やっぱりこうなった
月曜日の朝。
いつものように早紀と共に登校し、教室で晋太郎と挨拶をかわして昨日伝えたバイトの件を尋ねた。
「昨日連絡を貰った後、教えてもらった連絡先に電話をしたら、今日の夕方に面接をすることになったんだ」
そのために面接が決まった後で履歴書を買いに走り、親に手伝ってもらって記入を済ませたそうだ。
授業が終わったら直接向かって面接をするようで、履歴書はカバンの中にあるとのこと。
「頑張れよ」
「う、うん」
希望通り接客無しのバイトが見つかった嬉しさ半分、緊張と不安が半分といった様子の晋太郎。
瑞穂さんから聞いた話だと悪い職場ではないみたいだから、どうか採用されてほしい。
自分から一歩踏み出してバイトをすると決めたんだ、いきなり悪い職場に当たって余計に人見知りになったら、友人として悲しいからな。
「さてと、なら俺も覚悟を決めるか」
この先の展開はおおよそ予想できている。
でも、声を掛けると家族へ約束した以上は何もしない訳にはいかない。
「? なんのこと?」
首を傾げる晋太郎に「ちょっとな」とだけ言い残し、その場を離れて早紀達の下へ向かう。
既にいつもの六人が早紀の席に集まっていて、何か雑談をしているところへ声を掛ける。
「ちょっといいか?」
「ん? どしたのトーマ」
割って入って悪いかなと思ったけど、問題無いようだ。
「能瀬と山本と狭山に相談したいことがあるんだ」
「あーしらに?」
「何の用?」
「実はなーー」
早紀達へ昨日の瑞穂さんの件を話し、その影響がうちの店にも出ることを説明。
瑞穂さんが入れない曜日に別のバイトに入ってもらうため、人を探していると伝えた。
「というわけで、月曜と木曜の夜、それと土曜の日中と夜に入れる人を探しているんだ」
「ちょっとトーマ。そういうことなら、ここに頼れる幼馴染がいるじゃないか。なんで僕は含まれていないのさ」
説明を終えた直後、不機嫌そうな早紀が文句を言う。
確かに早紀なら、賄いに揚げ物を出せば給料が安くとも二つ返事で引き受けるだろう。
でも、お前だからこその不安もあるんだ。
「早紀の場合、何かやらかしそうな不安と、放課後に居残りさせられてバイトに来られない可能性が高いから、雇う側としては不安なんだ」
「どういう意味さ! 皆も納得の表情で頷くなー!」
早紀は文句を言うものの、俺が告げた早紀へ頼まない理由に皆は納得して頷いてくれた。
うちの家族や瑞穂さんでも不安を覚えていたんだ、この反応も当然だな。
「ならお前、今日の小テストは問題無いのか?」
「……ふー、ふー」
はいそこの揚げ物狂いさん、明後日の方向を見て吹けもしない口笛を吹いて誤魔化そうとしない。
「今日の小テストは四十点未満だと、放課後に居残りで補習よ」
「えっ、嘘っ!? そうだっけ!?」
溜め息を吐いた長谷が頷くと、早紀は「ギャーッ」と叫んでどうしようと頭を抱える。
「これだから、こいつには頼めないんだよ」
狼狽える早紀に溜め息を吐きながら告げると、皆は再度納得したように頷く。
「で、長谷と桐生は塾があるから難しそうだろう? だから能瀬と山本と狭山なんだ」
「なるほどね」
「確かに私と瑠維ちゃんは、塾があるからバイトは厳しいわね」
落ち着いてうんうんと頷く長谷と桐生は、慌てふためく揚げ物狂いとは大違いだな。
「そういうわけで、どうだ?」
「んー、そーねー」
考えるようにして組んだ山本の腕に胸が乗り、存在感を主張してくるから視線を少し横へずらす。
するとジト目の能瀬が目に入った。
見てないぞ、ちゃんと目を逸らしただろう。
たぶんお前がうちへバイトに来る流れになるから、それで許してくれ。
ほら、長谷と桐生と山本と狭山が無言のアイコンタクトを交わして、互いに頷きあっているぞ。
「私は無理。放課後は実家の店を手伝うから」
「あーしも月の家でバイトすることになったからダメーッ!」
俺と同く実家が店をやっている狭山はそこの手伝いを理由に断り、嘘か真か狭山のところでバイトをすると言う山本は、両腕を交差させてバツ印を作って断る。
