島への航路
どこまでも広がる広大な海。
陸地は既に見えなくなっていて、海と水平線しか見えない。
朝飯を食った後に出航した船は既に沖合へ出ており、潮風を感じながら宝探しをする島へと向かっている。
「風が無いのに進むなんて不思議な感じですね、お兄さん」
甲板に腰を下ろして柵を背もたれ代わりにしていたら、隣に座るポッコロがマストに張られた帆を見上げる。
そのポッコロが言うように、この船は無風の中を進んでいる。
キャプテンユージンによると、この船は帆船だけど帆で風を受けるのは補助的なもので、主力の推進力は船尾に備え付けてある魔力動力機によるものらしい。
水中にあるこれにより、多少の海流や波では進行方向が変わらないから、よほど海か天候が荒れていない限り、直進する分には常に誰かが舵取りをしていなくとも大丈夫とのこと。
ちなみに、この船は外道な海賊達を蹴散らした際に入手した戦利品というのが、いかにも海賊っぽい。
「現状、プレイヤーで船を入手した奴はいるが、手漕ぎの釣り船くらいだ。だがこういう船がある以上は、モーターボートのような船を入手できる可能性が出てきたな」
ポッコロとは反対側に腰を下ろしている玄十郎が、ステータス画面を開いて情報をまとめながらブツブツと呟く。
今回の情報は誰かからの購入じゃなくて自分で仕入れるから、元手がタダで助かると張り切っていたから、早くも情報屋として色々と考察しているようだ。
「それにしても、のどかなもんだな」
「ですね。これから宝探しに行くのに、緊張感の欠片も無いですね」
甲板の様子を口にするとポッコロも同意してくれた。
だって俺達の目の前では、仲間達や海賊達がのんびり過ごしているんだから。
くみみのテイムモンスター達ところころ丸が甲板で追いかけっこして、それに小柄な少年海賊ロゥフが混ざっている。
ダルクとコン丸は、少し離れた場所でキャプテンユージンとカッコイイ系女性海賊セシリーと一緒に釣りをして、魚の大きさや釣果で張り合う。
セイリュウは久々に演奏スキルの練習をして、それに合わせて歌唱スキル持ちのカグラが歌い、装備している本を読むミコトと褐色肌の少女海賊フォルテが聞き入っている。
メェナとゆーららんは冷たい目つきの青年海賊リョジンに、マストの上にある見張り台に登らせてもらってはしゃぎ、高所恐怖症気味のくみみがマストの下でその様子をハラハラしながら見守る。
あれ? イクトは……いた。
甲板を挟んで向こう側の柵の方で、しゃがんで両手で柵を持ち、柵の間に顔をやるようにして海を覗き込んでいる。
「てっきり追いかけっこに混ざっていると思ったのに」
まあ変なことをしていないならいいさ。
余計なことをして、キャプテンユージンに海へ蹴り落とされなければな。
「いやー、平和ですね」
「戦闘は海賊達のお陰で結構楽だしな」
無論、ここまでの航海中に戦闘はあった。
魚のようなヒレとエラと鱗が体表にあるオーガ、シーオーガ。
群れで連携して鋭い嘴で襲い掛かってくる凶暴なカモメ軍団、レギオンカモメ。
物理攻撃があまり効かない巨大なウミウシ、クッションウミウシ。
どれも強くてダルク達やイクトやミコト、くみみのテイムモンスター達は苦戦していたけど、海賊達が楽勝とばかりに蹴散らした。
戦闘になったら海賊達がメインで戦うっていう、玄十郎の推測の通りだったな。
しかもキャプテンユージンは両手に剣と銃をそれぞれ持ち、前線で大暴れしながらも指示を出すから大したもんだ。
戦闘には一切関与しない俺にはよく分からないけど、ダルク達が凄く的確だって言っていた。
設定ができるNPCとはいえ、どれだけハイスペックなんだか。
だけどそのお陰で、戦闘での貢献度は低めでも強いモンスターを倒せているから、ある程度の経験値が稼げているんだよな。
「確かに楽ですけど、僕とゆーららんと玄十郎さんは経験値を稼げていないんですよね」
隣でポッコロが苦笑する。
完全生産職のポッコロとゆーららん、そのテイムモンスターのころころ丸、そして玄十郎は戦っていないから経験値が入っていない。
同じ完全生産職でも、俺はイクトとミコトが戦ってくれているお陰で経験値は入ってくる。
本当、あの二人には感謝だよ。
「ますたぁ!」
おっと、その一人のイクトか。
何か――。
「みてこれ!」
屈託の無い笑顔のイクトが両手で差し出してきたのは、少女――いや幼女というべきか女児というべきか。
とにかく幼い女の子の両脇に手をやって、まるで人形のようにこっちへ見せてきた。
髪は水色のショートカットだけど前髪は伸びていて、それを左に寄せているから左目が隠れ、出ている右目はタレ気味で瞳の色は蒼。
肌はやや白めで手足は細め、服は地味目な紫色のドレス風で丈は膝までなのに袖は長くて手が見えないほど余り、靴はローファー。
現状に思考が追い付いていないのか、キョトンとした表情でされるがまま状態だ。
ていうか、その子は誰だっ!?
