酒持ってこい
塾長の登場から僅かな時間で、一気に準備は進んでいく。
指揮を押し付け合っていたプレイヤー達を一喝し、自分が指揮を執ると宣言。
UPO最強の塾長とあって誰からも文句は出ず、大嶽丸の分身との戦闘に向けた準備が始まる。
戦闘職、戦闘可能な生産職、純粋な生産職、この三組に分けて職業別に役割が決められていく、
途中からミミミが意見を出し、純粋な生産職の一部は灯篭探しに行くことも決定。
その一部に加えられなかった俺に与えられた役目はというと――。
「タンポポシープの塩ニンニク炒め、もうすぐ上がるぞ!」
作業館の作業場で飯を作ること。
理由は、タウンクエストの参加者の中でまだ飯を食っていないプレイヤーが割といるのと、戦闘へ向けてバフ効果を付けるため。
クエストに参加するのに、仲間以外には食べさせない、なんて狭量なことは言わずにしっかりと飯を作る。
周囲には同じ役割を担った料理プレイヤー達が、それぞれの作業台で腕を振るう。
例の披露会をここでやると決めていたこともあり、集まっていた面々には知った顔が多い。
「こっち、出来たわよ! 広場へ運んで!」
「もうすぐスープが完成するから、運搬役の人は準備しておいてくれ!」
この町へ来てから遭遇した、冷凍蜜柑、エータ、バーテンダー。
他にもメアリー、エクステリオ、雷小僧、まーふぃん、天海、バーベキュー、塾長と一緒に現れたリョーチョウといった顔見知りが大半を占めている。
その中でも特に心強いのが、あの三人だな。
「鶏手羽の甘辛揚げ、できたよ!」
「サワーアップルのタルト、完成しましたわ!」
「ほい、ウォーターフォールサーモンのおにぎりが出来たぞ」
セツナ、エリザベリーチェ、そして暮本さん。
この三人も例の披露会へ参加するためにこの町へ来ていたから、広場にいた時は戦闘職だけでなく、料理プレイヤー達も大騒ぎになった。
「ふふふっ。こんなにたくさんの量を作るのは久々だが、昔を思い出して楽しいよ」
滝でしか獲れない鮭、ウォーターフォールサーモンのほぐし身入りおにぎりを大量に作った暮本さんが楽しそうにしている。
さすがは元料理人、こんな状況は既に経験済みか。
かくいう俺も店を手伝っている時の感覚がしているせいか、妙に高揚して楽しい。
しかも同じ料理を何皿も作るから、味のブレを少なく作るための良い修行になるよ。
「はっはっはっ! アタシも職場の忙しい時間帯みたいで、燃えてくるぜ!」
同じく笑って料理しているセツナの背後に、燃え上がる炎が見えた気がする。
そういえばセツナは、料理関係の仕事をしているんだったっけ。
忙しい時間帯になってきたら燃える気持ちは分かる。
今の俺も、その時みたいなテンションから高揚しているんだからな。
「どうして暮本さんとセツナさんとトーマさんは、この忙しい中で楽しそうなのですか!?」
訳が分からない様子のエリザベリーチェが言うように、俺と暮本さんとセツナを除く料理プレイヤー達は、いまなお集まっていると思われる参加者達へ振る舞う飯をてんやわんやしながら作っている。
こればかりは経験の差かな。
あと、仕事なのか趣味なのかの違いもあるかも。
さてと、もうすぐ料理が完成だな。
「タンポポシープの塩ニンニク炒め、できたぞ! 誰か運んでくれ!」
「分かった、俺が運ぶよ!」
フライパンから完成した料理を皿へ移し、冷めないようにアイテムボックスへ入れておいた同じ料理を載せた皿を大量に作業台の上へ並べていると、挙手したコン丸が駆けて来て、料理を全てアイテムボックスへ入れると作業場から駆けて出ていく。
完成した料理は、純粋な生産職で灯篭探しにも調理にも加わっていないプレイヤー達が、広場の戦闘に参加するプレイヤー達の下へ運ぶ手はずになっている。
