船出の朝
晩飯を食った後に明日の準備の確認をして、それぞれがやっておくべきことはないかを確認。
俺は料理ギルドで食材を買ってあるし、ついでにオリジナルレシピを提供する依頼を受け、オリジナル扱いになっていたソフトシャコの麻辣炒めのレシピを提供してあるから問題無し。
ただ、くみみに一つ忘れていたことがあった。
「テイムモンスターをー、入れ替え忘れていましたー」
なんでも海上に行くのなら、火魔法を扱うフレアリスのちろろ、海どころか水場全般を嫌がるハンティングキャットのもふふを別のテイムモンスターに入れ替えたいそうだ。
そういうわけで他の確認を終えた後、従魔ギルドにてテイムモンスターを入れ替えに行く。
当たり前だけど、ギルド内はモンスターを連れたプレイヤーばかり。
イクトとミコトを連れているからか、周囲からの視線を浴びつつ、受付に出向いたくみみがモンスターを入れ替えるのを待つ。
入れ替えをしたくみみが連れてきたのは、軽快な足取りで歩く黒い毛をした小さな犬と、ポテポテと歩き方が覚束ない円らな瞳のビーバーだった。
「お待たせしましたー。こちらがー、リトルシャドウウルフのワワオでー、こっちがー、クラフトビーバーのかりりですー」
あっ、犬じゃなくて狼なのか。
紹介された二体は、くみみの陰に隠れながらワワオがウァンと小さく鳴いて、かりりがきゅっと鳴きながら右前足を上げた。
前に会った後にテイムしたらしいけど、どっちもいいじゃないか。
最初はくみみでも触ろうとすると逃げるほど照れ屋なワワオは、可愛いというよりカッコイイ系だ。
一方のかりりは見た目が可愛い系にも関わらず、おじじと気が合う渋い性格をしてるようで、今もおじじとハイタッチを交わしている。
どちらも毛並みがモフモフしていそうだから、できることなら撫でまわしたい。
ちなみにワワオだけ名前がカタカナ表記なのは、可愛い系は平仮名でカッコイイ系はカタカナにしようという、くみみ独自のこだわりとのこと。
「おし、これで用事は全部終了だな。さっさと宿取って寝るぞ」
情報屋としてイベントが気になるのか、冷静な玄十郎がやや急かしてくる。
まだ時間には余裕があるから焦る必要は無いのに。
そう思いつつも宿を探し、運良く全員で泊まれる宿を発見。
男女別に別れて部屋を取って睡眠を取り、翌朝には港へ出向いた。
「えっと……こっちだな」
地図を頼りに港の中を歩き、離れた場所で荷下ろしをしている大型の漁船を見つつ、目的の場所へ到着すると紺色の帆を張った大きな船があった。
太いロープでしっかりと係留され、上の方に見張り台のような場所がある高いマストには、群青色の帆がいくつも張られている。
そのうち二つの帆にはマークが描かれていて、一方の帆にはクロスしているカトラスと銃が、もう一方には雄叫びを上げていそうな釣り目で口を開けた骸骨が、それぞれ描かれている。
側面には大砲もあって、それを見たダルクとコン丸が大砲だとはしゃいでいる。
あっ、よく分かっていないのに、楽しそうだからとイクトが一緒になって騒ぎだした。
「思っていたよりも大きい船なのね」
船を見上げるカグラの意見に同意する。
だけどプレイヤーを十人、場合によってはその従魔も乗ることになるんだから。これくらいの大きさが必要なのかもしれない。
そういえば、これってどうやって乗ればいいんだ?
