ログインすることになった
高校へ入学してもうすぐ一月になろうという四月末、俺こと桐谷斗真の日常は強制的に少しだけ変化させられた。
「「「「お願いします、ご飯作ってください!」」」」
登校したばかりの教室でクラスメイトの女子四人からいきなりそんな事を言われたら、どう反応すればいいんだろうか。
思考が一瞬フリーズして、再起動したら頭の中で発言を繰り返し、やっぱり意味が分からないから当人達へ確認を取ろう。
「えっと、どういうことだ?」
「そのまんまの意味だよ、トーマ!」
バンッと机を叩きながら断言するのは、幼馴染の杉浦早紀。
重度のゲーマーな僕っ子で、家が近いこともあって昔からよくゲームの相手に付き合わされる。
拒否しても強引に付き合わされる。
というか、そのまんまの意味で受け取るなら空腹の早紀達から食事をねだられてると受け取るけど、それでいいのか?
「早紀ちゃん。そのままの意味だと、お腹を空かせた私達が桐谷君にご飯をねだってることになっちゃうよ」
実にその通りなことを言うのは、本当に高校生かってくらい背が低い能瀬静流。
大人しそうな外見からは、文学少女の雰囲気が溢れてる。
尤も、いつも手にしているのは本じゃなくてゲームだけど。
「えっ? そう?」
「事情を知らなかったら、他にどう受け取れっていうのよ」
首を傾げる早紀に呆れるのは、眼鏡委員長をそのまんま体現している長谷瑠維。
実際彼女は学級委員長だ。
でもって、早紀のゲーム仲間でもある。
「あらら、言われてみればそうね。なんだか恥ずかしくなってきたわ」
見た目と喋り方がお嬢様っぽいけど、決してお嬢様じゃないどころか重度のゲーマーな桐生美蘭が両手を赤くなった頬に添え、恥ずかしそうにクネクネする。
……デカいからユサユサ揺れるな。
「えっと、それでね、桐谷君。私達が言いたいのは……」
能瀬の説明によると、約一ヶ月後に本サービスが始まるフルダイブ型のVRMMOを一緒にプレイして、そこでの食事を作ってほしいとのことだ。
なんでもそのゲーム、「アンノウン・パイオニア・オンライン」。通称UPOは飲食をして満腹度や給水度っていうのを回復する必要があるそうだけど、ゲーム内で買える食べ物や飲み物は総じて不味いか無味らしい。
だけどプレイヤーが作った料理だけはそれに当てはまらず、必要なスキルと本人に料理できる腕があれば、美味い食事が作れるそうだ。
「で、俺に目を付けたわけか」
「「「「そう!」」」」
なるほどね。
この四人と俺は中学からの知り合いで、特に早紀達はゲーム好きという共通点があるから、休み時間はよくゲームの話に興じている。
だから、そのUPOとやらに興味を持ってもおかしくはない。
だけどその前に、確認しておきたいことがある。
「本サービスっていうのはまだなのに、なんでそんなこと知ってるんだ?」
いくら俺でも、ゲーム好きの早紀に付き合わされてきたから、本サービスがどういうものかぐらい分かる。
まだそれが始まってないのに、どうしてそれを知ってるんだろうか。
「私達、β版をプレイしたのよ」
ああ、なるほど。
早紀のせいで覚えてしまったゲーム知識通りなら、β版っていうのは一種のテストプレイで、本サービス開始前にユーザーにプレイしてもらうことで、不具合の発見や本サービスに向けた調整をするためのものだったな。
……ホント、覚える気が無いのに覚えさせられちゃったよ。
「そこで味無しや不味い物ばかり食べて……はぁ……」
クールで通ってる長谷が遠い目をして溜め息を吐く。
確かにゲームとはいえ、それは嫌だな。
「だから頼むよトーマ! 店を継ぐために料理修行してるんでしょ? 僕達の楽しいゲームライフのために、協力して!」