その中にはセツナを姐御と呼ぶミュウリン、さっきギョギョ丸に紹介されたレディーママの姿もあった。
なお、上の階の作業場でも同じような感じでポーション作りが行われており、ポッコロとゆーららんはそっちへ回っている。
「ますたぁ、たのしそう」
「たくさん料理を作れているのが、嬉しいんだよ」
「ねーあたちがたべらーないのがざーねん」
戦闘はできるものの、俺がここにいるから戦闘には参加できないイクト達にも役目はある。
それはクエスト参加者達が提供してくれた食材を、俺達の下へ運ぶこと。
俺達も手持ちの食材を出し、何を作るか話し合って調理をしている。
「ますたぁ、つぎのもってきたよ」
イクト達が目の前に並べた食材は、変異野菜のシャドースピニッチっていう黒いほうれん草と、バーベキューが試作したオーク肉の塩漬け。
この二つの組み合わせで、ベーコンとほうれん草の炒め物みたいなのを作る。
【食材目利き】で情報を確認し、すぐさま調理へ取り掛かる。
肉の塩気があるから味付けの塩は加えず、火を通しすぎるとシャドースピニッチの濃い風味が損なわれるから、これを加えてからは強火でサッと炒めて風味を活かす。
双方の特徴が上手く絡んで美味いから、ジンジャーやニンニクのような風味が強いものは使わず、仕上げに胡椒を少し振るだけでいい。
「ふむ。トーマ君、以前に比べて随分と自信を持って調理しているじゃないか」
「ありがとうございます」
さすがは暮本さん、祖父ちゃんと父さんと同じことに気づいたか。
「君なら大丈夫だろうが、適度な自信は誇りとなって心の支えになり、過度な自信は傲慢となって身を滅ぼす。くれぐれも、気をつけるんだよ」
今度は塾長からの助言みたいなことを言われた。
言っている人は違えど、こうも念入りに言われたのなら、なにがなんでも気をつけなくちゃな。
「分かっています。祖父からも、同じようなことを言われました」
「だろうね。あいつなら言いそうだよ」
「そこのお二人! どうして喋りながら、そんなに手際よく料理ができるのですか!?」
暮本さんと話しながら調理をしていると、エリザベリーチェから文句なのか疑問なのか分からない声が上がった。
ほとんどの料理プレイヤー達が無言で調理に集中する中、俺は材料を切って炒め物を、暮本さんは変異野菜のかきあげを、会話しながらもしっかり作っているからかな。
「どうしてと聞かれても、慣れているからとしか返しようがない」
「こればかりは長年の経験だな」
「そうだな。こういうのは慣れだぜ、慣れ」
「セツナさんまで……。一体お三方は、どれだけ場数を踏んでいるというのですか」
そこは仕事して料理に関わっている、関わっていた、関わろうとしているのが理由だろうな。
さて、タウンクエスト開始まで残り二十分を切ったか。
役割分担、作業館への移動、食材を確認しての振り分け、調理と忙しかったから、知らずに結構な時間が経っていた。
「向こうの方はどうなってんのかね」
「戦闘の方は塾長がいるから大丈夫として、問題は町中にある灯篭が見つかるかどうかじゃないか?」
「だよねぇ。町は広いから、そう簡単には見つからないだろうしね」
調理を続けながらセツナと意見を交わす。
プレイヤー全員で探せば比較的早く見つかるかもしれないけど、迎撃の準備とかがあるから無理だ。
俺達も飯を作らないと、バフによる強化はともかく満腹度が低下しているプレイヤー達が存分に戦えないし。
「そういえばコン丸から聞いたが、こういうのには助けてくれる人がいるそうじゃないか」
「ああ、いますね」
かき揚げを作っている暮本さんからの問いかけで思い出すのは、死霊魔法使いの時に協力してくれた、同じ死霊魔法使いのリュウとハルト。
町を襲った奴からすれば、ハルトが師匠でリュウは弟弟子に当たる。
