急募
寝具作りに協力してくれた三人を見送り、それと入れ違いで帰ってきたダルク達。
そのまま出迎えると、玄十郎と探索に協力していたプレイヤー達から、おにぎりが美味かったという喜びの声を順番に聞かされた。
彼らは今日の情報を精査するとかですぐに転移で帰り、拠点には俺達だけが残る。
「うん? なんかダルクとメェナ、見た目が少し変わったか?」
探索に出発する前と比べ、二人の髪と目の色が少し変わった。
ダルクは茶色が濃くなって、メェナは灰色が銀色に変化している。
「ああ、レベルが上がって種族進化したからよ」
種族進化っていうと、レベル五十になって出来る進化だよな。
そういえば公式イベントで入手した、種族進化時全開放チケットがあったっけ。
レベル上げとはほぼ無縁だから、すっかり忘れていた。
「ふっふっふっー。そうだよ、僕は種族進化して、熊人族から豪熊族へ進化したんだ」
薄い胸を張って自慢気に告げるダルク。
といっても、髪と目の色以外は目が変わっていないだろ。
ただ能力的な変化はあるようで、魔力と俊敏と知力が上がりにくい代わりに、HPと体力と腕力が上がりやすいそうだ。
なんというか、勉強嫌いのダルクらしい成長の方向性だな。
「ちなみに私とセイリュウちゃんも種族進化したのよ」
「見た目は変わっていないんだけどね」
人族だったカグラは、レベルアップ時の能力上昇は進化前と比べて微増でも、全体的に能力が上がるハイヒューマンに。
エルフのセイリュウはダルクの逆で、HPと体力と腕力が上がりにくく、MPと魔力と知力が上がりやすいマジックエルフに。
そして髪と瞳が銀色になっているメェナは、HPとMPと魔力が上がりにくくて、俊敏と腕力と器用が上がりやすい銀狼族になったとのこと。
前衛なのにHPが上がりにくくていいのかと尋ねたら――。
「当たらなければ、どうということはないわ!」
左手を腰に当てて右手を握り、力強くそう言い切った。
普段は冷静で常識的で頭も良いメェナなのに、どうして戦闘になるとそう脳筋気味になるんだよ。
まあ、楽しんでいるようだからいいけどさ。
「で、寝具の方はどうだった?」
「バッチリだ。イクト達はダルク達を案内して、寝具を見せてやってくれ。俺は厨房で飯の準備をしているから」
「「はーい」」
「分かったんだよ」
ダルク達の案内はイクト達に任せ、俺は一人厨房へ向かう。
ポッコロとゆーららんところころ丸は、もう少し畑をいじったら食堂へ行くとのことだ。
というわけで厨房へ来て、非表示にしていた前掛けとバンダナを表示させ、晩飯作りを開始。
既に米を炊いてある魔力炊飯器をアイテムボックスから出し、一人分ずつ皿へよそって冷めないよう、再度アイテムボックスへ入れる。
米をすり潰して米粉にして、ピリピリネギを刻み、卵を溶いてジャンキーガニの身を少し加え、昼に作ったジャンキーガニの出汁入りの寸胴鍋を出し、フライパンを二つ用意。
フライパンの一方へ出汁を入れて加熱する。
「いやー、新しい寝具はすごい出来だね。あれなら今度は快眠できそうだよ」
寝具を確認しに行っていたダルク達とイクト達が来たか。
上機嫌なダルクを先頭に食堂へやって来ると、フライパンの一方へ出汁を入れて加熱していることで良い香りが漂っているせいか、一斉にこっちを向いた。
全員が一斉にこっちへ顔を向けたから、ちょっと怖いぞ。
だけど手は止めず、ジャンキーガニの身を入れた溶き卵に醤油と砂糖とジャンキーガニの出汁を少々加えて混ぜ、もう一方のフライパンへ油を敷いて溶き卵を流す。
「ますたぁ、なにつくってるの?」
「おさーな? おさーな?」
「揚げ物は? ねえ、揚げ物は?」
「これは確かジャンキーガニの出汁の香りなんだよ」
「出汁の香りに溶き卵? まさか出汁巻卵!?」
「カニの出汁の出汁巻卵なんて、なんか贅沢だね」
「トーマ君! 私は砂糖入りの甘口でお願い!」
落ち着け、腹ペコ軍団。
それと残念ながら、晩飯は出汁巻卵じゃない。
油が温まったから卵を流し入れ、焦げないよう注意しながら卵を焼き、出汁の方には刻んだピリピリネギとジャンキーガニの身を少々加え、米粉でとろみをつけて餡にする。
「あれ? 出汁巻卵じゃないの?」
申し訳ないが違うんだよ、メェナ。
食べたいなら今度作ってあげたいけど、あれって難しいんだよな。
柔らかくて上手く巻けず、形が崩れた苦い記憶を思い出しながら卵と餡を仕上げ、アイテムボックスへ入れておいたごはんを盛った皿を出し、卵を被せて餡を掛けて天津飯の完成。
グリーンピースが無しなのは、気にしないでほしい。
「「「「天津飯がきたぁぁぁぁっ!」」」」
