物理的には叩かない
かくして予感は的中し、フラグは成立する。
「なーんーてーこーとーよー!」
ヘドバンミミミ、再臨。
それに伴い、ヘドバンイクトとヘドバンネレアも再臨。
あぁっと、遂にヘドバンころころ丸も降臨だ!
周囲に人が少ないから顔を寄せ合い、急速醸造と【朱宮の護符】と【クッキング・オリジン】の件を小声で伝えたことによって、ヘドバンカルテットが結成された。
「そんなお酒の作り方があったんだ」
酒を飲めないからダルクの関心が薄い。
「しかも護符を持っていれば、急速醸造のデメリットがなくなるのね」
頬に手を添えたカグラが、今回のタウンクエストでしか手に入らないのなら、とても貴重な物になりそうだと告げる。
「お酒好きにすれば、どっちも重要な情報じゃない」
その酒好きが目の前でヘドバンしているから、メェナの言うことには納得だ。
「オリジンの効果で、オリジナルレシピでの収入が見込めそうだね」
「特許料や著作権料みたいなものかな?」
「そんな感じかしら」
セイリュウの意見に続いて、ポッコロとゆーららんもそれっぽい意見をくれた。
普通は料理に特許や著作権は無いから、これはゲーム独自の在り方だな。
祖父ちゃんなら、料理は特許や著作権なんかに縛られず、広く長く伝わり続ければいいって言うだろう。
「護符は持っている人にしか恩恵が無いとはいえ、それを使って作ったお酒って宣伝すればお酒好きは群がるでしょうし、持っていなくとも急速醸造はそれなりに役立つ。加えてオリジンの称号! ユニーク系の【クッキング・パイオニア】の下位互換に誰でも入手可能な【レシピ・パイオニア】があるように、これにも下位互換があるでしょうから、これはこれで料理人には大事な情報じゃない!」
数分ほどヘドバンを続け、ようやく落ち着いたミミミが早口で述べる。
楽しんでいたイクトとネレアところころ丸をポッコロと共に迎えながら、そうなのかと思いながら頷く。
「なによりお酒! この情報が売れれば、急速醸造によってプレイヤー作のお酒が出回って、飲める機会が増えそうじゃない!」
それは酒好きだからこその考えであって、誰もが共通している考えじゃない。
事実、俺は飲める機会が増えるからってどうとも思わない。
精々が料理に使いやすくなる、というぐらいだ。
「こうしちゃいられないわ、早く検証してお酒をたくさん飲――確認しないと!」
本音が漏れているぞ、ヘドバン飲兵衛ウサギ。
「トーマ、これ今回の情報料ね」
素早い操作でミミミから金が送られてきた。
今回もなかなかに良い値段だ。
「確かに。それと護符を装備して酒を造ってもらって、それをセツナが交換で入手するような話をしていたぞ」
「それ本当!? すぐにセツナと連絡を取らなきゃ!」
追加情報を伝えると猛烈な勢いでステータス画面を操作し、相手の事情も考えずフレンドコールでやり取り。
自分にも飲ませてとか、あれやこれと交換とか、色々と話して交渉成立。
検証という名目で飲ませてもらうため、「お邪魔したわね!」と言い残し、猛ダッシュで宿を出て行った。
あの勢いそのままに作業館へ突撃するんだろうな。
「……嵐のようだったね」
走り去ったミミミの方を見ているセイリュウの呟きに、心の中で同意。
さあ、その嵐が過ぎ去ったから飯にしよう。
皆の前にエビとタマネギとアスパラのマヨネーズ炒め、暮本さん作の土鍋で炊いたごはん、まーふぃん作のオニオンスープ、食器類を並べる。
それとこれも完成しているみたいだから、一緒に出しておく。
納豆 調理者:プレイヤー・トーマ
レア度:5 品質:8 完成度:95
効果:満腹度回復3%
体力+5【2時間】 全状態異常耐性付与【中・2時間】
魔法被ダメージ減【中・2時間】
日本を代表する発酵食品の一つ
独特の匂いと粘りで好みが分かれる
