せっかくだから
一通り町を回り終えた俺達は、ファッション用の和装姿で町を歩く。
せっかく新しい装備を買ったのにもう着替えるのかと言ったら、エンジョイ勢なんだから楽しむのが最優先とのことだ。
だから俺も購入したばかりの装備から早々に、濃い緑の着物と灰色の帯の着流し姿になっている。
「さあ皆の衆、出陣である!」
調子に乗ってそんなことを言っているダルクは、侍風の着物に身を包んでいる。
刀こそ差していないものの、袴を履いて着物の上に羽織を纏う姿は女侍と言えなくもない。
「「おー?」」
「二人とも、よく分かっていないなら返事しなくていいんだよ」
首を傾げながら反応した、木目調の茶色い甚平姿のイクトと白地に高波が描かれた袖の余った着物姿のネレアに、薄紫の生地に白くて小さなドクロがいくつも描かれた着物姿のミコトが呆れ気味の口調で告げる。
そうだな、ダルクのノリに毎回付き合う必要は無いんだぞ。
第一、この場に出陣って言葉が似合う服装なのはダルクしかいない。
「ちょっとダルク。私達以外にプレイヤーがいないとはいえ、恥ずかしいからやめなさい」
ダルクへ注意を促すメェナは、紺の生地に様々な色合いの小さな点のような柄が描かれ、まるで星々に彩られた夜空みたいに見える浴衣を着ている。
手元には巾着袋もあるし、これから夏祭りへ行くようにも見える。
「うふふ。でもはしゃぐ気持ちは分かるわ」
上機嫌なカグラは芸者風の着物姿だ。
普通のより裾が長めで、地面に着かないように手で持ち上げている。
道具を持たず簪は刺さず顔も白塗りにしていないものの、雰囲気的に芸者だと言われても違和感が無い。
これはカグラ自身の雰囲気がそうさせているのか?
「出陣って、どこへ行くつもりなのかな?」
苦笑するセイリュウは、水色の生地に黄色の線で柄を描いたシンプルな着物だ。
帯は濃い目の赤で、なかなか似合っていると思う。
「こういうの、一度着てみたかったのよね」
嬉しそうにスキップをするゆーららんは、フリルが付いた着物姿。
和ロリというものらしく、着物のような和装にフリルやレースのような洋のテイストを加えた、和洋折衷な服装とのこと。
色は赤と白が主体で、頭には黄色いリボンまで付けている。
「僕もこういうの、ちょっと憧れていたんだよね」
モルッと鳴くころころ丸を伴うポッコロは、宮司のような白の着物と赤の袴姿だ。
一日署長ならぬ、一日宮司をやっている子供みたいで少し微笑ましい。
しかしなんというか、同じ和装でも統一感が無い。
傍目には、どういう集団に見えるんだろう。
でもそれはUPO内における、普段の恰好からしてもそんなものか。
「ところでトーマ、そろそろ晩御飯にしない?」
「うん? ああ、もうそんな時間か」
時間的にはまだ少し早いけど、これから調理することを考えると良い頃合いだ。
「ならお兄さん、一つ提案をさせてください」
何か考えがあるのか、人差し指を立てたゆーららんが含み笑いを浮かべる。。
「どうした、食いたい物でもあるのか?」
「いいえ、違います。そうじゃなくて、海賊イベントで貰ったあの拠点で食べませんか?」
えっ、あそこで?
