固まっていく外堀
今日は桐谷君の家でバイトをするための面接日。
ただでさえ緊張するのに、桐谷君と二人でバスに乗っているから面接前で既に緊張している。
「あまり緊張しなくて大丈夫だぞ。顔見知りなんだし、少しミスっても笑って許してくれるって」
手すりに摑まる私の隣で、吊革に掴まる桐谷君が声を掛けてくれた。
「そう言われても……」
桐谷君は私が面接に緊張していると思っているんだろうけど、私が緊張しているのはこの状況のせいだからね。
こうなった経緯を説明すると、こんな感じ。
休み時間に早紀ちゃんが、どうせトーマの家に行くなら一緒に行けばいいじゃん、と発言。
それを咲ちゃんと美蘭ちゃんが後押しして、瑠維ちゃんと月ちゃんが桐谷君へ根回し。
せめて早紀ちゃんが一緒にいればと思っていたら、放課後になって野暮用があるからトーマと二人で行ってね、と言ってどこかへ走り去った。
で、仕方なく二人で桐谷君の家へ行くべくバスに乗って現状に至る。
「それにしても早紀の奴、野暮用ってなんだよ」
絶対に私と桐谷君を二人にするための口実だよ。
「せめてあいつがいてくれれば……。いきなり能瀬と二人って……」
小声で言ったから桐谷君は聞こえていないと思っているんだろうけど、しっかり聞こえたよ。
今のは意識されていると思っていいの?
目だけを向けると照れくさそうだし、意識はされているみたい。
嬉しい。でも同時に余計緊張してきた。
きっと桐谷君もこう思っているんだろうね、早く着いてほしいって。
それから少しして最寄りのバス停へ到着して、そのまま桐谷君の家のお店へ。
歩いている最中の会話は無く、目が合って互いにそっぽを向くのを数回繰り返した。
うん、これは意識されている。
嬉しい。そして緊張がさらに増していく。
「つ、着いたぞ」
お店には何度も来ているはずなのに、やたら緊張する。
落ち着いて、今日はおうちデートでもご家族への挨拶でもなく、ただのバイト面接なんだから。
まったく速度を緩めてくれない心臓の鼓動に、何度も静まれと思いながら桐谷君の後に続き、お店の出入り口じゃなくて裏にある玄関から中へ入る。
お休みでお店の出入口が閉まっているからかな?
「母さん、祖母ちゃん。能瀬を連れて来たよ」
「あら、おかえり」
「待っていたわよ」
呼びかけられた桐谷君のおばさんとお婆さんが来た。
「じゃあ能瀬ちゃん、面接はお店の方でやるから一緒に来て」
「は、はい」
「そんなに固くならなくていいわよ。楽にね、楽に」
今はそれが一番難しいです。
自分の部屋へ向かう桐谷君とはここで別れ、お店の方に入ってテーブル席へ連れて行かれる。
おばさんとお婆さんは横並びに座り、私は二人の前に立って挨拶をする。
「きょ、今日はよろしくお願いします」
自分でもわかるほど、声が上ずっている。
「そんな堅苦しい挨拶はいらないから、座りなさい」
「さあ、履歴書を頂戴」
促されるがままに対面する形で席に着いて、何度も確認した履歴書を渡す。
でもおばさんとお婆さんは、それをサッと流し読みすると脇に置いた。
「はい確かに。じゃあ、明日の夜からお願いね」
……えっ?
「これ、契約書ね。明日バイトに入る時までに記入して渡してくれれば、それでいいから」
「ちょちょちょ、ちょっと待ってください。面接していないですよね?」
明日の夜からお願いと言われ、契約書を渡されたところで二人を止めて尋ねる。
なんで質問すら無く、履歴書を出したらそれで合格なの?
顔見知りだからこそかもしれないけど、そこはしっかりした方がいいんじゃないかな。
「ふっ。そりゃあアンタの志望動機が、うちの孫にあるからって分かっているからね」
「はふぁっ!?」
なんでっ!? なんで知っているの!?
