浜辺の決戦
突如現れたサハギン達。
このまま彼らと戦闘になるのかと思いきや……ある意味で、ならなかった。
「それではこれより、我々とお前達による競技勝負を行う!」
年老いたサハギンによる宣言の下、海賊達とネレイス姉妹を除いた俺達十人とテイムモンスター達は、入り江にある小さな浜辺でサハギン達と対峙する。
しかも何故か水着姿で。
一体、どうしてこうなった?
切っ掛けは少し前にサハギンが現れてからだった。
玄十郎が彼らへ獣鬼海賊団の宝を探しに来た旨を伝えると、なんと彼らは獣鬼海賊団を知っていた。
というのも、彼らの先祖が海流の突破に失敗して海へ投げ出された船員達を救い、この島まで連れてきたのだという。
その後、船が大きく損傷した上に座礁してしまった海賊達はこの島で暮らすことになったそうだが、その際に恩人であるサハギン達へ残った酒や食料を振る舞ってお礼をしたのを機に意気投合。
海賊達は船に残った備品や宝を持ち出してどこかへ拠点を作って生活し、たまにサハギン達と海の物を陸の物を交換したり、一緒に宴会のようなことをしたりしたそうだ。
今では当時のことを覚えているのは長老一人だけとなったが、当時の出来事は今でも語り継がれているらしい。
問題はそこからで、彼らは宝の在処も海賊達の住処も知らないため、知っていそうな長老を連れてきた。
長老は宝の在処や海賊達の住処こそ知らないが、海賊達の住処があると思われる方角は知っていた。
だが、そう簡単には教えられないと言って勝負を持ち掛ける。
てっきり戦闘かと思ったダルクが確認もせずに承諾してしまい、その後になって勝負内容を知らされた。
戦闘ではなく、かつて獣鬼海賊団達とやっていたという、砂浜での競技勝負のことを。
しかも勝負が決定した瞬間に、俺達はアイテムボックス内にある水着姿になった。
「おいテメェら、負けたら承知しねぇぞ」
競技に興味が無いという海賊達は、俺達に勝負を押し付けて傍観。
紺のトランクス型水着にパーカーを羽織った玄十郎によると、プレイヤー達の力でこのイベントをクリアするために、そういう設定にしているのだろうとのこと。
装備が水着に変化したことついても、浜辺での競技勝負だからそういう設定にしているんじゃないか、と言っていた。
「うっしゃぁっ! やってやるぜ!」
「これってー、水着を持っていなかったらー、どうなっていたんでしょうかねー?」
テンション高めで必要なのか分からない準備運動をするコン丸は、迷彩柄のトランクス水着。
水着を不携帯の時の心配をするくみみは、意外とスタイルが良い上にパレオ無しのビキニ姿だから、少々目のやり場に困る。
玄十郎は俺と共にサッと目を逸らし、コン丸とポッコロは照れながらもチラチラと視線を向けている。
セイリュウ、お前の気持ちは分かっているしちゃんと目を逸らしたし必要なら謝るから、ジト目を向けるのはやめてくれ。
こうした状況で幸いなのは、叫化鶏の調理には時間が掛かるため、しばし放っておいても大丈夫なことだ。
一応海賊達には火を絶やさないように言ってあるし、ちゃんと火の番も付けてくれたから大丈夫だろう。
「ではこれより、競技のルールを発表する」
長老のサハギンが対峙する俺達へ向けてルール説明していく。
・勝負は公平になるよう、競技は向こうが考えたもので、場所は俺達に有利な陸上で行う
・七種目で勝負をして先に四勝した方の勝ち
・競技に出られるのは一人一回のみ
・もしも引き分けの場合は、新たに一競技を行って勝敗を決める
・妨害行為は禁止
・魔法の使用は禁止
「大まかなルールは以上。後は競技ごとにルール説明を行う。まずは第一種目、ビーチフラッグス!」
どんな競技かと思ったら普通だ。
一対一での一発勝負ではあるけど、内容は普通だ。
こっちから出場したのはコン丸。
素早さには自信があるぜとやる気満々だったものの――。
「ごめん、トーマ兄ちゃん」
「気にするなって。まだ第一種目だ」
砂だらけになったコン丸が落ち込むのに対し、サハギン側は大盛り上がり。