しかもリュウはそいつの姪の娘を妻にしているっていう、複雑な人間関係だった。
ゲームのキャラとはいえ、元気にしているかな。
「本当によくやるな、あの三人」
「喋りながらあんなに手際よく料理するなんて、俺には無理だ」
「しかもさっきチラッと情報を確認したら、三人の料理はどれも完成度九十越えよ」
「はうぅ……。本職を目指すなら、あれぐらい当然なんでしょうか」
「がっはっはっ! 気合いじゃ気合い!」
開始時間が迫っているとあって、周囲も騒がしくなってきた。
さて、炒め物の材料は残り二、三皿分っていうところか。
これが終わったら次は揚げ餃子だったな。
ダルクに揚げ物食わせることになりそうだけど、こういう状況だから仕方ない。
「すみません! ちょっといいですか!」
完成した料理を皿へ移してアイテムボックスへ入れようとしたタイミングで、作業場全体へ響くような声がした。
全員の注目が声の主へ集まり、俺もそっちを見ると男性プレイヤーとNPCが一人ずついた。
というかNPCの方は、午前中に依頼を受けた神社にいたドージじゃないか。
「この中に、こちらの宮司さんが出した依頼を受けた方はいますか!?」
男性プレイヤーの呼びかけに、ポツポツと手が挙がる。
セツナと冷凍蜜柑とエータも挙手し、理由は分からないけど俺も挙手をした。
「報酬の神酒を飲まずに、持っている方はいますか! それが今回のタウンクエストを攻略する、鍵になるかもしれないんです!」
攻略の鍵という発言で作業場の中がざわつきだす。
いったい、どういうことなんだ?
周囲から説明を求める声がいくつもあがり、男性プレイヤーとドージが説明を始める。
何人かのプレイヤーが、結界を維持している灯篭を探してドージがいる朱宮神社を訪れると、灯篭はそこにあることが発覚。
事態を聞いたドージから場所を教わった後で、あることを伝えられた。
「大嶽丸を封印したのは、うちの神社で祀っている二体の神―ーいえ、私の兄貴分と姉貴分なんです」
その内容をドージの口から直々に聞かされ、作業場にいるプレイヤー達が再びざわつきだす。
確かあの神社には、酒好きだという二体の神の像が祀られているんだったな。
依頼で尋ねた時は見ていなかったけど、その神がドージの兄貴分と姉貴分って、どういうことなんだ。
「今から数百年前の話なんですが……」
俯いたドージが語りだす。
今から数百年前、まだドージが宮司でもなんでもないただの悪ガキだった頃、とある暴れん坊の鬼が大嶽丸へ覚醒。
あまりの強さに誰一人として手も足も出ず、町は壊滅の危機に立たされた。
そんな窮地を救ったのが、ドージの兄貴分であり最強の名を欲しいままにしていた、酒呑童子のシュテン。
同じくドージの姉貴分であり、歴代最高の巫女と呼ばれていた、玉藻の前のキュウビ。
「大嶽丸だけじゃなくて、酒吞童子に玉藻の前まで出るのかよ」
「最強クラスの妖怪が勢揃いじゃない」
巨大な大嶽丸に怯むことなく果敢に切り込む酒吞童子を、祈りを捧げることで神の加護を与えて援護する玉藻の前。
二人の奮戦によって大嶽丸を追い詰めたものの、倒しきることはできず封印。
さらに、加護をその身に受け続けた酒吞童子と自らにもその加護を与え続けた玉藻の前は、過度な力を受け続けた反動で石化。
以後、町を救った守護神として石化した二人を祀り、シュテンとキュウビの名前からもじった朱宮神社と名付けたそうな。
あの神社は、そういう流れで建てられたのか。
「なるほどね。しかし、どうして神酒が必要という話になるのかね?」
「大量の酒があれば、二人を石化から解放させることができるのです」
頷いた暮本さんからの質問にドージが答える。
なんでも完全に石化する前に、キュウビがこう言い残したそうだ。
