起源
「どうやら、上手くいったみたいだぞ!」
窓から戦場の方を見ていた男性プレイヤーからの報告に、作業場にいるプレイヤー達から歓声が上がった。
一緒に酒を造っていたプレイヤー達は、「どんなもんじゃー!」と叫びながら腕を何度も振ったり、ゴールを決めたサッカー選手みたいなポーズを取ったりしている。
中には「生産職舐めるなよ!」って叫ぶプレイヤーもいる。
「やったようだね、トーマ君」
「ええ、間に合って良かったです」
暮本さんから声を掛けられ、ホッと胸を撫で下ろす。
協力して作ったワインや日本酒を、料理を運搬して貰っていたプレイヤー達に運んで貰い、足りない場合に備えてさらに造っていたけど、足りたようでなによりだ。
「やったね、ますたぁ!」
「みことねーねも、おーかれ」
「うん、頑張ったんだよ」
そうだな、ミコトもMP回復のためにポーションを作ってくれてありがとうな。
さて、余韻に浸るのはここまで、ここからは本来の役割に戻ろう。
「酒造りはこれで終了だ。酒造りをしていた人達は持ち場に戻って調理再開、醸造樽を貸してくれた人達は引き取りにきてくれ」
「「「おぉぉっ!」」」
指示を出し、料理プレイヤー達が動き回る中で俺も自分の醸造樽を回収して作業台へ戻る。
「イクト達、俺用に材料を頼む」
「「はーい」」
「分かったんだよ」
返事をしたイクト達が持ってきたのは、三つ又に分かれた変異野菜のトライデントアスパラ、辛みが強い縦縞のシマシマタマネギ、前に使ったことがあるアシュラエビ。
これで何を作ろうか。
この三つを使った炒め物、茹でたトライデントアスパラとアシュラエビを刻みシマシマタマネギ入りソースで和える、焼いたアシュラエビに下ろしシマシマタマネギソースを掛けて焼いたトライデントアスパラを添える、パンを使わせてもらいパン粉を作って三種のフライ。
材料を見てパッと思い浮かんだのはこの四つ。
使える調味料を確認して考え、導き出した料理へ取り掛かる。
まずはアシュラエビの殻を剥いて背ワタを取り、ボウルへ入れて臭み取りのため塩を振って揉み込む。
水分が出るまで少し放置しておく間に、トライデントアスパラとシマシマタマネギを一口大に切り分ける。
そうしたら使っていい調味料から、セツナ仕込みのマヨネーズと、エリザべリーチェ仕込みのケチャップを用意。
これをボウルに取って牛乳と胡椒を加えてマヨネーズソースを作り、臭みの元の水分が出たアシュラエビを洗って水気を切り、乾燥スキルで余った水気だけを乾かして、準備は完了。
あとは熱したフライパンでシマシマタマネギ、トライデントアスパラ、アシュラエビを炒め、マヨネーズソースを加えて全体へ絡めながら軽く炒めて完成、
エビとタマネギとアスパラのマヨネーズ炒め 調理者:プレイヤー・トーマ
レア度:4 品質:8 完成度:97
効果:満腹度回復22%
体力40%上昇【3時間】 魔力40%上昇【3時間】
物理攻撃時与ダメージ上昇【中・3時間】
アシュラエビ、シマシマタマネギ、トライデントアスパラを使用
個性が強そうな三種の材料を、マヨネーズソースが上手くまとめている
それぞれの旨味を活かしたまま、まろやかな味わいが口に広がります
味の方は……よし。
暴力的なまでに強い旨味のアシュラエビ、辛い縦縞のシマシマタマネギ、鋭く貫かれるような甘味があるトライデントアスパラ。
個性的なこれらがマヨネーズソースで上手くまとまり、互いを殺さず別々の主張をすることなく、一つの形になってまろやかな美味さになっている。
「まーたー、それたーたい」
「駄目だ」
これはあそこで頑張っている戦闘職の人達用の飯だから、食べさせてやることが出来ない。
だからイクトとネレアは一緒になって、目をウルウルさせて食べたいオーラを放たないでくれ、ミコトも食べたいって気持ちが籠った眼でこっちをジッと見て圧力をかけるな。
改めてイクト達に駄目だと告げ、冷めないうちにアイテムボックスへ入れて二皿目以降の調理へ移る。
「くっ、やっぱり駄目だったんだよ」
