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月が……


 ログアウト後、すぐに祖父ちゃんへ暮本さんのことを伝えると、「そうか……」とだけ言い残して連絡をしに行った。

 それを見送ったら能瀬を送るため、帰る時に使う自転車を押して二人で歩き出す。

 今日は能瀬と一緒に来たから押していくけど、明日からはバイトの時は一旦帰って自転車で来るそうだから、帰りは互いに自転車利用になる。

 自転車は道路側にやり、俺を挟んで反対側を能瀬が歩く。


「いいの? 話を聞かなくて」

「長引きそうだから、帰ったら聞くよ」


 長年の友人同士、色々と話したいこともあるだろうしな。


「なんともないといいね」

「ああ……」


 年齢的に色々あると分かっていても、いざ身近な人がなるとやっぱり違う。

 幼い頃から交流のある暮本さんでこれなら、同い年で身内の祖父ちゃんや祖母ちゃんがそうなったらどうなるのか。

 いつかは訪れる時なんだろうけど、頭で理解していても気持ちが付いていけない感じだ。

 ああ、駄目だ駄目だ、どうにも悪いように考えちゃう。

 こんなことで振り切れないと分かっていても、頭を振って悪い考えを振り切ろうとする。


「……大丈夫だよ」


 頭を振るのを止めたところで、優しい表情を浮かべた能瀬から声を掛けられた。


「暮本さんの言うように楽観視はできないよ。でも、悪い方にばかり受け取って不安だけ抱えるのは良くないからさ、きっと大丈夫って信じるぐらいは良いんじゃないかな」


 ……そうだよな。

 不安ではあるけど、大丈夫だと信じるのは良いよな。

 一番不安なのは当事者の暮本さんなんだ、なら俺達は最悪を想定しつつも大丈夫だって信じよう。

 そう思うと少し気が楽になった。

 赤信号で止まり、能瀬へお礼を伝える。


「ありがとうな、能瀬。少し落ち着いた」

「気にしないで。昔お祖母ちゃんが入院した時、お母さんから言われたことだから」


 実体験からの助言とは心強い。


「それと、お祖母ちゃんは大丈夫だったよ。今も元気に、孫の花嫁姿を見るまでくたばれるかって……言って……」


 いや、そこで顔を赤くしないでくれるかな。

 気持ちを理解しているから、こっちまで恥ずかしくなってくる。


「そ、そうか。良かったな」

「う、うん……」


 互いに顔を逸らしたタイミングで信号が青に変わって歩き出し、そのまましばし無言が続く。

 せっかく暮本さんの悩みは幾分か落ち着いたのに、また別の件で頭がいっぱいだ。

 外堀を徹底的に埋められて、ガッチガチになるまで踏み固められ、その上にコンクリートで舗装したようなこの状況でさっきの発言をされて、意識するなっていうのが無理。

 この状況で考えられる選択肢は三つ。


 一、このまま沈黙。

 ニ、話を変えてうやむやにする。

 三、腕を磨くのを優先して恋愛は後回しの考えを捨てる。


 どれを選べばいいのか分からん!

 沈黙で気まずくなるか、うやむやにしてモヤモヤするか、これまでの考えを捨てて能瀬の手を取るか。

 ていうか今気づいたけど、暮本さんの件が無ければ会の後で絶対、能瀬とのことを周囲から弄られていただろうな。

 いやでも、暮本さんの件に比べれば些細なことか。

 そう思うと一瞬、三を選んでもいいかなと思ったが無理。

 料理中心にやってきて、恋愛にヘタレな俺にいきなりそんなことはできない。

 だからといって沈黙を続けるのも気まずいから、なんとか話を変えよう。

 といっても何を話せばいいのか……。


「……」


 能瀬はまだ真っ赤になって俯いたままだ。

 この雰囲気を変える手はないか?

 だけど歩き続けて住宅街に入ったから、これといったものは目に入らない。

 なにか話題に出来そうなものは……立派な満月、あれしかない。


「能瀬……」

「ひゃ、ひゃい!?」


 声が裏がっているが、指摘しないのが礼儀というものだ。


「今日は月が綺麗だな」


 いや、我ながらキャラじゃないって分かっている。

 だけど話題にできそうなのが、見事な満月くらいしかなかったんだよ。


「あっ、うん、そうだ――っ!? っ!? っ!?」


 同じく空を見上げて月を見た能瀬が、耳まで真っ赤になって驚愕の表情をこっちへ向けた。

 月がどうこうって、似合わないことを言っただけなのに、なんでそんな反応をするんだ。


「あ、あにょ、今のは、その……そういうことなの?」

「? どういうことだ?」

「あー、うん、分かった。知らずに言っていたんだね、よく分かったよ」


 知らずに言っていた?