確かに俺は実家が中華料理店で、幼い頃から料理に関心を持ってた。
最初は料理人への憧れだったのが、やがて料理人になって家を継ぎたいって真剣に思い、修行も兼ねて店を手伝うようになった。
そして今では祖父ちゃんと父さんと一緒に厨房で調理をしてるから、料理の腕にはそれなりに自信がある。
「私からも頼むわ。桐谷君が料理できるのは判かってるから、心から是非お願いしたいの」
四人の中で一番良識的かつ冷静な長谷から懇願されるなんて、よほど辛かったんだな。
だからこそ、実家を継ぐために幼い頃から料理をしてる俺に目を付けたんだろう。
この四人は中学時代、たまに早紀の家でゲームして遊んだりゲーム談義をしたりした後、毎回のようにうちの店へ食いに来ていた。
しかも祖父ちゃんの許しを得て料理を出せるようになった去年から、早紀の要望で注文が俺へ振られて、毎回のように早紀達の注文した料理を作ってる。というか、つい先日も店に来て指名されて作ったよ。
そういうわけで、この四人は俺が料理できるのを知ってるし、腕前も家族に次いでよく知ってる。
今回はその腕前を買われてのお願い、ということか。
「勿論、タダでとは言わないわ。今ならもれなく、静流ちゃんとのデートが付いてくるわよ」
なんか桐生がさりげなく、能瀬を生け贄のように差し出したぞ。
「なんで私なのっ!? 普通そこは自分じゃないの!?」
「だって、私みたいなゲームが好きなだけの子とデートしても、つまらないじゃない?」
そんなことはないと思うぞ。桐生とデートしたい男が、このクラスだけでも何人いることやら。
それにゲームが好きなだけって言っても、そういう人は割と多いんじゃないかな。
だからといって、能瀬とデートするのが嫌という訳じゃない。
高校生とは思えないほど小柄だからコアなファンがいると聞くけど、そういうファンが持つ趣味嗜好とは関係無しに、地味可愛いし。
「今なら僕と瑠維とのデートも付けるよ!」
「勝手に私まで付けないでよ!?」
……なんかこのままじゃ収まらないし、周りの視線も痛いからそろそろ止めるか。
「別にいいぞ。礼が無くても協力する」
「「「「本当!?」」」」
肯定したら四人とも表情が明るくなった。
どうせ駄目と言っても早紀に延々と駄々をこねられ、最終的には根負けする未来が待ってるだろうから、さっさと承諾した方が良い。
一度駄々をこねだしたら教室や帰り道どころか、店にも部屋にも乗り込んで駄々をこねるし、翌日まで引っ張ったこともあったぐらいだ。
お陰で周囲から冷やかされたり対応に苦労したりしたから、そんな目に遭うぐらいなら早々に乗っておこうと俺は学習してる。
それに、相手がクラスメイトでゲームのことであっても、料理の腕を見込まれたのは料理人志望としてはちょっと嬉しいし。
「んで? そのUPOってのは予約とか必要なのか?」
「必要というか、人数が限られているから抽選に当たらないと入手自体無理」
おい待て。入手が運任せ状態なのに協力を頼みに来たのか?
普通そこは、確実に入手できることを前提に頼むんじゃないのか?
そしてお前達だって、抽選に当たらないと入手できないってことじゃないか。
野次馬と化しているクラスメイト達も、話を聞いてざわめいてるぞ。
「あっ、私達は大丈夫よ」
「β版に参加したプレイヤーには、当人が望むなら本サービス開始時からの参加権が貰えるのよ。私達は全員それを望んだから、問題無く参加できるわ」
そっちはそれでよくとも、こっちが運任せなのには変わりない。
「はぁ……。協力すると言った以上、応募はする。抽選に外れても文句言うなよ」
「大丈夫だよ。桐谷君も本サービス開始から参加できるから」
なんでだ?
