熱くて辛い
時は晩飯時、場所はカイゴー島の拠点の食堂。
日が傾きかけた頃合いで町へ戻り、ポッコロとゆーららんところころ丸と合流して今日の収穫を受け取り、冒険者ギルドへ寄るというカグラ達を残して先にカイゴー島へ転移して晩飯作りに取り掛かった。
作業館ではなくカイゴー島なのは、宿代節約のためこっちで就寝をしてからログアウトするためだ。
バンダナを表示させる時、種族進化で角が生えたから大丈夫かと思ったけど、そこはゲームの世界ならではのご都合なのか全く問題無かった。
そうして俺は麻婆豆腐を作りに取り掛かり、イクト達とポッコロとゆーららんところころ丸がカウンター越しにそれを見学し、後からやってきたカグラ達は――。
「なーにーよーそーれー!」
「ひゃははははっー! サイッコーにゾクゾクさせてくれるじゃねぇかー!」
情報提供のため、連絡をつけて合流した後に連れて来たミミミとイフードードーへ、進化したネレアやサラマンドラや諸々の情報を説明していた。
で、ミミミは激しくヘドバンして、イフードードーは新情報にゾクゾクして怖い笑顔全開。
そしてお馴染みの、イクトとネレアがヘドバンに参戦。
いつも通りで安心感があるよ。
さて、ゴマ油で炒めているニンニクとジンジャーとネギと唐辛子の香りが立ってきたから、ギガントワイルドフロッグのひき肉を加えて炒め続けよう。
「つまりはスキル構成が違う、亜種独自の進化があるってこと!? 今まで亜種をテイムした情報は無かったから、絶対にテイマー界隈が大騒ぎじゃない!」
「種族進化に土地神からの祝福が絡んでいる情報はあったが、サラマンダーはドラゴンなのかよ。どんな土地神なのか、気になってしょうがねぇぜ!」
頭をガリガリ掻いて苦悩するミミミと、楽しくて仕方がないイフードードーの反応が対称的で面白い。
ログアウトしていて不在の玄十郎がいたら、確実に呆れて溜め息を吐いていただろう。
「ミミミさん、大騒ぎだね」
「そりゃそうよ。こっちへ来てからお兄さんに聞いた私達だって、凄く驚いたじゃない」
オーバーリアクションなミミミにポッコロが苦笑し、少し前に自分達も驚いていたことをゆーららんが告げる。
おっと、イクトとネレアがやりきった表情で戻ってきたぞ。
ヘドバンが楽しかったのなら、なによりだ。
「やっぱり、種族進化に土地神からの祝福が絡んでいたことは知っていたのね?」
「まあな。種族進化時全開放チケットを使った連中が、その手の情報を売ってくれたぜ」
セイリュウの予想通りだったか。
だとしたら、そこまで高額な報酬にはならないなと思いながらも目の前の料理からは意識を逸らさず、謎骨出汁や酒や醤油や豆板醤を加えていく。
「といっても、公式イベント以外ではまだ二体しか土地神が発見されていないから、検証は難しいのよね」
疲れた表情を浮かべるミミミの言う、二体の土地神のうち一体は俺達が遭遇したガーディアンバット。
調理を進めながら会話を聞いていると、もう一体は塾長達がサードタウンジュピターの北にある湖で遭遇した、ガーディアンリキッドっていう水によって形成された女性らしい。
これら二体に関わりそうな種族の候補として、ガーディアンバットが吸血鬼、ガーディアンリキッドがウンディーネと目星を付けているようだ。
「私達の場合は何かしら?」
「メェナは狼系で、ダルクは熊として、カグラとセイリュウは人とエルフよね?」
「仙人とかエンシェントエルフとか?」
「人やエルフを模した、何か神秘的な存在かもよ」
向こうは色々検討しているけど、俺には分からないから料理に集中。
下茹でして湯切りした豆腐、葉ニンニクを加え、ひと煮立ちさせたら火加減を調整して馴染ませるっと。
「なんにせよ、土地神の情報不足ね」
「なあミミミ、今までは検証が難しくて販売もしていなかったが、これを機に販売して土地神捜索の協力者を募ってみるか?」
「……それも一つの手ね。ギルマスがログインしたら相談しましょう」
途中で胡椒と隠し味程度に砂糖を加え、馴染ませたら米粉でトロミを付ける。
「ステータスへの影響はどうなの?」
「現状で分かっている範囲では、他の進化先よりもレベルアップ時の上昇値が少し大きくなる程度ね」