珍しく悔しがるミコトから圧力が消えた。
それだけ食べたかったんだな。
「こーあと、おーしーごはん、いーぱいつくーてもらおー」
「それいい! ますたぁ、このいべんとおわったら、おいしいのつくってね!」
ネレアが出した代案に同意したイクトが、それをそのまま俺へ告げる。
「分かった。それは約束しよう」
お願いを承諾すると、イクト達は「やった!」と喜ぶ。
そんな反応をされたら、約束した飯作りも張り切っちゃうじゃないか。
問題は何の材料が残るかだけど、そこは残ったもので臨機応変にやろう。
「おーい、イクト君。次の食材持ってきて」
「ミコトちゃんはこっちをお願い」
「ネレアちゃん、食材ちょーだーい!」
「「「はーい」」」
仕事を頼まれたイクト達が上機嫌な様子で食材運びに戻る。
さて、俺も調理を継続だ。
まだ残っている材料を使い、エビとタマネギとアスパラのマヨネーズ炒めを何皿も作ってはアイテムボックスへ。
そうして作れるだけ料理を作っている間、窓から外の様子を見ている運搬役のプレイヤー達が、ここから見える範囲で戦闘の様子を口にする。
「うおーっ、スゲーッ! あの空中にいる狐の女性NPCが玉藻の前か? 空中からいくつもの火の球を、大嶽丸の分身へ落としてるぞ!」
「あっちの空中を動き回っているのは酒吞童子か。あんなにデカい大嶽丸を一太刀で苦しめるなんて、どんな攻撃力しているんだ!」
「今度は雷を落として分身を二体倒したわ。やるじゃない、玉藻の前」
「見ろよ、酒呑童子が刀からデッケー光の刀身を出して、大嶽丸と分身へ横凪の範囲攻撃したぜ!」
随分と賑やかだけど、こっちは調理に集中しよう。
おい周りにいる料理プレイヤー達、チラチラよそ見するな。
ああほら、手元が狂っているじゃないか。
まともに料理をしているのが、俺とセツナと暮本さんしかいないぞ。
「オラァ、テメェら! 外ばっか気にしてねぇで、手を動かしやがれ!」
「「「はいぃぃぃっ!」」」
ナイス一喝だ、セツナ。
これで戦いが気になっていた料理プレイヤー達が気を引き締め、調理に集中しだした。
いや、訂正。まだ数人ほど、気になってミスっている。
そうした中でエビとタマネギとアスパラのマヨネーズ炒めを作れるだけ作り、運搬役のプレイヤーに渡して運んでもらおうとした時だった。
外から大きな雄叫びが聞こえてきた。
「おい、大嶽丸が消えていくぞ!」
「ということは勝ったんだな!」
「残っていた分身も消えたんだ、間違いない!」
窓から外を見物していたプレイヤー達の声で俺もそっちを見ると、大嶽丸が粒子になって消えていく様子が見えた。
作業場の中で歓声が上がり、暮本さん達も作りかけの料理を作り終えたところで、調理の手を止めて息を吐く。
「終わったようだね。ふふふっ、久々にたくさん調理して楽しかったよ」
「かーっ! ピークを乗り越えた後のような、この解放感がたまらねぇな! 一杯やりてー!」
充実した表情の暮本さんと、体を伸ばして解放感に浸るセツナ。
なんだかセツナが、店の常連の酔っぱらい連中みたいだ。
それからすぐに後片付けを開始するセツナに続き、俺と暮本さんも後片付けへ取り掛かる。
「ますたぁ、いくともてつだう」
「私も手伝うんだよ」
「ねーあも!」
おっ、偉いぞ皆。ありがとうな。
それを見て、タウンクエストクリアを喜んでいた面々が後片付けを開始。
運搬役のプレイヤー達もそれを手伝いだす。
『全てのプレイヤーへお報せします』
おっ、ワールドアナウンスだ。
これで完全にタウンクエスト終了だな。
『シクスタウンジャパン・キョウトにて行われていたタウンクエスト、【荒ぶる巨鬼】をクリアしました。隠しスキル【神通力】と隠し種族【聖人】が解放されました。参加者には貢献度に応じ、賞金が与えられます。さらに酒吞童子と玉藻の前の復活に成功したので、捧げられた酒類を造ったプレイヤーには特典として【朱宮の護符】をお贈りします』
えっ、特典が貰えるのか?
酒造りに関わったプレイヤーというと、調理者の欄に名前が載った人全員に?