この反応の通り、ビーチフラッグスは向こうが勝った。
敗因は、起き上がって旗の方へ駆け出す動きをする際に、コン丸が砂に足を取られて滑って転んだからだ。
「思ったより砂がサラサラしているね」
「これは滑りやすそうですねー」
砂を確認するカグラとくみみよ、もっと早く確認して教えてやってくれ。
続いて第二種目は一セットのみのビーチバレー勝負。
十点先取した方が勝ちのこれに出場したのは、ダルクとメェナ。
動きの素早いメェナがボールを拾い、防御力のあるダルクがブロックし、どちらも攻撃力があるから強力なアタックが砂浜へ叩きつけられる。
相手のサハギン二体も善戦したものの、十対四でダルクとメェナのコンビが勝利した。
「よっし! これでイーブンだね!」
「でもなんだか、一番頼りになりそうな二人を使っちゃった気がします」
浮かれるポッコロの隣でゆーららんがポツリと呟く。
うん、言われてみればそうかもしれない。
続く第三種目はクローズシェルダー割。
これにはサハギン達が海底から拾ってきたクローズシェルダーっていう、生涯の大半を殻の中に閉じこもって過ごす大きなハマグリみたいな形状の貝を使う。
二人一組で片方が目隠しをして棒を持ち、もう片方が離れた場所で指示を出す。
配置に着いたら対戦相手は決められた範囲内に十個のクローズシェルダーをランダムに置き、指示役はその位置を割り役の相方に言葉のみ伝え、棒で叩かせるというもの。
クローズシェルダーは強い衝撃を受けると驚き、しばらくの間は殻を開けるため、それを割れたと表現するとのこと。
勝負は一発勝負、制限時間内に多く割れた方が勝ちで、もしも同数なら先にその数を割った方が勝利となる。
思いっきりスイカ割りの変形なこの競技に参加するのは、強い衝撃を与える必要があるからということで玄十郎が割り役、指示役はくみみがやることになった。
「玄十郎さんー、右ですー、もっと右を向いてくださいー」
「こう、か?」
「いきすぎですー、もう五度ー、いや十度ー? とにかく左を向いてくださいー!」
苦戦するのは仕方ないとしても、くみみは大きく身振り手振りをしたり、ジャンプするのは不要だから辞めてくれ。
揺れているのを見ないようにしているのに、セイリュウからの視線が痛いから。
あっ、ゆーららんが恥ずかしがりながらもチラチラ見ているコン丸に冷めた目を向けながら、同じことをしているポッコロへ強めに肘を当てている。
まさか玄十郎は、こうなるのを予測して目隠しできる割り役に志願したのか?
やってくれるじゃないか。
なお、勝負は八対三でこっちの敗北。
続く第四種目は砂上リレー勝負。
これはシンプルで、スタート地点から折り返し地点を回って戻ってきて次の人へタッチし、先にゴールした方の勝ち。
三対三で行うこれに参加したのは、やりたいと主張したイクトと、それに巻き込まれてしまったころろとミコト。
テイムモンスタートリオで大丈夫かと思ったけど、心配は無用だった。
「スキルを使っちゃダメとは聞いていないんだよ」
「ふらいもーど!」
「はしらずにすんでよかった」
一番手のミコトがスキル使用不可で無い点を突いて浮遊し、それを見たイクトが蛾の羽を生やして飛行し、元から羽が有るフェアリーインセクトのころろがホッとした様子で飛行。
走りにくい砂の上を一歩も走ることなく、圧勝してみせた。
いや、確かに禁止なのは魔法だけで、浮遊とか部分変態で羽を生やして飛ぶとかは禁止されていないけどさ。
「有りなのね、あれ……」
「ルール違反ではないな。向こうは文句を言わないし、長老も途中で止めなかったし」
勝利に喜ぶイクトとミコトところろを見ながら呟いたメェナへ、悔しがるサハギン達と感心する長老を見ながら気にしないように言った。
これで二勝二敗のイーブン。
リーチを掛けるべく行われる第五種目は、貝掘り対決。
この浜辺にはクシガイという、縦向きの串のように尖った先端を上に向けた貝がいて、砂の中の深さ一メートルほどの場所に生息している。