自分達は神の加護を受けすぎた代償として、石化して永遠の眠りにつく。
だが、奴の封印が片方でも解けた時に限り、我らは眠りから覚めることができる。
万が一にでもそうなった時は、我らへ大量の酒を捧げよ。
必要な量を捧げれば、我らは蘇る。
それが本当なら、片方の封印が解けた今なら二人は復活できるのか。
酒は神に捧げる物として扱われているし、清め酒っていう言葉もあるから、復活に必要な物として扱われるのは分かる。
しかし一体、どれだけの量が必要なんだ。
こうしてわざわざ取りに来るんだから、相当な量がいるんじゃないかな。
「やべぇよ、俺全部飲んじゃったよ」
「うあーっ! 残しておけばよかった!」
「ここで酒が必要になるなんて、誰が予想できる!」
ドージの依頼を受けた人達が一斉に嘆いている。
どうやら俺以外、全員が神酒を飲んでしまったようだ。
とりあえず、俺だけでも渡しておこうと思い、アイテムボックスから出して渡しておく。
「他にお酒を持っている方はいませんか? アネキは酒と言っていたので、酒であればなんでも構いません」
ドージの呼びかけで、数人のプレイヤーが自作のワインを出し、ドージを連れて来たプレイヤーが一旦それを預かってアイテムボックスへ入れた。
ただ、これでも足りないとドージは呟いた。
「ドージだっけ? 酒ならアンタのところで大量に作っているだろ」
セツナの指摘通り、神社では大量の酒を仕込んでいた。
でもドージによると、出せる分は既に全部出して捧げており、残っているのは未調合か調合に失敗したものばかりらしい。
一応それも捧げてみたものの、完成品と違って消えなかったそうだから、捧げられないと判断したとか。
「えっ? お酒を調合?」
酒の調合を知らないようで、隣にいる天海が首を傾げている。
「酒は仕込んだ樽とかタンクによって味が違うから、色や香りや味を確認しながら加水したりブレンドしたりして味を均一化するのが、酒における調合なんだよ」
以前に本で読んだことを教えると、天海だけでなく多くの料理プレイヤー達が感心した声を漏らして頷く。
未調合の分は急いで調合しているそうだけど、そう簡単にはいかないし、調合に失敗する酒も少なからず出るから少しでも多く酒を手に入れたいそうだ。
「ひとまず、受け取った分だけでも捧げに行きましょう」
「そうですな。皆さん、ご協力ありがとうございます」
男性プレイヤーに促され、ドージが一礼したら作業場を出て行った。
「今回のお助けキャラは、酒吞童子に玉藻の前なのか」
「頼りになりそうだな顔ぶれだけど、復活に大量のお酒がいるなんて……」
「こんなことなら、飲まずに取っておくべきだった」
「今さら悔やんでも仕方がないって。それより料理に戻るぞ」
確かに、悔やんでも仕方がない。
全員がそれぞれの作業台へ戻って調理を再開する。
「なあ、トーマは酒を仕込んだか?」
隣の作業台で調理中のセツナが言ったのは、ドージから聞いた酒の作り方の件かな。
「ああ、ドージに教わった方法で仕込んだ。でも今日仕込んだばっかりだから、できるのは七日後だぞ」
「だよなぁ。アタシや冷凍蜜柑やエータが仕込んだ分もそうだし、今すぐ出せないよな」
無茶言うなよ。
未調合でも駄目なんだ、仕込んだばかりの状態じゃ無理だって。
「落ち着きなさい、セツナさん。焦っても時間ばかりはどうしようもないよ」
諭すような暮本さんの声に、セツナは深く溜め息を吐く。
「だよなぁ。時短って言っても、さすがに酒の仕込みは月日が必要だもんな」
時短テクニックにも、出来るものと出来ないものがある。
酒造りはそれが出来ない類。
米の仕込みならともかく、その後は適切な温度と湿度で発酵を促して醸造するのがせいぜい。
それ以上の時短方法は……発酵を促す?