やや小粒の豆を、しっかり混ぜて糸を引かせて召し上がれ
納豆藁を開けると、中に入れていた大豆が見事な納豆になっていた。
豆を細かくしてひきわりにしたり、豆を変えて黒豆納豆とかもできるかな。
「あっ、納豆ができたんですね!」
納豆が好きと言っていたポッコロが、藁ごと置いた納豆に反応した。
「カラシとか薬味が無いから、醤油だけで勘弁してくれ。藁のままだと混ぜにくいだろうし、器も置いておくから好きに混ぜて醤油をかけてくれ」
説明をして器と醤油も添える。
初めて納豆を見るイクト達はなんだろうと首を傾げ、藁をツンツンしている。
「納豆だって?」
「いつの間にそんなものが……」
「さすがは赤の料理長ね」
「つまり納豆卵かけごはんが、こっちでも食えるのか」
周囲の声がチラッと聞こえた。
そうか、生卵と合わせて納豆卵かけごはんも食べられるのか。
俺としては卵じゃなくて、トロロを加えたいな。
「それじゃあ、いただきます!」
いつものダルクの音頭で挨拶をして、食事開始。
初納豆のイクト達が糸を引くのを見て、本当に食べられるのかと少し騒いだものの、いざ食べ始めると美味しいと連呼。
掻っ込むように納豆ごはんを食べていく。
「糸を引く見た目が少し不気味に思えたのに、いざ食べるとこの糸を引く粘りが癖になるんだよ。しかもごはんとの相性がとても良く、これ単体じゃなくてごはんを食べるために生み出されたみたいな美味しさなんだよ。これにマスターの言うカラシや薬味が加わったらどうなるのか、とても興味があるんだよ」
頬張った納豆ご飯に対する食レポをしたミコトが、次はカラシや薬味で食べたいと目で訴えてくる。
分かったよ、刻みネギぐらいは用意しておくよ。
それとイクト達は、あとでその糸だらけになった口を拭こうな。
「このマヨネーズ炒め、いいね!エビが入っているから、野菜入りのエビマヨみたい!」
「オニオンスープも、甘くて美味しいわ。トロリと蕩ける食感が気に入ったわ」
ダルクとカグラがマヨネーズ炒めとスープの感想を口にして、同意するようにセイリュウとメェナ、ポッコロとゆーららんところころ丸も頷く。
だけど俺もこうして食べているから分かる。
今回の飯で一番美味いのは、間違いなく暮本さんが炊いた土鍋ごはんだ。
これに比べれば、前に俺が土鍋で作ったごはんなんて足元にも及ばない。
「お兄さん、このごはんはなんでこんなに美味しんですか! 今まで食べた中で、一番美味しいですよ!」
頬に付いたごはん粒を取って口に含んだゆーららんから尋ねられ、皆の視線が集まってくる。
同じ疑問を抱いて理由を知りたいんだろうけど、食べる手は止まっていない。
「前に食べさせてもらったちゃんぽんと同じだ。研ぎ、浸水、炊くときの火加減、蒸らし。そういった基本のレベルが段違いに高いから、美味いんだよ」
上手に研ぎ、最適な水の量と浸水時間を見極め、適切な火加減で炊いて蒸す。
言葉にすれば簡単そうで、実際にやると難しいこれができているから、ただのごはんでも美味いんだ。
使う米に合わせて火加減や蒸らしを都度調整するのは炊飯器では難しいし、ただ土鍋を使えばいいわけでもない。
このごはんを食べると、それがよく分かる。
「トーマ君も、いつかはこんなごはんを炊ける?」
セイリュウからの問いかけに、首を縦には振れないが横にも振れない。
「どうだろうな。長年おにぎり屋をやって、ずっと米に向き合ってきた暮本さんだからこそ辿り着けた領域かもしれない」
おにぎり屋と中華屋じゃ、米に向き合って米に触れる回数と時間が桁違いだ。
そこの違いが将来的に、同じ材料に対する大きな差になると思う。
「何事も、極めるのは大変なのね」
そう、メェナの言う通りだ。
才能や努力も大事だけど、極めるには向上心と継続力がなくっちゃな。
一見すればただのごはんから、大事なことを再確認した飯を食いながら、タウンクエストでの戦闘の様子を聞く。