七対七で素手でも道具を使ってもいいから砂を掘り、そのクシガイを先に十個見つけた方が勝ちという勝負だ。
参加するのはころろを除くくみみのテイムモンスター達。
ハードハリネズミのおじじ、ダイビングカワウソのにきき、リトルシャドウウルフのワワオ、クラフトビーバーのかりり。
この四体にカグラとセイリュウ、ポッコロのテイムモンスターのころころ丸が加わり、勝負開始。
このメンバーで大丈夫かと思いきや、ころころ丸とワワオが大活躍している。
「ころころ丸はモグラだから、掘るのが得意と分かっていたけど……」
モグラの本領発揮とばかりに、猛烈な勢いで砂を掘るころころ丸の活躍は、隣に立つメェナの言うように予測できた。
でも、ワワオまで活躍するとは……。
「犬じゃなくて狼ですけど、まさにここほれワンワンですね」
そう呟くゆーららんだけでなく、俺達の視線の先ではワワオがものすごい勢いで前足で砂を掘っている。
目的のクシガイを見つけたら突っ込んで口に咥えて出てきて、また次のを探して掘り起こす。
そんなワワオの活躍もあり、十対八で俺達の勝利。
王手を掛けて迎えた第六種目は、ヤシの実パスダッシュ。
二人一組で走りながらヤシの実をパスし合って、一定距離を走り切ったタイムと、スタートからゴールまでに交わしたパスの回数による得点で勝敗が決まる。
パスの回数を増やすためノロノロ走っていればタイムは遅くなり、早くゴールしようとすればパスの回数が減り、下手をすればキャッチをミスってタイムが余計に掛かる。
意外と難しそうなこれに参加するのは、今こそ双子の絆を見せる時だと張り切るゆーららんと、それに巻き込まれたポッコロ。
結果は双子の絆なんて欠片も見えないほど息が合わず、ポッコロとゆーららんの惨敗。
これで三勝三敗のイーブンで、勝負は最後の第七種目に委ねられた。
「なのに残っているのが俺だけなんて……」
俺はこういうトリを務めるようなタイプじゃないんだけどな……。
「そんな自信なさそうなこと言ってないで、頑張りなよ!」
「ますたぁ、がんばれー!」
「応援しているんだよ」
ダルクとイクトとミコトに続いて皆からも応援される中、長老が咳払いをして最後の種目を告げた。
「おほん。最終第七種目は、バブルボール当て対決!」
ルールは五メートルくらい距離を開けて砂浜に描かれた、半径一メートルぐらいの二つの円の中に対戦する一名がそれぞれ立ち、長老が作りだした柔らかくも簡単には割れないバレーボール大の泡を順番に投げ合うというもの。
投げられたボールはキャッチしてもいいし、円の中から出なければ避けてもいいけど、当たるか避けて円の外へ出てしまったら相手のポイントになる。
五回ずつ投げあってポイントが多い方の勝ちで、同点なら勝負が決まるまで延長戦をする。
要するに一対一でのドッヂボールみたいなものか。
「避けてもいいのか?」
「うむ。当たらなければいい。ちなみに取ろうとして弾いても、地面に落ちるまでに再キャッチすればセーフだ」
だったら勝てるかもしれない。
捕ろうなんてせずに、避けることに徹すれば!
手を怪我するのが怖くて捕るのが下手な分、避けることに掛けては誰にも負けないからな!
そんな自慢にならない自慢の通り、延長戦含めて七回投げ合った結果、俺は勝った。
相手の速球を避け、変化させてきても避け、フェイントにも引っかからずに避け、円からも飛び出さずに避け続け、相手が捕るのをミスったお陰で勝った。
これで四勝三敗、俺達の勝ちだ。
「よっしゃっ、よくやった!」
「いえー! さすが避け上手のトーマ!」
「トーマ兄ちゃん、避けるの上手いな!?」
キャプテンユージン達も一緒になって勝利を歓迎してくれているのは嬉しい。
だけど海賊達とくみみのテイムモンスター達以外の皆、ちょっとくっ付きすぎ。
特にカグラとくみみなんか、何をとは言わないけどわざと押し付けてないか!?
それとセイリュウ。ダルクやコン丸が背中を叩くのに乗じて、脇腹を本気殴りはやめてくれ。
視界も玄十郎とテイムモンスター達以外からのハラスメント警告の嵐だし、いい加減にしろー!
