有名人とご対面
屋敷の厨房はなかなかに広く、何人ものNPCが働いている。
依頼主である兄弟の母親が彼らに状況を説明し、そうなってしまっているのなら致し方ないと、厨房の一角を使わせてもらうことになった。
無論、許可をくれたお礼は言っておいた。
システム的に断ることはなくて相手はNPCだとしても、こういうのはしっかりやらないとな。
「それで、お父さんのためにどんな料理を作ってあげたいの?」
「「美味しいの!」」
ゆーららんの問いかけに一切の曇りもない笑みでそう返したが、美味いのは基本だぞ。
知りたいのはどういった料理がいいのかだ。
そういう意味では、ゆーららんの聞き方も少し悪い。
「お父さんの好きな物はなんだ?」
「なんでも食べるよ」
「お茶を飲むのが好きかな。お茶だけは自分で買ってくるし」
なんでも食べるということは好き嫌いが無いってことだから、食材は何を使っても大丈夫か。
それでいて自分で買うほどお茶が好物なら、喜んでもらうために必ず使おう。
「お父さんは最近忙しいんだって?」
「うん。疲れていて、食欲が無いんだよ」
「うちの料理人達が美味しい食事を用意しても、ほとんど残しているんです」
食欲が失せるほど疲れているのか。
顔を見合わせ、「そうなんだよな」と頷きあうNPCの料理人達に話を聞くと、疲れを取るために体力が付く料理を作っても数口しか食べないそうだ。
念のため料理の内容を聞くと、肉類が多く、ニンニクや香辛料といったものも適度に使っている。
確かに通常なら肉やニンニクで体力回復と滋養強壮になるし、適度な香辛料で体調を整えることが可能。
だけどそれを食べられないということは、胃腸が肉の重さやニンニクと香辛料の刺激を受け付けないってことか。
つまり、作るべき料理はそこを考慮すべきなんだろう。
一応そのことを皆へ話すと、料理人達は「そういうことか」と苦い表情を浮かべた。
「じゃあ、どういうものがいいんですか?」
「まず優先すべきは食欲の回復だ。食べやすくて消化に良い物で胃腸の調子を回復させなくちゃ、肉や香辛料なんて少量かつ薄味でも胃腸が受けつけないだろうな」
ポッコロの問いかけに答えると、料理人達だけでなく兄弟と母親もなるほどと頷く。
「しょうかよくてたべやすいのってなに?」
「わかーない」
「朝に食べた雑炊とかどうなんだよ」
首を傾げるイクトとネレアに続き、ミコトが良い例を挙げてくれた。
確かに雑炊なら向いているが、あれは出汁の旨味が要。
弱っている胃腸が出汁の旨味を受けつけられるかが問題だ。
雑炊にするのなら、味付けを薄くして消化に良い具材を揃え、出汁も薄味にしなくちゃならない。
できなくもないが、それは俺が作る場合の話だ。
だけど今回は飯を作るのを手伝うという依頼だから、メインの調理者はカンコーとカンペーの二人。
つまり、この二人が作れる物でないといけない。
そうなると雑炊は少し難しいだろうから、他の食べやすくて消化に良い料理でいこう。
「お茶が好物なんですよね? 茶葉はありますか?」
「ええ。前に旦那様が買ってきたものが、まだ残っています」
そう言ってNPCの女性料理人が、袋に詰まった茶葉を持ってきてくれた。
コクチャの葉
レア度:3 品質:8 鮮度:90
効果:満腹度回復1%
コクチャという種類の葉を炒って揉んで乾燥させたもの
煮出すか水に浸すと、浅黒いお茶が作れる
そのまま料理に使うこともできます
四川には黒茶とも言う蔵茶があるから、それが元ネタかな。
これで淹れたお茶の味を聞くと、甘味はほぼ無くて苦味と渋味も弱く、お茶自体の風味を楽しみたい人向けなんだとか。
飲むとホッとする優しい味わいと香りで、最近は忙しいせいか飲む量が増えているんだとか。
飲む量うんぬんは置いといて、そういった風味なら考えている料理でも大丈夫そうだな。
「米は?」
「当然あるぞ」
なら、作るのはあれで決定だ。