「早紀ちゃんから、根回しの電話が来ていたわよ。その時に色々聞いたわよ、うふふふふ」
ちょっと早紀ちゃん、何を言ったの!?
というか根回しって!?
「あの、なんて言われたんですか?」
「斗真の未来のお嫁さんを送るので、よろしくって」
「あと、将来の若女将を花嫁修業させてあげてください、とも言っていたわね」
本当に何を言っているの、早紀ちゃん!
耳まで真っ赤になっているのが分かるくらい顔が熱くて、両手で顔を覆って俯く。
この場に桐谷君がいないのだけが、唯一の救いだよ。
「あらあら、可愛い反応しちゃって。若いわね」
「斗真もやるじゃないか。こんな可愛い子に想われているなんて」
この調子だと、まだ何かありそう。
少し落ち着いたから、顔を覆っていた手を下ろす。
だけど顔はまだ熱いし、恥ずかしくて上げられない。
「仕事に関しては安心しな。アタシと和美さんで教えてフォローもするし、いざとなったら自分がフォローするって、斗真も言っていたしね」
気持ちは凄く嬉しいし、初めてのバイトだからそう言ってもらえると少し安心する。
なにより、桐谷君がそう言ってくれたんだことが嬉しい。
少し安心したところで、仕事に関する話をされた。
注文を取って厨房へ伝えて、テーブルへ料理を運んで、空いた皿は回収といった至って普通のこと。
ただ、レジはおばさんとお婆さんが対応するみたい。
「お金関係で何かあったら、責任が取れないでしょう?」
「だから、そこは私達に任せておいて」
お気遣い、ありがとうございます。
勤務時間も一旦帰ってから来るくらいの余裕はあるし、お給料も高校生としては普通ってところだから問題無いね。
「さて、仕事の話はここまで。ここからは早紀ちゃん達からの頼みで、あなたと斗真が上手くいくための助言をするわね」
えっ、なにこの展開。
早紀ちゃん、さっきのこと以外に余計なことは言ってないよね!?
で、でも、貴重な意見かもしれないから、一応聞いておこうっと。
「まず、本気で斗真と将来一緒になりたければ、押しの一手よ」
「アタシの旦那も息子も料理は上手だけど、恋愛に関しては鈍感で奥手で優柔不断なヘタレだったよ。その血を引いている斗真もそうだろうから、こっちが押していかないと気持ちは届かないよ」
桐谷君が鈍い点に関しては、悲しいけど分かっている。
だけどさっき一緒に歩いている時、意識していた素振りはあった。
でもそこで何もしてこなかったから、恋愛に関して奥手で優柔不断なヘタレなのは当たっているかも。
「あの朴念仁を落とすのは大変だったけど、和美さんはどうだった?」
「苦労しましたよ。あの人ってば口数が少ないから、油断すると会話が途切れちゃって」
「やっぱりかい。あの子、高校へ上がった辺りから口数が少なくなってきてねぇ」
今のところ桐谷君には、そういう感じは無いかな。
だけどバスを降りてから会話が無かったし、少なからず桐谷君のおじさんの血を引いているのかも。
「というわけで、こっちから押していくのが肝心よ!」
実体験したことだから、おばさんの発言に実感がこもっている。
「アンタも斗真とはそれなりに付き合いがあるんだし、心当たりはないかい?」
お婆さんの発言で桐谷君とのやり取りを思い出す。
うん、たくさんある。
今日は意識してくれていたみたいだけど、いざとなると黙っちゃったし。
やっぱりおばさんとお婆さんが言っていた通り、恋愛に関しては鈍感で奥手で優柔不断なヘタレさんなのかな。
「どうやらあるみたいだね」
「良ければ教えてもらえるかしら?」
「え、えっとですね……」
心当たりを話せるだけ話して、来る途中での出来事も余さず伝える。
するとおばさんとお婆さんは揃って溜め息を吐いた。
「どうしてそういうところまで受け継いでいるのかね。まったく、うちの男連中は」
「まあまあ、お義母さん。意識しているだけ、幾分かマシですよ」
そう、なのかな?