「ということは、桐谷君の家にバイトで入れそうなのは静流ちゃんだけね」
「へ? はひゃい!?」
ニコニコ笑顔の桐生の言葉に、ジト目を向けていた能瀬が一瞬訳が分からない表情を見せた後、目を見開いて驚き変な声を上げた。
分かってはいたけど、やっぱりこうなったか。
こいつら能瀬の俺に対する気持ちを分かっていて、結託して能瀬しか選択肢がない状況にしている。
思い返してみればそんな場面は過去にもあったのに、どうして気づかなかった俺。
自分の鈍さが本当に嫌になるよ。
「桐谷、静流はいつからバイトに入ればいいの? 今日? それとも今度の木曜日? 時間は何時から何時まで?」
ワタワタする能瀬をよそに、長谷が話をまとめに掛かってきた。
そうまで背中を押してくるのか。
あの長谷までこの調子となると、俺がしっかりしないと。
「待て待て、展開が早すぎる。まずは確認させてくれ、能瀬はバイトに入れるのか?」
「へっ、えっと……」
救いを求めるように能瀬が皆へ視線を向けるが、誰も助けようとしない。
早紀は小テストへの不安から復帰しておらず、頭を抱えてどうしようと焦っている。
桐生は意味ありげにニコニコと微笑み、山本はニッと笑ってサムズアップ。
眼鏡の位置を直した長谷は頑張りなさいとだけ告げ、拳を握った狭山はファイトと呟く。
援護は無いと悟った能瀬は、真っ赤な顔に困惑した表情を浮かべてしばしオロオロして、ようやく止まると俯きながら上目遣いでこっちを向てくる。
言い出せずにいるから、先に心の中で叫ばせてもらう。
気持ちを分かった上で見ていると攻撃力が高すぎて、こっちのメンタルのライフがガリガリ音を立てて削られていって、今にも尽きそうだぞ!
表情に出ていないよな、今まで通り平静を装えているよな?
「わ、私で、大丈夫?」
「ちゃんと働いてくれるなら、大歓迎だ」
よし、変に動揺せず言えた。
「じゃ、じゃあ、やるよ!」
赤いままの顔を上げてふんすと鼻息を吐く様子に、またメンタルのライフを削られながらも平静を保って対応する。
「なら明後日の水曜日の放課後にうちで面接をするから、それまでに履歴書を用意してくれ」
普段通りにできている、よな?
口調も態度も頑張っていつも通りを保っていたはず。
長谷も桐生も山本も狭山もこっちを見てニヤニヤしているけど、あれは能瀬の反応を楽しんでいるだけで、俺に対してじゃない……はず。
たぶん、おそらく、そう思う。
「分かった。今日の帰りに買って用意しておくね」
「了解。うちの方には帰ったら伝えておくよ」
ふう、どうにかメンタルのライフが持ちこたえてくれた。
相手の気持ちを知るか知らないかだけで、こうも違うなんて。
「あとは念のため、バイトしていいか親に確認しておいてくれ」
「それは大丈夫。高校に上がった時に、バイトしたければしてもいいよって言っていたから」
「でも一応聞いておいてくれ。許可が取れたら、給料を振り込む口座も確認しておいてくれよ」
「分かった。帰ったら聞いておくね」
「頼む」
とりあえず、伝えるべきことはこれで全部か。
ふう、少し気分が落ち着いた。
「トーマ、どうしよう! これじゃあ今夜ログインできないかも!」
「知るか。自己責任だ」
ようやく復活した早紀を一蹴すると、再び「ギャーッ」と叫んでこれまた再びどうしようと狼狽える。
入学から二ヶ月と少しで早くもクラスの定番と化している早紀の様子に、クラスメイト達はクスクス笑う。
「違うわよ早紀ちゃん。できないかも、じゃなくてできないのよ」
「早紀は中間の結果も良くなかったから、時間が掛かりそうだものね」
笑みを浮かべる桐生と苦笑する長谷の言葉に、早紀は再び「ギャーッ」と悲鳴を上げる。
今日の小テストはクラスの副担任が担当する教科なんだけど、うちの副担任は厳しい。
正確にはやる気と熱意に溢れていて、結果的に厳しくなっている感じだ。