「イ、イクト? その子はどうしたんだ?」
「うみみてたら、ぴょこってでてきた!」
海の中からぴょこっと出てきたって、アザラシやイルカじゃないんだから。
何事かとダルク達も集まって来て、情報を整理していた玄十郎もイクトが持っている子を見る。
「まさか、密航者!?」
「何言っているのよ。誤って乗っちゃった子供でしょ」
驚くダルクの荒唐無稽な考えに、呆れながらメェナが否定してそれっぽい考えを口にする。
「ねえあなた、お名前は?」
しゃがんで目線を合わせたカグラが名前を尋ねると、幼女はキョトンとした表情のまま首を傾げた。
まるで何を言っているの、とでも言いたいように。
「なーえ? ないよ」
なーえって何だ。
あっ、名前か?
舌足らずでちゃんと発音できないなんて、この子は何歳なんだ?
「というかこの子、ノンアクティブモンスターじゃないか」
『あっ』
考える仕草をした玄十郎に言われて気づいた。
この幼女の頭上にあるマーカーはノンアクティブモンスター、テイムモンスター、敵性の無いモンスターを示す橙色。
つまりこの子は人間のように見えるけど、イクトやミコトのようなモンスターっていうことか。
「だとしても、なんていうモンスターなんだ?」
コン丸がそう呟くと皆の視線が玄十郎へ向かう。
情報屋の玄十郎なら何か知っているかもしれないと期待するが、分からないとばかりに首を横に振られた。
「人型ということは精霊か妖精の類だと思うが、これまでにこんなモンスターは確認されていないぞ」
頼みの玄十郎でも知らないということは、未知のモンスターということか。
状況を未だに理解できていないようで、キョトンとしっぱなしのこの子一体何なんだ?
「ほう、ネレイスたあ珍しいじゃねぇか」
幼女を見たキャプテンユージンがネレイスだと言った。
なんだそれ。
「キャプテンさん、知っているんだよ?」
「おうよ。なんでも海底神殿にいる海の神の娘だっていう、女神だか精霊のことだ。波の穏やかな日には海面に浮かぶから船乗りや海賊の間じゃ、そいつを見たら幸運が訪れるって言われてんだよ。こいつは宝探しの前に縁起がいいぜ」
へえ、そういうのがいるのか。
しかし言っちゃ悪いけど、この幼女が精霊ならともかく女神には見えないな。
仮に女神だとしても頭に見習いが付くか、最後に(仮)が付きそうだ。
「検索掛けたら出たぞ。ギリシャ神話とかに出ている女神でネーレーイスとも呼ばれていて、海底神殿で歌ったり糸紡ぎをしたりしながら暮らして、イルカかヒッポカムポスっていう半馬半漁のモンスターに乗って移動するらしい。それと50人ぐらいの姉妹だそうな」
いつの間にかステータス画面を開いて検索をしていた玄十郎から、追加情報がもたらされた。
「じゃあー、イクト君は海面に出てきたこの子をー、連れて来ちゃったのー?」
「うん! おいでおいでってしたらこっちにきて、のぼってきたからますたぁにもみせてあげようとおもって!」
いや、その場合は連れてくるんじゃなくて俺を呼べ。
というかネレイスも、おいでおいでされたからって来るな、そしてどうやって海面から船へ昇ってきたんだ。
「はいそこの船、ちょっといいかしら?」
皆でネレイスを囲んでいると、どこからともなく女性の声が聞こえた。
直後に海面から水柱が上がって、白い肌に水色の長い髪がある若い女性がその上に立っている。
見た目は結構整っていて、服は露出少なめのやや豪華なドレスって感じだ。
「あなた達、うちの未の妹をどうするつもりかしら?」
水柱の上からこっちを睨んで強い声色で話しかけてくる女性。
末っ子っていうのは、イクトが抱えているネレイスのことか?
