お宝は……
獣鬼海賊団が拠点としている場所を探しているうちに、丸太で作られた合宿所のような建物へ辿り着いた。
そこの畑にある納屋から出てきた、コン丸と同じ狐の耳と尻尾が生えたNPCの少年。
怯えが見える彼へ話しかけてみると、彼はクロンと名乗り、自分は獣鬼海賊団の最後の末裔だと告げる。
「マジかよ。末裔がいたのか」
「はは、はい。あなた方のように、獣鬼海賊団にも女性団員はいましたから」
普通海賊船っていうと男ばかりのイメージだけど、CMによく出る海賊物の漫画とかアニメとか映画には女性海賊も普通にいるから、そういうことなんだろう。
だけどここは無人島で、海流によって外へ出られず外から誰かが来ることもなく、唯一交流のあるサハギン達とは交配できず。
それによって血が濃くなってきた影響で徐々に人数が減っていき、今ではクロン一人なんだとか。
「それで、皆さんはいったい?」
まだ怯えが見えるクロンへ、キャプテンユージンがこっちのことを話す。
同じ海賊と、その同行者だと分かったクロンから怯えが消えていき、表情が緩んだと思ったら急に涙を流しだした。
「うぅ……。こうして誰かと話すのは久々です。僕以外の最後の生き残りは五年前に死んじゃったし、方向音痴だからサハギン達との交流に行きたくとも行けなくて、仕方なくたった一人でこの粗末な畑で採れた作物や迷わない範囲での採取や狩りで食いつないできましたが、本当に辛くて」
このNPCはだいぶ苦労した設定をされているようだ。
泣きながら語る内容にくみみはもらい泣きして、俺と玄十郎とくみみと海賊達以外はクロンを励ましたり慰めたりして、くみみのテイムモンスター達はもらい泣き中のくみみを慰めている。
「んで? お前は鬼獣海賊団のお宝の在処を知っているのか?」
「ぐす……。えぇ、勿論です。保管場所は代々言い伝えられています」
こんな時でもお宝について尋ねるキャプテンユージンへ、目元を拭いながらクロンが答える。
「だったら話が早い。俺達をそこへ案内してくれ」
「構いませんよ。こんな所で寝かせているよりは、誰かに外へ持って行ってもらった方が有意義だと、ご先祖様から言い伝えられていますから」
そりゃそうだ。
脱出不能の無人島じゃ、どんなに凄いお宝も意味が無いもんな。
「ただその前に、聞きたいことと言いたいことが一つずつあります」
涙を拭い取ったクロンが少し真剣な表情をして、キャプテンユージンへ向き合う。
「なんだ、どっちでもいいから言ってみろ」
「では先に聞きたいことから。皆さんが求めているお宝を取りに行くには、二人犠牲にしなくてはならない仕掛けがあるんです。それでも行きますか?」
なんだって?
さすがにこれにはダルク達も動揺して、玄十郎は分析を―ー。
「だったら行かねえ、帰る」
て、えぇっ!?
迷うことなく決断したキャプテンユージンに俺達は驚き、仲間の海賊達は当然って反応をしている。
「いいのですか?」
「本当の海賊なら当然だ。仲間っていう最高のお宝の前じゃ、どんなお宝でも等しく無価値。仲間を失うくらいなら、お宝なんて砂粒一つ分すらいらねえ!」
クロンの確認に一切の躊躇も無く言い切るキャプテンユージンが少しかっこいい。
そういう設定をされているキャラだと分かっていても、かっこよく見える。
イクトやポッコロやコン丸や幼女ネレイスが、そんなキャプテンユージンへキラキラさせた目を向けている。
「では、お宝は諦めるんですね?」
「おうよ。当然だ」
「でしたら合格です。先ほどの問いかけは、お宝の在処を教えるに値する方なのかを試すためのテストなんです」
表情をほころばせたクロンの発言に、誰もが「えっ」って表情をした。
つまりさっきのは、嘘?
誰も犠牲にせずにお宝は手に入るのか?
