かしこみ申す
お助けキャラの酒吞童子と玉藻の前を復活させるため、大量の酒が必要になった。
それを短時間で用意するため、醸造樽の中身へ発酵スキルを繰り返すこと六回。
最後のかき混ぜを終え、七回目の発酵スキルを使用する。
上手くいけば、これで酒が完成するはず。
一部の料理プレイヤー達が調理の手を止めて注目する中、七回目の発酵スキルが終了。
すぐに抽出すると、ボトルに詰まっていたワイン類と同じく、瓶詰めされた状態で完成した。
肝心の情報はどうだ?
日本酒 調理者:プレイヤー・トーマ
レア度:4 品質:5 完成度:82
効果:給水度回復11%
体力+4【1時間】
*飲んだ量によって、ほろ酔い状態、酩酊状態、泥酔状態を付与
米で仕込んだやや甘口の日本酒
外部から発酵を早めて短期間で仕込んだため、やや品質と完成度は低下
ですが、飲むにしても料理に使うにしても、味に問題はありません
*未成年プレイヤーは飲めません
*料理に使ってアルコールを飛ばせば、未成年プレイヤーも食べられます
よしっ!
「発酵スキルを使ったから品質と完成度は下がったけど、成功だ」
確認した結果を伝えると、あっちこっちから「やった」とか「よっしゃっ」って声が上がった。
「品質と完成度が下がっているのは、大丈夫でしょうか?」
「駄目なのは未調合と調合に失敗した奴だけだから、大丈夫だろう。おいトーマ、念のため味見させろ!」
確かに味見は必要だ。
すぐに手持ちのコップへ少しだけ注ぎ、手を伸ばしてきたセツナへ手渡す。
受け取ったそれをグイッと一気飲みしたセツナが、「ぷはーっ」と息を吐く。
ここはゲームだからいいけど、少量とはいえ一気飲みは危ないから良い大人は真似しないように。
「うん! とびきり美味いわけじゃないが、普段から飲む酒と考えれば十分だぜ!」
酒好きのセツナからお墨付きを貰ったのなら、問題無し。
だったらあとは、量を作るだけ。
「ありったけの醸造樽と発酵スキル持ち、米を酒造りへ回せ! いや、酒ならなんでもいいって話だから、米以外でもいいぞ!」
「「「おぉぉぉおっ!」」」
思わず命令口調になって拙いと思ったけど、誰も気にせず対応してくれている。
発酵スキルを持っているってプレイヤーが集まり、醸造樽と米と酒の材料になりそうな果実類が次々と運ばれ、いつの間にか俺を中心に酒造り部隊みたいなのができた。
「トーマさん、準備完了です! すぐにお酒造りに着手しましょう!」
何故か敬礼をする天海も発酵スキル持ちなのか。
甘いもの作りで生地を発酵させるために、習得したんだろうか?
おっと、今はそれはどうでもいい、早く酒を造らないと。
「トーマ君、そっちは君に任せるよ」
「分かりました。これより酒の仕込みに入る!」
暮本さんに返事をして、集まった発酵スキル持ちを見回す。
人数は俺を入れて十二人、醸造樽はざっと見でニ十個以上というとことか。
うちいくつかは、セツナと冷凍蜜柑が既に仕込み済みで中身が入っている。
「暮本さん、何人かこっちへ回せますか。発酵スキルは無くとも、材料の仕込みはできますから」
「ならば四人ほど回そう。誰か、頼めるかな?」
暮本さんの呼びかけに何人も手を挙げて、その中から四人が指名される。
その間も調理の手を止めるどころか、緩めもしない暮本さんはさすがだ。
集まった四人には米の仕込みを頼んで、他の面々に作業の指示を出す。
「今仕込んでもらっている米は、浸水と蒸す工程があるから時間が掛かる。俺達はその間に、仕込み済みの分を発酵させるのと、ワイン作りに取り掛かる。ワインは材料によって必要な日数が違うから、一日分発酵させたら確認するのを怠らないでくれ」
「「「おぅっ!」」」
返事をしてくれた十一人に作業を割り振り、早速酒造りに取り掛かる。
「まーたー、はい、つぎのぽーしょん」
「ゆーららんおねえちゃんたちもがんばってつくってるから、ますたぁもがんばって」
「こっちも頑張って仕込むんだよ」
ありがとう、イクト達。
さあいこうか、ここからはMPと時間との勝負だ。
*****
遂に現れた大嶽丸は、黒い肌に二本の角が生えた巨大な鬼。
