上陸
海流を突破して島の様子を観察していると浜辺を見つけ、一先ずそこの付近まで船で移動することになった。
「あれだけ激しい海流だ。あの幼いネレイスが突破の鍵になるのは明らかだが、もしもイクトが気づかなかったらどうなっていたか。向こうがこっちに興味を持って近づいて来るか、はたまた海流を突破できずに終わるか、何か別の突破ルートが発生するか、それとも――」
海流を抜けて余裕ができた玄十郎は現状を分析しているのか、考える仕草をしながらブツブツと呟き続けている。
集中しているところを邪魔したら悪いから、声は掛けないようにして近づく島を観察する。
見たところ向かって左手側に丘なのか山なのか微妙な高さの場所があり、右手側は平地で木々が生い茂っていて、横幅も奥行きもあって結構大きそうな島だ。
「どんな島なのかな?」
「強力なモンスターはいるかしら」
「もふもふでー、かわいいモンスターはいますかねー。もちろんー、カッコイイ系でもいいですがねー」
ワクワクした様子のポッコロの隣で、それぞれ別のベクトルにモンスターを求めるメェナとくみみ。
足元にいるくみみのテイムモンスター達も、興味深そうに島を見ている。
やがて船が近づけるだけ近づくと錨が下ろされ、複数の小舟に分乗して浜辺へ上がった。
ネレイスの二人は陸上に上がって大丈夫かと心配されたけど、問題無いと言って普通に浜辺を歩き出す。
あくまで海底に棲んでいるだけで、陸に上がれないわけではないとのことだ。
「それで、キャプテン! 宝はどこにあるんだ?」
UPOにこういう冒険を求めているコン丸が、目を輝かせてキャプテンユージンへ尋ねる。
「知るか。この島のどっかなのは確かだが、どこにあるのかも宝が何なのかも俺達は知らねぇよ」
「いや、知らんのかい!」
キャプテンユージンの返事にダルクがツッコミを入れた。
だけどキャプテンユージン曰く、宝はどこにあってどういった物なのかを追い求めるのも、海賊にとっての冒険なのだという。
このイベントは一日で終わるから、そう時間は掛からないと思うけど、何も分からないっていうのは期待と不安が半々だ。
「ねえあなた、この島に来たことがあるんでしょう? 何か知らない?」
目線を合わせるためにしゃがんだメェナが、幼女の方のネレイスーー長いから略して幼女ネレイスへ尋ねる。
「おたかー、しーない。うみからみてただけだかー、あーったのはじーて」
質問に対して幼女ネレイスが、両腕を上げて余った袖を揺らしながら応えた。
お宝、知らない。海から見てただけだから、上がったの初めて。かな。
だよな、そう都合よくはいかないよな。
「でも、あちにふねあーの、してる」
あっちに船あるの知ってる、だな。
袖がだぼつく右腕で、平地になっている島の右方向を示す。
「あっちに船があるの?」
メェナと同じくしゃがんで目線を合わせたカグラの問いかけに、幼女ネレイスはコクリと頷く。
「ん。きょー、はーめてふねみて、あーがふねだてわーった」
えーと、今日初めて船見て、あれが船だって分かった、って言っているんだな。
なんにしても、この島には俺達が乗って来たのとは別に、船があるってことか。
手がかりらしい手がかりがそれしか無いから、ひとまずその船がある場所へ行ってみようといことになり、幼女ネレイスが示した方向へ出発した。
先頭にはキャプテンユージンと相棒的存在の小柄な海賊ロゥフが立ち、中央に俺達とネレイスの二人、後方には残りの海賊三人が配置。
中央の俺達はダルク達とイクトとミコト、くみみのテイムモンスター達と一応戦えるというネレイス姉妹が左右を固め、非戦闘員の俺とポッコロとゆーららんところころ丸、そしてコン丸と玄十郎とくみみが中心に配置された。
「そういえば、そのお宝の情報はどんなものなんだ?」
「おう、そういや言ってなかったな」
玄十郎の問い掛けに、キャプテンユージンは何故か自慢気に語りだす。
遠い昔、ある有名な海賊団が黒い噂の絶えない商人達の密輸船を襲撃してお宝を入手して引き上げる最中、船の損傷を直すためにカイゴー島へ立ち寄った。
当時は今よりも小さくて複雑な海流の無い、至って普通の無人島だった。
ところがその海賊団が滞在中に地殻変動が発生し、海底が隆起して島が大きくなった。
それだけなら良かったのだが、これによって海流が現在のような複雑で激しいものへ変化してしまい、修理を終えた海賊船でも脱出は不可能だった。