大きいから一撃一撃が範囲攻撃だった、前衛は主に足しか攻撃できなかった、塾長達が雄々男なんていう技を繰り出した。
なんていう話の中で、酒吞童子や玉藻の前、さらにはドージの話も出た。
「へえ、ドージって茨木童子なのか」
「そう。諸説あるけど、酒吞童子の配下だっていう説が多い鬼ね」
戦闘終了後にドージが現れ、地上へ降り立った酒吞童子と玉藻の前と再会。
年老いていたため最初は気づかれなかったが、茨木童子のドージだと名乗ってようやく本当の意味で再会。
ずっと石化していたため昔のままの酒吞童子と玉藻の前とは、年齢が大きく逆転してしまったものの、再び会えたことを喜び合っていた。
ただ長年石化していたのと、大嶽丸を倒すために再度神の加護を受けたことで、酒吞童子と玉藻の前は完全に石化して二度と戻れなくなったそうだ。
「俺達の役目は完全に終わったんだ、ゆっくり眠らせてもらうぜ。って言い残して、笑って石になっちゃったわ」
二人が最後に告げた言葉を口にしたカグラがスープを啜り、俺は小さく頷く。
「そっか。で、その後は?」
「しばらく泣いていたドージさんが、二人を朱宮神社に戻したよ。野郎塾の人達が、運ぶのを手伝ってね」
質問にはセイリュウが答えてくれた。
せっかく再会できたのに、今度は完全にお別れか。
そういったストーリー展開もあるにはあるとはいえ、やっぱりちょっと寂しいよな。
「そういえば、石化する前に玉藻の前が神へ祈りを捧げながら舞っていたわ」
『かしこみ、かしこみ申す。願わくば、我が信じ仕えし神よ。千早振り、今生における最後の酒を捧げた者達へ我とシュテンの気持ちを届けたまえ』
「ってね。お酒を造った人が護符を入手したのはたぶんそれね」
情報には酒吞童子と玉藻の前によって作られたとあったけど、そういう作り方をしたのか。
「そういえば、新しく解放された隠しスキルの【神通力】だけどさ、カグラなら習得できないかな?」
「ええ、できるわよ。必要なポイントは少し多めだけど、使えそうだから習得したわ」
神通力か、どんなスキルなんだ?
そっちも気になるけど、ダルクは口の傍にごはん粒が二つ付いているから、それを取ってくれ。
「お兄さん! ごはんと納豆のおかわりを!」
はいよ、ポッコロ。少し待っていてくれ。
さらに他の面々からもおかわりを求められ。しばし対応に当たる。
それから少しして晩飯は終わり、食器類は明日洗うためにアイテムボックスへ入れ、入手したパワフルニラをポッコロとゆーららんへ預け、明日の予定を少し話したらダルク達が取った部屋で就寝。
体感では一瞬の睡眠時間を終えたら作業館へ移動し、朝飯作りに取り掛かる。
昨日食べた納豆を再度仕込むため大豆を、今朝に食べるごはんを炊くため米の仕込みをしたら、今日の披露会に出す料理の試作を兼ねた朝飯作りを開始。
披露会前に出す量がバレるのを防ぐため個室を借りたから、遠慮なく作ろう。
まずはネギとタマネギとジンジャーを用意し、ネギはみじん切り、タマネギは皮を剥いて半分に切ったら薄切り、ジンジャーはすりおろす。
続いてボウルに醤油、酒と砂糖少々、酢、油、すりおろしジンジャーを加えて混ぜておく。
そして朝飯のメイン、昨日入手したギュットマグロを出す。
ギュットマグロ
レア度:7 品質:7 鮮度:92
効果:満腹度回復4%
数百キロはあるマグロを十数キロにギュッと凝縮したようなマグロ
大きさだけでなく身や骨にも旨味が凝縮され、とても美味
身肉にトロのような部位は無く、赤身ばかり
頭の部分も普通のマグロ同様に目や頬、新鮮なら血合いも食べられます
大きさ的にはカツオぐらいだけど、見た目は完全にマグロだ。
「マグロの幼魚?」
「いや、これで成体なんだとさ」
名前からして、本来なら数百キロあるマグロがギュット凝縮させたんだろう。