一喝して全員が離れたら、長老による話を聞くのは玄十郎に任せ、ハラスメント警告の原因になった他の全員をその場で説教。
まったく、ポッコロやゆーららんはともかく、メェナまで何やっているんだよ。
あとイクトとミコトところろとネレイス姉妹、お前達は無関係だから正座しなくていいし、説教も聞かなくていいぞ。
なお、俺達の装備は説教中に元に戻った。
「トーマ、説教は終わったか?」
「まあな。そっちは?」
「バッチリだ。サハギンの長老によると、海賊達は向こうの森の奥に住んでいたそうだ」
玄十郎の説明によると、サハギン達からこの入り江は年に数回海に沈むと教えられたことと、飲み水と食料の確保や雨風を凌ぐため森の奥に拠点を築いたらしい。
ただ、サハギンはあまり海から離れられないため、詳しい場所どころか宝が何かも知らないとのこと。
「よっしゃっ! 肉を食ったらすぐに出発だ!」
張り切るキャプテンユージンだけど、調理中の肉を忘れていないのはさすがだ。
皆からの期待の眼差しが向けられているから、火の番をしてくれていた海賊達にお礼を伝えて火をどかし、地面に埋めていた叫化鶏を取り出す。
上からの加熱ですっかり水気が無くなった泥の塊を割り、肉を包んでいた皮を開けると蒸し焼きになったマッドアリゲーターの肉から湯気が上がる。
マッドアリゲーターの泥包み焼き 調理者:プレイヤー・トーマ
レア度:4 品質:7 完成度:84
効果:満腹度回復14%
HP最大量+40【2時間】 体力+4【2時間】
マッドアリゲーターの尾と脚の肉を、泥で包んで蒸し焼きにした料理
間に皮を挟んだので泥臭さはありません
じっくり蒸し焼きにしたので固さは無く、柔らかくてしっとりした食感です
見た目と香りと情報はともかく味は……美味い。
淡白だけどしっかりした味わいがあって、ニンニクの風味と塩と胡椒の味付けと会っている。
「うん、いいぞ。さあ、食ってくれ」
味見を終えてテーブル代わりの作業台に置くと、全員が箸やらフォークを取って奪い合うように食べだした。
いや、量が少ないとはいえ人数分は切り分けているから、奪い合うことはないぞ。
「お兄さん、このお肉柔らかくて美味しいです!」
「ワニの肉は固いと聞いたが、蒸し焼きにするとこんなに柔らかくなるのか」
「くぅ! つくづく、大量入手できずにいるのが悔しいわ」
夢中で食べるポッコロ、冷静に分析する玄十郎、キャプテンユージンの指示で肉を大量入手できずにいることを悔やむメェナ。
まあどんな形であれ、旨く食べてくれているのならいいか。
「おにく、おーしーの!」
「でしょう! ますたぁすごいでしょ!」
「肉は初めて食べたけど、こんなに美味しいのね」
ぴょんぴょん跳ねて美味さを表現する幼女ネレイスにイクトが俺を自慢し、姉ネレイスは初めて食べた肉の味に感心する。
海底に住んでいるんじゃ、肉を食べる機会なんて無いだろうからな。
そんなことを考えている間に肉はあっという間に無くなった。
「うしっ! 腹ごしらえは済んだし、お宝探しを再開だ!」
キャプテンユージンの掛け声で、サハギン達に見送られながら森の方へ向かう。
入り江へ行くまでに通った道と違い、地面は乾いていて歩きやすい。
探索中に遭遇するのは植物系や獣系のモンスターだけで、生憎とドロップに食材は無かった。
特に六本腕の熊、アシュラベアを倒した時はダルクが――。
『何でクマの手をドロップしないのさ!』
なんて叫んでいたけど、熊の手を使った料理を作れとでも言うつもりだったのか?
無理だぞ。今の俺が扱える代物じゃないって。
そんな一幕を挟み、遭遇するモンスターを倒しながら進んでいくと、目の前に思わぬ光景が現れた。
「これは……」
急に開けた場所へ出たと思ったら、そこには丸太を地面に刺して作られた壁に囲まれている、昔の木造校舎のような二階建ての建物があった。
ただし学校と言えるほど大きくはなく、運動部の合宿所と言った方が正しいかもしれない。
近づいてみると建物は丸太を組んで作られたログハウス風で、百人規模は無理でも五十人くらいなら住めそうだ。
「これって、例の海賊達が作ったのかな?」
丸太の壁の前から建物を見上げるダルクの予想通りだろう。
ここまでに全く人工物が無かったのに、ここへ来ていきなり現れたのなら、それしか考えられない。
「うしっ。入るぞ」
キャプテンユージンが先陣を切って壁の一部にある、勝手口のような扉を開けて中へ踏み込む。
俺達もそれに続くと、壁の内側には畑が広がっていた。
端の方には木製の井戸もあり、納屋のようなものも建っている。
「まさかこんな所に畑があるなんて……。でも、手入れはされているようですが、あまり生育状態は良くないですね」
「土の状態が悪いのかな? 連作で栄養不足になったのか、土の質の問題かな?」
畑を前にして農業プレイヤーのポッコロとゆーららんが、生育の良くない作物や畑の土を手に分析している。
ころころ丸もそれに同意するように、土に触れてモルッと鳴いて頷く。
「ていうか手入れがされているってことは、まだ人がいるってこと!?」
「あら、言われてみればそうね」
幾分か驚いて声を上げるメェナに続いたカグラだけでなく、俺達もそのことに気づいた。
その直後、納屋の扉が開いて皆が警戒する。
だけど中からひょっこり現れたのは、貫頭衣姿で土にまみれている、狐の耳と尻尾が生えている中学生くらいの少年NPCだった。
「えっ? ひ、人!? えっと、えっと、ようこそ、いらっしゃいました?」
俺達を見た少年は慌てふためき、少し悩んだ後に挨拶してきた。
あれは誰で、これは一体どういう状況なんだろうか。