 月が綺麗に、なにかあるのか?

 一人だけ納得し、真っ赤な顔でうんうん頷く能瀬は教えてくれそうにない。

 仕方ないから後で調べてみようと思っていると、住宅街を抜けて大通りを越えるところで赤信号に捕まった。

 赤に変わったばかりで時間は有りそうだから、ここで調べちゃおう。

 スマホを取り出し、検索画面で「月が綺麗」と打ち込む。


「桐谷君、何をしているの?」

「さっきの月が綺麗、っていうのがどういう意味か調べている」

「いやいや、いいよ、調べなくて! 知らなくていいこともあるんだよ!?」


 そうまで言われると、逆に気になるのが人というもの。

 アワアワする能瀬に構わず撃ちこみ、検索開始。

 結果は……ふんふん、夏目漱石の作品で……うん? えっ……。

 なん……だと……。

 じゃあさっきの能瀬の反応はつまり、俺がこれになぞらえたと思って?

 能瀬の方を見ると真っ赤になって俯いている。


「……すまない」

「……気にしないで」


 スマホをポケットへ入れながら謝ると、そんな返事をされた。

 気にするなっていうのは無理。

 なんで振り出しに戻っているんだ、どうしてループする、誰か教えてくれ。

 青に変わった信号を渡る間も、その間も無言が続く。

 これ、明日以降も気まずくなる流れじゃないか?

 どうする、どうなる、どうすればいい。

 誰に聞けば解決方法が分かるんだ。

 悩みながら横目で能瀬の様子を確認していると、ずっと俯いたままだった顔を上げた。

 耳まで真っ赤な表情には何か強い決意が込められており、立ち止まって軽く上を向く。


「の、能瀬……?」


 俺も立ち止まり、どうしたの様子を伺う。


「つ……」

「つ?」

「月が、綺麗、だね」


 んなっ!?

 まさか、そうくるのか!?

 どういう風に思考を巡らせたら、その行動に繋がるんだ。


「え、えっと、能瀬?」

「月が、綺麗だね」


 こっちを向いて二度目!?


「あのさ」

「月が! 綺麗だね!」


 語尾まで強くなった!?


「いや落ち着―ー」

「つ・き・が・き・れ・い・だ・ね!」


 遂に距離を詰めて、背伸びまでして高さまで詰めてきた!?

 真っ赤な顔でプルプルしているのが可愛いと軽く現実逃避を数秒挟んで、現実と向き合う。

 俯きも顔を逸らすこともせず、見るからに滅茶苦茶頑張って俺と向き合っている能瀬に対し、俺が目を逸らすのは失礼でしかない。

 これはもう、さっきの選択肢の三しかない。

 いやだってなあ、俺的にもこうなったらもう無理だって。

 というよりも、今この場で目の前にいる小さな愛しい人によって主張を曲げさせらるどころか、へし折られた。

 まあこれに浮かれて修業を疎かにしなけれいい話だし、そこは俺の気の持ちよう一つってことで頑張ろう。

 えっと、さっき検索した結果でチラッと見た、こういう時の返事は……。


「そうだな、このまま時が止まってほしいな」


 こんな感じで良かったんだよな。

 さあ、能瀬の反応はどうだ?


「っ!? っ!? ~~~っ!?」


 いやなんで、そっちが混乱状態になっているの。

 された側が混乱するならともかく、どうしてした側が混乱するんだ。


「しょしょしょしょ、正気だよね!?」


 正気まで疑うか。

 なんで返事をして正気を疑うのか、小一時間ほど問い詰めたい。

 でも、これまでの自分の言動を振り返ると、そう言われるのも無理はないのか?