だが、海流による揺れで船から投げ出された団員の一人が運良く海流の外へ出て、流木に捕まって漂流していたところを同業者によって保護された。
下っ端であったその団員は襲撃時には船で待機し、仲間が運び込んだ箱や袋を船室へ運んだだけだったため、肝心のお宝が何かは知らなかった。
だが、彼によってもたらされた情報は海賊達の間に瞬く間に広まり、カイゴー島へ辿り着くことができればそのお宝とやらを手に入れられる、という話が現在まで伝わっている。
だが、複雑な海流に遮られ、それを成し遂げた者はいないそうだ。
「じゃあ、ネレイスが見た船っていうのは、その海賊団の船なのかしら?」
「ああ、その可能性が高い。つまり、お宝もそこにあるかもしれねぇってことだ」
カグラの推測にキャプテンユージンはそう言い切り、行く手を塞ぐ木々をカトラスで切り開きながら意気揚々と歩を進める。
周囲からは鳥や虫の鳴き声が聞こえ、無人島だから当然だけど足元は整備されていない。
ポッコロとゆーららんとセイリュウが、たまに足を取られたり躓いたりして転びそうになるのを気づかいつつ、慎重に探索を続けると湿地帯のような場所に出たようで、余計に足場が悪くなった。
沈むなんてことは無いものの、油断していると足を取られて転びそうだ。
歩きにくいのかミコトは浮遊し、羽で飛んでいるころろは歩きにくそうなワワオを抱えてやる。
こんな状況でも玄十郎は情報を集め続け、今はネレイスについての情報を集めるために姉にあたる方のネレイス、こっちも長いから略して姉ネレイスと会話中だ。
「ネレイスはどう戦うんだ?」
「基本的に戦うことはしないんだけど、身を守る時は水か土の魔法を使うわね」
「水はともかく、土もか?」
「海底神殿に棲んでいるから土系の魔法も使えた方が便利なのよ。神殿の修復には使えるしね」
「そうか。海底なら一応土や岩なんかもあるからな。土魔法が使えないこともないか」
なるほどと頷き、視線をイクトの傍を歩く幼女ネレイスへ向けた。
「あの子は亜種と聞いたが、通常のネレイスと具体的にどう違うんだ?」
「んー、お父様の話だと亜種によって違うそうだけど、あの子の場合は私達ネレイスが得意な糸紡ぎと歌が壊滅的ね。その代わり、鍛冶とか木工とか石工が得意よ」
鍛冶って、鉄とかを加工する鍛冶のことか?
海底神殿に棲んでいるのに、鍛冶ができるのか?
同じような疑問を抱いた玄十郎が尋ねると、父親や自分達がいざという時のために使う武器を作ったり修復するため、それなりの加工場があるらしい。
幼女ネレイスはそこで、色々と作っているようだ。
「むー。うたできーもん!」
「あなたの場合、歌が好きっていうだけで上手じゃないでしょう? 出来るのと上手いのは違うのよ」
頬を膨らませて抗議する幼女ネレイスへ、姉ネレイスが理論的に説明するけど伝わっておらず、袖が余っている両腕を上げて再度「できーもん!」と主張する。
あれぐらいの年の子は理屈よりも感情を優先するから、そういう説明は合わないと思うぞ。
「できーもん! すぅ」
「ちょっ、待っ」
歌うつもりなのか、息を吸った幼女ネレイスを姉ネレイスが止めようとしたが間に合わず、その歌声が響き渡って姉ネレイスが壊滅的と言った理由を理解した。
この歌を例えるのならアレだ、不思議なポケットを持つ未来の猫型ロボットが出るアニメに登場する、空き地の土管の上でリサイタルを開いているガキ大将の如き歌だ。
決して「ボエ~」と言っている訳じゃないのに、そう表現するしかないかのような歌を、まさか実際に聞く日が来るとは思わなかった。
これだったら公式イベントで塾長達がやった、野郎塾名物の大唱声とやらの方がマシだ。
あっ、鳥がたくさん遠くへ逃げていく。
「どー!」
会心の出来だとばかりにドヤ顔をするが、あまりの酷さに誰も何も言えない。
そりゃあ、本人は上手に歌えているつもりだからな。
「じょうず! すごいね!」
「でしょ!」
えっ、マジで言っているのイクト。
ミコトやくみみのテイムモンスター達ですら反応に困る中、イクトだけが喜色満面の表情で幼女ネレイスを褒めて、それが嬉しい幼女ネレイスは袖越しにイクトの手を掴んで上下にブンブンと振っている。
いや本当になんでイクトには、今のが上手に聞こえたんだ?