そういえばさっき玄十郎が、ネレイスは五十人姉妹だとか言っていたっけ。
ということはこの状況ってまさか、誘拐されそうな末の妹を姉が助けに来たってことか!?
「あぁん? どうするもこうするもねぇよ、こいつが勝手に来たんだよ」
「……そうなの?」
姉にあたる女性がネレイスの方を見る。
「そー。こーこがおーでおーでしたからきたの」
こーこがこの子、つまりイクトで、おーでおーでがおいでおいでかな。
それを聞いた姉にあたる女性は頭が痛そうな表情をした。
「勘違いして悪かったわね。その見た目と聞いた通り、その子は言葉すら覚束ないくらい幼いから、つい過剰に反応しちゃったわ」
こんな子供じゃ仕方ないって。
「はっ。気にしなくていいぜ。俺達はカイゴー島って島に行きたいだけなんだ、邪魔しなけりゃ何も言わねえよ」
カイゴー島。
キャプテンユージンが口にしたその島が今向かっている、宝探しをする島の名前か。
すると姉にあたる女性が怪訝な表情を浮かべた。
「あなた達、あの島に行くの? あの島の周辺は海流が複雑だから、船で行くなんて無謀よ。下手をすれば転覆か大破するわ。私達のように海中深くに潜っていけば、話は別だけどね」
えっ、そうなの?
「それに仮に運よく流れ着いたとしても、出ることも不可能に近いわ」
「はっ! それがどうした。んなもんにビビッてたら、海賊なんてやってられねぇよ!」
キャプテンユージンやその仲間はそれでいいだろう。
でも俺達は海賊じゃないから、普通にビビるって。
転覆か大破して海に放り出されたら、どうしようもない。
そもそも島に入れないし、入れたとしても脱出方法が無いじゃないか。
「無茶をするわね。海面付近からあの島に近づこうなんて、お父様ならともかく私達ですらできないのに」
「でーるよ」
呆れた口調で喋る姉にあたる女性に、イクトが抱えているネレイスが返事をしたけど、なんて言ったんだ?
「できるよって、何を言っているのよ」
でーるよ、はできるよって言ったのか。
「ほーとうだよ。なーどかいったよ」
えぇっと、本当だよ何度か行ったよ、かな。
「どうやって?」
「んとね」
イクトに抱えられながら、身振り手振りを交えてネレイスが舌足らずの口調で説明する。
なんでも海流に流されて遊んでいた時に、たまたま行き来できるルートを発見したらしい。
それから何度も行き来しているうちにルートも覚えたようで、案内できるという。
ていうか、海流は流されて遊ぶものじゃないぞ?
危険だから、良い子は真似しないように。
「そりゃ都合がいいぜ! おい、俺達を島へ案内しろ」
「いーよー」
「ちょっと、勝手に決めないで! あなたも、早く帰るわよ!」
「やっ!」
姉にあたる女性から帰るように言われたネレイスが、強い拒否反応を示してダボダボに余っている袖を揺らしながら両腕で大きくバツ印を作った。
「あーこやー! おっきいねーねいがい、ちがーからっていーめるからきらい!」
分からない。
何て言っているんだ?