「じゃあカンペー君は鍋でお茶を煮出して、カンコー君は米を研ごうか」
「「はい」」
それぞれにやるべきことを伝えて調理へ取り掛かる。
カンペーには茶葉と水の量と火加減を手伝い、カンコーには米の研ぎ方を教える。
「あまり力を入れて研がないで。米が潰れて割れたら、味や食感に影響が出るから」
「はい」
「お茶の色がだいぶ出てきたけど、もういい?」
「……うん、いいよ。目の細かい網で濾して、お茶を再度鍋で温めておいて」
煮出した浅黒いお茶を網で濾して茶葉を取り、同じ大きさの別の鍋へ移したお茶を再度火に掛け、それへ研いだ米を入れる。
蓋を少しずらして置いて煮込み、最後に塩で味を調えればいい。
「お兄さん、それはなんですか?」
「茶粥っていう料理だ。名前の通り、お茶で米を炊いて作るお粥だよ」
今回は煮出したお茶で米を炊く形にしたが、米と出汁パックのような物に入れた茶葉を一緒に煮込むやり方もある。
あいにくゲーム内でそういったパックの類を見たことが無いから、今回はお茶で煮込む形にさせてもらった。
兄弟の父親は自分で買いに行くくらいお茶が好きだし、それでいて食べやすいお粥ならたぶん大丈夫だろう。
「お茶で作るお粥があるんですか?」
「主に西の方で作られているお粥なんだ。お茶はほうじ茶を使うことが多いが、好みに合えばなんでもいいぞ」
「お茶漬けじゃなくてお粥にするのは?」
「食べやすさを考慮した。お茶漬けもいいけど、消化の点でいえばお粥の方がいいし、一緒に煮たことで米とお茶の一体感が出るからな」
「「「なるほど」」」
ころころ丸を抱えたポッコロとゆーららんの質問に答えたら、何故かイクト達が納得の反応を見せた。
一方でカンコーとカンペーと彼らの母親と料理人達は、こういうお粥もあるのかと興味深そうに鍋を見ている。
出汁で煮込む、料理としての中国粥とは違うのが珍しいのかな。
同じ料理でも国によって作り方が違うから、料理に関わっていると気になるのは仕方ない。
そう思いつつ、時折カンコーとカンペーに中身を軽くゆっくり混ぜてもらい、火加減に気をつけながら煮込む。
「そろそろいいよ。蓋を取って」
「はい」
頃合いと判断してカンペーに蓋を取ってもらうと湯気が立ち、落ち着く香りのする浅黒いお茶の中には柔らかくなった米。
ここへカンコーに塩を一つまみ加えてもらい、軽くかき混ぜて完成。
コクチャ粥 調理者:プレイヤー・トーマ NPC・カンコーとカンペー
レア度:3 品質:6 完成度:71
効果:満腹度回復9% 給水度回復6%
コクチャで米を柔らかく煮込んだお粥
ホッと落ち着く味と香りに、柔らかくなったお粥がお腹にも優しい
病気や疲れた時、飲んだ後にいかがですか?
カンコーとカンペーが主体で作ったからか、品質と完成度はそれほど高くない。
だけど大事なのはそこではなく味だ。
お椀に少し取り、手持ちのスプーンで一口。
カンコーとカンペーも、料理人から匙を受け取って一口食べる。
うん、いいね。落ち着く味と香り、柔らかく煮込まれた米はベタベタせず喉越しも良く、お茶も濁っていないから風味がよく分かる。
「はぁ、美味しい」
「お茶でお米を煮込んでも、美味しいんですね」
一緒に味見したカンコーとカンペーも満足そうだから、大丈夫だと確信した。
ただし、こっちを見るイクト達とポッコロとゆーららんところころ丸よ、これは俺達の飯じゃないから食えないぞ。
「これなら父上も喜んでくれますよね、兄上」
「そうだな。早く帰ってこないものか」
今の会話がキーだったのか、直後に旦那様がお帰りになりましたと女官が伝えに来た。
まだ昼前なのにもう帰ってきたのかと思いきや、昨夜は仕事で職場に泊まったため、一日半ぶりの帰宅だそうな。
早速カンコーとカンペーは、できたての茶粥入りの鍋とお椀と匙を盆に載せ、父親の下へ向かう。
俺達もそれに続いて父親がいる部屋へ入ると、そこには立派な髭を生やした偉丈夫がいた。