「そういえばイクトって、調子はずれで微妙な歌ばかり歌うんだよ」
それだミコト! そんな音楽センスのイクトだから、今の歌が上手く聞こえたのか。
こうした出来事もあり、壊滅的な歌によって止まった移動を再開した頃には幼女ネレイスはイクトに懐き、手を繋いで隣を歩くようになった。
その様子を姉ネレイスは複雑な表情を浮かべている。
「妹が理解者を得られたことに喜ぶべきか、同じようなセンスの子がいることに驚くべきか……」
こういうのは深く考えない方がいいと思うぞ。
「それで話は戻るが、他に亜種だと何が違うんだ」
「ああ、そうだったわね。他には――」
「止まって! モンスターの気配よ!」
メェナが叫ぶと全体が止まり、武器を構える。
足場が悪い中で満足に戦えるか不安だとダルクが呟いていると、二メートルはある五体の茶色いワニが大きく口を開けて出現した。
良かった、湿地帯だからカエルや虫が出てダルクかセイリュウが戦意喪失しないか不安だったけど、ワニならそんなことは無い。
「あいつはマッドアリゲーターだ! 基本攻撃は噛みつきだが、後ろ足二本で立って前足や尻尾での接近戦ができるし、口から泥の球を最大三発まで連射できる!」
既に発見されているモンスターだったようで、玄十郎がワニの情報を叫んだ。
とりあえず非戦闘員の面々は、泥の球が飛んでくるのにだけ注意しよう。
「よっしゃあっ! いくぞテメェら――」
キャプテンユージンがカットラスの先端をマッドアリゲーターへ向けた瞬間、ひゅっと右腕を振るった幼女ネレイスの袖から何かが飛び出て、曲線を描いて迫りくるマッドアリゲーターの一体に命中した。
しかも脳天だ、痛そう。
ていうか今のなんだ!?
確実に何かしたであろう幼女ネレイスを見ると、袖口から鎖が伸びていてその先端に錘が付いている。
それを右腕で操って手元に戻して袖越しに右手で鎖を掴むと、頭上で円を描くようにひゅんひゅん振り回す。
「あたた」
当たった、って言ったのかな。
「とやー」
再度投擲して鎖を操り、他のマッドアリゲーターにも命中させる。
結構な威力があるようで、攻撃を受けたマッドアリゲーターの歩みが止まるどころか、怯んで少し後退している。
なんだあれ、滅茶苦茶凄いんだけど。
思わぬ攻撃方法にダルク達も玄十郎も呆気にとられ、再度頭上で錘付きの鎖を振り回す幼女ネレイスに、マッドアリゲーターは警戒して近づこうとしない。
「ははっ! やるじゃねぇかテメェ!」
「むふー」
キャプテンユージンに褒められ、得意気に胸を張って鼻息を吐く幼女ネレイス。
なんなんだ、あれ。
「えーとね、あれが通常と亜種のネレイスの違いなの。私のような通常のネレイスは魔法で戦うんだけど、亜種のネレイスは魔法が使えない代わりにああやって武器を使って戦うのよ。あの子の場合は、見ての通り鎖分銅ね」
頭が痛そうな様子の姉ネレイスをよそに、本格的な戦闘が始まる。
キャプテンユージン達が戦いだすと、ハッとしたダルク達やイクトやミコト、くみみのテイムモンスター達も参戦。
当たり前のように幼女ネレイスもその中に混ざり、「とやー」とか「えーい」とか言いながら袖口から伸ばした鎖分銅で攻撃している。
うわっ、左の袖口からも鎖分銅が飛び出た!
まさかの鎖分銅二刀流なのに、まるで意思が通っているかのように自由自在に操り、上や側面や正面から勢いをつけた錘をぶつけていく。
「わ、わー、意外な武器ですねー。あの袖の中にー、どれだけ長い鎖があるんでしょうかー」
感心しているようで、表情が微妙に笑顔になりきれていないぞ、くみみ。
「えっ、じゃああの子って、あんな物を袖の中にずっと隠していたの?」
「重くないのかな?」
「かなり袖が余っているとはいえ、どうやって収納しているんだ?」
気にするところはそこじゃないと思うぞ、ポッコロ、ゆーららん、コン丸。
「分類としては鞭か? だとしたら所持スキルに鞭術があるのか?」
冷静に分析する玄十郎を見ていると、なんだか少しホッとするよ。
あっ、幼女ネレイスが鎖分銅で泥の球を正面から破壊して、そのままマッドアリゲーターにぶつけた。
いくら振り回して勢いをつけたとはいえ、小さい体でよくやるもんだ。
驚きを通り越して感心しながら観戦しているうちに戦闘は終了。
勝ったよと喜びながら戻ってきたイクトを迎え、ダルク達に褒められて上機嫌な幼女ネレイスへ目を向ける。
「まさか、あんな武器で戦うとはな」
「いくとはしってたよ! だってね、ふねのそばまでちかづいたらあれをさくにのばしてまきつけて、ぐいぐいってのぼってきたんだもん!」
どうやって船に上ってきたのかと思ったら、そんな手段だったのか!?