「おうっ、来たかお前ら!」
資料用にとスクショっていうのを撮っている玄十郎を横目に、どう乗ればいいのか船を見回していると、甲板の方からキャプテンユージンが声を掛けてきた。
「ちょっと待ってろよ」
そう言い残して引っ込むと、仲間達と一緒に渡し板を掛けてくれた。
なるほど、これを使って乗るのか。
早速渡ってみると、船の側で板を固定しているようで、多少の揺れこそあるけど安定している。
手すりが無いのは不安だけど、幅もあるから問題無いだろう。
「わーい!」
「ちょっとイクト君、走らないで!」
楽しそうに渡し板を駆け上るイクトに、同じ板を渡っていたセイリュウが揺れに驚いて腰が引けている。
ゲームだから折れる心配は無いと思うけど、手すりも無く渡るのは怖いよな。
しかもそれが揺れていればなおさらだ。
これはさすがに看過できないから、船上で合流したイクトにはしっかり注意をして、二人でセイリュウに謝っておいた。
「よく来たな、お前ら。歓迎するぜ」
渡し板の回収を仲間達に任せ、キャプテンユージンが歩み寄ってきて手を差し出した。
「こちらこそ、よろしく頼む」
その手を握って握手を交わすと、ニヤリと笑ったキャプテンユージンが後ろにいる皆を見た。
「お前達もよろしく頼むぜ。聞いているかもしれないが、航海中は俺の指示に従ってもらう。勝手なことしやがったら、海へ蹴り落とすからな」
海賊イベントが発生する前に言っていたことを、再度注意するように告げられた。
イクトとダルク、子供が先生に返事するみたいにはーいって言うな、緊張感が無くなって力が抜ける。
玄十郎も、蹴り落とされたらどうなるのかを検証すべきかって悩むな。
こういったことに詳しいお前が抜けたら、どうすればいいのか判断がつかない時に困る。
「あと、宝探しのためにある島へ寄ることも忘れるなよ」
「分かってるぜ! お宝の分け前、ちゃんとくれよ!」
「当たり前だ。本格の海賊は約束を守る」
コン丸の言葉にニヤリとした笑みを浮かべたままそう返され、どんな宝なのかと誰もが期待しだした。
俺はというと、その宝が珍しい食材か調理器具だったらいいな、程度には思っている。
まあ、そんな都合のいいことは無いだろうと、過度な期待していないけどな。
その後、準備があるというキャプテンユージンに代わり、仲間の一人である小柄な少年に船内の案内をされる。
彼の名はロゥフといい、キャプテンユージンとは子供の頃からつるんでいた相棒のような存在とのこと。
ちなみに、長身で髪をポニーテールにしたカッコイイ雰囲気の女性がセシリー、線の細い冷たい目つきをした男性がリョジン、褐色肌で髪の長い少女がフォルテというらしい。
「どいつもこいつも一癖あるけど、悪い奴じゃないぜ」
そういう風に言うと、ロゥフも一癖あるってことになるぞ。
まあ悪い奴じゃないならいいかと割り切り、船内の案内を受ける。
船室や治療室や資料室を通されるたびに、イクトとダルクとコン丸とポッコロとゆーららんがはしゃぎ、玄十郎はどんな効果があるのかを調べていく。
それによると、船室は寝泊まり可能、治療室ではHPやMPや状態異常の回復ができる、資料室には海で遭遇するモンスターについての情報や特徴について記した本があると、表情は冷静でも目を輝かせていた。
特に資料室の本は、可能な限りスクショして持っていきたいと言っているほどだ。
ちなみにそれについてロゥフは、ユージンに許可を貰えば構わないとのこと。
「絶対に許可をもぎ取ってみせる」
おぉ、玄十郎が静かに燃えている。
情報屋だからなのかもしれないけど、どれだけ欲しいんだよ。
そんな一幕を挟んで案内は続き、最後に通されたのは俺の主戦場とも言える場所だった。
「ここが厨房だ。奥には食料を保管する部屋があって、俺達の方で用意した食材が入っているぜ」
「おぉっ!?」
すげぇ、石と木で作られているけど、ここは本当に厨房だ。
火事対策で石造りになっている魔力コンロは四つもあって、無限水瓶も備え付けられている。
道具も大きな鍋やフライパンにまな板、包丁と一通りの物は揃っているし、食料を保管する部屋にはタマネギやニンジンやジャガイモといった野菜や干し肉や干し魚といった、保存の利く食材を中心に集められている。
中には保存期間が短いのもあるけど、宝探しは今日一日で終わるみたいだし、気になるのなら早めに使えば問題無い。
ただ、調味料は塩と砂糖と胡椒しかないのが残念だ。
だけど俺の手持ちの食材や調味料も使っていいとのことなので、遠慮なく使わせてもらおう。
「というわけで早速だけど、朝飯作ってくれないか? キャプテンからも言われていてさ」
「任せろ!」
玄十郎の予想通り朝飯を要求され、ロゥフに承諾の返事をする。
さあて、より大人数になったし、思いっきりやってやるぜ!
******
目の前に並ぶ美味そうな料理。
海賊イベントに参加したら何が起きるのか、それを調べるためにトーマ達と海賊船に乗った俺、玄十郎の前に大量の朝飯が並ぶ。
トーマの仲間達やテイムモンスター達、一緒に参加することになったくみみのテイムモンスター達、同じく一緒に参加することになった亀の大将こと暮本流輔さんの孫のコン丸、そして海賊達が飯をバクバク食べている。
「テメェ、そりゃ俺のもんだ!」
「はぁっー!? 僕達の仲間のトーマが作ったんだから、優先権は僕達にあるよ!」
「いまだ、いただき!」
「「あーっ!」」
大皿に盛られたナンコツギョの南蛮漬け、それも熟成瓶で一晩漬けこんだものをダルクとコン丸とキャプテンユージンが取り合っている。
見ていて子供か、と言いたくなるが少なくともコン丸は子供だった。
「おいしー!」
「生のウシエビをただ調味液に漬け込んだだけだから、油断したんだよ。プチッと噛み切ると調味液とウシエビの甘さと美味しさが一体となって口の中へ広がって来て、とろりとした後口がなんとも良い余韻を残すんだよ」
「くみみのごはんもおいしいけど、とーまさんのはもっとおいしい」
テイムモンスター達もお騒ぎか。
イクトはおいしーと連呼して、ミコトは食レポをスラスラ口にして、ころろはのんびりじっくり味わい、他のくみみのテイムモンスター達も夢中で飯を食っている。
ウシエビのカンジャンセウ、だったか?
