明日に備えて食おう
今回使うのはセツナから貰ったアクジキザメ。
サメはフカヒレが有名だけど、ちゃんと処理すれば身肉も美味い。
アクジキザメ【身肉】
レア度:4 品質:5 鮮度:83
効果:満腹度回復3%
名前通り、なんでも食べる悪食のサメの身肉
暴力的で荒々しい旨さだが、弾力は固め
少々臭みがあるので、気になる方は下処理をしっかりと
生でも食べられますが、鮮度が良いうちにどうぞ
まな板の上に出して匂いを嗅ぐと確かに少し気になるし、触れてみると結構固めだ。
鮮度が良いうちなら刺身でもいけるのは、前に祖父ちゃんから聞いたけど、これの鮮度ではどうなんだ?
まあいい、どうせ刺身を作れるほど包丁が上手いわけじゃないから、加熱した物を作る予定だし。
というわけでアクジキザメを一口大のサイコロ状に切り分け、臭み消し兼風味付けに使うジンジャーを細切りにする。
固さを考慮して魔力圧力鍋を用意し、魚醤と水と砂糖と残り少ないブルットワインを入れる。
この中に切り分けたアクジキザメとジンジャーも入れ、魔力コンロで火に掛ける。
「煮つけかな?」
「だったらもう少し大きく切らないかしら?」
セイリュウとメェナが料理を予想している。
近い、とだけ言っておこう。
「よいしょっとー」
隣のコンロでは水を張った鍋を火に掛けていたくみみが、お湯が沸いたのを見計らって俺が貸した蒸篭を置いた。
「くみみ、さっき言った通りに置いたか?」
「はいー、大丈夫ですよー」
細い目で笑みを浮かべるくみみが蒸しているのは、エリザべリーチェから貰ったトロリンカボチャだ。
加熱すると果肉がトロトロになる性質上、スープやポタージュのような料理以外に使う場合、溶けた中身が漏れないようにしなくちゃならない。
だからといって丸ごと加熱したら、切った時に中身が溢れてしまう。
そうならないように蒸す方法は、真っ二つに切って断面の方を上にして蒸篭の壁に寄りかからせ、中心に何かしらの容器を置いて動かないように固定する。
これで仮にカボチャが動きそうになっても、容器がストッパーになって傾くのを防ぎ、中身が出てしまうのを防ぐわけだ。
「ではー、続きに入りますねー」
「頼む」
別の作業を始めるくみみを見送り、俺は大きめのスティッキーインクオクトパスの足を取り出す。
結構太いこれにはぬめりがあるから、水と塩を使ってボウルで一本ずつぬめり取りをする。
おぉっ? ゲームだからなのか、それともそういう設定のモンスターなのか、割と簡単にぬめりが取れていく。
本当だったらタコのぬめり取りは結構大変なのに、これは助かる。
「しゅしゅんしゅんしゅしゅ」
「なんで毎回、音程が外れているんだよ」
「あう……」
触覚とレッサーパンダ耳を揺らしながらイクトが口にしているのは、魔力圧力鍋が発している音か。
だけどミコトの言う通り、絶妙に音程が外れている。
それを指摘されたイクトは触覚とレッサーパンダ耳をしゅんと垂らしで俯き、ポッコロとゆーららんとコン丸に苦笑されている。
その圧力鍋の方へ注意を向けつつ、全ての足のぬめり取っていき、それを終えて乾燥スキルで水気を乾かしたところで、ピンが上がっておもりが揺れる圧力鍋の火を止める。
そのまましばし放置している間に、ポッコロとゆーららんから受け取った野菜を切る。
キュウリは斜め切り、甘味のある横縞のシマシマタマネギは半分にして薄切り、バチバチキャベツは少し太めの千切り、トマトは薄めのくし切り。
あとはサンの実の皮を刻んで受付で借りた魔力オーブンで軽く加熱して香りを出し、その間にハーブを刻んでおく。
刻んだハーブと加熱した刻みサンの実の皮はボウルにまとめ、圧力が抜けた魔力圧力鍋を開ける。
「おっ、良い感じだ」
湧き上がる湯気と一緒に良い香りが立ち上る。
それを発するのは、しっかり味が染みて茶色に染まったアクジキザメの角煮だ。
アクジキザメの角煮 調理者:プレイヤー・トーマ
レア度:6 品質:7 完成度:89
効果:満腹度回復14%
物理攻撃時与ダメージ増【中・2時間】 俊敏+6【4時間】
しっかりと味が染みた、角切りのアクジキザメの身肉
圧力鍋で調理したので柔らかく、ジンジャーと一緒に調理したので臭みも無し
甘じょっぱい味付けと、暴力的で荒々しい旨味が口の中を蹂躙します
味を確かめるため、菜箸で小皿に一つ取って自分の箸で食べる。
うおぉぅっ!?
