欠けていたもの
必要なのかよく分からない掛け湯を浴び、髪が長い面々は受付で渡されたゴム紐で髪をまとめ上げ、一番広い風呂へ皆で浸かる。
熱くもなくぬるくもない、ちょうどいい温度にほうっと息を吐く。
「ますたぁ、おふろってあったかいね」
「これは気持ちが良いんだよ」
「かーだ、あーたまるね」
隣に並んでお湯へ浸かる、風呂初体験のイクト達も気に入ってくれたようだ。
あっ、ころころ丸もか。
しかしなんだ、家が飲食店をやっているとなかなか旅行へ行けないから、こういう大浴場で風呂に入れるのは少し嬉しいな。
「たまにはこうして、大きな風呂に浸からないとねー」
気持ちよさそうな表情をするダルクが、バシャバシャと顔を洗う。
それも一応、マナー違反だぞ。
「現実の温泉とそう変わらない感じで、落ち着くわ」
寛いでいるメェナよ、良い機会だからゆっくり休んでストレスを軽減してくれ。
「湯あみ着のお陰で、視線も気にならないものね」
それについてはカグラと別の意味で助かるよ。
正直、透けたり張り付いたりしたら目のやり場に困る。
「温度もちょうどいい感じ」
体が小さい分、早くも温まったのかセイリュウの頬が赤い。
お湯に着かないように纏めた髪が新鮮だし、なんかこうしっとりした感じが妙に色っぽい。
つい見とれそうになったところに、セイリュウと視線が合って互いに顔を逸らす。
「そういえば、長時間浸かっているとのぼせ状態になるんでしたっけ」
「ああ、そうだったわね。あと給水度が減りやすくなるのよね」
耳に入ってきたポッコロとゆーららんの会話に、そういうのはしっかり設定しているんだなと軽く感心する。
この施設を設定した人は、結構な風呂好きなんだろうな。
なお、掛け湯の場所から少し離れた場所に無限水瓶が設置されており、給水度減少の対策として水を飲めるようになっているそうだ。
実際の入浴施設にも水を飲めるようにしているし、そういうものか。
「ますたぁ、ほかのおふろもいこ!」
「どーなのあーかたーしみ」
えっ、もう?
できればもう少しゆっくりここに浸かっていたいのに。
「マスター、次はどのお風呂に入るんだよ?」
ミコト、お前もか。
「子供ってこういう所に来ると、あっちこっちのお風呂へ入りたがるのよね。うちの妹も、そうだったわ」
苦笑するメェナの様子に、実感がこもっている。
一人っ子だし、店があって家族旅行はほとんど行ったことがないからよく分からないけど、そういうものなのかな。
「よーし、全部回るよ! どんなお風呂があるか楽しみだよ」
あっ、ここにも大きな子供がいたよ。
若干の呆れを抱きつつ、ダルクとイクト達に引っ張られる形で風呂巡りをする。
底から泡が噴き出るジャグジー。
浅い風呂に寝転がれる寝湯。
段差に腰掛け、足の裏やふくらはぎや腰なんかに気泡と水流が当たるジェットバス。
日によって違うバフ効果が半日出る、薬湯。
熱いお湯が張ってある熱湯、逆にぬるめのお湯が張ってあるぬる湯。
別室には岩盤浴やサウナもあり、当然水風呂もある。
休憩や水分補給を挟みながらそれらを巡って、最後に一人用の壺湯へ浸かることにしたんだけど――。
「イクト、ミコト、ネレア、これは一人用だからお前達も入るんじゃない!」
「「「?」」」
同じ壺にポッコロところころ丸が浸かるのを見たイクト達が、俺と同じ壺へ入ってきた。
あれは小柄なポッコロところころ丸だから可能であって、俺達だとぎゅうぎゅう詰めになってしまう。
「ゆ、湯煙おにショタロリの詰め合わせ……!? ぐふっ」
「ちょっ、大丈夫!?」
「眼福な光景にやられたのね。湯煙妄想事件発生よ」
「おい、救急車を呼べ」
「救急車アァァァァッ!」
「誰がそんな原始的な呼び方をしろって言ったのよ」
「お前達、そのネタで遊んでないで桶で水を持ってこい。妄想で熱暴走しそうな、こいつの頭を冷やしてやれ」
一部が騒がしい声が聞こえる中で説明をして出てもらい、イクト達は別の壺湯へ浸かった。