直後に今回は目の前に賞金と【朱宮の護符】を受け取った、という表示が出た。
後片付けが済んだから確認すると、お助けキャラを復活させてクリアに導いたことで貢献度を稼げたからか、賞金はそこそこの額。
でもって肝心の【朱宮の護符】はというと――。
朱宮の護符 製作者:NPC・シュテン NPC・キュウビ
レア度:7 品質:7 耐久値:270
酒類製造時レア度+1 酒類製造時品質+1 酒類製造時完成度+10
酒好きのシュテンとキュウビによって作られた護符
装備して造った酒の魅力を上昇させ、より良い味へと仕上げる
装備中はスキルで急速に醸造しても、品質等が劣化することはない
これでさらに美味しいお酒を仕込んでください
なんという、酒飲みの酒飲みによる酒飲みのためのアイテムを渡されたんだ。
酒造りをして、酒好きのお助けキャラを復活させたからだろうか。
しかも今回俺が発見した、急速醸造のデメリットである品質等の低下も防げるとは。
「おぉっ、面白いアイテムじゃねぇか」
「早速これを装備して、お酒を造ってみようかしら」
「味にどれくらい影響が出るのか、装備していない時のと味比べをしよう」
何人かは喜んでいるけど、俺は素直に喜べない。
だって未成年の俺は料理に使ったり味見したりはできても、酒を飲めないんだから。
全く使い道が無いとは言わないが、運営にはもう少し万人向けのアイテムを考えてほしかった。
「おいトーマ、特典ってのは酒に関わるものなのか? なあ!」
周囲の声を聞いたのか、セツナが問い詰めてくる。
勢いに押されて頷き小声で情報を伝えると、よほど欲しいのかすごく悔しがりだした。
だからといって、譲渡を求めたり交換を申し出たりはしてこない。
ここで悔しがるだけで求めることはしない辺り、セツナはしっかりしているんだな。
「あの、セツナさん。私も護符を手に入れたので、これを装備して作ったお酒をあげましょうか?」
おそるおそるといった様子で天海が提案すると、セツナが今までに見たことが無いくらい明るい笑みを浮かべた。
「マジか、是非頼む! と言いたいところだが、タダで貰うわけにはいかないから、金を払うか物々交換はさせてくれ!」
「では、お酒造りに使うお米の代金と手間賃でどうでしょう」
「のった!」
向こうは交渉成立か。
さて、ここからは別の交渉だ。
全員の後片付けが済んだら、作ったもののクエストが終わったため運ばなかった料理と、余った食材を前に集まる。
「ではこれより、料理と食材の分配について話し合おう」
暮本さんの仕切りで始まる、残った料理と食材の分配。
タウンクエスト終了時、料理と食材が残っている場合は料理プレイヤー達で分けようと、調理開始前に決めていた。
この場にいない食材の提供者達からも既に承諾は得ており、美味い料理を作ってくれるお礼として受け取ってほしいと、言質は取っている。
そういう訳で残った料理と数を報告し、余った食材を確認して、まずはそれぞれが欲しい物と数を申告。
分けられればそれで良し、数が足りない場合は欲しい人同士で話し合って分配を決めていく。
俺が求めたのは、終了直前に作っていたエビとタマネギとアスパラのマヨネーズ炒めと、料理が二品と未見の食材をいくつか。
同じ物を欲しがった人と話し合い、エビとタマネギとアスパラのマヨネーズ炒めはこの後の晩飯分を確保。
さらに暮本さんが炊いたごはんと、まーふぃんが作ったオニオンスープも、なんとか晩飯分の量を確保した。
炊飯器じゃなく土鍋で炊いた暮本さんのごはんを自前の土鍋へ、まーふぃんが作ったオニオンスープも自前の鍋へ、それぞれ移して冷めないようアイテムボックスへ入れる。
「これで晩飯の心配は無いな」
「さっきのが食べられるんだよ」
「やった!」
「たのしみだね!」
イクト達も喜んでくれているから、頑張って確保して良かった。
でもその分、欲しかった未見の食材はいくつか諦めざるをえなかった。
それでもいくつかは確保できたし、上々の成果と言えるんじゃないかな。
ちなみに確保したのは三種類。
片手で持ち上げられるくらい小型だけど、既にこれで成魚だというマグロ、ギュットマグロ。
熊の胴体と両腕、猪の頭部と牙、牛の角、下半身は虎の首から下だというキメラ、ベアブルボアタイガーの肩ロース。
太くて厚みがあるニラの変異野菜、パワフルニラ。
パワフルニラはいつも通り、ポッコロとゆーららんへ一部を預けて栽培してもらおう。
「ますたぁ、なにもらったの?」
「美味しい食材なんだよ?」
「どーなの? おーしそー?」
落ち着け、イクト達。
まだ詳細を調べていないから、味の想像が出来ないんだ。
おっと、ダルクからメッセージが届いた。
そっちは落ち着いたか、宿を取っておくからそこで合流して飯にしよう、ね。了解っと。
といっても、もう飯は準備が出来ている。
俺が作った炒め物をおかずに、暮本さんが炊いたごはんと、まーふぃんが作ったオニオンスープを添える。
漬物か小鉢があるといいけど、そこは勘弁してもらおう。
さて、合流するまでの間に消費した食材を買い足しておかないとな。
「じゃあ、俺達はこれでお先に」
「ああ、お疲れ様」
「明日の披露会で、また会おうな」
片付けも用事も済んだから先に引き上げる旨を伝え、冷凍蜜柑に了解と返事をして退館。
どうせならポッコロとゆーららんと一緒に移動しようと連絡を取ると、食材や料理の分配をしている様子を見て、邪魔しては悪いと思って先に引き上げて、今は製薬ギルドで薬草を買い足しているそうだ。
そういうことならと、後で合流することにしてイクト達と移動を開始。
タウンクエストの熱気が冷めやらぬ町中を移動して料理ギルドへ向かい、買い足しておくべき食材や調味料を補充。
ついでにタウンクエスト中に作った料理で、オリジナルレシピ扱いになっているのが二品あったから、オリジナルレシピ提供の依頼を受けて提出。
これで合計五十に到達だ。
『プレイヤー・トーマさんへ運営よりお報せです』
えっ、このタイミングで運営からお報せ?