「てーしーはんってなに?」
「わかんない」
「二人とも、美味しければそれでいいんだよ」
ミコトの一言にそうだねと頷きあうイクトとミコトを横目に、味と情報を確認する。
ジャンキー天津飯 調理者:プレイヤー・トーマ
レア度:5 品質:7 完成度:88
効果:満腹度回復22%
HP最大量+50【2時間】 腕力+5【2時間】
ジャンキーガニを使った熱々天津飯
殻で取った出汁を餡だけでなく卵にも加えたのは、一体感がある
名前にジャンキーとありますが、中毒性は無いのでご安心を
うん、実家の店と同じで卵が柔らかめに仕上がっていて、餡の味も良い感じだ。
ジャンキーガニは身も出汁も名前の割に強烈な印象は無く、強い味がしたかと思ったらサラッと消える潔さを感じる。
だからこそご飯や卵の印象がぼやけず、三つの主軸が安定して味わえている。
以前にリバークラブと刻み麺で天津飯風の飯を作ったけど、やっぱり米の方が良いな。
「トーマ! 早く僕達の分も作って!」
はいはい、分かったから落ち着け。
でもその前に、以前作った醤油ダレをお椀へ少々入れてジャンキーガニの出汁を注ぎ、ネギを浮かべてジャンキーガニのスープを作って味見する。
ジャンキーガニの出汁スープ 調理者:プレイヤー・トーマ
レア度:5 品質:8 完成度:92
効果:満腹度回復2% 給水度回復13%
器用+5【2時間】 運+5【2時間】
ジャンキーガニで取った出汁を使ったスープ
飲んだ直後は強い旨味に襲われますが、後口はサラッと流れる潔さ
名前にジャンキーとありますが、中毒性は無いのでご安心を
こちらも良し。
良い香りの割に、説明通りの強くもサラッとした潔い味わいのお陰で、飽きがこずに何杯でも飲めそうだ。
「「「「はーやーくーっ!」」」」
「ますたぁ!」
「まーたー!」
「マスター」
分かったって、もう少し落ち着け腹ペコ軍団。
そこからは腹ペコ軍団の要求に応えるため、天津飯とスープを用意し続ける。
さらに昼に仕込んでおいた一品、熟茹でた大豆をつけ汁に浸けて作ったひたし豆を一粒味見してから、スプーンで皿へ載せる。
大豆のひたし豆 調理者:プレイヤー・トーマ
レア度:3 品質:7 完成度:91
効果:満腹度回復4%
HP自然回復速度上昇【小・2時間】 体力+5【2時間】
つけ汁の味がしみ込んだ茹で大豆
固すぎず柔らかすぎず、ちょうどいい茹で加減の大豆を噛むと染みた味が広がる
ちょっとしたおつまみにも良いかもしれません
程よい固さの大豆を噛むと、醤油主体のつけ汁の味と共に豆の味がしっかりする。
日本酒とジンジャーと唐辛子による程よい風味もあって美味い。
食卓に出すなら箸休めか、酒のつまみにも良さそうだ。
熟成瓶が二つとも使用中だから浸けたまま放っておいたけど、上手くいってよかった。
たまに冷却スキルで冷やしておいたのが良かったのかも。
「大豆を浸したもの?」
「いわば、大豆のお浸しね」
正確にはひたし豆だけど、まあその認識でいいよ。
それから全員分の飯を仕上げている間にポッコロとゆーららんところころ丸も戻ってきて、全員揃っての飯が始まった。
いつも通りにダルクの音頭でいただきますをしたら、先陣を切ったダルクが天津飯を食べ――。
「あっつあぁっー!」
冷めないようにアイテムボックスへ入れておいたごはん、焼きたての卵、そして熱々の餡にやられたダルクが口を押えて悶える。
何をやっているんだ、あいつは。
「何やっているのよ、もう」
呆れ顔のメェナが俺の気持ちを代弁してくれた。
本当にそうだよな。
「イクト君達は、ちゃんとふーふーして食べるんだよ」
「「はーい」」
「分かったんだよ」
向かいに座るセイリュウが、俺の左右に座るイクトとネレアとミコトへ注意を促す。
そうそう、ダルクみたいになりたくなければ、ちゃんと冷ましながら食うんだぞ。
「あらあら、なんだかセイリュウちゃんが三人のお母さんみたいね」
「ななな、何を言っているの!? 何を言っているの!?」
カグラ、俺も思ったけど変に意識しそうだから黙っていたんだから、言わないでくれよ。
ただでさえセイリュウの気持ちに気づいて、そうなりそうなんだからさ。
「お兄さん、天津飯美味しいです! とろとろの餡と柔らかめの卵がごはんに良く合っています!」
目を輝かせてリスの耳と尻尾を揺らすポッコロよ、お前はそのまま素直に育ってくれ。
「確か地方によって餡が少し違うんですよね。ケチャップとか醤油とか塩とか」
へえ、よく知っているじゃないかゆーららん。
前回は塩味、今回は醤油味で作ったから、次に作る機会があったらケチャップ味にしてみようかな。