私的には意識してもらえている時点で嬉しいから、構わないけどね。
「それもそうだね。とはいえ、少々強引にでもアピールしていかないと駄目だよ。朴念仁を落とすのは、想像以上に大変だからね」
少々強引にでもアピールと言われても、どうすればいいのかな。
「安心しなさい、母親と祖母として斗真のことを色々教えてあげるわ」
「徹底的にそれを利用して、あの子を落としな。ちゃんとフォローするよう、早紀ちゃん達にも伝えておくから」
心強いような不安なような複雑な気分がする。
だけど桐谷君の情報は欲しいから、しっかり聞いておこう。
「まず、本人は隠しているつもりだけど、毎晩スマホで激カワアニマル動画を見ているよ」
へえ、そうなんだ。
言われてみれば、くみみさんのテイムモンスター達と戯れている時、楽しそうだったし嬉しそうだった気がする。
後でその時のスクショを確認しよう。
「あとはあの子、料理のことでうちの人とお義父さんからあまり褒められたことがないから、存分に褒めてあげるといいわ」
確かにイクト君が入った頃、直球で褒められて照れていたかも。
意識している今なら、普段より褒めればより意識してもらえるかな。
さすがは母親と祖母だけあって、桐谷君のことをよく知っている。
もっと教えてください!
ふむふむ、遠回しよりストレートがいい、甘えられると弱い、一人っ子だからか年下には甘いところがある。
うん、どれもそれとなく覚えがある。
イクト君達みたいなストレートな褒め方に弱いし、そのイクト君達が甘えると弱いし、ポッコロ君とゆーららんちゃんに対しても少し甘いところがあるもの。
同い年だから年下に甘いのを利用するのは無理……とは言い難い。
なにせこの低身長と体つきだもの、年下っぽく振る舞っても違和感は無いと思う。
だけど悲しいからその事実には目を逸らして、ストレートに褒めたり甘えたりすのは効果抜群ということだけ覚えておく。
「どうだい、何か良いアピール方法は浮かんだ?」
ここから導き出されるアピール方法……。
猫の耳と手袋と尻尾を付けて、可愛らしくにゃーんって言いながら迫ってゴロゴロ甘える。
駄目駄目駄目駄目、こんなのできない。
いくら強引にでもアピールした方がいいとはいえ、これは違う気がする。
そういうお店じゃないんだから、さすがにこれは無いよ。
「あら、何か浮かんだかしら?」
「良ければアタシ達に言ってごらん。ほら、誰にも言わないからさ」
良ければとか言いながら、聞き出す気満々ですよね?
ぐいぐい圧を掛けてくるから観念して、恥ずかしいと思いながら伝える。
「「露出の多い恰好でそれをやりなさい。絶対に一発でノックアウトだから」」
「無理です!」
なんで背中を押すどころか、露出多めの衣装でやれなんてブーストをつけて背中をぶっ叩いてくるの!?
桐谷君だけじゃなくて、羞恥心から私も倒れてダブルノックアウトになりますよ!
ていうかそもそも、なんで採用するんですか!
しかも可愛い服装とかじゃなくて、露出多めの衣装で!
自分で言うのも悲しいけど、この貧相な体つきでそんなことしても虚しいだけです!
あっ、でも桐谷君は年下に甘いから、実は私みたいな体系が好みならワンチャンあるかも?
いやいやいや、だとしても恥ずかしくて出来ないよ。
「無理とか言うんじゃないよ。女は度胸! 気合いで乗り切りな!」
さすがはお婆さん、昭和的な精神論ですね。
「手配なら任せなさい。伝手を頼って猫グッズでもマイクロビキニでも、なんでも手に入れてあげるから」
おばさんは何者なんですか?
どういう伝手を持っていたら、そういった物を集められるんですか。
あと、衣装ってマイクロビキニを着させるつもりなの!?
無理無理無理無理!
