チャイナでの初料理
別行動をしていたダルク達から、町中を回っている最中に作業館を見つけたというメッセージが届き、添付されていた地図を頼りに作業館へ到着。
手早く作業台を借り、一階の作業場へ早足で入って作業台の前に立って使う調理道具の準備をする。
その間にイクトとネレアは踏み台を用意して、いつものように真正面から見学する体勢に入り、ミコトにはここまでの道中で消費したポーションを仕込んでもらうため、ポッコロとゆーららんから受け取っていた薬草を渡す。
「赤の料理長だ」
「作業中断よ。ここなら一旦止めても、完成品に影響は無いわ」
「料理するのを見るのは久々だぜ」
準備が整ったところで調理開始、
寸胴鍋に水を張って火に掛け、メフィストから貰ったボーンホースの骨を洗って汚れを落とす。
出汁を取りやすいように骨を処理するのは、彼らに任せよう。
「イクト、ネレア、これを切るか折ってくれ」
「はーい! すらっしゅも~ど!」
「ふんす」
右手を鎌に変えたイクトが骨を切り、見た目によらずパワー系のネレアが骨の両端を持ってへし折る。
それをやってもらっている間に、臭み取りのため一緒に煮こむタマネギの皮を剥き、ネギと一緒に洗う。
「ますたぁ、できたよ」
「ああ、ありがとう」
処理してくれた骨をお湯が沸いた寸胴鍋へ入れ、タマネギとネギも入れる。
様子を確認したいから蓋をする圧力鍋は使わずに寸胴鍋で煮込んでみるけど、スケルトンボアよりも若干薄い黒いボーンホースの骨は、どんな味がするんだろうか。
「また何か訳の分からない物を煮ているし」
「黒い骨、ということはアンデッド系のドロップか?」
「赤の料理長って、前にもそういうのやっていなかったっけ?」
こっちはこれでよし。
今のうちに主食とおかず作り。
主食はごはんにするから米を研いで魔力炊飯器で炊く。
おかずの一品目は、さっき買ったザーサイならぬザサーイを使う。
加工前の物じゃなくて加工済みだから、一切れ食べて味見する。
うん、現実のザーサイよりコリコリした食感が強くて、ザサーイ自体の味が濃い。
それに合わせてか、味付けも少し強めになっていることも確認できたし、調理開始だ。
ザサーイとジンジャーを細かく刻み、卵を溶いて塩と胡椒と醤油を少量加えて混ぜ、炒め物向けの北京中華鍋を火に掛け油を温める。
ここへジンジャーを加えて香りを出したら、ザサーイ、溶き卵を加えて炒めていく。
「おぉっ? なんか料理長、中華鍋の使い方がさまになっているな」
「ひょっとして専門は中華なの?」
うん、やっぱり中華鍋を使い慣れている分、体が覚えていて使いやすく感じる。
卵が固くならない程度に固まったら皿へ下ろし、ザサーイと卵の炒め物が完成。
ザサーイと卵の炒め物 調理者:プレイヤー・トーマ
レア度:5 品質:9 完成度:95
効果:満腹度回復13%
MP最大量50%上昇【4時間】 魔力50%上昇【4時間】
運50%上昇【4時間】
柔らかい卵に、刻んだザサーイのコリコリ食感が利いた一品
ザサーイ自体に付いている味を活かすため、卵への味付けは控えめ
炒めた刻みジンジャーの香りが食欲をそそります
味見も問題無し。
食欲をそそるジンジャーの香り、味が濃いめでコリコリ食感の刻みザサーイと、味付け控えめで柔らかめに仕上げた卵の対比が良い。
ザサーイの味が卵で和らぎ、卵はザサーイの味で甘さが引き立つ。
これを教えてくれた父さんは、好みで砂糖を加えてもいいと言っていたが、今回は教わった通りそのまま再現した。
「ザーサイを炒めたの?」
「いや、日本では漬物みたいに扱うけど、中国ではああやって炒め物とかに使うんだよ」
「あくまで一つの食材ってわけか」
水出しポーションの仕込みを終えたミコトも加え、食べたそうにじっとこっちを見ているイクト達の視線を流して料理をアイテムボックスへ入れ、寸胴鍋の様子を確認する。
早くも薄い茶色っぽい色になっていて、スーッと突き抜けるような良い香りが漂っている。
浮いていた灰汁を取り除き、鍋の中身をかき混ぜたら鍋の前を離れ、全員分のザサーイと卵の炒め物を作っていく。
勿論、合間を縫って寸胴鍋の確認も怠らない。
全員分の炒め物を作り終えた頃には、寸胴鍋の中身は濃い茶色になっていた。
見た目だけで言えば、濃い目の醤油ラーメンのスープに見えるけど、醤油は一切加えていない。