生のウシエビを魚醤を主体とした調味液に漬け込んだ料理だ。
韓国のエビの醤油漬けを参考に作った料理らしいが、こういう料理があるんだな。
これだけでトーマが本職になるために、どれだけ勉強しているのかが伺えるぞ。
「うわっ、この野菜入り肉まん美味しい!」
「うん! 野菜たっぷりだから水っぽいかと思ったら、ジューシーで凄く美味しい!」
ポッコロとゆーららんが食べているのは、あまり日持ちしない野菜と肉を使った野菜たっぷり肉まん。
普通に考えれば野菜から水分が出て水っぽくなりそうだが、トーマは一部の野菜をスキルで乾燥させることで解決していた。
それによって他の食材の水分で乾燥させた分は戻り、余計な水分を抜いた分、旨味が増している。
今までは情報にしか目が行っていなかったが、こうして食べているとトーマがどれだけ真剣に料理へ取り組んでいるのかが分かる。
尤も、それによって一名大変な目に遭っているが。
「ひいー、ひいー。トーマさんー、ギッチリピーマンの細切りできましたー」
「ありがとう。次はニンニクの芽を切ってくれ」
「はいぃぃぃっー!」
調理スキルを持っているくみみがトーマの手伝いに名乗り出たものの、あまりの忙しさに目が回りそうになっている。
さっきからトーマの指示に従い、あっちこっちにバタバタと動き回って調理を手伝っているが、だからといってトーマが楽をしているわけじゃない。
離れた場所で調理の様子を見ていると分かる。
トーマの方は無駄の少ない動作で手際よく調理しているのに対し、くみみの動きには無駄が多いからバタバタと忙しそうに見えるんだ。
実際、調理のほとんどはトーマがこなしていて、今も細切りの肉とピーマンを慣れた手つきで炒めている。
「シーワームとギッチリピーマンの青椒肉絲、上がったぞ」
皆で取れるよう、大皿へ盛り付けられた青椒肉絲。
肉はシーワームの細切り、野菜はギッチリピーマンの細切りだけ。
タケノコが無いが、これで青椒肉絲と呼べるのか?
「トーマ君、タケノコが無いのに青椒肉絲なの?」
同じ疑問を抱いたカグラが、食べながら質問をしている。
「青椒はピーマン、肉は文字通り肉を、絲は細切りを指すんだ。だから料理名だけで解釈すれば細切りの肉とピーマンを炒めていれば、タケノコを加えていなくとも青椒肉絲としては成立するんだ」
へえ、そうだったのか。
別の料理の調理を開始しながらの説明に、取り皿に自分の分を確保しているメェナとセイリュウもへぇと頷いている。
それはそれとして、美味いなこの青椒肉絲。
トーマは肉は豚肉を指していて、中国では牛肉や羊肉を使った青椒肉絲は牛や羊の文字が料理名に入るという豆知識を口にしながら、フライパンを振って次の料理を作っていく。
「トーマ君、今度は何を作っているの?」
「ジャガイモとニンニクの芽の炒め物だ。くみみ、ジンジャーのすりおろしは?」
「できましたよー」
セイリュウからの質問に答えた直後、トーマは少し慌てた様子のくみみからジンジャーのすりおろしを受け取り、何かの液体と一緒に炒め物へ加えた。
直後にジンジャーの良い香りが立ち上って、皆の視線が目の前の飯から調理中のトーマの背中へ移る。
この香りは醤油、ということか魚醤か。
「おう、そっちも美味そうだな!」
「早く出して、トーマ!」
漂う香りにキャプテンユージンとダルクが料理を要求する。
「分かっているって。くみみ、大皿はまだあるか?」
「ありますよー、どうぞー」
くみみが用意した大皿へ、完成した料理が盛られる。
角切りのジャガイモとニンニクの芽が茶色に染まって、なんとも美味そうだ。
しかもジンジャーとニンニクの芽の香りで食欲をそそられる。
おっと、拙い。
見とれている間に皆の箸やらフォークやらが、料理を次々と取っていく。
遅れてたまるか、俺だって食いたいんだ。
どうにか確保して食べると、ホクホクして土の風味がするジャガイモと、香りが強くてシャキシャキのニンニクの芽の組み合わせが意外と良い。
魚醤での味付けも合っていて、単品でも美味いが味付けを調整すれば米や酒でもいけそうだ。
えっ、この魚醤は今朝完成したオリジナルの魚醤だと?
そこまで手を付けていたとは、やるじゃないか。
って、しまった!?
俺としたことが、あまりに美味そうな飯を前に情報の確認をし忘れていた!
おい待て、ダルクとキャプテンユージン、南蛮漬けの最後の一つを取り合っている暇があったら情報を見せてくれ!