そうして全ての風呂を堪能したのち、浴衣へ着替えて畳張りの休憩所でゆっくりする。
「いやー、良いお湯だったね」
あっちへ行こうこっちへ行こうと振り回してくれたダルクが、満足気な表情で寝転がって体を伸ばす。
「ますたぁ、このくさのゆかにすわっていいの?」
「ダルクお姉ちゃんが寝転がっているけど、大丈夫なんだよ?」
「まーたー、このしかくいののなーに?」
大浴場での注意が利いたのか、イクト達が行動する前に尋ねてきた。
そこで寝っ転がっているダルクと違って、しっかり学習していて偉いぞ。
三人の質問へ順番に応え、ネレアに座布団のことを教えて使い方を教える。
イクトは寝転がって畳の匂いに穏やかな表情を浮かべ、座布団の上に座るミコトはメェナから正座を教わり、畳へ直接座ったネレアは手にした座布団をあらゆる角度からしげしげと眺める。
考えてみれば、こういう日本風の空間で過ごしたことは無かったな。
三者三様のイクト達の反応を見ながら、畳へ胡坐で座る。
「まったく、もう少し落ち着いて入りたかったわ」
ミコトと並んで座布団の上に正座したメェナが、手足を伸ばして寝転がるダルクへジト目を向ける。
同感だ。あっちこっち入るのも楽しいけど、できればゆっくりしたかった。
「施設内にいれば何度でも入浴できるし、少し休んだらまた行きましょう」
正座を崩して座るカグラが、そういう仕様なのか顔が火照っていて少し色っぽい。
「ふぅ……気持ちよかった」
同じく正座を崩して座るセイリュウも顔が火照って、普段より色っぽく見える。
おまけに無意識なのか、浴衣の胸元を少し緩めた。
ついそこへ目を向けそうになるのを堪え、敷いた座布団に正座して感触を確かめるネレアに、気に入ったのかと声を掛けて目と気を逸らす。
「あのサウナ、一定時間ごとにロウリュもあるみたいですよ」
「ロウリュ中は日替わりで、色々な香りを出してくれるそうです」
正座を崩して手で顔を扇ぐゆーららんに続いて、膝の上にころころ丸を載せて座布団に正座するポッコロが、サウナ情報を出してくれる。
香り付きのロウリュか、いいね。
次の時間までもう少しあるっていうから、ロウリュ開始の少し前に再度サウナへ行こう。
「だったら皆でロウリュを受けて、そのまま我慢比べしようか」
「「するかっ!」」
考え無しなダルクの提案を俺とメェナで一刀両断。
いくらゲームとはいえ、サウナで我慢比べなんて危ないことはできない。
まったく、イクト達が変なことを覚えたらどうしてくれるんだ。
いいじゃん別にとダルクが文句を言ったけど、今夜は唐揚げじゃなくて漬け込んだ肉の焼肉にするぞと言ったら、やっぱりいいやとあっさり意見を翻した。
お陰でロウリュを普通に楽しみ、再度風呂へ入って汗を流したら施設を出ると、雨は上がっていたものの曇り空でどんよりとしている。
それでも風呂の直後に雨よりは気分がマシかと切り替え、バーテンダーが開いている屋台で約束通り飲み物を購入する。
「おっ、いけるな。このウーロン茶」
「だろう? で、約束通りこの茶葉の入手先なんだけどさ」
皆がそれぞれの飲み物を飲む中、茶葉の入手先を聞き出す。
割と近いから飲み終わった行くことになり、そこで緑茶用とウーロン茶用の茶葉をそれぞれ購入。
その際に料理ギルド認定証を見せると、店主だというNPCの婆さんがそれに反応した。
「おや、お前さん。銅のそれを持っているのかい。ならそれなりに腕がある料理人だろうし、良いことを教えてやるよ」
なんかのイベントみたいな雰囲気に、何が起きるのかと商品を見ていたダルク達も耳を傾ける。
婆さんによると、ある場所へ行って自分の紹介であることと銅の料理ギルド認定証を見せれば、特別な物を売ってもらえるとのことだった。
それが何かは秘密と言われ、とにかく行ってみることに。
「ここ、だよね? 教わった場所は」
「マップで調べても、間違いない」