表情こそ疲れが見えているが、しっかりした体つきで如何にも武人って感じがする。
「おかえりなさい、父上」
「父上のため、こちらの方に教わって食事を作りました。食べてください」
お盆を出す息子達へ「ありがたくもらおう」と返したものの、疲れのせいか表情は浮かない。
だが、いざ茶粥を前にすると様子が一変。
漂うお茶の香りに表情が緩み、粥を一口食うと体が求めているのが、流し込むように食べだした。
いくら消化に良い粥だからって、そうやって食べるのはどうだろうか。
「うむ、美味かった! 久々に思いっきり飯を食ったぞ!」
あっという間に鍋の茶粥を全て完食し、満足そうな笑みを浮かべる父親。
凄いな、結構大きな鍋で作ったのに。
その様子にカンコーとカンペーは満面の笑みを浮かべ、食べられなかったイクト達とポッコロとゆーららんところころ丸からは、作ってという視線を浴びる。
分かったよ、晩飯に作ってやるよ。
「君が息子達にこの粥を教えてくれた御仁か?」
「あっ、はい。トーマと申します」
「情けない話だが、最近忙しくて体が疲れていたから、粥がちょうど良かった。それに私好みの茶も味わえて、実に美味かったぞ」
やっぱり疲れで胃腸が受けつけない状態だったのか。
茶を使った点も、しっかり評価してくれたようだ。
「そういえば、まだ名乗っていなかったな。我が名はカンウ、この町を収めるリュウビ様に仕える武人だ」
げぇっ! この人が関羽!?
髭は立派だし、この偉丈夫っぷりなら納得だし、有名な中華街にある関羽像にどことなく似ているから言われてみれば納得だけど、まさかこんな依頼で出会うなんて全く予想していなかった。
こんなことなら、父親の名前を聞いておくんだったよ。
「お、お兄さん。関羽って三国志で有名な人ですよね?」
「関羽なら僕でも知っています。ゲームのキャラとはいえ、まさかこんな形で出会えるなんて……!」
突然の関羽の登場にポッコロとゆーららんも驚いている。
無理もない。俺だって驚いているよ。
あくまでゲームのキャラだから本人ではないとはいえ、こうして対面すると少し感動を覚える。
「ごめんなさい、お姉さん達。お兄さんの受けた依頼で、凄い人に出会ってしまいました」
「落ち着いてゆーららん。出会っただけなら、何かやらかしたとは言い切れないよ」
そこの双子、それはどういう意味だ。
「是非、息子達からの報酬とは別に礼をしたい。できれば私直々に鍛えてやりたいところだが、料理人である貴殿を鍛えても仕方あるまい」
俺は戦わないスタンスだから、そうしてもらえると助かる。
「なので、代わりと言ってはなんだが私が贔屓にしている店をいくつか教えよう」
「店、というのは?」
「君は料理人なのだから、食材を扱っている店に決まっているだろう」
「是非、お願いします!」
さすがは有名な中華街にも祀られている関羽。
商売の神としても崇められているから、てっきりそっち方面かと思ったらそう来たか。
そうして教えてもらったのは、贔屓にしている茶葉を扱っている店と、肉を扱っている店。
料理ギルドへ完了の報告した後、早速行ってみよう。
「それともう一つ。見たところ、貴殿は火の龍の者だろう。この町の近くに龍を祀る社があるから、行ってみるといい」
龍を祀る社?
中国方面だし、そういったものを神格化して祀っていてもおかしくはないか。
「火の龍の者?」
「ほら、お兄さんサラマンドラに種族転生したから」
そういうことだよ、ポッコロ。
「詳しい場所は私の同僚のチョウウンが知っているから、先に彼の屋敷を訪ねるといい」
ここで趙雲も登場か。
名前に子龍とあるから、龍に関わっていても不思議ではない。
現在は町の外で仕事中をしており、戻ってくるのは日暮れ頃の予定だから、訪ねるなら夜にするよう言われた。
「その際には何か酒を持っていくといい。仕事終わりのあいつは少々不機嫌だが、酒さえあれば上機嫌になる男だからな」
これも龍が関わっているからか?