思わず声を上げそうなほど美味い。
暴力的で荒々しい旨味とじょっぱめの味わいが力強く押し寄せてきて、無警戒に食べたら確実に驚くだろう。
しかも圧力鍋で調理したから柔らかくてジンジャーで臭みが消えたから、それがより一層伝わってくる。
文句無しの出来栄えに頷きつつ、冷めないうちに大皿へ移してアイテムボックスへ入れておく。
「トーマさんー、これ見てくださいよー」
「どうした?」
圧力鍋を洗って水気を拭き取っていると、蒸篭の蓋を開けたくみみに呼ばれた。
何事かと思い、圧力鍋をアイテムボックスへ片付けて見に行く。
ほらっ、と指差された蒸篭の中を見ると、トロリンカボチャの果肉が見事なまでにトロトロに溶けていた。
断面を上にしてあるから、中身をくり抜いた皮を器に見立てて、中にカボチャのポタージュか何かで浸したみたいになっている。
正直言って、想像以上に溶けていて驚いた。
「こんなにトロトロになるのか」
「私もー、想定外ですよー」
まったくもってその通りだ。
見物している皆もどうなっているのか見に来たから、熱さに気をつけて蒸篭から取り出して見せてやると、関心や驚きの反応をする。
装備の強化を終えた玄十郎もそこに加わっており、ほうと漏らしながら頷いている。
「それでお兄さん、これをどうするんですか?」
「見ていれば分かる。くみみ、カボチャは冷ましておくから頼んだぞ」
「お任せあれー」
何故か敬礼したくみみは、さっきまでこねていた生地にくぼみを作り、俺が冷却スキルで冷ました溶けたトロリンカボチャの果肉をそこへ流していく。
緩めのあんかけみたいな果肉を全て生地に加えると、それを生地へ混ぜていく。
「そうきたかっ!」
「カボチャパンね」
大げさな反応をするダルクに続いてカグラが正解を口にした。
そう、どれくらいトロトロになるのかは分からなかったけど、裏ごしも必要ないぐらいに溶けるならパン生地に混ぜようってことだ。
生地には牛乳やらバターやらが入っているはずだから、きっとカボチャは合うと思う。
くみみは現実でパンを作ったことがあるのと、俺に倣って発酵スキルを習得したそうだから、このまま任せよう。
さてと、スティッキーインクオクトパスの調理を続けよう。
既に野菜は切ったから、次はぬめりを取ったスティッキーインクオクトパスの足を薄切りにする。
そして最後に、加熱後に冷まして酢のようになったサンの実の果汁、水、魚醤、砂糖、油を混ぜてタレを作る。
大皿に切った野菜とスティッキーインクオクトパスの足の薄切りを並べ、タレを全体へ掛け回して刻んだサンの実の皮とハーブを散らす。
これでスティッキーインクオクトパスのカルパッチョが完成。
スティッキーインクオクトパスのカルパッチョ 調理者:プレイヤー・トーマ
レア度:7 品質:6 完成度:91
効果:満腹度回復12%
俊敏低下無効【大・1時間】 硬直状態無効【大・1時間】
タコと野菜による食欲をそそる一品
上に振りかけられたハーブと熱したサンの実の皮を刻んだものが、香りを演出
歯応えがあるため薄切りにされたタコと野菜とタレによる三本柱
サンの実の皮とハーブの香りを嗅ぎつつ味見する。
薄切りといえど歯応えがあって、さっぱりしつつもじんわりとした美味さが広がるスティッキーインクオクトパス。
瑞々しいキュウリ、甘い横縞のシマシマタマネギ、すっきりした酸味のトマト。
これらがタレに合うし一緒に食べても合う。
そしてとどめがバチバチキャベツの刺激が襲ってくる。
美味いとはいえ全体的に大人しいこの料理に、バチバチキャベツによる弾ける感じが加わることでインパクトが生まれた。