表面の方を軽く混ぜて浮いている骨の破片やらを外側へ移し、味見のために出汁だけを小皿に取る。
荒々しく駆け抜けていく強い香りを放つそれを一口飲むと、口の中で香り同様に荒々しい旨味が駆け巡って、飲み込んだ後の余韻も強い。
だからこそ逆に、どう扱おうか困る。
なまじ味が強いだけに、他の物と合わせて丈夫だろうか。
かといって下手に薄めたら、この勢いのある旨味を消しかねない。
今回はこのまま具無しのスープに仕上げて、次回以降は一緒に煮こむ野菜の量と種類を増やして、場合によっては果物も加えて煮込んでみようかな。
幾分か柔らかくなって、荒々しさも抑えられるかもしれない。
でもこれだけ勢いのある味を弱めるのも、なんだか勿体ないなぁ。
そんなことを考えつつも、布を張ったもう一つの寸胴鍋へスープを流し、布を外して出し殻を布で包んで取り除く。
「まっちゃいろのすーぷ、いいにおい」
「とても強い香りなんだよ。味はどうなのか、気になるんだよ」
「まーたー、どーすーの?」
「ひとまず今回はスープとして味わおう」
晩飯の分だけ大鍋の方へ移し、残った分は次回以降の飯に使うから、寸胴鍋ごとアイテムボックスへ入れる。
で、この鍋にネギでも入れて……待てよ。
あるものを加えたらどうかと思い、一旦鍋は蓋をして布巾を敷いた上に載せておく。
そしてそのある物を使うために、二品目の料理へ取り掛かる。
ボウルへ醤油、砂糖、酒、油、そして辛みを出したいから豆板醬ことトーバージャンを少しだけ加えて混ぜてタレを作る。
本当ならコチュジャンを使ったタレを作りたいけど、無いから手持ちでそれっぽく作ってみたい。
この料理は辛い料理じゃないから、メェナ用は作らず辛さ控えめのタレだけでいい。
続いてソーカイキュウリを細切りに、ピリピリネギをみじん切りにする。
これらの準備が整ったら、この料理のメインとなるボウソウバの肉を出す。
ボウソウバの肉【ランプ】
レア度:6 品質:8 鮮度:91
効果:満腹度回復5%
暴れ馬そのものな馬のモンスターの肉
いかにも肉らしい強い旨味が特徴
加熱しても美味いが、生でも美味い
ランプ、つまりは尻の方に近い赤身肉。
牛や豚の場合はこの肉と同じくランプと呼ぶが、馬肉の場合はラムと呼ぶことが多い。
こいつを新鮮なる包丁で細かく切り分け、左手に生鮮なる包丁を装備しての包丁二刀流でミンチ状にする。
「出た、料理長の二丁包丁」
「本当によくあんなことできるよな」
「ミンチ状にするってことは、ハンバーグ? それとも肉団子?」
ミンチが完成したら皿を用意して、細切りのソーカイキュウリを敷き、その上にミンチ状にしたボウソウバの肉を載せ、タレを掛け回す。
卵を割り、殻を使って白身を取って黄身だけを肉の上へ載せ、白身は空いているボウルへ入れておく。
最後に刻みネギと黒ゴマを散らしたら、ボウソウバのユッケ完成。
ボウソウバのユッケ 調理者:プレイヤー・トーマ
レア度:6 品質:8 完成度:97
効果:満腹度回復17%
土属性攻撃時与ダメージ増【中・2時間】 体力+6【2時間】
俊敏+6【2時間】
生食可能なボウソウバの肉のユッケ
赤身を使ったので、脂ではなく肉自体の旨味が味わえる
強い味をピリ辛のタレが引き立て、ソーカイキュウリとピリピリネギが適度に和らげる
情報を確認したら味見だ。
……うん、タレで引き立った肉の旨味が美味い。
それにソーカイキュウリとピリピリネギの食感と味で、とても食べやすくなっている。
これに黄身を加えれば、まろやかで濃厚だけど全体を調和させる。
俺としては最初は黄身を加えずに食べ、半分くらい食べたところで黄身を加えたい。
「肉のユッケにしたか」
「今じゃ滅多に食べられないもんね」
「馬肉くらいだっけ? 大丈夫なのって」
ひとまずこれで二品目もいけるな。
食べかけのは自分用としてアイテムボックスへ入れ、全員分のを作っていく。
作っている最中に米が炊け、全員分を作り終わったら中身をかき混ぜる。
これであとはスープの仕上げのみ。
今日の飯の分を移した大鍋を魔力コンロに載せ、弱火に掛ける。
出汁が温まってきたら、ボウルに集めておいた卵の白身を軽く溶いてゆっくり回し入れ、塩で味を調整して完成。
ボーンホースの出汁スープ 調理者:プレイヤー・トーマ
レア度:7 品質:8 完成度:95
効果:満腹度回復2% 給水度回復18%