「でもよ、それが後々結構な差になるだろう? 祝福自体の効果や報酬はさほどでもないが、やっぱり土地神からの祝福ってこったな」
最後に強火にして香りを出して、ゴマ油を加えてサッと混ぜる。
これを深皿へ移し、ビリン粉をまぶして麻婆豆腐の完成だ。
麻婆豆腐 調理者:プレイヤー・トーマ
レア度:6 品質:8 完成度:88
効果:満腹度回復11%
俊敏60%上昇【3時間】 火傷状態耐性【大・3時間】
これぞ熱くて辛い料理のド定番
ちゃんと肉を炒め出汁も使ったので辛いだけではありません
葉ニンニクが意外と合います
*塩を加えたお湯で豆腐を茹で、ニンニク、ネギ、ショウガ、唐辛子を刻む。
*下茹でした豆腐をザルに上げ、そのまま置いて湯切り。
*ギガントワイルドフロッグの肉をひき肉にして、葉ニンニクをざく切りに。
*深皿フライパンへゴマ油を敷いて熱する。
*刻んだニンニクとネギとショウガと唐辛子を炒め、香りを出す。
*ひき肉を加えて炒めてしっかり水分を飛ばす。
*豆板醤、醤油、謎骨の出汁、酒を順番に加えて煮る。
*豆腐と葉ニンニクを加えて煮て、途中で胡椒と隠し味に砂糖を加える。
*ひと煮立ちさせて馴染ませたら米粉でトロミをつける。
*強火で香りを出し、ゴマ油を加えてサッと混ぜる。
*皿へ盛ってビリン粉をかけて完成
香りは勿論、味も問題無し。
トロミのお陰で熱々で、それでいて辛い中にもしっかり肉や出汁の旨味があって、豆腐がほどよくそれを中和して旨味を引き立てる。
辛さと共に口にを刺激するビリン粉の痺れが、如何にも麻婆豆腐を食べているって感じだ。
「ちょっとトーマ! 真剣な話をしているところに、美味しそうな香りを漂わせないでよ!」
無茶を言うな、ミミミ。
腹ペコ軍団の腹を満たすため、未熟なれど少しでも美味い飯を作るのが俺の役割なんだ。
ここで仕事をしなかったら、なんのために俺がここにいるのか分かったものじゃない。
「そういった文句は、晩飯前に連れてきたカグラ達に言ってくれ」
自分用として味見したのをアイテムボックスへ入れ、情報漏洩対策という名の下にここへ連れて来たカグラ達へ、怒りの矛先を向けさせる。
さて、ここからは皆の分だから唐辛子とビリン粉と豆板醤の量に気を付けないとな。
カグラとセイリュウは辛さ普通の痺れは控えめ。
ポッコロとゆーららんとミコトは全部控えめの少し辛くて痺れるくらい。
イクトとネレアところころ丸は全部かなり控えめの、微かに辛くて痺れるくらい。
でもってメェナは言うまでもなく、どれもたっぷり使った激辛激シビだから、一番最後に皆へ注意を促して作ろう。
「おいおい、今夜は麻婆豆腐か? かーっ、一緒に食えないのが残念だぜ」
「えっ!? 私達は食べさせてもらえないの!?」
何を驚いているんだミミミ、当たり前じゃないか。
お前達は情報のやり取りをするためにここへ連れて来られただけで、飯に招待したわけじゃない。
だから二人の分を作る予定は無いし、そもそも準備していない。
そこのあたりを分かっていたイフードードーと違って、どうしてミミミはご馳走してもらえると思ったんだろうか。
疑問に思いつつも、皆の分の麻婆豆腐作りに取り掛かる。
「そんなことより、早く情報料をちょうだい。今回の食費と報酬としてトーマ君に支払うから」
きっちり取り立ててやれよ、セイリュウ。
俺としても、貰う物を貰わないと今後の飯作りに支障が出かねない。
「うふふ。これでトーマ君に貢ぐお金がさらに用意できるわ」
頼むからカグラは貢ぐって言わないでくれ。
俺は食費と飯を作ることへの報酬が貰えればいいだけで、貢いでほしいとは思っていないから。
「一括が無理なら分割にする? それともローン? 私達が欲しい情報を提供しての減額交渉には応じるわよ」
さすがはメェナ、戦闘だけでなくこういう時も頼もしい。
その後、現状で分かっているシクスタウンジャパン周辺についての情報を貰い、今回の情報料を減額。
とはいえそこそこの出費だったようで、良い情報に満足しているイフードードーに対し、ミミミは肩を落として泣きそうな表情で引き上げていった。
頑張れミミミ、貰った情報と金は決して無駄にはしないぞ。