このあと、全力で拒否してなんとか勘弁してもらえた。
「ふう、すまなかったね。昔の苦労を思い出して、つい熱くなりすぎたよ」
「ごめんなさいね、能瀬さん」
「いえ……」
止まってくれて助かった。
危うく勢いに押されて頷くところだったよ。
「だけどね、斗真を落とすのは苦労するかもしれないっていうのは、覚悟しておいてくれ」
「分かりました」
「空回りしている気になることもあるだろうけど、挫けないでね」
「あはは……」
二人の話には本当に実感が籠っている。
おばさんとお婆さんは、おじさんとお爺さん相手にどういうことをしたんだろう。
「ああそうだ。バイトの日は、うちからUPOとやらへログインをするといいよ」
「いいんですか?」
「大丈夫よ。事前に早紀ちゃんから提案されていたから」
本当に、こういうことは手回しが良いんだから。
でもヘッドディスプレイはどうしよう。
土曜日は自分で持ってくればいいけど、月曜日と木曜日は……あっ、だから勤務開始が一旦帰ってから来れる時間だったのかな。
というかそれって、合法的に桐谷君の部屋へ出入りできるってことだよね。
一応桐谷君に確認は取るようだけど、承諾されるように頑張れって言われた。
うう、また緊張してきた。
「さて、最後にもう一つお節介を焼かせてもらうよ。和美さん、斗真を呼んでおくれ」
「はい」
なんだろう。桐谷君がいても平気な話なのかな。
少ししておばさんが、私服に着替えた桐谷君を連れて来た。
「なに?」
「この子だけど、バイトで雇うことにしたよ」
「そりゃ良かった。これで安心だな」
「でね、UPOとやらをアンタの部屋からやらせてあげな」
「えっ」
あっ、桐谷君動揺している。
しかも私の方をチラチラ見ているから、やっぱり意識はされているみたい。
嬉しくてにやけそうになるのを堪え、返事を待つ。
「あー、俺は構わないけど、能瀬はいいのか?」
おばさんとお婆さんのアドバイス通り、少し強引にでもいくならここかな。
頑張れ私。
「全然大丈夫。むしろ、お願いします!」
「わ、分かった。じゃあ、そういうことで」
強気でお願いしたら了承してもらえた。
少し照れくさそうに桐谷君がそっぽを向くと、おばさんとお婆さんからよくやったって表情とサムズアップが向けられる。
これで桐谷君の部屋へ出入りできることになったけど、そうと分かると安堵よりも緊張が湧いてきた。
「あとね、この子のバイトが終わったらアンタが家へ送り届けてあげなさい」
「「えっ」」
緊張で俯いていた私とそっぽを向いていた桐谷君の顔が、発言者のお婆さんへ向けられる。
「まだ学生だから瑞穂さんより早く帰すけど、遅い時間にはかわりないもの。一人で帰すのは危ないから、ちゃんと送り届けるのよ」
おばさんの言い分には筋が通っている。
でも実のところは、私と桐谷君を接近させるための作戦だよね!?
だけど一人で帰るのが不安なのは確かだし、桐谷君と二人になれる時間を自分から捨てるのは惜しい。
つまりここも、おばさんとお婆さんの教え通り押しの一手に出るべき。
もう一度勇気を出せ、私。
「わ、私からもお願い。歩いて帰れる範囲だけど、少し遠くて不安だから一緒に来て!」
言えたあぁぁぁぁっ!
よく勇気を出したよ、私!
嘘は言ってないよ。
小学校の学区は違っていても中学の学区は同じだから、歩いて来られる距離ではある。
だけど高校への通学で使っているバスの路線は違うから、それなりに距離が離れているのも事実。
今の世の中は物騒だから、夜に一人で帰るのが不安なのも本当だもん。
だからお願い桐谷君、うんと頷いて。
「ま、まあ、頼んだのは俺だし、そこは責任取らないとな。分かった、バイトが終わったら送るよ」
いやったぁっ!