ダルク達もくみみも玄十郎も海賊達も首を傾げ、唯一分かりそうな姉にあたる女性へ皆の視線が向かう。
姉にあたる女性は深く溜め息を吐くと、ネレイスが拒否反応を示した理由を教えてくれた。
なんでもイクトが抱えているネレイスは、数多くいる姉妹達の中で唯一、見た目が異なり能力が通常より強い亜種として生まれたらしい。
そのせいで、理解ある上の方の姉数名は別として、他の大勢の姉達からはやっかみや嫉妬で虐めのようなことをされているそうだ。
中には、自分達が正当なネレイスでお前は紛い物の偽物ネレイスだ、と言う姉もいるとか。
そりゃあ、帰りたくないのは当然だな。
ちなみにさっきの発言は、「あそこは嫌! 大きいお姉ちゃん以外、違うからって虐めるから嫌い!」とのこと。
「そういうことなら、しばらく僕達の方で面倒を見ていようか? 行き先は分かっているんだし、別にいいでしょ?」
「簡単に言わないで頂戴。初対面のあなた達を、そう易々と信用できるはずがないでしょう」
ダルクの意見にごもっとな返事をされた。
「でもー、無理に連れて帰るのもー、良くないと思いますよー?」
「そうよね……。仕方ない、だったら私も一緒に行くわ。その子に何かしたら、すぐに連れて帰るからね!」
そうきたか。
だけどまあ妥協するとしたらそこら辺かな。
「キャプテン的にそれはどうなんだ?」
「島に行けるなら、一人や二人増えようと問題ねぇよ! そうと決まれば、テメェもさっさと乗れ!」
「言われなくとも乗るわよ」
コン丸の問いかけにそう言い切ったキャプテンユージンに促され、姉にあたる女性が水柱の上から船へ乗り移る。
こうして急遽乗員が増えた船は、一路カイゴー島へと向かう。
島が見えるまでは引き続き自由に過ごすことになり、ひとまずネレイスとその姉にあたる女性へ自己紹介。
その後、ネレイスはイクトと一緒にくみみのテイムモンスター達と追いかけっこをはじめ、姉にあたる女性はその様子をハラハラしながら見守る。
俺達もネレイスと遭遇する前のように、ゆっくりしたり釣りをしたりと思い思いに過ごして、昼近くになった頃に目的のカイゴー島が見えてきた。
だけど勝負は島に近づいて海流を越えられるかどうか。
キャプテンユージンの指示で、海に落下しないよう全員がロープで体を船に繋ぎ、ネレイスは乗るべき海流を指示するためにキャプテンユージンと操舵室へ向かい、念のためにと姉にあたる女性も同行する。
やがて海流に乗ると、まるで平面的なジェットコースターのように船が進む。
「どっひゃあぁぁぁっ⁉」
「ひゃあぁぁぁっ⁉」
右へ左へと船が激しく揺さぶられ、激しい波飛沫が何度も体にかかる。
そのあまりの激しさにコン丸と、あまりの激しさに硬直したころころ丸を抱くポッコロが悲鳴を上げている。
「ひいぃぃぃっ⁉」
セイリュウも悲鳴を上げて、体と船を繋ぐロープをしっかり握っている。
「あっははははっ! たーのしー!」
「ますたぁ、すごいね!」
「なかなか楽しいんだよ」
この状況を楽しんでいるのはダルクとイクトとミコトだけか。
カグラとメェナとゆーららんは悲鳴こそ上げていないけど顔が青ざめて表情が引きつっているし、弦十郎は転がりそうになるのを必死に堪えているし、くみみはロープで繋がったテイムモンスター達を全身で覆うようにして守るのに必死だ。
「ますたぁ、だいじょうぶ?」
「わぷっ。大丈夫ですよー。こんな時くらいはー、私が皆を守ってあげますからねー」
ころろの問いかけに、波をかぶりながらいかにも無理をして笑みを作っているくみみの様子に、テイムモンスター達が感謝を述べるように鳴いている。
うちのイクトとミコトは……楽しんでいるから大丈夫か。
なお、操舵室にいるキャプテンユージン以外の海賊達は、いけいけと騒いだり黙っていたりと反応はそれぞれ。
俺の場合はさほど怖くはないけど、若干気分が悪い。
これは揺れに酔ったのか、それとも海水を浴びすぎているのがサラマンダー的に不味いからなのか、よく分からない。
なんにしても、早く島へ着いてくれ!
心からの願いとは裏腹に、海流を乗り越える道のりは想像以上に左右どころか前後にも動き、気づいた時は三十分も海流によって激しく揺さぶられていた。
それでもどうにか海流を突破すると、楽しんでいた一部を除いてホッと胸を撫で下ろした。
というかひょっとして、帰りも今のをやるのか?
「いやー、楽しかったね!」
「うん!」
「もう一回やりたいんだよ」
勘弁してくれ。
ダルクとイクトとミコトの言葉にそう思いながら、海流を突破したことで揺れが無くなったため、船と体を繋いでいたロープを外す。
「本当に越えられたのね……」
「でしょー」
呆気に取られる姉にあたる女性に、だぼつく袖を揺らしながらネレイスが両腕を上げる。
「よっしゃー! お前ら、上陸準備だ!」
「「「「おうっ!」」」」
操舵室から出てきたキャプテンユージンの掛け声に、仲間の海賊達が応えて動き出す。
さあて、あの島では何が待っていることやら。