「つまり、さっきのは嘘です。誰一人として犠牲にせずとも、お宝は手に入ります」
嘘だと分かり、海賊達以外はホッと胸を撫で下ろした。
「悪いとは思いますが、これもご先祖様から代々言い伝えられている遺言なんです。お宝を島の外へ持って行ってもらうなら、自分達のような真の海賊に持って行ってもらいたいと」
それにキャプテンユージンが応えられたから、お宝をくれるってことか。
「もしも俺が犠牲も厭わず宝を求めたら?」
「僕一人になっても欠かさず手入れや調整や強化を施している、強力で陰湿で悪辣で冷酷非道な罠が満載の洞窟を教えます」
とても爽やかな笑顔でサラッと怖いことを言ったよ、この子。
コン丸、ダルク、挑戦してみたいって表情はやめてくれ。
「なんにしても、俺達はお宝を受け取れるってことだな。で、言いたいことってのはなんだ?」
「はい。それは先ほども言ったように、お宝を島の外へ持って行っていいのは真の海賊だけなんです。つまり皆さんの中でお宝を持って行けるのは、海賊であるそちらの五名だけです」
キャプテンユージンとその仲間を方を示すクロン。
つまり同行者である俺達には、お宝を渡せないってことか。
ここにきてお預けされてしまい、楽しみにしていたコン丸とダルクを中心に落胆が広がっていく。
気にしていないのは、途中参加のネレイス姉妹くらいだ。
「悪いがそういう訳にはいかねぇぜ。こいつらには、手伝いの駄賃にお宝を分けるって約束をしてんだよ」
「「そーだそーだ!」」
約束を持ち出したキャプテンユージンを、宝が欲しいダルクとコン丸が応援する。
気持ちは分かる。でも、あまり欲に走るのは感心しないぞ。
「ご安心ください。真の海賊でなくとも善なる方が来られた場合は、もう一つのお宝を渡すようにと言い伝えられています」
もう一つのお宝? 一体何だろう。
「それはこの拠点です。そちらの方々には、ご先祖様が作り上げた、この拠点を差し上げます」
拠点って……この合宿所みたいな建物を丸ごと!?
「えっ、ここをくれるの?」
「はい。ご先祖様が築いてあなた方が辿り着くまで守り続けたこの場所こそ、ご先祖様にとって第二の宝なんです」
拠点を見回すセイリュウの問いかけをクロンが肯定する。
確かに家は財産や資産に当てはまるから、宝と表現するのは間違っていない。
しかもそれを自分達の手で作り上げ、ずっと守って来たのならなおさらだ。
「でも、こんな場所を貰っても、船がないと行き来ができないわよ? この島に住むなら別だけど」
メェナの言う通りだ。
ここへ永住しない限り、拠点を貰ってもあまり意味が無い。
「それについては大丈夫です。実はですね――」
にっこりと笑うクロンによると、獣鬼海賊団が隠したお宝の中に転移陣を刻んだ魔道具があるそうだ。
それを設置すれば、行ったことのある町へ転移できるし、別の町から転移してくることもできるらしい。
まさかこんな所に、転移屋が使っているような道具があるなんて……。
「ていうか、それを使って島の外へ脱出すれば良かったんじゃないの?」
「そうしたいのはやまやまだったんですが、僕はこの島の外へ行ったことが無いので……。ご先祖様も、真の海賊が船と自らの脚以外の移動手段を使うなんてもってのほかだ、なんて言っていたそうです」
この島で生まれ育ったクロンが、他の町へ行ったことがないから転移できないのは分かる。
でもなんだ、獣鬼海賊団の転移を使わなかった理由は。
だけどキャプテンユージン達にはそれが分かるのか、納得したように頷いている。
「さすがは獣鬼海賊団だ。本当の海賊はそうでなくっちゃな」
……うん、そういうもの、というよりそういう設定なんだろうな。
「ちなみにその魔道具は、僕達が使っていいの?」
「構いませんよ。ここに設置して使うのなら、島の外へ持ち出したことにはなりませんから」
ああそうだな、ここへ設置して使うのなら島の外へ持ちだしたことにはならないよな。
屁理屈っぽいけど間違ってはいない。
それから皆で話し合い、キャプテンユージン達はお宝を、俺達は拠点と転移の魔道具を受け取ることで合意。
海流を越えてここへ来る方法は幼女ネレイスしか知らないから、実質この島を丸ごと貰ったようなものだ。
話が付いたらお宝を取りに向かうことになり、隠し場所はどこかと思いきや、なんとクロンが現れた納屋の地下。
島のどこかでも、目に見えて何かありそうな拠点の建物や井戸でもなく、いかにも物置小屋なここにあるとは思わなかった。
「さあ、この中です」
納屋の床板を外すと地下へ伸びる空洞が現れ、光魔法で足元を照らして進む。
間違えれば罠があるという、いくつかの分かれ道をクロンの先導で進み、最後に木で作られた扉を開けて中へ入る。
そこには金銀財宝――じゃなくて、当時では最高級品だった古い魔道具が大量に置かれていた。
昔の貨幣だという硬貨もたくさんあるものの、長い年月が経過していて錆が目立つ。
「マジかよ、これぇ……」
「当時の最高級品でも、今じゃ骨董品ですよ……」
当時は最高級品でも現在では骨董品と化した魔道具の山を前に、コン丸とポッコロが肩を落とす。
「経年劣化対策ぐらいしとけー!」
「そうだそうだ!」
錆びた硬貨を手に叫ぶダルクに、ゆーららんが同意の声を上げる。
これはある意味、貰えたのが拠点で良かったのかな?