教わった場所は人通りの少ない通りに建つ、一軒の小さな和風の家。
店のようには見えず、暖簾ものぼりも看板も無いから、本当に普通の家にしか見えない。
とりあえず声を掛けてみようと、中へ向けて「ごめんください」と尋ねると、引き戸が開いて偏屈そうなNPCの爺さんが現れた。
「なんだ、テメェら」
仏頂面で愛想のあの字も無い様子に不安を抱きつつ、老婆のことを告げて料理ギルド認定証を見せる。
すると、「待ってろ」とだけ言い残して一旦家の中へ戻り、再度姿を現したかと思ったら「ほれ」と言って藁の塊を下手で放ってきた。
咄嗟に受け止めてそれを見ると、藁の両端がしっかり固定されている。
これはまさか――。
「そいつはある食材を使って、ある物を作るための物だ。何を使って何を作るか分かるか?」
「大豆で納豆、ですね」
即答すると仏頂面だったのが一瞬驚き、凄みのある笑みを浮かべる。
「知っていたか。ならいいだろう、格安でそいつを売ってやるよ」
「格安でいいんですか?」
「どうせ売れ残りだ。気にするこたぁねぇよ」
苦々しい表情でそう告げた爺さんによると、別の町からこの町へ売りに来たが納豆自体が受け入れられず、ほとんど売れ残っているらしい。
茶葉を売っていた店の婆さんは数少ない購入者で、たまにこうして客を寄こすそうだ。
まだあるのならもう少し貰えないか尋ねると、追加で四つ売ってくれた。
「小僧も周りにこれが欲しいって奴がいたら、ここを伝えな。ただし、鉄以上の証がねぇと売らねぇからな」
それだけ告げると爺さんは引っ込み、引き戸が閉められた。
「随分とぶっきらぼうで素っ気無いNPCだったね」
「そんなことよりさ、それで納豆が作れるの?」
「ちょっと待ってろ。情報を確認するから」
納豆藁
レア度:6 品質:8
効果:水を吸わせた大豆を入れておけば、数時間で納豆ができる
*アイテムボックス内でも可
うん、確かに納豆が作れる道具だ。
しかもアイテムボックス内でもいいのは助かる。
これを伝えると納豆好きだというポッコロが大喜びした。
「ポッコロは回るお寿司に行ったら、必ず軍艦と巻きの両方で納豆を頼むくらい、納豆好きなんです」
他にも納豆を使った品は、毎回頼むんだとか。
こいつを食わないと気合いが入らないっていうくらい、納豆好きな祖父ちゃんと気が合うかもしれない。
「お兄さん、どうか納豆作りお願いしますね!」
リスの耳と尻尾をパタパタ動かす興奮気味のポッコロに了解と返事をして、納豆藁はアイテムボックスへ入れる。
念のため納豆は大丈夫か尋ねると、苦手や嫌いだという声は上がらない。
食べたことのないイクト達ところころ丸は、完成した時に食べてもらって判断しよう。
「さてと、時間も良い頃合いだし作業館で飯にするか」
「いよいよ唐揚げ祭りだね、イエーッ!」
今日は比較的テンション低めで大人しかったダルクが、今日一番のハイテンションになった。
それにつられてイクトとネレアところころ丸もテンションが上がり、三人と一体を先頭に作業館へ向かう。
いつものように作業台を借り、イクト達とポッコロとゆーららんところころ丸が見学の配置に着き、ダルク達は椅子に座って待機する。
「おっ、赤の料理長だ」
「こっちへ来ているって話があったのは、本当だったか」
「キリがいいから作業はここまでにしましょう。香りと音につられて制作を失敗したら、目も当てられないもの」
バンダナと前掛けの表示と準備を済ませたところで調理開始。
米を仕込んで魔力炊飯器で炊き、二つの鍋に水を張って火に掛ける。
マダラニンジンを半月切り、石突きを取ったシイタケをスライス、くり抜いたキャベツの芯を細切り。
これを乾燥スキルで干し野菜にして、片方の鍋で煮込んで出汁を取る。
「んー。やっぱり料理している時のトーマの雰囲気、変わったよね」
「塾長さんのあの助言で、何が変わったのかしら」
もう一方の鍋には、ポッコロとゆーららんが育てた大豆もやしを入れ、茹でている間に醤油と酢とおろしジンジャーを混ぜて調味液を調合。