闇属性攻撃時与ダメージ増【高・2時間】 呪耐性付与【高・2時間】
光属性被ダメージ減【高・2時間】
死してなお大地を駆け抜けたい想いが詰まったスープ
その荒々しくも力強い想いが味と香りに出ている
白身だけのかきたまが、それを適度に和らげ飲みやすくしている
小皿に少し取って飲むと、力強い荒々しさは残しつつもさっきより飲みやすい。
味付けを塩だけにして具材を薄味の卵の白身だけにしたから、スープの魅力を損なうことなく、人によっては強すぎるかもしれない香りと味を良い感じに和らげている。
「マスター、これは美味しいそうな香りなんだよ」
「はーく! はーくたべーの!」
「おねえちゃんたち、はやくかえってきてー!」
身を乗り出して無表情でスープを凝視するミコト、両腕を上下にぶんぶん振って余った袖をバサバサ揺らすネレアはいつも通りだけど、ダルク達を呼ぶイクトは初めてのパターンだ。
しかし今回の料理、やたら馬と卵に偏っているな。
だけど腹ペコ軍団なら、それは気にしないだろう。
さて、あとはダルク用の茹でもやしだけ仕込んでおこう。
スープが冷めないようアイテムボックスへ入れて、茹でもやしの調理開始。
それが完成したら水出しポーションを仕上げ、メフィストへボーンホースの出汁の味についての感想を伝えて感謝の返事を受け取ったのち、町中の探索を終えたダルク達と、畑仕事を終えたポッコロとゆーららんところころ丸が合流。
約一名、塩を振った茹でもやしとコップへ注いだ水を前に絶望する中、他の皆は満面の笑みで食べている。
「たまごいためたの、おいしー!」
「こーこりすーのもおーしー」
「ザーサイ……じゃなくてザサーイがそのまま味付けにもなっているから、味付けも最小限で良いのね。食感の違いも楽しいわ」
真っ先に卵炒めを食べたイクトとネレアがはしゃぎ、カグラも頷きながら箸の手が止まらない。
「ゲームの中だから、生のお肉も安心して食べられますね」
「あくまで生食可能ならだよ、ゆーららん」
「生でこんなに強い味なら、加熱するとどうなるのかしら。トーマ、ボウソウバの肉が余っているなら次は加熱したのをお願い」
「了解」
最初にユッケを食べているポッコロとゆーららんが、ゲーム内だからこその感想を口にして、メェナは加熱調理を求めてきた。
確かに肉は生よりも加熱した方が美味い。
今回は生食可能な肉だからユッケにしてみたけど、次は豆鼓か泡菜と炒め物にしてみよう。
「トーマ君、このスープ凄すぎ。美味しい嵐が大暴れしてる」
「こんな暴力的なまでに荒々しくて強い味と香りのスープは初めてなんだよ。だけど具が白身のかきたまだけだから、それが強すぎずに済んで飲みやすくなっているんだよ。味付けも塩だけだから、スープの基となった出汁の強さと美味しさが伝わってくるんだよ」
スープを飲んだ右隣の席のセイリュウが感涙しそうな表情で感想を述べ、同じくスープを飲んだ左隣の席に座るミコトは無表情で目を見開いて食レポをしながらがぶ飲みする。
ころころ丸も鳴き声を上げることなく、ぐびぐびとスープを飲んでいく。
「どれも美味しそう」
「料理長の飯は今日も好調だな」
「夢中で食べるイクト君達、可愛い」
皆の食べる勢いで、たっぷり炊いたごはんも消費されていく。
卵炒めをおかずにごはんを掻っ込んだり、ユッケを少しごはんに載せて食べたり、ごはんをスープへぶっこんで食べたりしている。
ふむ、ごはんをスープへ入れるとかきたまもあって雑炊っぽいし、残しておいたスープは雑炊にしてもいいかな。
「ぐぬぬぬぬぬ……」
おっと、飯が塩を振った茹でもやしに水だけのダルクが、恨めしそうにこっちを睨んでいるぞ。
「睨んでないで食え。塩は振ってあるから、味はするぞ」
「それしか食べられないのは、ダルクちゃんの自業自得だよ」
「この新婚夫婦めー! 共同作業で怒るんじゃないよー!」
「誰が新婚夫婦か!」
変なことを言うから、一瞬で顔を真っ赤にしたセイリュウが俯いて、「しん、こん……しん、こん……」って呟いているじゃないか。
首を傾げているイクト達ところころ丸、それと苦笑いを浮かべているポッコロはいいとして、カグラとメェナとゆーららんはニヤニヤ笑うな。
「おい、今新婚って」
「料理長とエルフちゃんって、そういう関係なの?」
「UPOに結婚システムは実装されていないから、リアルで?」
「単に付き合っているだけだろ。新婚っていうのはあの子の冗談的なものでさ」