一方で海賊達の方はというと、魔道具はどれも珍しい品だし硬貨は製造期間が短いレア物だから、アンティークマニアや学者に高く売りつけられるとほくそ笑んでいた。
「皆さん、こちらが転移の魔道具です」
クロンが指差したのは、俺達が受け取れる唯一の魔道具。
古い物だから転移屋にあるのとは違い、畳三畳分くらいの石板に掘って作った物だ。
厚みもあって重そうだけど、アイテムボックスに入れて運べば問題無いだろう。
情報の方はどうかな?
旧式転移石板
レア度:6 品質:7
効果:別の転移陣がある場所へ転移できる
注意:旧式で設定が甘く、一人につき一人だけ設置場所へ行ったことが無くとも転移可能
ただしその場合、行ったことがある場所として登録されません
*設置場所を固定しないと起動しません
*一度場所を固定すると動かせません
*現在の転移陣からも転移して来られます
「うわっ、これマジ!?」
「これはー、いいですねー」
石板を見ていたコン丸とくみみの反応が良い。
ダルク達やポッコロとゆーららんも、これは使えると言っている。
「設定の甘い部分を利用すれば、最大で二十人がここへ来られるわけか。行ったことがある場所として登録されないから、一度連れて来てもらったから次は一人で来るというのは無理だがら、毎回同行する必要はあるが――」
考える仕草をしている玄十郎の呟きが耳に入り、そういうことかと納得する。
普通は行ったことがある場所じゃないと転移できないところを、この転移石板を設置した場所には一人につき一人とはいえ連れて来られるのは、なかなか役立ちそうだ。
例えば健達が第二陣の応募に当選してログインしたら、ここへ連れて来られるんだから。
海を渡り、あの海流を越えること無くな。
「なんだか共同の別荘と島を持ったみたい」
言われてみればそんな感じだ。
ここにいる皆でこの島と別荘を手に入れて、知り合いを連れて遊びに来る、という風に捉えることもできる。
セイリュウ、ナイス表現。
「おいテメェら、そろそろこいつを運び出すぞ。さっさと手伝いやがれ」
ああ、はいはい。少々お待ちを。
キャプテンユージンの呼びかけで魔道具を運び出す。
と言っても俺達が手分けしてアイテムボックスへ入れれば、重い物を持たなくて済むし、何往復もしなくて済む。
パパッとと収納してササッと外へ出て、少し待ってもらって転移石板の設置位置を拠点への出入口の扉付近に決め、船へ戻ったらチャチャッと貨物室へ転移石板以外のお宝を運び込んで終了。
「うしっ! 後はシクスタウンジャパンへ向かうだけだ!」
「よろしくお願いします!」
キャプテンユージンに続いてそう言ったのはクロン。
なんでもこれを機会に島の外へ出たかったようで、俺達が転移石板の設置位置を決めている間にキャプテンユージン達と話し、見習いとして船に乗せてもらうことになったそうだ。
ちなみに方向音痴だから、陸地へ着いたら一人旅という選択肢は無いとのこと。
「そんじゃ、帰り道の案内も頼むぜ」
「わかた」
大きく頷いてキャプテンユージンに応える幼女ネレイス。
ああそうだよな、行きと同じで帰りも海流を越えなくちゃならないんだよな。
すぐさまロープを用意して、来た時と同じく船と体を固定。
それを確認したキャプテンユージンの舵取りにより、俺達は再び荒れ狂う海流へ突っ込んだ。
「ぎゃあぁぁぁぁっ!?」
「いやああぁぁぁっ!?」
「あはははははっ!」