「まーたー、てーしーはんもすーぷもおーしー! かにおーしーの!」
「ますたぁ、このとろとろのがかかったたまごのごはんおいしい!」
分かったから、イクトとネレアはもう少し落ち着いて食え。
口の周りが餡だらけだぞ。
「スープもカニの美味しさが詰まっていて美味しいんだよ。それと味が染みた豆が絶妙な口直しになって、影ながら天津飯とスープの味の良さを引き立てているんだよ。だから天津飯とスープが飽きずに、いくらでも食べられるんだよ」
ミコトは口の周りに汚れ無し。
しかも食レポはちゃんと口の中のものを飲み込んでからやっているし、食レポが終わってから次を食べている。
未だに口を押えているダルクよ、少しはミコトを見習え。
「ところで探索の方はどうだったんだ?」
「そっちは結構収穫があったわ」
ニヤリと笑うメェナによると、この島に生息するモンスターは今のダルク達より少し強いくらいで、レベルを上げるのにはちょうどいいくらいとのこと。
さらに拠点から離れれば離れるほどモンスターは強くなっていくため、レベリングの場として使うこともできるらしい。
ただ、現状では食材をドロップするモンスターはマッドアリゲーター以外確認されておらず、今後ここで戦う際はそこに重点を置いて探したいそうだ。
「その代わり、薬草や果物や木の実はたくさんあったよ」
口いっぱいに含んだ天津飯を飲み込んだセイリュウが、後で出すねと告げる。
俺も興味があるけど、ポッコロとゆーららんも興味深そうな表情を浮かべた。
「モンスターは主に動物系と植物系、それと爬虫類系や両生類系や虫系を確認したわ」
「虫が大きい上に見た目がとても気持ち悪かった!」
スープを啜ったカグラがモンスターの傾向を告げると、セイリュウが虫系モンスターを思い出したのか、泣きそうな顔でそういった。
大きさは公式イベントで見た土地神の眷属と同じくらいで、外見はゲーム特有の傾向が強くて虫嫌いには少々キツイ傾向にあると、メェナが補足説明してくれた。
虫嫌いのセイリュウにとっては地獄だろうな。
「あと、デカいミミズもいてカグラが悲鳴上げていたよね」
「そういうダルクちゃんだって、大きなウシガエルみたいなのを見て逃げたじゃない!」
熱さから復活したダルクの一言にカグラが反論する。
俺からすれば、どっちもどっちだよ。
「というわけで、次のログインではトーマも一緒に行きましょう。あまり拠点から離れた場所へいかなければ、私達とイクト君達で対処できるわ」
「了解」
メェナの提案を了承し、最後の一口を食べる。
直後におかわりの声が上がり、はいよと返事をしておかわり作りに取り掛かる。
ジャンキーガニの量の関係で一人一回だけと告げた際に上がった文句は、デザートのおはぎで黙らせた。
いや、違うか。
甘いもの好きなカグラだけは黙らず、飛び跳ねるくらい喜んで騒いでいた。
「ふわあぁぁぁ。おはぎ美味しいぃぃぃ……」
お気に召したようで、一口食べたカグラが蕩ける笑みを浮かべた。
他の面々も気に入ったのか、笑みを浮かべて食べてくれている。
おいダルク、両手に持って交互に食べるのは行儀が悪いからやめろ。
「まーたー、あまーのおーしー! あまーのさーこー!」
一口食べて目を見開いたネレアが、初めて甘いものを食べたかのように騒ぐ。
「あまくておいしー!」
「そうよね、ネレアちゃん、イクト君! 甘いのは至高で究極で絶対的存在よね!」
甘いのが好きな傾向のイクトも一緒になって騒ぐと、それにカグラが同調した。
前に甘いプリンへ苦いカラメルソースを掛けるのがどうこうって、論戦をしていたくせに。
ん? まーふぃんからメッセージか。
「どうしたの?」
「まーふぃんからメッセージが届いた。なになに……」
メッセージは、米があるシクスタウンジャパンへの道を切り開いたことへのお礼から始まり、米でどんな料理を作ったのか教えてほしいとか、知り合いの料理プレイヤーで集まってごはんのおかずやお供やおにぎりを食べ合う、披露会みたいなことを計画しているということが書いてある。
何を作ったかは特に隠すことでもないし、優劣を競わない披露会なら興味があるから参加したい。
一応ダルク達にも伝えると、作った料理を教えるぐらいは構わないと言ってもらえ、披露会については食べるだけでいいなら参加したいと言いだした。
「参加については伝えてみるけど、期待するなよ」
さすがに食べるだけなんて都合が良すぎる。
そんな考えに反し、数分後に届いた返事ではオッケーとのことだった。
しかも参加予定の冷凍蜜柑達も全員が承諾済みらしい。
いいのか? 食べるだけなのにいいのか?