ほらみろ、周りもなんかざわつきだした。
「ダルク、今回のログイン中の飯を全部、茹でもやしにするぞ」
「それって明日も明後日も、全部茹でもやしってこと!? そんなの嫌だ、憂さ晴らしとはいえ新婚とかアホなこと言って、ごめんなさーい!」
飯質を取ったことで撃退成功。
まったくこの幼馴染は、何度自業自得に自業自得を重ねれば気が済んで学習するんだ。
ほらセイリュウ、もうダルクは叩きのめしたから復活してスープ飲めって。
ひとまずダルクには、次やったら飯を全部を茹でもやしにすると告げておき、復活したセイリュウと共に食事再開。
もそもそと茹でもやしを食べるダルクを横目に、皆でごはんをおかわりしながら飯を食い、食後は後片付けをしてそれぞれの成果を報告。
唐辛子やビリン粉が安く手に入ると知ったメェナが、四川方面最高と叫んだ。
「なんだかこっちへ着いて、遂にお兄さんが本領発揮って感じですね」
「ここへ着いたから、というよりも中華鍋が手に入ったからだな」
やっぱり日頃から使っている調理器具を使った方が、普段より気持ちが入るしやりやすさがある。
勿論、普段から気持ちを入れてやっているけど、それ以上に気持ちが入る感じだ。
使ってみたい食材があったから、というのも気持ちが盛り上がった一因かな。
「そうなると、明日の朝ご飯は?」
「残っている出汁を使って雑炊を作る予定だ」
刻み野菜をたっぷり入れればあの強い風味の出汁でも大丈夫だろうし、ごはんと卵で中和すれば食べやすくもなるだろう。
なにより朝飯向きだし、一度に大量に作れるのがいい。
「ぞーすいっておーしーの?」
「ええ、温かくて美味しいわよ」
「たのしみ! たべたい!」
「明日の朝になったら食べられるから、落ち着きなさい」
ネレアの質問にカグラが答え、はしゃぐイクトをメェナが宥める。
ミコトも興味があるようで、無言の無表情でソワソワしだした。
「雑炊って、鍋の締めとかにするやつですよね」
「うちの鍋の締めはうどんばっかりだから、食べたことが無いので楽しみです!」
雑炊を食べたことが無いという、ポッコロとゆーららん。
どっちもよほど楽しみなのか、触手みたいなゆーららんの髪が揺れて、ポッコロのリス耳とリス尻尾がパタパタ揺れる。
「今日食べられなかった分、思いっきり食べてやるー!」
いや、飯なら食べただろう。
内容が塩を振った茹でもやしに水っていうだけで、飯そのものは食っただろう。
「トーマ君、あの状態のダルクちゃんが出来立ての雑炊を口へ掻き込んで、熱いって騒ぐ未来が見えるよ」
「同感だ」
事前に注意を促しても、絶対にそうなるだろうな。
せめてイクト達とポッコロとゆーららんところころ丸がそうならないよう、十分に気を遣っておこう。
「町中の様子は一通り分かったし、私達は明日レベル上げと資金稼ぎ、ついでに素材集めをしに行くわね」
「俺はいつも通り、町中でクエストでもやっているよ」
「私とポッコロはお兄さんが何かやらかさないか、同行して見張っておきますね」
おいゆーららん、それはどういう意味だ?
ポッコロも「むん」と気合いを入れたポーズで、「頑張ります」って言いだすし。
ああ、ダルク達まで「よろしく頼む」って二人にお願いしている。
「畑は大丈夫なの?」
「必要な作業は一通り済ませましたし、こんなこともあろうと農業ギルドで作業をしてくれるNPCを雇っておいたので、大丈夫です!」
ビシッとサムズアップを決めたゆーららんよ、改めて言うがどういう意味だ。
こんなこともあろうと、ってどういう意味だ。
「トーマ、できれば明日はお昼を持って行きたいんだけど、いいかしら?」
「構わないぞ。その代わり、朝飯や出発が遅れないよう、早めに寝て作る時間を確保させてくれ」
メェナからの要望を条件を提示すると、ダルク達は頷いて了承してくれた。
そういうこともあり、この後すぐに作業館を退館して宿探しへ出発。
幸いにもすぐに空いている宿が見つかって、そこへ泊まることにした。
手続きをしてくれたカグラによって俺とイクト達とセイリュウ、ダルクとカグラとメェナ、ポッコロとゆーららんところころ丸、といった部屋分けにされてしまったが、イクト達がいるから特に問題は無い。
「ごめんね、セイリュウちゃん。トーマ君と二人きりにしてあげられなくて」
「余計なお世話だよ!」
まったくもってその通りだ。