「だとすると……」
ある考えが浮かぶけど、今は目の前の調理を優先。
一口大に切り分けたオークの塩漬け肉とシャドースピニッチを炒め、仕上げに胡椒を少しだけ振る。
味見をして問題無いのを確認したら、これにて作る分は全部出来たから、運搬役のプレイヤーを呼んで運んでもらう。
「大変だ、大嶽丸が出た! ここからでも見えるぐらい、スゲーデカいぜ!」
入れ替わるように現れたコン丸の声に時間を確認すると、もう開始時間になっていた。
既に五分が経過していて、大嶽丸が出現したんだろう。
「うわっ、マジだ!? なんだあのデカさ!」
窓際にいるプレイヤーの一人が叫ぶと、多くの視線がそっちへ向く。
俺も調理を終えているからそっちを向いたら、戦隊物の終盤で巨大化した怪人や、怪獣物に出てくる巨大怪獣達、あとは何万光年の星から来た光の戦士達やそれと戦う怪獣や異星人ぐらい巨大な鬼が何体も見える。
一体は黒い肌に大きな二本の角が生えているのに対し、他は茶褐色で二本の角は短め。
おそらくは黒いのが大嶽丸で、他は分身なのかな。
「ここから見てあの大きさなら、あれと戦う戦闘職の奴らは象に挑む蟻の気分だろうな」
大嶽丸達を見たプレイヤーの一人が、今頃は戦闘に突入しているであろう塾長やダルク達の心情を口にした。
ここからはその様子は見えないけど、たぶんそんな気持ちなんだろうな。
しかもあれでまだ、町にすら到達していないんだから、どれだけ大きいのやら。
あっ、魔法が鬼達の頭部へ飛来しているのが見えた。
「こうしてはいられませんわ。少しでも多くの料理を作って、あそこで戦っている方々を援護しなくては」
「その通りじゃ! わしらの料理を塾長達へ届けて、強化してやらんとのう!」
調理へ戻るエリザべリーチェとリョーチョウの言う通りではある。
だけど、どうしても試してみたいことができた。
上手くいけば、お助けキャラを復活させられるかもしれない。
ちょうど作るべき料理は作り終えたから、試すなら今だ。
「悪い、今すぐ酒を造れるかもしれない方法を思いついたから、試させてくれ!」
調理の予定に影響が出る以上、勝手に進めるわけにはいかないから周囲へ尋ねる。
この突拍子もない提案に、周囲の反応は戸惑いや疑惑が多い。
だけどそんな中でも、何人かはニッと笑う。
「やれよ、トーマ。一人ぐらい抜けても、なんとかなるって」
「そうだぜ。こんだけ人数がいるんだ、問題ねぇよ」
「悔しいですが、私には何をするのか想像もできません。なので、頼みますわ」
「時に若い者の発想というのは侮れないからね、こっちは任せて存分にやるといい」
冷凍蜜柑を皮切りに、セツナとエリザべリーチェと暮本さんが賛同してくれた。
そこから五月雨式に他の料理プレイヤー達も賛同してくれて、急ぎ思いついたことを実行へ移す。
「イクト、ミコト、ネレア。お前達は引き続き、皆の手伝いをしていてくれ」
「はーい」
「了解なんだよ」
「わーった」
イクト達へ指示を出し、アイテムボックスから醸造樽を出して床へ置く。
蓋を開け、中身が仕込んだ時と変わらないのを確認し、思いついた方法を試す。
醸造樽の中身を対象に選び、発酵スキルを発動。
少しして中身がブクブクと泡立って発酵してきたのを見てスキルの使用を止め、中身の情報を確認すると一日分の発酵が進んだとある。
「よしっ!」
思い付きが成功したことに、つい声が出た。