「だってあそこで生活していたってことは、調理場もあるんですよね? しかも寝泊まりもしていたってことは、あそこに泊まれば宿代はタダじゃないですか」
言われてみればそうだ。
生活基盤を築いていた以上は、厨房とまではいかなくとも台所はあるはず。
それと相当な人数が寝泊まりしていたのなら、俺達が泊まるくらい余裕だろう。
中の状態を確認する必要はあるとはいえ、面白そうな提案じゃないか。
「いいね、それ! 僕は賛成だよ。皆は?」
提案に乗り気なダルク同様、他の皆も面白そうだと乗り気になっている。
宿代が浮くのは助かるわとメェナが呟き、カグラもセイリュウもポッコロもこの案には前向きのため、早速あの拠点へ行ってみることにした。
念のため料理ギルドへ寄って少し食材を買い足しておき、転移屋を利用してカイゴー島の拠点へ転移する。
一瞬で視界が変化し、拠点の出入り口前へ現れる。
「よーし! 早速この中を探検だー!」
真っ先に拠点の中へ駆け込んでいくダルクに苦笑しながら俺達も中へ入り、手分けして建物内を調べていく。
木造で古めかしい感じだけど、床は軋まず、窓はガラスこそ無いけど木製の戸が開閉できて、扉もしっかり開閉する。
寝泊まりに使うと思われる部屋は二人部屋のようで、ベッドが二つ設置されている。
だけど部屋自体は狭く、寝るためだけの部屋って感じだな。
「ますたぁ、このべっどごわごわ」
「あまり寝心地は良さそうじゃないんだよ」
「むー。きもちーくない」
ベッドに触れ、感触に対して難色を示すイクト達。
どんなものか触れてみると、確かに寝心地が良さそうとは思えない。
それもそのはず、ベッドには布団や毛布といった物は無く、なめした毛皮っぽいものや古い何かの布っぽいのが敷いてあるだけ。
これでちゃんと寝れるのか不安だけど、そこはゲームだからなんとかなるのかな。
睡眠に対して一抹の不安を覚えつつ、一階の端の方にある扉を開ける。
「わー、ひろい!」
「長いテーブルと椅子がたくさんあるんだよ」
「こー、なーのへや?」
同行しているイクトが部屋の広さに声を上げ、ミコトが設置されている複数の長テーブルとたくさんの椅子を眺め、ネレアはここが何の部屋かを尋ねながら室内を見回す。
ここは集会場……いや、食堂だ。
奥の方を見ると学食で料理を受け取るカウンターのような物があり、その向こうに厨房らしき部屋がある。
すぐにそこへ向かうとやっぱりそこは厨房で、魔力コンロが四つと無限水瓶が二つあって、包丁やまな板といった道具も作業館と同じ物が揃っていた。
情報を確認すると魔力コンロと無限水瓶は旧式で、作業館の物と同じく持ち出しは不可だけど、利用する分には問題無いとある。
「広さも十分だし、これなら飯を作るのに問題無いな」
大人数用の飯を作るためか、実家の店と同じくらいの広さがあって作業用の台や流しも広い。
さっき買った炊飯器を置いても、まだ十分なスペースが余るほどだ。
むしろこっちの方がコンロの数が多いから、作業館よりも良いかもしれない。
あっ、でも魔力オーブンが無いか。
ということは、オーブンを使う必要がある料理を作る時は作業館へ行かなきゃな。
いや、せっかくだからこれを機にフィシーから魔力オーブンを購入するか?
転送配達を使えば、わざわざ店を訪れる必要も無いしな。
「ほんと!?」
「なら安心なんだよ」
「こーでまーたーのおーしーごはん、たべらーる!」
調理可能と分かったイクトとネレアが喜び合い、ミコトは無表情のまま胸を撫で下ろす。
別にここで作れなかったとしても、作業館で作ればいいって言うのは、野暮だから口にしない。
「ここは何かな? って広っ!? 他の部屋と大違いじゃん!」
勢いよく扉を開けて騒がしいダルクの登場だ。
カウンター越しにダルクへ声を掛け、ここが食堂であることと、設備は十分に使えることを説明。
するとちょうどいいからと、ダルクが皆へ連絡してここへ集合することになった。
しばしの間を置いて全員が集まり、建物内の様子を報告。
寝泊まりできそうなのは例の狭い二人部屋のみで、他には倉庫や鍛冶場なのか加工場なのかよく分からない部屋、屋上には見張り場らしき小屋があるそうだ。、
