
食材が切れる音と包丁とまな板が当たる音が、ズレることなくリズムよく刻まれる。
「なるほど、一定のリズムで音を刻むっすか」
「最初はゆっくりでいい。よりイメージを固めるなら、メトロノームの音に合わせて切る感じだな」
「で、慣れてきたら徐々に早くするっすね」
「そういうことだ。あと、手に気をつけろよ」
「へっ? うおっ、あぶねっ!? 助かったっす、先輩」
こっちを向いて喋りながらすりおろし作業をしていたディーパクトは、危うくニンニクと一緒に手をすりおろしそうだったことに安堵して胸を撫で下ろす。
ゲーム内だから怪我をしないからと、注意をおろそかにしてはいけない。
「全部おろし終わったなら、醤油と酢と油を加えて混ぜてくれ。量は――」
自分でやるなら経験から目分量でやれるが、他人に伝える以上はしっかり分量を伝える。
ブロッコリーの量と味付けの濃淡を考え、自分でやる量を割り出し、大小の匙で何杯分かを計算。
それをディーパクトに伝えて必要な量の調味料を加え、すりおろしたニンニクとジンジャーと混ぜ合わせてもらう。
「ところで先輩、あっさり系なのに油を加えるんっすね」
「色々と解釈はあるだろうが、俺にとってナムルは加熱したものか生の野菜に、油とニンニクを加えた味付けをする料理なんだ。だからあっさり系の味付けとはいえ、少量ずつ加えたいんだよ」
無理に加えなくてもいいけど、個人的には加えた方がナムルっぽい気がするので加えさせてもらう。
だって油とニンニクの風味が無いと、韓国のナムルというより日本の和え物って感じがするから。
「なるほど。そういう自分なりの解釈も味に関係するんっすね」
「他にも違いの出る要素は多々あるが、だからこそ同じ料理でも違いが出て面白いんだよ」
調味液を混ぜるディーパクトが頷くのを見つつ、混ざったら茹でたブロッコリーをそれで和えるよう伝える。
こっちの方は野菜を切り終え、鍋の中身を確認するととろみが出てきた。
色は濃くなって量は半分くらいにまで減っているから、そろそろいいだろう。
別の鍋に布を張って紐で固定し、ここへ煮汁を流して戻ったカキとネギとジンジャーを取り除く。
布を外してガラをボウルへ移して布は処分、煮汁を移した鍋に醤油と砂糖を加えて再び弱火で煮ながら混ぜる。
「先輩、そのカキとかネギは自分が処理するっすよ」
調味液でブロッコリーを和えるディーパクトが気を回してくれたが、それはちょっと待ってほしい。
「カキは使うから処分しないでくれ。出し殻とはいえ、まだ旨味は残っているから炒め物に使う」
出汁を取った後の昆布や鰹節を再利用するのと同じで、干し牡蠣も再利用可能だ。
さすがに店で出すのは難しいが、こうやって仲間との食事くらいなら問題無いだろう。
「ああー、そういえば祖母ちゃんも出汁を取った後の昆布で色々と作っていたっすね」
和えるのを終え、ナムルを完成させたディーパクトによると、つくだ煮とかふりかけとかを作っていたらしい。
出汁を取った後のガラも、決してバカにできるものじゃないよな。
それはそれとして――。
「イクト、つまみ食いは駄目だぞ」
「あう、ごめんなさい」
こっそりナムルへ手を伸ばそうとしてたイクトを注意する。
「ごめんなさい、マスター。そっちのマスターが煮ている鍋の香りに気を取られて、気づかなかったんだよ」
いい姉のようになってきたミコトだけど、飯が絡むと気が抜けてしまうのか?
あれだけ食レポをしているから、それも無理はないのかな。
「ところで先輩が作っているそれ、なんっすか?」
「これか? オイスターソースだ」
「えっ? オイスターソース作ってるんっすか!?」
「本格的なものに比べると、簡易的な作り方だけどな」
本格的に作るのなら煮る前に蒸すし、他にも使う材料がある。
だからこれは本当に簡易的なものだけど、教えてくれた父さん曰く、この作り方でも決して悪くないそうだ。
このままに続けて、とろみがついたら完成だ。
「ということは、炒め物ってオイスターソース炒めっすか!」
大正解。というか、オイスターソースだと教えれば分かるか。