 まあそこらへんはポイッと捨てておいて、話を進めよう。


「正気も正気、修業優先で当面は恋愛する気は無いっていう極めて個人的な主義は、能瀬の勇気にへし折られたよ」


 それはもうポッキリ、というよりも真っ赤になってプルプル震えている可愛らしさに、バキッとかボキッとかゴキッって音を立てて折られたよ。

 だって攻撃力高すぎるんだもの。

 恋愛経験ゼロの紙防御じゃ耐えられません。

 むしろ、今までよく凌いできたものだ。


「ほ、本当にいいの?」

「でなかったら、あんな返事はしない」

「はぐうぅぅ~」


 おいおい、道端で座り込まないでくれ。

 人通りが少ないとはいえ、通行の邪魔になるぞ。

 ひとまず手を貸して立たせ、道の端に寄って自転車を停めて回復を待つ。

 時間にしておよそ五分後、歩ける程度には回復した能瀬と再び歩き出す。


「えーと、じゃ、じゃあ、そういうことで、いいの?」

「うん、まあ、そうだけど、明日からってことにしないか? 落ち着く時間が欲しいし」

「う、うん、いざこうなると私も落ち着く時間が欲しいから、それでお願い」

「了解」


 ひとまず落ち着くための時間は確保できたか。


「ああでも、暮本さんの件があった直後なのに、ごめんね」

「それに関しては気にしないでくれ。亡くなった直後ならともかく、検査入院っていうだけなんだからな」


 気になるっていうだけで、そういうことに引け目を感じる必要は無い。


「さて、そうなると次は早紀達にはどう伝えるかだな」

「明日にはバレちゃうと思うよ。私、顔や態度に絶対出るよ」


 これまでの反応からして、そうなる光景が容易に浮かぶ。

 そこから問い詰められて隠し通せず、周囲から冷やかし的な祝福を受けるまでセットでな。


「どうせ冷やかされるのなら、明日クラスの皆がいる前で報告するのと、今夜中に早紀達へメッセージで報告するの、どっちがマシだと思う?」

「……メッセージで」


 だろうよ。

 どのみち明日には、冷やかし的な祝福を受けるのは変わりないだろうけど、心構えする時間が一晩あるだけマシだ。


「メッセージは俺がやっておく」

「お願い。私だと、緊張で変な文章を打っちゃいそうだから」

「了解。あと、なんでこのタイミングで?」

「……頭の中グルグルして訳が分からなくなって、何がどうなってそういう結論に至ったのか自分でも意味不明だけど、この場の勢いで言っちゃえ、みたいな感じになった」


 うん、俺にも訳が分からなくて意味不明だ。

 だけど、それでいてもあんなに圧を掛けるぐらい真剣だったんだから、やっぱりあの場でしっかり返事して良かった。

 さてとそろそろ明日の対策を考えるか。

 特に早紀とか健とか山本とかは、絶対に騒ぐだろう。

 もしもそうなったら早紀は揚げ物封じして、健は晋太郎と一緒に塩対応すればいいとして、山本にはどうしよう。

 そうだ、狭山の家でバイトとかって話をしていたし、狭山に頼んで給料カットしてもらおう。

 勿論、あくまで冗談半分の残り半分は脅し目的で。


「ポッコロとゆーららんには、明後日報告だな」

「明日はUPO、大型アップデートだもんね」


 今朝UPOの運営から発表があり、今度の土曜日から加わる第二陣対策、報告のあったバグ修正、第二陣参加記念のイベントに備え、大型アップデートが明日行われるそうだ。

 再開は夜遅くになるから明日はログインせず、次のログイン予定は明後日にしている。


「というわけで、明日は早紀達による冷やかしへの対応と、明日が初日のバイトに集中してくれ」

「どっちも大変そう……」

「そこはどうか頑張ってくれ、バイトの方は母さんや祖母ちゃんもフォローするから」

「……早紀ちゃん達の方は?」

「なんとか頑張って乗り切ろう。最悪早紀は、揚げ物禁止で口封じする」


 一番うるさい早紀さえ封じれば、健は塩対応でなんとかして、山本はさっき考えた狭山の協力でなんとかしよう。


「じゃあまあそういうわけで……よろしく」

「こ、こちらこそ」


 互いにぎこちない挨拶をして、そこからは少し互いの距離が物理的にも精神的にも近づいた感じで会話を交わす。

 内容は主に能瀬――改め、互いに名前呼びすることになった静流が俺に想いを抱いた切っ掛け。

 俺からも想いに気づいた切っ掛けなんかを話しているうちに、静流の家へ到着。

 家の前で分かれた後は、自転車で帰宅して早紀達へメッセージで報告。

 「おめでとう」、「なんで急にそうなった!?」、「どっちが告白したの」って感じの返事に明日教室で教えるとだけ打って送り、いつもの激カワアニマル動画を見て気持ちを静めてから、普段より少し寝つきが悪いながらも就寝した。

 なお、予想通り翌日には冷やかし的な祝福を受け、揚げ物禁止で早紀が絶望して、塩対応で健が嘆き、狭山へ山本のバイト代カットを要求したらあっさり承諾して山本が崩れ落ちた。

 勿論、バイト代カットの件が仕返し的な冗談に乗ってくれたことは、狭山に確認済みだから大丈夫だ。


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― 新着の感想 ―
いやぁ甘いっすね グラブジャムンに更に砂糖を何回も使うくらい甘い……
知ってたらしんでもいいわ だったんだろうか 好きな人に美味しい物を食べてもらうのはモチベになるから、修行に対しての永続バフになれば良いと思うよ❤️
おめでとうございます、ですな。でもこれはゴールではなくて新たな関係のスタートであるわけで。 今話のような幸せな気持ちがこれからも続くのを願います。 リアルの友人たちからの反応は書かれていましたが。 …
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