ついさっき、抽選に当たらないと無理だって言っただろう。
「ふっふっふっ。実はβ版に参加したプレイヤーには、本サービス開始時からの参加権とは別に、もう一つ特典が貰えるんだ」
薄い胸を張った早紀が意味深に告げる。
特に悪い事じゃないのに、なんで悪い笑顔を浮かべてるんだ。
「特典?」
「いくつか種類があるんだけど、その中の一つに本サービスへの参加権を断った人の枠を、参加権を望んだプレイヤーへ友人参加枠として与えるっていうのが有って、それに静流が見事当たったんだよ! トーマには、それを使ってもらうよ!」
早紀と桐生と長谷に拍手されて、能瀬が照れくさそうにしている。
つまりは俺は、その友人枠を使ってUPOをプレイするってことか。
ちなみに早紀は装備品の引き継ぎ、桐生は所持金の引き継ぎ、長谷は回復アイテムの引き継ぎが特典とのことだ。
「トーマの承諾も取れたし、これで準備は万端だね」
「ええ、サービス開始が楽しみだわ」
「ありがとう、桐谷君」
「味が無いか不味い食事をせずに済んで、安心だわ」
安心しているところを悪いけど、まだうちの家族っていう障害が残ってるぞ。
俺が協力を承諾して参加権を得られても、家族が反対すればそこまでだ。
早紀によって覚えてしまった知識通りなら、MMOはオンラインゲームだったはず。
そうなれば通信料とかの金銭面で親の協力は必須だし、そもそもゲームにかまけて他を疎かにしかねないからと、ゲームそのものを許さない可能性だってある。
ところが、そこのところを指摘したら既に早紀がうちの家族へ根回ししてたようで、二つ返事で許可を貰っているとのことだった。
昔から料理以外に碌に興味を示さない俺を、まだ学生のうちに少しは遊ばせてやってくれと言われたんだとか。
早紀め、どうしてゲームに関してはこうも行動力があるんだ。
そしていつの間に、うちの家族を懐柔したんだ。
「というわけでトーマ、昼休みにUPOのレクチャーするからよろしく」
「……はいよ」
こうしてなし崩し的にUPOへの参加が決まったわけだけど、やる以上は楽しませてもらおう。
幸い料理を作ってくれるのなら、無理に町を出たり戦闘に参加したりしなくてもいいと、早紀達は言ってくれた
「それでいいのか?」
「こういうゲームは、やりたい事や好きな事をやってナンボだからね」
あいにくオンラインゲームのことはあまりよく知らないけど、そういうものなんだと思っておこう。
*****
そんなことがあってから約一ヶ月後、遂にUPOの本サービス開始日となった。
今日は土曜日だから店を手伝いたいけど、早紀達と約束したし、厨房に立つ父さんと祖父ちゃん、接客する母さんと祖母ちゃんから気にせず遊んで来いって言われた。
こうした家族の協力によりパソコン等の必要な物は全て揃い、早紀達に教わった通りに設定やユーザー情報の入力も済ませ、いつでもログインできる準備が整った。
「最後にヘッドディスプレイを被って……」
ヘルメットっぽいこれを被ることで顔のデータを読み取り、キャラ作成に利用するらしい。
その後は椅子に座るなりベッドで横になるなりして、ヘッドディスプレイの側面にあるボタンを押すだけ。
能瀬から貰った友人枠でのログインIDとパスワードの確認が行われ、認証されたら意識が沈み込んでいく。
『アンノウン・パイオニア・オンラインの世界へようこそ。未知なる世界の開拓者を歓迎します』
未知なる世界の開拓者ね。アンノウン・パイオニア、つまり「未知の開拓者」だからそのまんまだな。
『それではまず、あなたのお名前を入力してください』
案内の直後、目の前にパソコンのキーボードのような画面が表示された。
うん、どうやらローマ字入力で消去して打ち直しもできるようだ。
名前はとっくに決めている。早紀が呼んでるあだ名そのまま、トーマだ。
既にこれは早紀達にも伝えてあって、向こうの名前も聞いてある。その方が集合する時に楽だからだ。
『新たな開拓者はトーマと名付けられました。キャラクターを作成します』
新たな案内から数秒置いて、目の前にキャラクターが表示された。
ヘッドディスプレイから取り込んだ顔のデータを基に、少しだけ美化された姿になるって聞いてたけど、これは何割増しくらいなんだろうか。
ここからさらに手を加えられるようだけど、変える必要は無いからこれでいいや。
その後は種族と職業を設定、与えられた初期ポイントを早紀達から受けた助言に従ってスキルの習得や能力へ割り振って、この世界における俺の分身に当たるトーマを完成させる。
*****
名前:トーマ
種族:サラマンダー
職業:料理人
レベル:1
HP:13/13
MP:8/8
体力:8
魔力:3
腕力:9
俊敏:5
器用:10
知力:6
運:4
職業スキル
食材目利き
スキル
調理LV1 発酵LV1 醸造LV1
調合LV1 乾燥LV1
装備品
頭:布のバンダナ
上:布のロングシャツ
下:布のロングズボン
足:革の靴