「それでトーマ君、ご飯の方はどう?」
「麻婆豆腐なら、ごはんもあるのよね?」
「私のには、どれくらい唐辛子や豆板醤やビリン粉を入れてくれるの?」
カウンター越しの見学にカグラ達も加わったよ。
落ち着け腹ペコ軍団、魔力炊飯器でごはんは炊けているし、もうすぐ全員分が出来るから。
一人分ずつ麻婆豆腐を作ってはアイテムボックスへ入れるのを繰り返し、残るは一人分となった。
そう、激辛大好きメェナの分だ。
「これからメェナの分を作る。全ての窓と扉を開け、厨房からできるだけ離れて口と鼻を塞げ。それか食堂から退避しろ!」
調理開始前に注意を呼びかけると、メェナ以外がバタバタと動き出す。
換気のために食堂の窓と扉を全て開け、完成したら呼んでねと言い残して食堂から退避。
唯一残ったメェナは、早く作ってほしいのか目を輝かせてカウンターから身を乗り出している。
よし、メェナ以外は全員退避したな。
なら調理開始だ。
今回はマスク代わりの布を三重に巻いて調理に挑む。
手順はこれまでと変わらず、ただし使う唐辛子と豆板醤の量が桁違い。
なによりの違いは、今回ポッコロとゆーららんが持ち帰ったある物を加えること。
それはキャロライナ・リーパー。
俺達がギルド「紅蓮厨師食事隊」を結成したことで、栽培できる種類や品種が増えたポッコロとゆーららんによって育てられた、世界一辛い唐辛子。
勿論、これを使用することはメェナから許可を得ているし、なにより他にもハバネロやブート・ジョロキアもあったのにこれを選んだくらいだ。
ちなみにあまり需要は無いものの、辛い物好きのメェナのために少しだけ栽培しているとか。
「いくぞ!」
覚悟を決め、刻んだキャロライナ・リーパーを使って麻婆豆腐を作る。
ぐおぉぉぉっ、目にきやがるぜ。
しかも布を三重に巻いたおかげで喉と鼻はなんとかなっているけど、無防備の目はどうにもならない。
だからといって料理から目を離すわけにはいかないから、なんとか我慢してメェナの麻婆豆腐を作り上げた。
とはいえこれはキツイ、何かゴーグルのようなものが必要だ。
「はうあぁぁぁぁっ!?」
激辛の蒸気で咽ながらも何の防御も無く耐えきり、それどころか恍惚の笑みを浮かべるメェナが恐ろしく見える。
「メェナ、味見してくれ」
自分で味見する気すら起きず、スプーンを差し出して味見してもらう。
一切躊躇せず嬉々として一口食べたメェナは、これ以上ないくらい幸せそうな蕩けた笑みを浮かべ、美味しいと呟いてサムズアップ。
恐ろしい、やっぱり辛い物に対するメェナは恐ろしいよ。
「そうか……。なら飯にするから、皆を呼んでくれ」
「任せておいて!」
駆け足で出て行ったメェナを見送り、飯の準備を進める。
麻婆豆腐、茶碗へよそった炊きたてごはん。
残った謎骨の出汁を醤油で味付けして、刻みネギとゴマを浮かべて油を少量垂らしたスープ。
キャロライナ・リーパー等と同じく、増えた品種の一つであるミニトマトのヘタを取って洗い、新鮮なる包丁で半分に切って塩を軽く振ったものを小皿に載せた、漬物代わりの付け合わせ。
これらに箸とスプーンを添えて、飯の準備は完了。
警戒しながら食堂へ入って来たカグラ達が着席したら、早く食べたいメェナが音頭を取っての「いただきます」をして食事開始。
素早くスプーンを手にしたメェナが、息を吹きかけて冷ますことなく麻婆豆腐を取って口に含む。
「くっはあぁぁぁぁぁぁっ! きったあぁぁぁぁぁっ! 熱い辛い痺れる! やっぱり麻婆豆腐はこうでなくっちゃね!」
熱くて辛くて痺れるのが麻婆豆腐の魅力なのは否定しない。
でもメェナの分は、辛さと痺れが俺達のとは段違いに強すぎるから同意しきれない。
慣れている俺やカグラやセイリュウはともかく、まだ慣れていないポッコロとゆーららんとイクト達なんか、信じられないものを目の当たりにしている表情を向けているぞ。
「あの、お兄さん。メェナお姉さんの口の中には、ちゃんと痛覚が存在しているんですか?」
そこまで言うか、ゆーららん。
だけど俺達も昔はそう思っていたから、気持ちは分かるぞ。