疑問に思ったけど承諾が出たのなら仕方ない。
これを皆へ伝えると、雄叫びを上げるように喜びだした。
日程については調整をするということで、ダルク達と話し合った上で都合の良い日時を伝える。
あとは向こうが調整するから、連絡が来るまで待てばいい。
「ふっふっふー、どんな料理が食べられるのか楽しみだよ」
「おいしいのいっぱいたべられる!」
「たーしみ!」
やれやれ、作らずに食べるだけっていう厚かましい要求を受けてくれたんだから、当日はちゃんと皆に感謝しろよ。
苦笑しながらそう思っているうちに、主にカグラとイクトとネレアによっておはぎが全部無くなったことで、今回の飯は終了。
後片付けをして、セイリュウが採取した薬草や果物や木の実を確認してポッコロとゆーららんと扱いについて話し合い、最後に次回のログインの時間を確認してログアウトした。
*****
さて、ここからは現実の時間だ。
今日は夜にログインしないけどここ最近と同じくらいに上がって、明日の小テストに向けて勉強しなくちゃならない。
時間が限られている分、しっかり集中して店を手伝おう。
片づけをして気持ちを切り替え、夜営業の開始を控える厨房へ行くと祖父ちゃん達が瑞穂さんと話していた。
「というわけなんですが、お願いできますか?」
「俺達は構わないぞ。人手が一人減るくらい、気合いでなんとかしてやるよ」
「ちょっとあなた、もう若くないんですから気合いで片付けようとしないでください」
なんだ? どうしたんだ?
「どうしたの? もうすぐ夜の営業時間だけど」
「ああ斗真、それがね」
母さんによると、瑞穂さんが平日の昼間にやっているバイト先の従業員が事故に遭ったそうだ。
幸い命に別状は無いものの、入院することになって当分勤務ができなくなってしまい、それによってただでさえギリギリだった人員に余裕が無くなり、瑞穂さんに出勤日数と勤務時間を増やしてほしいとの連絡が入ったんだとか。
だけどそうなるとこっちの勤務に影響が出るため、それについて相談中とのこと。
「申し訳ありません、大将」
「別に瑞穂は悪くないんだから、謝るんじゃねえ」
まあ、こればかりは仕方ないか。
でもそうなると、しばらくは忙しくなりそうだな。
「それと斗真君にも、ちょっと相談があるんだけど……」
「俺にも?」
「向こうの人がこういう事態だから、早急に人手を増やしたいって言っているの。夕方から入れる人でもいいって話だから、斗真君の知り合いで誰かいない?」
いきなりそんなことを言われても……いや待てよ。
「瑞穂さんのもう一つのバイト先って、倉庫での作業でしたよね?」
「うん。そうだよ」
「接客みたいなことはしますか?」
「職場の人と話すぐらいはするけど、接客とかは無いわ」
だったら一人思い当たる。
そいつはちょうど接客無しのバイトを探しているから、連絡を取ってみよう。
「少し待っていてください」
断りを入れてスマホを取り出し、そいつへ連絡を取る。
「ああ、晋太郎か。今、大丈夫か?」
電話に出た晋太郎へ話をすると、是非応募したいと言ってきた。
瑞穂さんから連絡先を聞いて伝え、あとは晋太郎に任せる。
人見知りなだけで性格はしっかりしているから、たぶん大丈夫じゃないかな。
「ううう、ありがとう斗真君。お礼にお姉ちゃんが熱烈なハグをしてあげる」
「いりません」
「なんでお姉ちゃんには、そんなに塩対応なの!?」
下手に受け取ったら調子に乗って、何をするか分かったものじゃないからだよ。
「これで瑞穂ちゃんの方はなんとかなったけど、うちは少し忙しくなるわね」
「だからそこは気合いだ気合い」
「……親父、もう若くないのを自覚しろ」
溜め息を吐く祖母ちゃんに祖父ちゃんが根性論を説くけど、父さんの言う通り若くないんだから気合いでなんとかなる問題じゃない。
「平日の昼間は普段から四人だからなんとかなるとしても、夜営業に一人足りなくて大丈夫かしら」
母さんが心配するのも分かる。
平日のうちの店は、昼よりも夜の営業時間の方がお客が多い。
おまけに酒飲みの常連達が来るから、厨房も接客も昼より忙しくなる。
「瑞穂さんは、どれくらい入れなくなるの?」
「現状だと月曜日と木曜日の夜、それと土曜日は日中も夜も無理そう」
昼も賑わう土曜日も無理なのは痛い。
いっそこの中で一番若い俺が、厨房の手伝いも接客も両方やるか?