茹で上がったもやしをザルに上げて湯切りし、乾燥スキルで余分な水分を取ってボウルへ移し、調味液を絡ませてもやしの和え物が完成。
もやしの和風和え 調理者:プレイヤー・トーマ
レア度:2 品質:8 完成度:96
効果:満腹度回復8%
風耐性付与【微・2時間】 俊敏+2【2時間】 運+2【2時間】
茹でもやしをジンジャーと醤油と酢で和えたもの
和風の味付けで食べやすく、適度な塩味と酸味が口をサッパリとさせる
シャキシャキ食感も残っているので、良い口直しです
漬物代わりに用意した和え物の味は……問題無し。
シャキシャキした食感と程よい塩味と酸味で食べやすく、情報通り良い口直しになりそうだ。
これを人数分に分けて小皿へ載せ、一旦アイテムボックスへ。
出汁を取っている鍋に浮いている灰汁を取り、唐揚げの準備に掛かる。
鍋に油を溜めて火に掛け、唐辛子を刻んですり鉢で粉状にすり潰してバットに出す。
さらにバットを複数用意し、ポッコロとゆーららん作の薄力粉、ビリン粉、胡椒、擦った黒ゴマを別々に出しておく。
薄力粉を撒いて油の温度が適温に達しているのを確認して、熟成瓶で調味液に漬け込んでいるボアオークのロース肉を取り、軽く振って余計な汁気を落として薄力粉だけを纏わせて揚げる。
「良い音をさせているわね。そう思わない、少し雰囲気が変わったトーマ君に見とれているセイリュウちゃん」
「ひゃわいっ!?」
カグラにからかわれたセイリュウがどんな反応をしているのか気になるけど、調理に集中する。
目は油に浮かぶ気泡や肉の動き具合と色合い、耳は揚げられている音へ。
それらから頃合いと判断したタイミングで油から上げ、軽く振って余分な油を切って完成。
ボアオークのロース唐揚げ 調理者:プレイヤー・トーマ
レア度:7 品質:8 完成度:98
効果:満腹度回復14%
満腹度減少速度軽減【特・3時間】 HP最大量70%増【3時間】
物理攻撃時与ダメージ量増【特・3時間】
噛みしめると肉汁と脂と調味液の味わいが広がってくる
漬け込んでいたためそれぞれの味が見事に調和し、抜群の味わい
カリッとした食感と肉自体の歯応えも見事です
見た目はこんがり揚がり、味も良し。
ワイバーンチェリーワインとジンジャーのお陰で臭みは無く、肉を噛むとカリッとした衣に封じられた肉汁と脂と調味液の味が溢れ、旨味の洪水が溢れ出てくる。
オーク肉に比べると少し野性味があって、強い味わいがする感じかな。
でも熟成瓶で調味液に漬け込んだお陰で尖っておらず、食べ応えのある強さになっている。
「どう? どう?」
「おいしい? おいしい?」
イクトとダルクが前のめりになって味を尋ねてきた。
他の皆も口に出していないだけで、凄く食べたそうにこっちを見ている。
「すぐに作るから、もう少し待っていろ」
それだけ告げて背中から返事を聞きつつ、さまざまな衣を纏わせた肉を揚げ、完成後に衣別に皿へ載せてアイテムボックスへ。
乾燥野菜で取った出汁は味噌を溶かして野菜のみそ汁に。
芯を抜いたキャベツを千切りに。
炊けたご飯を茶碗へよそい、野菜のみそ汁をお椀へ注ぎ、唐揚げを載せた皿に千切りキャベツと残りのマヨネーズを添え、もやしの和え物と一緒にこれらを並べ、人数分の箸やフォークを置いて飯の準備は完了。
「それじゃあ、いただきます!」
大量の唐揚げを前に興奮するダルクがいつもより早口で音頭を取り、食事開始。
「うおぉぉっ……あっつぅっ!?」
と同時に唐揚げを一口で詰め込んだダルクが、揚げたての熱さに沈む。
ほら、イクト達はああならないように、ちゃんと冷まして少しずつ食べるんだぞ。
「くっはー! 衣が粉唐辛子オンリーもいいけど、ビリン粉オンリーと胡椒オンリーも刺激的ね!」
完全にメェナ用だからな、それ。
俺達は無理だから、こっちの薄力粉に少しだけ粉唐辛子やビリン粉や胡椒を加えたものを食べる。