中でも注目を集めたのは、カグラとゆーららんが見つけた資料室だった。
そこには獣鬼海賊団の航海日誌の他、ここでの生活についての記録や簡単な島の地図、島のどこに何が有るか、食べられる物についてといった物が残っていた。
「ということは、この島独自の食材があるかも!」
ダルクがそう叫ぶと、俺といつも無表情なミコトを除く全員が食べてみたいって表情を浮かべた。
尤も、そのミコトも表情を変えないだけで凄く食べたそうな雰囲気を出している。
「なら明日の午前中は新しい装備の使い心地の確認がてら、食材探しをしながら島の探索をする?」
『賛成!』
カグラの提案に俺を除く全員が賛同の意を示した。
ということは俺の役割は、それで昼飯を作ることだな。
「よーし! そのためには明日への英気を養う必要があるから、美味しい晩御飯よろしくね、トーマ!」
「はいよ」
まあ俺もどんな食材があってどんな味がするのかは気になるし、明日への英気とやらのためにも飯を作るとしよう。
服装は変えず、バンダナと前掛けを表示させながら厨房へ入って、まずは米を仕込む。
今回はカウンター越しに調理の様子を見守るイクトとミコトとネレア、それとポッコロとゆーららんところころ丸から視線を浴びつつ、ボウルとザルで米を洗っては大型の魔力炊飯器に入れていき、仕込み終わったら水を吸わせるために蓋をして少し置いておく。
「ねえトーマ君、おかずは何を作るの?」
「ダルクが海賊イベント中に釣った魚がまだたっぷりあるから、それを使う」
カグラからの質問に応え、海賊イベント中にダルクが釣ったレインボーサバを捌く。
内臓を取って腹の中を洗い、ヒレを切り取って頭を落とし、三枚おろしにして臭み取りのため身と頭に塩を振ってしばし放置。
続いて大根を厚めの輪切りにしてさらに四分の一に切り分け、ジンジャーを皮付きのまま薄切りに。
大根の葉の方は後で使うから、一旦脇に避けておく。
圧力鍋を出して水、日本酒、砂糖、醤油を入れて火に掛け、塩を振ったレインボーサバに浮いた臭みの元の水分を拭き取って半分に切り、さらに十字の切れ込みを入れておく。
頭の方は出汁を取るのに使うため、中骨と一緒に水を張った鍋に入れて火に掛けておく。
先に火に掛けておいた圧力鍋で中身が煮立っているのを確認し、ここへジンジャーと大根とレインボーサバの身を入れて蓋をしたら、圧力を掛けて加熱する。
「お兄さん、それってサバの醤油煮ですか?」
さっき醤油を入れていたから、ゆーららんは醤油煮と思ったのかな。
「いいや。前に暮本さんから教わった、大根入りサバ味噌だ」
せっかく手元にレインボーサバがあって、味噌や酒や大根を入手したんだから作らない手は無い。
醤油を入れたのは第一段階の味付け、メインである味噌を加える第二段階の味付けは後からだ。
でないと味噌の魅力が弱まると暮本さんが言っていた。
ちなみに暮本さんは普通の鍋で作っていたけど、時短で作りたければ圧力鍋を使うといいと教わったから、今回はそうさせてもらった。
だってあまり時間を掛けると、腹ペコ軍団がうるさいだろうから。
「それって絶対にごはんが進むおかずじゃない!」
「だから、あんなにお米を仕込んでいたのね」
そうだよ、メェナにカグラ。絶対におかわりするだろうから、米をたっぷり仕込んだんだよ。
さて、煮込んでいる間にもう一品。
同じくダルクが海賊イベント中に釣ったスラッシュサンマを三枚おろしにして身を一口大に切り分ける。
途中で出汁を取っている方の鍋を確認して浮いた灰汁を取り、サンマの処理を続ける。
それが済んだら身と頭に塩を振り、そろそろ頃合いだから魔力炊飯器を起動させて米を炊く。
次いで少し残しておいた大根を細切り、避けておいた刃の部分を切り分けてバットへ載せておく。
「まーたー、これおとでてる」
圧力鍋を指差すネレアに、まだ大丈夫だと返しながら火加減を調整。
塩を振っておいたスラッシュサンマの身と頭に浮いた水分を拭き取り、頭と中骨をアイテムボックスへ入れてから鍋に油を溜めて火に掛ける。
ここは魔力コンロが四つもあるから、圧力鍋と普通の鍋を二つ使ってもまだ一つ空いているのが嬉しい。