「普通ならあんなに辛そうなのを食べれば、口の中は辛さと痺れの刺激しかしなくて味わうどころじゃないんだよ。なのにメェナお姉ちゃんは平然としているだけでなく、美味しさも分かっているから驚愕なんだよ。確かに辛い中にお肉や葉ニンニクや出汁の味がして美味しくて、唯一優しい存在の豆腐が埋もれることなくこの料理の主軸になっているけど、あの口の中で刺激の暴風雨が吹き荒れそうな辛さと痺れの中で、どうしてそれが分かるのか分からないんだよ」
そうか、食レポを極めつつあるミコトでも、メェナがあんなに辛そうで痺れそうな料理の中から美味さを見出せる理由が分からないか。
まあいいや、とにかく食おう。
皆にも食うように促し、俺達も麻婆豆腐を食べだす。
「はふっ、あふっ。熱いけど美味しいです」
「葉ニンニク入りの麻婆豆腐は初めてですけど、合うんですね」
一口食べたポッコロとゆーららんが、口から熱気を逃がしながら味わっている。
そうなんだよゆーららん、麻婆豆腐に葉ニンニクは合うんだよ。
他にはニラも合うかな。
「どうして麻婆豆腐にごはんって、こんなに合うのかしら?」
ごはんに麻婆豆腐を掛けて食べているカグラに心の中で同意する。
味の相性もあるだろうけど、とろみが付いているからじゃないかな。
汁気が強いとごはんが汁気を吸いすぎたり、それによって味が濃く感じたりするからさ。
「ゲーム内だから大丈夫だけど、現実だったら絶対に汗だくだよね」
そう言って、麻婆豆腐へ息を吹きかけるセイリュウ。
……いやいや、何を考えているんだ俺は。
どうして汗だくになったセイリュウが、制服の胸元を緩めて食べているシーンを思い浮かべているんだ。
しかも汗で制服が透け気味だったし。
反省するので、どうか許してください。
「まーたー、これおーしーけどあつい」
「すこしさまして」
「二人は分かっていないんだよ。こういうのは熱いからこそ美味しいんだよ」
冷まそうと一生懸命に息を吹きかけるイクトとネレアに、無表情ながら自分は分かっているぞと言いたげにミコトが告げる。
それに対してころころ丸が、そうかなといった様子で首を傾げながら「モルッ」と鳴いた。
「トーマ、おかわり!」
もう完食したのかメェナ。
しかもおかわりを要求したから、イクト達とポッコロとゆーららんが唖然としている。
でも俺にすればこの展開は想定済み。
実はその皿に盛った量は、作った分の半分にも満たない量だったんだ。
だから激辛麻婆豆腐入りのフライパンをアイテムボックスから出し、まだ熱々状態のをおかわりとして皿へ盛る。
あと、空になっていた茶碗にごはんのおかわりもよそっておく。
「さすがはトーマ、分かっているわね」
伊達にお前の激辛好きを目の当たりにしてきた訳じゃないよ。
満面の笑みで激辛麻婆豆腐をバクバク食べるメェナのことは気にせず、食事を再開。
ああ、塩を振っただけのトマトが良い口直しだ。
トマトは辛い肉料理とも合うから、麻婆にも合ってちょうどいいよ、本当に。
それからほどなくして、現実なら全員汗だくになっているであろう夕飯は終了。
後片付けを済ませ、明日の予定を確認したら睡眠を取ってログアウトする。
「さてと、店の方に……うん?」
現実へ戻り、店の方へ向かおうとしたらスマホに通知が来ていた。
何かと思ったら三件のメッセージが届いていて、送り主は早紀と健と晋太郎。
早紀は「補習終わった、辛すぎて倒れそう」で、健は「補習を乗り切った、辛くてぶっ倒れる寸前」。
補習ぐらいで何を大げさな。
「そもそも今回の小テストは、真面目に授業を聞いていれば問題無いレベルだったのに」
つまり原因はあの二人の不真面目さだ。
やれやれと思いながら晋太郎からのメッセージを開くと、面接に合格して明日の放課後に研修を受けることになったとある。
そうか、採用されて良かった。
ひとまず早紀と健には「倒れる前に家に着けよ」と返し、晋太郎には「おめでとう、頑張れよ」と返す。
さて、厨房へ行くか。
明日は早紀から、延々と補習やログインできなかったことへの文句を言われるだろう。
いや、明日を待たずとも店に来て飯を食いながら言われるかな?
ところが早紀は来ること無く今閉店時間を迎え、後片付けをしている最中に来なかった理由に気づいた。
そういえば早紀の奴、今月はもう金が無かったのだと。