色々な食感がして食べていて楽しいし、良い出来栄えだな。
「トーマさんー、トロリンカボチャの皮を細切りにしましたー、お願いしますー」
「分かった、ありがとう」
カルパッチョをアイテムボックスへ入れ、パン作りの合間に細切りにしてくれたトロリンカボチャの皮を受け取り、唐辛子を細い輪切りに。
フライパンを熱して油を敷き、トロリンカボチャの皮の細切りを炒める。
火が通ってきたら切った唐辛子を加え、砂糖と魚醤で味付けし、皿へ盛り付けたら白ごまを振ってトロリンカボチャの皮のきんぴらが完成。
それからすぐにくみみもパンが焼けたと言って、コッペパン状の赤味がある黄色のパンを見せてきた。
トロリンカボチャの皮のきんぴら 調理者:プレイヤー・トーマ、くみみ
レア度:5 品質:8 完成度:93
効果:満腹度回復10%
毒状態耐性【中・2時間】 病気状態耐性【中・2時間】
一度蒸したトロリンカボチャの皮をきんぴらに
蒸されたことで固い皮は柔らかく、サクサクした食感に
甘味と塩味の中にある、皮の微かな苦味が大人の味
トロリンカボチャパン 調理者:プレイヤー・くみみ
レア度:5 品質:6 完成度:77
効果:満腹度回復8%
魔力+5【1時間】
加熱してトロトロになったトロリンカボチャの果肉を生地に混ぜたパン
クリームや餡子は入っていないが、トロリンカボチャの甘味で十分甘い
夕焼け空のような赤みのある黄色い見た目と柔らか食感をご堪能あれ
くみみがカボチャを蒸したから、きんぴらの調理者の名前にはくみみも載っている。
その影響なのか、炒めて作ったのに職業の厨師による効果がバフ効果に反映されていない。
だけど考えてみれば当然か。
もしも他の工程は別の人に任せて、炒めるか揚げるかだけをやって効果を発揮させたら、公式イベントの時のような調理をしていたらバフ効果に違いが出て争いごとになりかねないもんな。
「へえ、くみみもバフ効果付きの料理を作れるのか」
「結構ギリギリですしー、出せない方が多いですけどねー。ですがー、パンは割とー、出せる確率が高いですねー」
だとしても大したもんだ。
感心していると、テイムモンスター達に美味い食事を食べてもらいたくて頑張っていると、パンを焼きながら教えてくれた。
うんうん、美味いって言ってくれる人がいると作りがいがあるよな。
肝心の味も両方とも美味い。
一度蒸したのにトロリンカボチャの皮はサクサクと心地よい食感がして、ほんのり苦い味が全体の味を引き立てている。
パンの方も柔らかい上に溶けた果肉の甘さが凄い。
しかも丸みのある心地よい甘さだから、何を挟んでも美味いんじゃないかな。
「うあー、早く食べたい!」
台をバンバン叩くダルクに呆れを抱きつつ、最後に飲み物を用意するから待てと伝える。
出来立てのきんぴらは冷めないようにアイテムボックスへ入れ、飲み物に使うサザンクロスオレンジを取り出して皮を剥く。
形状が十字架だから少し剥きづらかったものの、どうにか剥き終えたら魔力ミキサーへ入れる。
生鮮なら包丁で切って味見すると酸味が強いから、砂糖と水を少しずつ加えて調整して魔力ミキサーに掛け、布で濾して残っている筋や薄皮を取り除いてジュースの完成。
サザンクロスオレンジジュース 調理者:プレイヤー・トーマ
レア度:3 品質:5 完成度:88
効果:給水度回復11%
知力+3【1時間】
サザンクロスオレンジの果汁たっぷりのジュース
やや酸味強めですが、水と砂糖で心地よい酸味に中和
果汁何パーセントかな?