姉ネレイスのように水で足場を作ったんじゃなくて、まさかの物理的な力技だった!?
自分よりずっと大きくて重そうなマッドアリゲーターを後退させた威力といい、あの小さい体のどこにそんな力があるんだ。
「いーと、どーだた?」
「すごかった!」
「ふんす!」
感想を求めに来た幼女ネレイスをイクトが褒めると、ダルク達に褒められた時以上に胸を張って鼻息を強く吹いた。
「ねえトーマ、ドロップはどう? 僕達は皮とか牙とか泥玉だったよ」
そういえばイクトとミコトが戦ったから、俺にもドロップが入るんだったな。
ていうか泥玉は何に使う物なんだ。
「えっと……おっ、肉が尾と脚で一つずつあるな」
『本当!?』
肉の存在を口にした途端、ダルク達とポッコロとゆーららんとコン丸が目を輝かせた。
うん、食べたいんだな。
でも一つずつしかないから、皆で食べるには全然足りないぞ。
「おっしゃー! ワニが出たら、徹底的に倒すぞー!」
『おーっ!』
ダルクの呼びかけに海賊達と玄十郎とネレイス姉妹以外がやる気を出す。
でも現在の優先事項は宝探し。
それもキャプテンユージンの指示に従わなきゃならないから、この湿地帯に留まってワニ狩りなんてできないだろう。
事実、ここに留まろうとしたらキャプテンユージンに叱責され、幼女ネレイスが言っていた船の下へ向かう。
「うぐぅ、目の前に肉があるっていうのに……」
「おにくぅ……」
悔しそうにするダルクと悲しそうにするイクト。
他の意気込んでいた面々も、肩落としたりテンションが下がったりしている。
あのさ、俺達は宝探しに来ているんだからな。
目的を見失いそうになっているダルク達だけど、先へ進む最中にモンスターが出現すると、肉を入手できない憂さ晴らしをするかのように大暴れ。
その姿をキャプテンユージンがやるじゃねぇかと褒めているものの、ダルク達にとっては誉め言葉よりも肉が欲しいから喜ぶ様子は無い。
「ねー、おにうっておーしーの?」
「うん、おいしいよ!」
「しかもマスターは料理が上手だから、とても美味しいご飯を作ってくれるんだよ」
イクトとミコトと幼女ネレイスの会話に、ダルク達とポッコロとゆーららんがうんうんと頷く。
「ろーりじょーずなの? おさーなもおーしくでーる?」
「ますたぁならできるよ!」
今度はくみみと玄十郎とコン丸まで頷きだした。
やめてくれ、なんか照れるし恥ずかしいし、期待が重いから。
なんとも言えない気分でいると、幼女ネレイスが歩み寄ってきた。
「まーたーさん。おさーなおーしくして」
えぇっと、マスターさんお魚美味しくして、かな。
そんなことを言われても、手元に魚は――。
「トーマ! 魚なら船に乗っていた時に僕やコン丸やキャプテンユージンがたくさん釣ったから、それで何か作って!」
ああそうだな、そうだったな。
幼女ネレイスと遭遇するまで釣りをして、大きさや釣果を競っていたな。
ということは手元に魚があるんだよな。
「ということらしいが、どうするキャプテン?」
「そうだな。船を見つけて軽く探索したら、そこで飯にすっか」
キャプテンユージンからも飯の許可が出たことで、ワニ肉狩りをできなかったことも忘れ、皆がハイタッチを交わす。
しかし問題は何を作るかだな。
船内でもないから調理設備が無いし、公式イベントの時みたいに石焼き鍋をやるか?
魔力ホットプレートはあるから、開きにすればそれで魚を焼けるか?
手持ちの道具とこれまでの経験から調理法を模索し、作る料理を考えているうちに、幼女ネレイスが言う船のある場所へ到着。
入り江のようなそこには座礁したように打ち上げられている古びた大きな船が、崖へ寄りかかるようにしてそびえ立っていた。
ボロボロになった帆にはマークがまだ残っていて、額から二本の角が生えたドクロマークがあり、やや開かれた口からは牙なのか犬歯なのか八重歯なのか二本の鋭い歯が目立つ。
そしてドクロの下には交差した骨じゃなく、数本の長くて鋭い爪のある指が交差しているように見える。
「はっはっはぁっ! あの鬼と獣を合わせたマークは間違いねぇ! こいつが伝説の海賊団、獣鬼海賊団の船だ!」
どうやらこの船が伝説の海賊団とやらの船のようだ。
一体どんなお宝があるんだろうか。