分身の数は九体で、そっちは肌の色が茶色で角が短い。
検索して調べたら三十メートルってあったけど、ゲーム用に調整したのか本体も分身も公式イベントに出た土地神、スタッグガードナーと同じくらい。
本当に三十メートルもなくてホッとしたのも束の間、あんなに巨大な存在と戦うのかっていう緊張感が湧いてきた。
「臆するでない! 決して倒せぬ相手ではないのだ。総員、全身全霊全力全開で当たるのである!」
塾長さんのこの一括で不思議と緊張が和らぎ、周囲にいた人達の表情からも固さが取れた。
これがカリスマ性なのかしら、なんて思っているうちに戦闘が開始。
私はダルクと共に分身の一体を目指して駆け出し、後方からはカグラとセイリュウが回った後衛部隊による、弓矢や魔銃や魔法での援護が飛んでくる。
巨大とはいえたった十体の相手に対し、こっちの戦闘職、戦闘可能な生産職の人達、そして参戦するNPCの兵士達を合わせて数百人。
それでも苦戦は免れないだろう、という判断すら甘かったわ。
苦戦どころか、完全に劣勢だもの。
「ぐはーっ! なにあれ強すぎだって!」
戦闘開始からどれだけの時間が経ったのやら。
それを確認する余裕すらないほど戦いは厳しくて、もう何度死に戻りしたのか分からない。
タウンクエスト中の仕様でデスペナルティは無いとはいえ、HPとMPは減少した状態で復活するから、それが回復するまでは戦線へ復帰できないからしっかり休んで回復を待つ。
「ねぇ、メェナもそう思うでしょ!」
「思うことは思うわ。でも、あれでまだ不完全体なのよ」
「だからこそ、余計にムカつく!」
苛立つダルクを横目に溜め息を吐き、一度目の死に戻りをした後にもたらされた情報を思い出す。
それはもう一つの封印の灯篭があったという神社の宮司からのもので、片方とはいえ封印の効果があるから大嶽丸は本来の大きさではなく、神通力も使えず、分身も十体以上出せないというものだった。
つまり、今の大嶽丸は不完全体。
そういうこともあってか、攻撃は踏みつけと武器である剣や腕による叩きつけか払いのけがほとんど。
たまに足元にいるプレイヤーを捕まえて、口の中へ放り込んだり後衛部隊の方へ投げて遠距離攻撃したりっていう、酷い攻撃をしてくる時があるけどね。
だけどあの巨体なら、どんな攻撃でも一撃必殺になりえる。
対するこっちは、遠距離攻撃ができる後衛部隊が上半身を、接近戦しかできない私達前衛部隊が足元を、それぞれ攻撃しているけどHPをなかなか削れない。
「鬼って大抵、角が弱点の場合が多いのに当たっても大して削れないし、どうすればいいのさコンチクショー!」
確かにHPを大きく削ることはできていないけど、まったくダメージを与えていないわけじゃない。
だけど、お助けキャラだっていう酒吞童子と玉藻の前がいないと厳しいと思うわ。
塾長や野郎塾の人達、それと別の攻略組の人達も奮闘しているとはいえ、じりじりと戦線を下げながら足止めするのが精々。
途中から参戦してくれているプレイヤーも多くいるのに、突破口が全く開けない。
「これじゃあ、お助けキャラがいないとマジでやばいって!」
思わず叫んだダルクの言う通り、お助けキャラがいないと難しいかもね。
既にお助けキャラが酒吞童子と玉藻の前なのは伝わっているし、復活方法も聞いている。
そのために作業館で調理しているトーマ達が、急いでお酒を用意しているそうだけど、間に合うのかが分からないのが歯がゆいわ。
「文句を言っていないで、早くポーション飲んで回復しましょう」
「うげぇ。水出しじゃ追いつかないからって、煮出したのを飲むことになるなんて……」
気落ちするダルクの気持ちは分からなくもないわ。
水出しポーションはどうしても抽出に時間が掛かるから、大量に必要になったら間に合わなくなる。
そこで急遽、煮出して作る通常のポーションも作ることにしたみたい。
ポーションを作ってくれている薬師達の気持ちは分かるし、理解もできる。
でもやっぱり美味しくなくて、はしたないけどウエッってしたくなるのよね。
日頃からトーマやミコトちゃん、ポッコロ君とゆーららんちゃんが仕込んでくれた水出しポーションを飲んでいるから、なおさらね。