味は問題無い。
水と砂糖で中和したから酸味がきつくなく、爽快な酸味になっている。
だけど果汁が何パーセントなのかは、尋ねられても困る。
さて、くみみのパンもたっぷり焼けたから飯にしよう。
先に作った料理と食器類をアイテムボックスから出して、今にも食べたそうな皆の前に並べていく。
おっと、くみみのテイムモンスター達もテーブルの上に乗ったり、淵に手を掛けて凝視している。
「じゃあ皆、いただきます!」
『いただきます!』
準備が整ったら、いつも通りダルクの音頭で食事開始。
大皿から気になった料理を我先に取り、待ちかねたこともあってバクバク食べていく。
「トーマ! この角煮は絶対にご飯のお供だって! 米が無い時に作らないでよ!」
「ダルク姉ちゃん、パンに挟んでもいけるぜ! 甘いパンにこのしょっぱい感じが意外と合ってる!」
取り皿に盛った角煮を口いっぱいに頬張って文句を言うダルクに、くみみが切れ目を入れておいたパンに角煮を挟んで食べるコン丸が助言する。
どうでもいいけど二人とも、食いながら喋るな。
「ますたぁ! このたこのおいしい!」
「うふふ、そうねイクト君。あとこれはね、カルパッチョっていうのよ」
触覚とレッサーパンダ耳をバッタバタ動かして興奮気味のイクトに、微笑むカグラが料理名を教える。
ただ、その皿にはカルパッチョがたっぷり盛られている。
「お兄さん、カルパッチョをパンで挟んでも美味しいです!」
「角煮でもカルパッチョでも美味しいって、なんですかこのパンは!?」
「本当ねー。トロリンカボチャの甘さってー、色々なものに合うのねー」
ポッコロとゆーららんも興奮気味か。
くみみも口調が間延びしているから分かりづらいけど、結構がっつり食べている。
彼女のテイムモンスター達も、取り分けて貰った料理をバクバク食べている。
特におじじなんか、角煮がよほど気に入ったのか皿に顔を押し付けるぐらいの勢いで食べている。
「うわっ、このきんぴらサクサクじゃない。こういうきんぴらは初めてね」
「食感も良いけど、味も凄く良いんだよ。トロリンカボチャの皮の風味が魚醤と砂糖で塩味と甘味で引き立てられ、皮にある僅かな苦味がそれを強調して、唐辛子の辛さによる刺激が複雑性を生み出して、より良い味を組み立てているんだよ」
きんぴらを食べたメェナが食感に驚くと、ミコトがつらつらと食レポを口にした。
同じきんぴらを貪るように食べているころころ丸が、分かった風にモルモル鳴いているけど、本当に分かっているのか?
「ぷはっ、ジュースが甘酸っぱくて美味しい。しかも飲みやすい!」
一息でジュースを飲み干したセイリュウが笑みを浮かべている。
フルーツジュースは果汁の割合が多い方が良いと思われがちだけど、案外そうじゃない。
スムージーならともかく、ジュースにするならある程度は水で割った方が美味いし飲みやすいんだ。
「マジかこの角煮やカルパッチョの味。うちに協力してもらっている料理プレイヤーより、ずっと美味いじゃないか。さすがは本職を目指しているだけのことはあるな。イベント参加に加えてこんな飯を食えるなんて、名乗り出て正解だったぜ」
冷静な玄十郎も関心を示してくれている。
その料理プレイヤーがどれくらいの腕かは知らないけど、褒めてもらえるのは少し嬉しい。
とはいえ、まだまだ未熟な修業中の身、調子に乗らないように注意しないと。
「おかわりはあるから、明日のイベントに備えてたっぷり食ってくれ」
『はーい!』
一斉に上がった返事や多種多様な鳴き声を聞いて、ふと大家族での食事風景が浮かんだ。
もしもそうだとしたら、誰がどういう立ち位置なんだろうか。
まっ、気にするだけ無駄か。
はいはい、追加の角煮はすぐに出すから落ち着けイクトとおじじ。