「できたのかい?」
「まだ途中だ。何回か繰り返す必要があるけど、上手くいくかもしれない」
魚を焼きながら尋ねるセツナに状況を伝え、ドージから教わった通り中身をかき混ぜる。
「一体何をやったんですの?」
「中身に対して発酵スキルを使って、外的に発酵を促したんだ」
食材を切り終えたエリザべリーチェからの質問へ端的に答える。
要するに醸造樽の中身へ発酵スキルを使うことで、醸造したいものの完成を早めるってわけだ。
切っ掛けはさっき自分で思った、適切な温度と湿度で発酵を促して醸造する、という部分。
発酵に快適な環境を作ることで醸造を促進することができるのなら、醸造樽にも発酵を促す何かをすることで醸造を早められると思い、醸造に必要な発酵を促す発酵スキルを使ってみた。
かき混ぜ終えた中身へ、二度目の発酵スキルを使いながら説明すると、「ほう」って感心した声がいくつも上がった。
「言われてみれば、そうだ。なんで思いつかなかったんだ」
悔やんだ表情のエクステリオが言うように、思いつかなかったのが悔やまれる。
発酵と醸造が道具やスキルで別々になっていたから、それぞれを独立した状態で考えていたのが原因だと思う。
何やっているんだって気分だけど、今は一刻も早く酒を造る必要があるから、悔やむのは後だ。
「上手くいったら、何人か酒造りに回すか?」
「できれば頼みたいけど、発酵瓶じゃなくて発酵スキルがある人が必要だ。あと、スキルに使うMPもなんとかしないと量を作れない!」
料理しかするつもりがないのと、種族的な関係で俺のMPは多くない。
一回の発酵スキルの使用で進む発酵は、最大で一日分。
上手く酒が作れるとしても、一回の醸造には七回も使用する必要がある。
決して多くないMPをなんとかしないと、醸造が出来なくなってしまう。
「マスター、薬草を出してほしいんだよ。私がMP用のポーションを作るんだよ」
おぉっ!? ミコトがここで主張してくるとは。
でも回復手段があるなら、それにこしたことはないか。
「頼めるか?」
「任せるんだよ」
なら任せた。二回目の発酵を終えたタイミングで手持ちの薬草を渡し、俺が使っていた作業台で調合を開始する様子を見ながら、中身をかき混ぜる。
「おい誰か、上の階でポーションを作っている連中に理由を話して、MP用のポーションを何本か融通してもらえ!」
「いくとがいくー!」
「ねーあも!」
「ミコトちゃん、俺が作った薬草も渡すぜ!」
「助かるんだよ」
冷凍蜜柑の指示により、上の階でポーション類を作っているプレイヤー達の下へイクトとネレアが向かい、ほぼ料理プレイヤーと化しているからここにいるけど本業は農家な雷小僧が追加の薬草を渡す。
「トーマ君のやり方が上手くいった場合は、発酵スキルを持っている者は酒造りへ回り、醸造樽を持っている者は貸してもらうぞ」
「「「「はい!」」」」
お助けキャラを復活させられるかもしれないと分かったからか、暮本さんの呼びかけに多くの料理プレイヤーが応えた。
さて、かき混ぜが終わったから三度目の発酵スキル発動。
でも今の調子でMPを使い続けたら、仮に成功しても醸造樽一つ分が精いっぱいだ。
「ますたぁ、ぽーしょんもってきた」
「どーぞ」
ナイスタイミングだ、イクトにネレア!
これでミコトがポーションを仕込むまでは、なんとかなるはず。