「もやしの和え物が良い口直しね。お陰で唐揚げがいくつでも食べられそう」
普通は揚げ物を食べていたらカグラのように口直しをするのに、熱さから復活した揚げ物狂いはどうして口直し無しで、あぁもバクバク食べられるんだ。
「マヨネーズを付けても美味しいね」
「衣がちょっと辛めのに付けるといいわ」
ポッコロとゆーららんの会話が聞こえ、唐辛子と薄力粉を衣にした唐揚げへマヨネーズを付けて食べる。
うん、辛みがマイルドになるし味変にもなって美味い。
「おみそ汁が野菜だけだから、唐揚げとのバランスも取れているね。それに優しい味で美味しい」
みそ汁をすすって安らかな表情を浮かべるセイリュウ。
気持ちに気づいて以来、セイリュウからの美味いって言葉とその時の表情が一番嬉しい。
沼にハマるっていうのは、こういうのを指すのか?
「からーげおーしー!」
「うん、おいしいね」
「肉を調味液へ浸け込んで双方が馴染んだから、この味を出せているんだよ。肉汁と脂と調味液が馴染んだことで一体感が生まれ、揚げたことで温められて旨味が増幅し、カリッとした衣に封じられて一切無駄になっていないんだよ。これによって肉自体の味がより美味しく感じられ、衣にそれぞれ違う香辛料を加えることで唐揚げの味に様々なアクセントを加えて違う魅力を引き出しているんだよ」
ただひたすら美味しいと喜ぶだけのイクトとネレアに対し、夢中で食べながらも真顔で食レポするミコト。
同じテイムモンスターなのに、この差は何だろう。
見た目の年齢? 性格?
まあ気にしても仕方ないか、俺も早く食べよう。
でないと揚げ物狂いに食い尽くされかねない。
あっ、ダルクが勢い余ってメェナ用の衣が粉唐辛子オンリーの唐揚げを食った。
「んぎゃあぁぁぁっ!?」
これで数分は辛さに悶えているだろうから、今のうちにしっかり食っておこう。
「いいなぁ、あんなに唐揚げたくさん」
「今夜の飯は唐揚げに決まりだな」
「唐揚げをアテに飲むのはビールかハイボールか、どっちにしよう」
千切りキャベツやもやしの和え物を間に挟みながら唐揚げを食べ、ごはんとみそ汁を味わう。
そうしておかわりも含めて綺麗に食べ終え、後片付けをしたら広場へ移動。
明日の予定を確認し、ログアウトした。
さて、ここからは現実の時間だ。
外したヘッドディスプレイを片付け、バンダナを巻いて前掛けを付けて厨房へ出る。
「入るよ」
「おう、来たか。早速だが、三番卓のキノコのオイスターソース炒めやってくれ」
「分かった」
祖父ちゃんに返事をして材料を用意し、UPOで塾長から言われたことを思い出して調理開始。
「おっ」
「ほう……」
これだ。塾長からの助言を受けてから最初の調理で感じたように、不思議と体が今までより動くこの感覚。
現実でもちゃんと再現できている。
材料の切り分け、炒め、味付け。
それら全部が今までより研ぎ澄まされた感じで、反応も動きも助言を受ける前より良くなっている。
だからって油断せず調理し、キノコのオイスターソース炒めの完成。
「三番卓のキノコのオイスターソース炒め、上がったよ」
「はいよ」
返事をした母さんに料理を渡し、ネギが残り少ないのが目に入ったから、ネギを取って来て洗い輪切りにする。
そうして時間が経ち、だいぶお客が引いた頃に水を飲んで一息入れた祖父ちゃんが歩み寄ってきた。
「斗真、何があった。ゲームをする前と今とで雰囲気と手際が違ったぞ」
早紀達もそう言っていたけど、本当だったんだな。
チャーハンを作り終えた父さんの方を見ると、祖父ちゃんに同意するように頷いた。
「実は――」
俺もどうして変化したのか知りたいから、切っ掛けだと思う塾長からの助言を二人へ話す。
すると父さんは納得した様子で頷き、祖父ちゃんは感心したような表情を浮かべた。
「塾長って奴は大した奴だな。お前に欠けていた自信を、あっさり持たせやがるとは」
俺に欠けていたもの? 自信?