「うえー、口直しに何か食べたい」
「残念。あいにく料理は品切れみたい」
戦闘職による消費に、料理プレイヤー達の供給が追いついていない。
戦闘職の人数の方が圧倒的に多いから、届いた瞬間には戻ってきた人達が集まり、あっという間に無くなってしまう。
「むきーっ! そろそろ前の食事でのバフ効果が消えそうなのに!」
ということは、前の食事から二時間が経過しそうなのね。
だとしたら、やっぱり今の戦況は不味いわ。
大嶽丸とその分身はもうだいぶ町まで近づいていて、大嶽丸はもう数歩で町を囲む防壁へ剣が届きそう。
敗北条件は封印の灯篭の破壊とはいえ、町へ到達されたら戦いにくそうよね。
あっ、カグラからメッセージだわ。
「かなり接近されているから、後衛部隊は防壁の上から退避するみたいよ」
「はぁっ!? じゃあしばらくは、僕達前衛部隊で持ちこたえなきゃならないの!?」
そういうことになるわね。
一応防壁から降りた後、外へ出て引き続き援護射撃はしてくれるそうだけど、展開するまでは前衛部隊が踏ん張らなくちゃ。
「さっ、そろそろ回復したし行くわよ」
「はいはい。六回目の死に戻りをするだろうけど、やるだけやろうか」
縁起でもないことを言わないでほしいけど、そうなる未来しか見えないのよね。
とはいえ、少しでも貢献度を稼ぐために私とダルクは前線へ戻る。
復帰した戦線でやることは、これまでと変わりない。
とにかく攻撃を避けて、足元を中心に攻撃して、たまに地面へ叩きつけ攻撃した手を攻撃する。
剣も手も足も大きいから全てが範囲攻撃のようで、踏みつけや地面への叩きつけでは衝撃波が来るから、回避するだけでも一苦労。
攻撃も一当てしたらすぐに離れないと足で払われるから、常に動き回っているようなもの。
私のように俊敏重視はともかく、ダルクのように俊敏を捨てて攻撃と防御に振っているプレイヤー達は、必死になって動き回っているわ。
「ゲームだから本当に疲れることはないのに、これだけ動き回っていると疲れる気がする!」
踏みつけで生じた衝撃波を避けきれず、ダメージを受けて転がりながらも立ち上がったダルクが文句を叫ぶ。
衝撃波の範囲外へ離脱した私はダルク以上に動いているけど、そんな気は一切無いわ。
むしろ、気分が高揚してもっと動き回れる気がするのよね。
これがランナーズハイってやつかしら。
「いくのである! 野郎塾名物、雄々男!」
突如聞こえた塾長の声。
その直後に組体操のように体を組んだ野郎塾の人達が、大嶽丸には及ばないまでも一体の巨人のようになって力こぶを見せるポーズをして、大嶽丸の拳を両手で受け止めてみせた。
なによあれ、というか両手じゃなくて腕部分になったプレイヤー達?
「嘘だろう! まさか、あの伝説の雄々男をこの目で見ることができるなんて!」
「知っているのか、赤巻布青巻布黄巻布」
「ああ。その昔、敵軍に包囲され矢も尽きて陥落は免れない状況に陥った砦の大将が、前日の雨で生じた霧を利用しようと残っている兵士達を総動員し、巨人の姿を模したように体を組んだ。視界が悪い朝霧の中、突如現れた巨人の姿に敵軍が激しく動揺したところへ、壊れた荷車などを投げつけられたことで幻ではないと分かった恐怖心から敵軍は一斉に逃げ出し、砦は危機を脱した。これを知った彼らの主君は、大将と兵士達を真の益荒男と称え賞した。この男達が組んで巨大な何かを表現した姿は、組体操の起源になったとされているそうだ」
生産職とはいえ戦えるから、この場にいある赤巻さんと仲間のギョギョ丸が、なんかありえない会話をしている。
……そういえば公式イベントの時も、似たようなことをしていたわね。
「ぬぐぅっ! 踏ん張るのである!」
「「「「押忍!」」」」
確かに息を合わせて巨人みたいな姿で戦うのは凄いけど、大きさは向こうの方が上だし、塾長達の方は何十人もの人が組んだだけに耐久力に劣っていそう。
事実、大嶽丸の攻撃を防いで反撃はしているけど、今にもバランスを崩しそう。
でも大嶽丸のHPはこれまでに比べると削れているから、さすがは野郎塾って感じね。
「うわー、あの無茶苦茶っぷりはさすが塾長と野郎塾だね。僕には無理だよ」