まあ、酒で済むのならそれでいいか。
確かまだ手持ちにあったから、それでお目通り願おう。
あっ、でも念のために。
「チョウウンさんが一番好きな酒があれば、教えてください」
「あいつが一番好きな酒なら、私が教える店に置いてある。店と一緒にその酒も教えてやろう」
なら安心だな。
「わざわざ好きなお酒を買って行くんだよ?」
「ご機嫌を取るのに好物を差し出すのは定石だからな」
「じょーせきってなに?」
「わかんない」
ミコトの質問に答え、定石の意味を知らないイクトとネレアへ意味を説明。
その後でカンウから店と酒を教わり、改めてカンコーとカンペーからお礼を言われて屋敷を出て、料理ギルドで依頼達成の手続きをした。
ついでに転送配達で各地から食材を購入し、カンウから教わった店を巡って茶葉や酒や肉や野菜や川魚を買う。
「クウドウサイって、いわゆる空芯菜ですよね? やっぱり定番の炒め物ですか?」
「ますたぁ、かえるさんのおにく、だるくおねえちゃんたべられるかな?」
「大丈夫だと思うんだよ。カグラお姉ちゃんも、シーワームのお肉食べていたし」
「お兄さん、今買ったキングタニシって大きなタニシですよね。食べられるんですか?」
「ぽーころにーに、たべらーるからうーてるんだよ」
食材を買うたびに質問が飛び、その度に炒め物するとか食べられるとか、あいつなら大丈夫だろうとか、日本で昔食べられていたし中国では今でも食べられていると説明する。
昔、祖父ちゃんの知り合いから送られてきたのを食べたことがあるし、調理の様子を見ていたから調理法は分かっている。
チョウウンへ渡す酒も確保したし、ここらで俺達も昼飯にすることにした。
どうせ午後も依頼を受けるからと料理ギルドへ向かい、飲食可能な小会議室を借りて昼飯を食う。
「んー、この炒め物美味しいですね」
「油通しっていうのをしたから、これまでの炒め物に比べて食感と味が良いんだよ。さらにトーチーの熟成された丸い塩味が、ただ塩を振っただけのものとは違った味わいを演出しているのが最高なんだよ」
「みことねーねのゆーこと、よくわかーないけど、おーしーからいー!」
全員が真っ先に炒め物を食い、ゆーららんとミコトとネレアが感想を口にして、ころころ丸がモルモル鳴く。
追っかけるように丼のごはんを食っては、また炒め物を食べるのを繰り返し、時折チーピ茶で一息入れる。
「わっ、このおちゃおいしー!」
「柑橘系の香りがするお茶は初めてですけど、爽やかでいいですね。甘味もあって、飲みやすいです」
イクトとポッコロの反応から、お茶も好評のようだ。
丼のごはんもあっという間に減っていき、多めに作った炒め物も瞬く間に口の中へ消えていく。
そうしてごはんと炒め物を完食して、残ったチーピ茶を一気飲みして昼飯終了。
満足した良い笑みを浮かべている、イクト達とポッコロとゆーららんところころ丸を見ながら食器を片付け、手持ちの食材を確認。
晩飯は食べたそうにしていた茶粥に決まっているから、それと一緒に出すおかずと明日の朝飯を考える。
少しして食後の休みを終えたイクト達に促され、小会議室を出て再び依頼を受けに行く。
「今度は何も起きないといいですが……」
「次は張飛に当たるキャラが出るとか、勘弁してくださいね」
どうすれば張飛とか劉備に会えるか分からないのに、そんなことを言われても困る。
若干の不安を抱きつつ、食堂で野菜の仕込みを手伝い、豆腐屋で大豆の仕込みを手伝う。
幸いと言っていいのか何事も起こらず依頼は終わり、ついでだから豆腐屋では豆腐と豆乳とおからを購入しておいた。
「中国にもおからってあるんですね」
「昔から豆腐を食べる国では、普通にあるぞ」
日本とか中国とか韓国とかな。
昔は家畜の飼料にしていたそうだけど、今では健康食材として食べられているそうだ。
おっ、セイリュウから「そろそろ町に戻る」ってメッセージが届いた。
時間的にもちょうどいいし、そろそろ晩飯を作るか。
主食は茶粥で、おかずはキングタニシの炒め物を作ってみよう。
それとメフィストへの報告も兼ねて、デスバッファローの骨で出汁を取ってみるかな。