「しゃあねぇな。そこに入れそうなバイトを募集するか」
自分が両方やると提案する前に、頭を掻く祖父ちゃんが新しいバイトを雇うことを決めた。
元々瑞穂さんが入っていた時間に別の人が入るってだけだから、それも有りか。
「そうだ斗真、早紀ちゃんに頼めないかしら?」
ああ確かに早紀ならここから近いし、俺達も見知っているし、性格的にも接客は合っていると思う。
だけどなぁ……。
「何かやらかしそうな不安感と、放課後に居残りさせられて課題や補習をやらされる可能性が高いけど、それでもいい?」
「「「「「……」」」」」
不安な点への質問に対する返答は、微妙な表情での無言。
提案者の母さんだけでなく、父さんも祖母ちゃんも、祖父ちゃんや瑞穂さんですら同じ反応をしている。
昔から早紀を知っているからこそ、そうなる姿が容易に浮かぶんだろうな。
酔っぱらい達との話では若女将候補だとか言っているものの、実際に雇うとなると不安が湧いてきたようだ。
「斗真。そういう不安が無い、うちで働いてくれそうな知り合いはいるか?」
父さんがそう言った気持ちはよく分かる。
やっぱり早紀だと不安要素の方が大きいんだな。
しかしそうなると、他に誰かいるかな?
晋太郎はバイト先を紹介したばかりだし、そもそも接客に不安がある。
健は女性客をナンパするだろうから論外。
長谷と桐生は塾があるから、バイトは難しいだろう。
早紀は他に誰もいない場合の最終手段にするとして、残るは能瀬と山本と狭山の三人か。
……能瀬の気持ちに気づいたせいか、真っ先に能瀬がここで働く姿が浮かんだ。
変に意識しないようにしている分、余計に意識しているのか?
ああくそっ、鈍くて恋愛関係には無関心で過ごしてきたせいで、そのことに疎すぎる自分が憎い。
「どうした斗真、何を悩んでやがる」
「ああうん、なんでもないよ。それより心当たりが三人いるから、明日にでも聞いてみるよ」
なんとか取り繕って祖父ちゃんにそう返し、夜営業の時間が近いからこの話はここで終わり。
開店準備に取り掛かる中、きっとバイトに入るのは能瀬になるんだろうなと思った。
だって鈍い俺が気づいたのなら、早紀達が気づいていないはずがない。
思い返せば、現実でもゲーム内でも能瀬の背中を押す素振りが見られたし、話を持ち掛けたら能瀬しか選択肢がない状況に持って行こうとするはず。
そうと分かっていながら、なにもできない自分が改めて憎い。
でもまあ、そういう相手と同じ場で働けるのは悪くないか。
「女将さん、若女将。斗真君は大丈夫ですか? さっきから悩んだり悔やんだり微笑んだりと、表情がコロコロ変わっていますが」
「準備はちゃんとやっているし、手際も普段通りだから大丈夫じゃないの」
「それにしてもあの反応。女性関係で何かあったと、母親としての勘が囁いているわ」
母さんと祖母ちゃんと瑞穂さん、小声で喋っているつもりなんだろうけどバッチリ聞こえている。
それと母さん、母親としての勘とやらが鋭くて少し怖いよ。