ということはおそらく……。
『開発した料理のオリジナルレシピを五十以上、最速でギルドへ提供したのを確認しました。プレイヤー・トーマさんには報酬として、【クッキング・オリジン】の称号が与えられます。以上で、お報せを終了します』
やっぱりオリジナルレシピ提供による、称号の入手だったか。
とりあえず受付前から離れて、壁際で情報確認っと。
称号【クッキング・オリジン】
解放条件
開発した料理のオリジナルレシピを五十以上、最速で料理ギルドへ提供
報酬:賞金15000G獲得
ポイント8点取得
効果:提供したオリジナルレシピが料理ギルドで購入された際、その二割の額を得る
*一日ごとに合計額が、所持金へ加算
所持者の器用を+10する
*料理の新たな道を切り開き、先導し、料理開発の起源となる者へと至った証
これからも美味しい料理を切り開いていってください
【クッキング・パイオニア】がギルドへの貢献度の上昇。
【クッキング・ヴァンガード】が提供時の報酬増額。
そして今回の【クッキング・オリジン】は、俺が提供したオリジナルレシピが購入される毎に、その二割の額を得るのか。
一日ごとってことは、買われる度に振り込まれるんじゃなくて、一日分の合計額が一度に振り込まれるんだな。
それとこれまでは無かった最後の文章。
これを読むに、オリジナルレシピの提供で得られる称号はここで終わりなんだろう。
つまり今後オリジナルレシピを提供し続けても、新しい称号は入手できないのか。
「まっ、別にそれが目的ってわけじゃないからいいか」
仲間達のために少しでも美味い料理を作る。
それが俺の目的だから、称号を入手しようがしまいが気にしない。
起源となる人物に至ったとかも、知ったことか。
だからなんだって話だよ。
「どうしたんだよ、マスター」
「ん? いや、なんでもない」
表示させていた画面を閉じ、イクト達を伴って料理ギルドを出る。
そのまま交代で手を繋がれながら町中を歩いていると、セイリュウから宿が決まったというメッセージが届く。
飯はそこの食堂で食うようで、途中で偶然会ったポッコロとゆーららんところころ丸は、既に宿の方にいるそうだ。
「今日の宿が決まったから、そこへ行くぞ」
「そこでごはん!?」
「ああ」
「じゃーいこー! はーくごはんたーたい!」
「落ち着くんだよ、ネレア」
グイグイと手を引っ張るネレアをミコトが宥め、手を繋いでいないイクトが前へ行って早くと急かす。
分かったから落ち着け、慌てると転ぶか誰かにぶつかるぞ。
そんな三人と共に指定された宿へ到着し、食堂へ行くとダルク達が席に座って待っていた。
「あっ、来た来た。晩御飯は何? 揚げ物?」
「待っていたわ。甘いものはあるの?」
「麺類は?」
「辛い料理は出るの?」
「「お疲れ様です、お兄さん。卵焼きあります?」」
モルモル鳴くころころ丸と共に、自分達が食べたい物があるかを聞いてくる。
その中に――。
「待っていたわ。クリア時のアナウンスにあった特典の件、何か知っているでしょう? 教えなさい!」
左手を腰に当て、右手でこっちをビシッと指差すミミミがいた。
うん、これはあれだ、ヘドバンフラグが立ったな。