少し照れているから言い訳っぽいことを言っていたけど、それは意識されている証拠。
その上で承諾してくれたのなら文句無し!
許されるのならこの場で大喜びしてはしゃぎたいけど、グッと堪える。
その代わり、この気持ちをおばさんとお婆さんの助言通り、ストレートに伝えよう。
「ありがとう、嬉しいよ!」
「うぐっ」
あの良くも悪くもマイペースな桐谷君が、動揺している。
ストレートなのに弱いのは本当だったんだ。
さすがはおばさんとお婆さん、ナイス助言です。
二人と目が合い、揃ってニヤッって笑みを浮かべる。
恥ずかしさからまた顔を逸らした桐谷君は気づいていない。
「じゃあ決まりだね。さあ能瀬さん、少し研修しようか」
「えっ、でも私、この後にUPOのログイン時間が」
「そこは大丈夫よ。予定通りならもうすぐ――あっ、来たわね」
おばさんが喋っている最中にお店の扉が軽く叩かれ、対応したおばさんが鍵を開けて扉を開くと紙袋を持った制服姿の早紀ちゃんがいた。
「どうもー、連絡しておいた静流のヘッドディスプレイを届けに来ました」
そう言って紙袋を掲げる。
えっと、どういうこと?
「おい早紀、説明しろ」
「ふっふっふー、それはね――」
不機嫌そうな桐谷君に促されて、何故か得意気な様子の早紀ちゃんが説明を始める。
それを簡潔にまとめると、こんな感じ。
今日のログインに影響が出るか気になり、面接についておばさんへ連絡。
するとおばさんから、できれば研修をさせたいという意見が出た。
研修をしていたら、予定していたログインの時間に間に合わない。
そこで早紀ちゃんが私の家へ連絡を入れ、下校時にそっちへ寄った。
そしてヘッドディスプレイを受け取り、こうして桐谷君の家へ持って来た。
研修終了後、それを使って桐谷君の部屋からログインすれば万事解決。
ということみたい。
ていうか野暮用ってそれ!?
私の家へ寄っていたから、まだ制服姿なの!?
あれ? だけどそれってまさか、私のお母さんにも今回のこととか桐谷君のことを根回し済みってこと!?
お母さん、いつ連絡を受けたの? 私、聞いてないよ⁉
「そういうわけだから斗真、明日からの予行演習だと思ってアンタの部屋からログインさせてあげなさい」
「勿論、家へ送ってあげるのもね」
むしろ本命はそっち!?
電話した理由で尤もなことを言っていたけど、実は口裏を合わせて計画を立てていたんじゃないの!?
「お前なぁ、そういうことは事前に言えよ」
「いいじゃん、別に。僕は予定通りUPOへログインできるよう、手伝っただけなんだし」
「良くない。俺の部屋を使うのが分かっていたなら、一言あるべきだろう」
「そこは幼馴染ならではの気安さで、目をつぶってよ」
ねっ、とお願いする早紀ちゃんに対して桐谷君の表情は渋い。
これはきっとあれだね、いつものが出るよ。
「分かった、目をつぶろう。その代わり、今回のログインで揚げ物を作っても早紀の分は無しな」
出た、揚げ物禁止令。
しかも今回は早紀ちゃんの分が無しだから、私達が揚げ物を食べているのを眺めるしかないっていう、早紀ちゃんにとっては拷問のようなタイプだね。
当然ながら早紀ちゃんは抗議したり謝ったりしているけど、桐谷君は一切応じようとしない。
結局早紀ちゃんは諦め、ヘッドディスプレイ入りの紙袋を私に渡して肩を落として帰って行った。
桐谷君は早紀ちゃんへの文句をブツブツ呟きながら部屋へ戻って、私はおばさんとお婆さんから簡単な研修を受ける。
「ところで能瀬さん。斗真の部屋へ行ったら頑張りなさいよ」
「何か見ても見ていないことにするし、何か聞こえても聞こえていないことにしてあげるからね」
凄く良い笑顔で何を言っているんですか、おばさんにお婆さん!