外見は良いから最初こそ男子から人気はあるものの、授業を受けると厳しめの内容に人気が落ち着く。
授業中でなければ、人当たりが良くて男子からも女子からも人気が高いだけに、勿体ないという声は多い。
今年で三年目、仕事にも慣れてやり方も覚えてきたのか、心なしか去年より厳しいという話を聞いたことがある。
情報の入手先は、部活の先輩から聞いたという晋太郎だ。
「そんなの嫌だー! トーマなんとかしてー!」
なんとかしろ言われても、俺にどうしろっていうんだ。
「今回はまず、初見の果物とか木の実を味見する予定なのにー!」
気にするのはそっちか。
前回カイゴ―島を探索した時に能瀬が採取した果物や木の実。
全部が初見だから、今夜ログインしたら味見する予定だ。
「もしも補習になったら、味見を延期して!」
「それは駄目よ! 誰が何と言おうと、延期は許さないわ!」
さすがは桐生。泣きそうな顔で延期を申し出る早紀に対し、絶対に譲る気が無いほどの気迫と威圧感を放つ姿は、甘味の権化の面目躍如だな。
尤も、そんな様子に男子は戸惑い、女子達は意外そうな表情をしているけど。
「そこをなんとか!」
「駄目! 例え果物や木の実であろうと早紀ちゃんの頼みであろうと、甘いものに関しては引かないわ!」
縋る早紀をスパッと一刀両断だよ。
これはもう無理だ、何をどう言っても桐生は止まらない。
「トーマからもなんとか言ってよ!」
「安心しろ桐生、味見はちゃんとやるから」
「さすがは桐谷君ね」
「うわあぁぁぁぁっ! トーマの裏切り者ー!」
よし、今回のログインは鬼のいぬ間ならぬダルクのいぬ間に揚げ物三昧といこう。
そして明日以降はしばし揚げ物無しだ。
心の中でそう決意して、早紀がこれ以上の無茶な要求をしないよう建設的な話をすることにした。
「長谷、桐生、能瀬。今夜は早紀がいないから、UPOの予定を少し変更するか?」
「そうね」
「仕方ないわね」
「こうなる予感はしていたよ」
提案に対して長谷が頷き、桐生は笑みを絶やさず同意し、能瀬はため息を吐く。
「僕がログインできないことを前提に、話を進めるなー!」
まだ分からないよと虚勢を張る早紀だけど、無理だろう。
なんとなくそう感じた予感は、放課後に的中した。
小テストは副担任が担当をしている教科ということもあり、帰りのホームルームに返却され、それを受け取った早紀は崩れ落ちた。
あと、健も。
「嘘だろぉぉぉぉっ!? あと、あと二点だったのにっ!」
嘆く健には悪いが、一点でも二点でも足りなければ容赦なく補習だ。
「ちくしょう! UPOの二次募集にも落ちたし、ふんだりけったりだ!」
机を叩いて悔しがる健に、担任から静かにしろと注意が飛ぶ。
そうそう、昼休みにUPOの二次募集の結果が届いたんだよな。
運営に寄る抽選の結果、晋太郎と山本と狭山が当選して、健は一人だけ落選。
昼飯の最中にそれが届いた時は晋太郎は大喜びして、健はなんでだって叫んで落ち込んだ。
さらに長谷から、当選の結果に山本は普通に喜んだのに対し、狭山は無言の無表情で両拳を突き上げたんだとか。
「なあ斗真、なんでだ、なんで俺ばかりこんな目に。今日の十二星座占いで最下位だったからか?」
知るかそんなこと。
「占いのせいじゃなくて、日頃の行いのせいだと思うぞ」
「親友が無慈悲!?」
だって抽選結果はともかく、テストに関してはちゃんと勉強していれば問題無いだろう。
しっかり勉強するなり、一夜漬けでもいいから備えておけば、なんとかなったかもしれないものを。
「とりあえず俺から言えるのは……補習頑張れ」
「全く感情が込められてないと表情で応援されても、嬉しくねー!」
「おい間宮、うるさいぞ!」
担任からの再度の叱責に教室が笑いに包まれる。
笑っていないのは当事者の健と早紀だけ。
二人とも、日頃からちゃんとやっていない自分を恨めよ。
「「うわあぁぁぁぁぁっ!」」
悲鳴を上げても現実が覆ることはないぞ。
必死こいて補習を乗り切れよ。