安心しなさい、ダルク。
塾長と野郎塾の人達以外で、あんなこと出来る人はいないから。
おっと、見とれている場合じゃないわ。
「ダルク、私達も分身との戦闘に戻るわよ」
「あらほらさっさー!」
そうやってふざけられる程度には、まだ余裕があるのね。
だったら反撃されるのを考慮せずに突撃して、分身のHPを削ってきなさい。
なんて特攻を言うことはせず、これまで通り足元でヒットアンドアウェイを繰り返し、チマチマHPを削る。
だけど後衛部隊が防壁から移動していることで援護が減り、足止めすら困難な状況。
健闘していた塾長達の雄々男も、大嶽丸の一撃で遂に耐えられなくなって崩れ、塾長と他数名を残して死に戻り。
そうして遂に大嶽丸が防壁へ辿り着き、防壁を壊すために剣を振り上げた。
これはもう市街戦を免れない、そう思った直後に町中から巨大な光の柱が上空へ向けて伸び、その眩しさで大嶽丸の攻撃がキャンセルされ後ずさり、そのまま動きを止めた。
「眩しっ!? 今度は何が起きたのさ?」
分身達も眩しさに動きを止めたから、プレイヤー達も光の柱の方を見る。
目元に手をやって眩しさを軽減させて見ると、光の柱の中に二つの影が浮かび上がってきた。
その中の一方が光の柱から飛び出し、弾丸のような速度で一直線にこっちへ飛んできて、大嶽丸の顔面へ衝突。
悲鳴を上げた大嶽丸が後ろへ数歩下がり、左手で顔を押さえながら衝突した存在を睨みつける。
そこにいたのは、腰に刀を差した和ファンタジー風の服装に身を包んだ鬼人族の青年。
額からは三本の角が生え、巨大な大嶽丸を前にしても不敵な笑みを浮かべているその青年は、空中に出現した五芒星の魔法陣の上に着地した。
「またテメェに会うことになるとはな、大嶽丸! 昔は果たせなかった決着、今度はつけてやるぜ!」
睨みつけてくる大嶽丸を指差し、声高々に叫ぶ青年。
その青年の傍らへ、消えゆく光の柱から現れた九本の狐の尻尾と狐の耳が生えた巫女服姿の女性が、五芒星の魔法陣に乗って移動してくる。
「シュテン、いきなり飛び出さないでよ。落ちたらどうするのよ」
「なに言ってんだキュウビ、お前がフォローしてくれるって信頼しているから、ああいうことができるんだろうが」
「その信頼、嬉しいんだか悩ましいんだか」
シュテンにキュウビ。
これは話に聞いていた、酒吞童子と玉藻の前の名前。
ということはあれが、今回のタウンクエストのお助けキャラなのね。
「んなことよりも、さっさと決着をつけるぞ」
「それもそうね。以前は倒す前に私達の体が加護に耐えられなくなって、封印するしかなかったけど、今度は決着をつけてやるわ」
顔に当てていた手を下ろし、怒りの籠った咆哮を上げる大嶽丸。
その迫力に私だけでなく周囲のプレイヤー達も怯える中、酒吞童子と玉藻の前は平然として大嶽丸を見据える。
酒吞童子は腰に差してある刀を抜き、玉藻の前は鈴が付いた短い杖を取り出す。
「頼むぜ、キュウビ!」
「ええ。下にいる戦士の皆々様、これより私が神の加護を与えます。どうか大嶽丸の討伐にご助力願います」
そう告げた玉藻の前は杖の鈴を鳴らしながら、その場で舞を始めた。
「かしこみ、かしこみ申す。願わくば、我が信じ仕えし神よ。千早振り、荒ぶる巨鬼を討滅せし者達へ力を授けたまえ」
玉藻の前が唱えるように言葉を紡いだ直後、酒呑童子と玉藻の前、そして私達の体が光に包まれる。
目の前には「タウンクエスト終了時まで神の加護を得た」、っていう表示がされてステータスが一気に十倍に上がった。
「すっご! なにこれ、HPとMPも十倍になってる!」
このタウンクエスト終了時までとはいえ、急激に上昇したステータスにダルクだけでなく、プレイヤー達も驚いている。
私だって、こんなの見たら興奮するわよ。
「おっしゃぁっ、数百年ぶりの大暴れだ! 下のテメェらも、遠慮なく暴れやがれ!」
刀を掲げて叫ぶ酒吞童子に応えるように、あっちこっちでプレイヤー達の声が上がり、それに対抗するように大嶽丸とその分身達も雄叫びを上げた。
このステータスならまだやれるわ。
さあ、言われた通り暴れてあげようじゃない!