響き渡る悲鳴の中に、一部から上がる楽しそうな声。
俺? 悲鳴とまではいかないまでも、うおぉぉって声を上げているよ。
行きと同じくらいの揺れと波飛沫を潜り抜けた後には、気分を悪くしたセイリュウとポッコロとくみみがぐったりしていた。
「さて、これで道案内は終わったことだし、私達は帰らせてもらうわね」
用は済んだと言わんばかりに、幼女ネレイスを連れて行こうと手を伸ばす姉ネレイス。
ところが伸ばされた手は、余った袖によってバシッと払われた。
「やっ! いーめるねーねたーさんのあーこやっ! いーとといっしょいる!」
よほど帰りたくないんだろう、懐いたイクトにしがみついて帰るのを拒否している。
「いーとと、いーとのまーたーのおーしーろーりたべーの!」
なんか俺まで理由に使われた⁉
「そんなわがまま言わないの。帰るわよ」
「やー!」
姉ネレイスの説得に一切応じる気配の無い幼女ネレイス。
余計にイクトにしがみついて、何度も頭を横に振って拒絶感を示す。
これには姉ネレイスも困ってしまい、どうしようと悩む。
「構わん。その者達と行くがいい、我が幼子よ」
うん? なんだ今の渋くて重厚感のある低い声は。
この場にいる誰の物とも違う声に、誰もが周囲を見回している。
直後に海から巨大な水柱が立ち、その中から上半身裸でたくましい体つきをした、白い髪に髭を蓄えた巨人が腕を組んで現れた。
「お、お父様⁉」
「あっ、ぱぱ」
ネレイスの姉妹の父親?
確かネレイスは海の神の娘なんだよな。
ということは、ゲームのキャラとはいえ神様降臨⁉
「マジかよ。海の神をこの目で見れるなんて、今日はなんつう日だ」
キャプテンユージンだけでなく、仲間の海賊達も驚きの表情で神を見上げる。
ダルク達もポッコロとゆーららんも、くみみもコン丸も玄十郎も、テイムモンスター達でさえポカンとして神を見上げている。
「お父様、何故このような場所に⁉」
「末娘の旅立ちを見送りに来たのだ」
「旅立ちを見送りって……」
「我がどれだけ諫めようとも態度を改めなかった娘達が大勢いるあの場所にいても、その子のためにならん。だからこそ、外の世界へ行きたいという思いに応えてやるのだ」
姉ネレイスとの会話をする神が、幼女ネレイスの方を向く。
「我が末娘よ、神の身でありながら不甲斐ない父で悪かったな」
「ぱぱわーくない! わーいのはいーめるねーね!」
「……そう言って貰えるのは助かる。そこの若き火蜥蜴よ」
ここで俺をご指名⁉
「末娘が懐いた土地神の使徒の主は貴殿であろう。申し訳ないが、その子を連れて行ってほしい」
「は、はい」
安請け合いはしたくないけど、断れる雰囲気じゃない。
というかゲーム内とはいえ、神の頼みを断れるか!
「よろしく頼む。帰るぞ、我が長女よ」
「……わかりました。そこのあなた、トーマさんでしたね。妹を悲しませたら、承知しませんよ!」
最後にそう言い残すと、神は沈んでいき姉ネレイスは海へ飛び込んで潜っていった。
船からその様子を見送って一拍置き、落ち着いた頭で状況を確認する。
要するにこういうことか、幼女ネレイスをテイムモンスターにして連れていけってことか!
ああ、それで正解とでも言うように、そんな感じのメッセージが表示されたし!
なんでこう、イベントが起きると連れが増えるんだよ!
「これでいーとといらーる」
「よかったね!」
「よろしくなんだよ」
……まあいいか。
あの三人が一緒にいると、なんか和むし。