「斗真、お前は自分の未熟さを理解して慢心することなく真面目に、かつ焦ることなく自分のペースでコツコツ腕を磨いてきた」
「だがその真面目さから、常に自分へ未熟だと言い聞かせていたせいで、せっかく磨いてきた腕に自信を持ち切れていなかったんだ」
祖父ちゃんに続いて放たれた、父さんの言葉が刺さる。
言われてみれば、未熟なりにとか、まだまだ未熟だとか、いつも自分を抑え込んでいた気がする。
「慢心するよりはマシだ。だが自信を持ちきれていないせいで、磨いてきた腕を僅かながら鈍らせていたんだよ。同じ動きでも、自信の有無で変わるもんだぜ」
祖父ちゃんが言う、自信の有無で動きが変わるのは分かる。
同じことをやる時、自信が無ければおっかなびっくりで不安気にやるのに対し、自信があれば迷い無く堂々とできる。
身近な人で例えるのなら晋太郎かな。
苦手な人付き合いでは不安が勝ってオドオドしているのに、得意なプラモ作りやイラスト作成では自信を持って取り組んでいるから雰囲気が違う。
早紀達や祖父ちゃんと父さんが言っているのは、そういうことなのか?
「塾長とやらが言った、驕りを捨てて誇りを持てというのは、慢心せずに自信を持てという意味でもある。誇りと一緒に自信を持ったから、お前の動きも雰囲気も変わった。味にも少なからず、良い影響が出ているだろう」
あっ、だから完成度九十五越えが連発しているのか?
「斗真。真面目なお前は驕りや慢心といったものとは縁が薄いかもしれないが、誇りや自信は持て」
「おうよ。それを持っていいだけの腕を身に着けたから、俺らと同じ場所に立っているんだしよ」
目標にしている父さんや爺ちゃんからそう言われ、ようやくこれが自信なのかと実感する。
要するに今まで俺は、自分で自分を抑え込んで持っていい自信を放棄していたのか。
それが塾長の言葉で無意識に持って、父さんと祖父ちゃんに実感させられた。
確かに、俺には自信が欠けていたようだな。
今後はそれが驕りや慢心に繋がらないよう気を付けながら、しっかり自分の中に持っておこう。
「まったく、孫に自信を持たせるのに時間を掛けすぎだよ。しかもきっかけが他人とは、情けないねぇ」
「「うっ」」
カウンター越しに放たれた祖母ちゃんの言葉が刺さったのか、父さんと祖父ちゃんが気まずそうな表情を浮かべた。
「仕方ありませんよ、お義母さん。うちの人もお義父さんも、料理と教え方は上手なのに褒めるのと自信を付けさせるのが下手な、不器用な人達ですから」
「「うぐっ」」
さらに母さんからの援護射撃が加わって、二人揃って精神的ダメージを受けた。
容赦ないな、母さんも祖母ちゃんも。
「斗真君、お姉ちゃんは信じていたよ。だから嬉しければ、遠慮なく胸に飛び込んできていいからね」
両腕を広げて迎え入れる気満々の瑞穂さんは、そんなことをしている暇があったらお客が帰った席の皿を回収して、テーブルを拭いてください。