他:布の前掛け
武器:鉄の包丁
*****
こんなところかな。
完成したトーマの髪と瞳の色は赤くなって、背中からは赤い尻尾が生えてる。
それとシャツとズボンに隠れてる皮膚の表面には、赤い鱗があるようだ。
これはこのゲームのサラマンダーが、火の妖精じゃなくて火の蜥蜴だからだ。
中華料理は火が命だからサラマンダーを選んだけど、まあ悪くないんじゃないかな。
種族によっては小さくなったり幼くなったり、逆に大きくなったり老けたりするようだけど、そこにこだわりは無いからこれでいい。
ただ、選べる種族の中にリザードマンがあって、同じ蜥蜴でもどう違うのか気になって選んでみた。
するとこれが、赤い箇所が濃い茶色になっただけという拍子抜け。
ちょっとがっかりしながら、種族をサラマンダーに戻した。
そういえば早紀達が種族特性がどうたら言ってたけど、正直話が長いし細かくてよく覚えてない。
職業は当然、料理人だ。自動的に与えられる職業スキルはともかく、他のスキルは料理に関係しそうなものだけ選ぶ。
どうやらスキルを習得するために必要なポイントは職業に近ければ少なくて、逆に遠ければ多く必要になるようだ。
実際、調理は1ポイントだけで済んだのに、興味本位で見た剣術や槍術は15ポイントも必要で、さらに種族がサラマンダーだから火属性以外の魔法や耐性は習得不可になってた。
不思議だったのは調合と乾燥で、調合はタレやソースを作るのに、乾燥は乾物を作るのに使えそうだから習得したけど、平均5ポイントのところをどちらも8ポイント必要だった。
「まあ、別に戦わないからいいけど」
俺は料理をするためにこのゲームをするのであって、戦うことへの興味は一切無い。
早紀達からも全く戦闘をしなくてもいい許可は貰ったから、戦闘向けのスキルは取らなかった。
正直、初期で装備される武器もいらないと思ったけど、この包丁は料理にも使えるみたいだから不要という考えはあっさり捨てた。
これはゲームの装備品で武器扱いでもあるけど、マイ包丁という響きは料理人やそれを志す者にとって、実に甘美で嬉しいものだ。
「これで完成っと」
念のため確認をしたら最後に完了ボタンを押し、キャラクターの作成は終了。
意識が一瞬途切れ、たった今作り終えたキャラクターとして意識が繋がった。
体に変な感覚は無く、思い通りに動かせる。
尻尾や鱗があることへの違和感は無いけど、触れてみたら妙な感覚が伝わってくる。
「次は設定か」
目の前に表示された設定に目を通し、変更する箇所は変更する。
残酷な描写は無し、環境による暑さや寒さを感じるリアリティ設定は有り、他のプレイヤーを攻撃して倒すPKっていう行為をされず、自分もできなくなるPK禁止の項目にはチェックを入れておくよう言われたからそうしておいて、戦闘する気が無いからPVPも拒否の項目にチェックを入れておく。
そうやって必要な設定を終えたら、完了ボタンを押す。
『最後にチュートリアルと注意事項の説明を行います。後ほどヘルプ画面から閲覧可能ですが、お聞きになりますか?』
「イエスっと」
こうしたことはちゃんと聞いておきたい。
後回しにして、知らずに何か悪いことをしたら厄介だからな。
というわけで長々としたチュートリアルと注意事項に耳を傾け、それを聞き終えたら目の前が色彩豊かな輝きに包まれていく。
『以上でチュートリアルと説明を終了します。新たな開拓者よ、未知なる世界へ案内します』
目の前が光に包まれて視界が奪われ突如暗転する。
だけどそれも僅か数秒のこと。すぐに視界が晴れていき、気づいた時には町中の広場に立ってた。
「ここが、UPOの世界か」
辺りを見渡すと、そこは西部劇で見たことがある昔のアメリカっぽい町並み。
周囲にはプレイヤーが大勢いて、この瞬間も新たなプレイヤーが次々に出現しては、感動したり興奮したり辺りをキョロキョロ見渡したりしてる。
「しかし、西部劇っぽい世界観とはな」
ゲームの舞台は大抵が西洋っぽいから、こうした西部劇風は珍しいな。
開拓時代を考えれば不思議じゃないんだろうけど、こんな雰囲気の中に鎧姿の剣士やロープ姿の魔法使いがいるっていうのはどうなんだろう。
……普段着に前掛け姿の俺が言えることじゃないか。
それにしても肌に感じるそよ風といい太陽の眩しさといい、現実とほとんど変わりないんじゃないか?
これがゲームの中だなんて、技術の進歩は大したもんだ。
「トーマー、どこにいるのさー」
あの呼び方は早紀か。どうやら俺を探してるようだ。
「こっちだ」
「おっ、発見!」
呼びかけたらこっちに気づき、駆け寄ってきた。
既に他の三人とは合流してたようで、四人が横並びに立つ。
外見は少々変化してるものの、さほど大きな変化じゃないから誰が誰なのか一目で分かる。
「お待たせトーマ!」
元気よく手を上げる、額当てを巻いた全身黒い鎧姿の早紀。
こっちでの名前はダルクか。
髪と目が茶色になって頭に獣耳があるけど、あれは熊か?