情報にもそう書いてあるし、味も凝縮されて旨いとあるから期待できる。
本当のマグロならとても捌けないけどけど、これなら包丁で捌くことができる。
エラやヒレや内臓は処分して、頭はこの後の披露会で暮本さんに調理方法を教わるからアイテムボックスで保管し、骨はしっかり洗って汚れを落としてある程度の大きさに叩き割り、切らずに残しておいたネギとタマネギとジンジャーと一緒に水を溜めた圧力鍋へ入れて煮込む。
「おー、マグロの骨で出汁を取るんだ」
凝縮された骨だからな、それなりに大きいし良い味が出ると思う。
圧力鍋を使うのは、朝飯に間に合わせるためだ。
「身はどうするの? お刺身? カルパッチョ?」
「薄切りにすれば、短時間でヅケを作れるんじゃない?」
「ネギトロかな?」
「ネギとマグロなら、ネギマ鍋もあるじゃない」
皆がそれぞれ予想して、正面からかぶりつきで見学中のイクト達はジッと俺の手元を見ている。
名前が挙がった料理はどれもいいけれど、今回作る予定の物はどれでもない。
血合いの部分を切り取り、鮮度がいいうちは臭みも少ないから後日使うため、アイテムボックス行き。
身肉をスーパーで売っているサクぐらいの大きさと厚みに切り分け、鮮度が落ちないよう一つを残してアイテムボックスへ入れておく。
本当のサクのような綺麗な形にできないのは、ご愛敬ってことで許してほしい。
フライパンを火に掛けて油を敷き、熱している間に切り分けたマグロへ醤油と胡椒をまぶし、熱したフライパンで焼く。
「えっ、焼いちゃうの!?」
「ということは、ステーキですか!?」
それも少し違う。
マグロの切り身を転がし、上下左右の四面に焼き色がつくまで焼いたら取り出し、少し厚めに切り分ける。
皿を用意して薄切りのタマネギを敷き、その上に切り分けたギュットマグロを並べ、刻みネギを散らし、ボウルに作ったタレを全体へ掛けてギュットマグロのたたきが完成。
ギュットマグロのたたき 調理者:プレイヤー・トーマ
レア度:7 品質:7 完成度:95
効果:満腹度回復20%
MP自然回復速度上昇【大・2時間】 知力+7【2時間】
水耐性付与【中・2時間】
旨味の詰まったギュットマグロのたたき
温めたことで旨味が活性化し、表面だけを焼いたので生の味わいも楽しめる
身肉の味わいに、野菜やタレが合っています
説明にもある通り、たたきなら加熱と生の両方を味わえる。
そもそも刺身だなんて包丁の腕が問われる料理、俺が作れるはず無いって。
カルパッチョはごはんに合うかと言われると微妙だし、ヅケやネギトロはおかずというよりごはんのお供。
そしてネギマ鍋は作るのに時間が掛かって、腹ペコ軍団が騒ぎかねない。
よって、たたきにしたんだ。
「たたきできたかー」
「生と焼いたの、両方いっぺんに味わおうってことね」
「ますたぁ、それちゃんとやけてないよ?」
「大丈夫だよイクト君。それは生でも食べられるから」
「どんな味か気になるんだよ」
皆の声と視線を浴びながら、一切れ試食。
うおっ、凄いなこの旨味。
普通のマグロの旨味をギュッと凝縮しているというだけあって、旨味が凄く濃い。
しかも焼いた箇所と生の個所、二つの旨味が混ざり合っても根本は同じだから喧嘩せず双方が引き立ち、野菜とタレでさらに美味く感じる。
「まーたー、どーなの? そのおさーなおーしーの?」
料理を見た魚好きのネレアが騒ぎだした。
「ああ、美味い」
「じゃー、はーくつ-って!」
待て待て、たたきはすぐに全員分を作るけど、その後で披露会に出す予定のごはんのお供を試作するからさ。
早くと強請るネレアを宥め、ギュットマグロのたたきを全員分調理。
完成したそばからアイテムボックスへ入れておき、ごはんのお供へ取り掛かる。
作るのは――ニラやニンニク入りのスタミナ肉みそだ。