バットに小麦粉を広げ、圧力鍋に注意を向けつつ出汁を取っている鍋に浮いた灰汁を取り、圧力鍋の方の火を消す。
「危ないから、これには絶対に触るなよ」
「「はーい」」
注意を促すとイクトとネレアが返事をして、ミコトとポッコロとゆーららんところころ丸は頷く。
それを見届けた後、加熱している油へ小麦粉を撒いて温度を確かめる。
良い具合になっているようだから、切り分けたスラッシュサンマの身に小麦粉を纏わせて揚げ、頃合いを見計らって油から上げて軽く振って油を切り、網をセットしたバットに並べていく。
「サンマの揚げ物だね! 味付けは? 味付けはどうするの!?」
いつの間にかカウンター越しのガン見集団に加わったダルクが、身を乗り出して味付けを尋ねてくる。
落ち着け、揚げ物狂い。
「味付けというかなんというか、これに中華餡を掛ける予定だ」
餡は野菜を炒め、レインボーサバの頭で取った出汁を掛けて、醤油や日本酒で味付けして、米をすり潰した米粉でとろみをつける。
それを掛けて、揚げスラッシュサンマの中華あんかけってところかな。
「うっひゃー! 楽しみ!」
「ダルクちゃんの場合、揚げ物ならなんでも楽しみだよね」
苦笑するセイリュウの呟きに激しく同意する。
そうこうしているうちにスラッシュサンマを揚げ終え、冷めないうちにアイテムボックスに入れて圧力鍋を確認。
圧力が抜けたようだから、蓋を開けて中身を確認する。
「「おーっ!」」
ぶわっと上がった湯気が広がり、正面にいるイクトとネレアが声を上げた。
ここへお玉で取った味噌を煮汁へ溶かし、弱火に掛けてさらに煮込んで味噌の味を馴染ませる。
出汁を取っている方の鍋に灰汁が浮いているから、別のお玉で取って小皿に取って味見する。
……もうちょっと煮込んでおくか。
火加減の調整をしたら味噌煮の方へ戻り、こちらも味噌の風味が飛ばないように火加減を調整。
「味噌の良い香りね」
「これだけでごはんが進みそう」
漂う味噌の香りに皆が反応している。
よし、煮汁にとろみがついてきたら、火を止めて完成だ。
肝心の出来栄えはどうだ?
大根入りレインボーサバの味噌煮 調理者:プレイヤー・トーマ
レア度:5 品質:7 完成度:76
効果:満腹度回復11%
MP自然回復速度上昇【中・2時間】
骨ごとぶつ切りにしたレインボーサバを煮込んで味噌味で仕上げた一品
圧力鍋で煮込んだので骨ごと食べられ、厚めの大根も軟らかい
しっかり味がしみ込んだ具材だけでなく、旨味が染み出た煮汁も最高
菜箸でレインボーサバと大根を一切れずつ小皿に取り、普通の箸で味と固さを確認。
……おぉ、圧力鍋のお陰で骨まで食べられるし、レインボーサバと大根にしっかり味がしみ込んでいる。
小皿に残った煮汁を箸の先に付けて味見してみると、レインボーサバの旨味が含まれていて美味い。
当然だけど、具も煮汁も暮本さんが作った物には味も風味も全然及ばない。
だけど、これだけでごはんがおかわりできそうなのは確かだ。
「マスター、なんかよく分からないけど、それは絶対に美味しいと思うんだよ」
香りだけでそれを察する辺り、さすがは俺達の中で一番の食レポをするミコトだな。
でもまだ他のおかずが完成していないから、冷めないように蓋をしてアイテムボックスへ入れておく。
「まーたー、はーく、はーくたーたい! さっきのおさーな、ぜったーおーしーからはーくたーたい!」
ぐいぐい身を乗り出すネレアも落ち着け。
ただでさえ幼い喋り方が、さらに幼児化しているぞ。
尤も、早く食べたがっているのはネレアだけじゃないか。
他の皆も早く食べたいオーラを放って、妙な圧をこっちに掛けてきている気がする。
しょうがない。できるだけ早く中華餡と、レインボーサバの出汁を使った大根のみそ汁を作って飯にしてやろう。
とはいえ焦りは禁物だ。
気持ちを落ち着けて、手早くもしっかり調理して、少しでも美味い物を食わせてやらないとな。
「もう少し待っていてくれよ」
『はーい!』
全員で揃って良い返事をしてくれた。
飯の準備をする大家族の父親か長男のような気分になったのは、たぶん気のせいだ。