「ふふっ。これで全員揃ったわね」
ニコニコ微笑む桐生は、丸くて薄い金属があるだけの頭飾りをかぶった巫女姿?
そういう職業なんだろうけど、西部劇の風景と全く合ってない。
というか、胸の大きさは現実同様なんだな。
和服ってスレンダーな体型が似合うって聞いたけど、ここはゲームの世界だからか似合って見える。
そんで名前はカグラだな。
「よ、よろしくね」
ぺこりと頭を下げたのは、金髪で透き通るような青い目になってる能瀬だ。
現実とほぼ変わりない小さな体にマントを羽織り、スカートを穿いて三角帽子を被ってる。
見た目からして魔法使いなんだろうけど、これも西部劇の風景に合ってない。
おっ、耳が長くて尖ってるな。確かエルフっていうのに、そういう特徴があったな。
名前はセイリュウ? どうしてそんな、男っぽい名前にしたんだろうか。
「その外見だと、種族はサラマンダーにしたのね。火属性の魔法や耐性は習得しやすくて、逆に水属性は習得しにくい。ステータスは――」
腕を組んで頷きながらペラペラ喋りだしたのは、眼鏡をしてない灰色の髪と目の長谷。
服装は布製のへそ出し半袖シャツとハーフパンツ、それに革製の籠手と胸当てを付け、頭にはハチマキを巻いてる。
これだけじゃ、職業は何か分からないな。
名前はメェナか。犬っぽい尻尾と耳があるのに、どうして名前は羊みたいにしたんだ。
「へえ、料理人の初期装備ってそういうのなんだ。トーマが店でしてる恰好とそんなに変わらないね」
「ほっとけ」
うちのような普通の町中華の店なら、料理に髪が入らないようタオルを頭に巻いて店名入りの前掛けをすれば、他は普通のシャツとズボンで十分だ。
「ねえ、ここで話してたら邪魔になるから、端に寄って話しましょう」
長谷……じゃなかったメェナの提案で広場の端に寄り、まずはパーティーを組んで互いのステータスを確認することになった。
ステータス画面は本人以外には見えないけど、パーティーを組んで許可を出せば、パーティーメンバーには見せられるようになるらしい。
他にもスクショっていうので撮影する方法もあるそうだけど、いちいちやるのが面倒だから仲間内ならこれが手っ取り早いとか。
「じゃあまずはトーマ、見せて」
「はいよ」
ウィンドウっていうのを開いて、操作を教わりながらステータスを表示して前後を反転させ、ダルク達に見えるようにすると前のめりになってステータスを確認しだした。
「ふむふむ。まあ、こんなところじゃないかな?」
「そうね。教えた通り、器用の数値が高めにしてあるものね」
「あっ、料理人だから目利きがあるんだね」
「それがどうかしたのか?」
「大有りよ。あのね」
このゲームでは武器や道具や食材といったものは、名称とレア度、それと性能や効果しか表示されないそうだ。
だけど目利きスキルがあると、さらに詳しい情報が表示されるらしい。
ただし俺の目利きの場合、対象となるのは食材限定だそうな。料理しかするつもりがないから、別に構わないけど。
「ねえトーマ君、この発酵と醸造ってどう違うの?」
「発酵は材料を発酵させるだけ。醸造は発酵させたものから、醤油とか味噌を作ることだ」
発酵させれば完成の物は発酵だけ使って、味噌や醤油や酒を作るには発酵させた物を醸造するって感じだな。
「ていうか、調合と乾燥のスキルを取ったの? なんで?」
なんでもなにも、タレやソースや乾物を作るのに役立つと思ったからだよ。
ところがそのことを伝えたら、調合と乾燥は薬を作るためのスキルだと言われた。
「マジで?」
「薬を作るのも調合って言うじゃない。ゲームでの調合って、大体が薬のことを指すのよ」
「乾燥も、薬草や薬用の素材を乾燥させるのに使うしね」
そうだったのか。だから習得に8ポイントも必要だったんだな。
これはちょっとミスったかな? 名称で決めつけず、しっかり詳細を調べるべきだったか。
そう思ったんだけど、ダルク達にさほど気にした様子は無い。
「別にいいんじゃない? 肝心の調理は取ってあるんだし」
「そうね。私達にとって重要なのは、そこだものね」
「ご飯、よろしくね」
「約束通り、食費は稼いだお金から出すし、食材になりそうな物を入手したら渡すから」
「ああ、うん。分かった」
ダルク達がこう言ってるのなら、それでいいのかな。
「じゃあ次は、僕のステータスを見せるね。さあ、ご覧あれ!」




