メンバー選定
美味い飯を食わせてもらおうかと息巻くキャプテンユージン。
だがそれは数分前までの話。
「美味いじゃねぇか、この野郎!」
今の彼は乗船テストで求められた場合に備えて作っておいた一品、シーワームの揚げ焼きを夢中で食べている。
シーワームの揚げ焼き 調理者:プレイヤー・トーマ
レア度:6 品質:9 完成度:93
効果:満腹度回復18%
体力40%上昇【4時間】 水耐性付与【中・4時間】
やや厚みのあるシーワームの肉へ衣を纏わせ、薄く溜めた油で揚げ焼きに
普通に揚げたものとは、どことなく食感と風味が違う
揚げたの? 焼いたの? 油には浸しているから揚げたんでしょう
*火に掛けたフライパンに固形のラードを落とす。
*加熱している間にシーワームの肉を薄く大きく切り取る。
*ラードが温まって溶けたら、肉に塩胡椒を振って味付けし、小麦粉を纏わせて揚げ焼きに。
*ひっくり返して両面にしっかり火を通したら完成。
薄くとも皿いっぱいの大きさがあるそれを、切り分けることなくフォークに突き刺して塊ごと持ち上げ、大口を開けて豪快にかぶりつく姿は海の男って感じだ。
「キャプテン、俺にも食わせてくれよ」
「駄目だ、こいつは俺のだ」
キャプテンユージンの仲間の一人、背中に片手斧と丸盾を背負う小柄な少年のおねだりを咀嚼しながら一蹴し、再度かぶりつく。
豪快に食うのはいいとして、食いながら喋るんじゃない。
「ふん。まさか俺達の要望に合う料理を持っていたとはな」
「作ってこさせる手間が省けていいじゃない」
「そうよ。時間は有限だもの」
他の仲間達が口にしている点については、運が良かったと言わざるを得ない。
というのも、名乗り出た後でキャプテンユージンから試食する料理の条件を出されたんだけど、用意しておいたシーワームの揚げ焼きが偶然にもそれを満たしていたんだ。
その条件というのは、海で獲れる食材を使った焼くか煮込む以外の調理法で作った料理。
これを指定した理由は二つ。
一つは船での生活が長いと、どうしても海から得たものを食料に当てる必要性が出てくるから。
もう一つは、彼らは料理があまり上手でなく、船に乗っている間の飯は焼くか煮るかだけだからとのこと。
そういう意味では、海で獲れるシーワームの肉はともかく揚げ焼きは大丈夫かと思ったけど、バフ効果から揚げ物判定されていたからセーフだった。
「完成度も九十を越えているし、やるじゃねえかお前」
「どうも」
完成度に注目している?
ということは伝えられた条件の他に、完成度が一定値に達している必要があったのか?
「単に条件を満たしただけでなく、完成度が九十越えで美味いのなら文句はねえ。いいぜ、合格はお前だ!」
一人で揚げ焼きを食べ切ったキャプテンユージンが、結果を口にした。
あっ、よかった。九十越えでいいのね。
九十五以上でないと駄目とか言われたら、どうしようかと思ったよ。
「先に言っておいた通り、船に乗れるのは早い者勝ちだから試験はこれで終了だ!」
そういえば、早い者勝ちだった。
で、合格者が同乗者を九人選べるんだっけ。
キャプテンユージンの宣言に、周囲から残念そうな声や悔しそうな声が上がる。
「おい、トーマっつったか? 明朝の出向までに仲間を連れて来い。いいな、お前を入れて十人までだぞ」
「従魔は人数に入るか?」
もしもそうなら、俺達にイクトとミコトところころ丸でちょうど十人だ。
「入れなくていいぞ。ただし、全部合わせて十体までな」
おおっ、従魔は今回の人数に含まないのか。
人数と同じなのは参加者が全員がテイマーの場合、一人につき一体ずつは連れて行けるようにするためかな。
なんにしても、追加でもう三人同行させられるんのか。
最大で、っていう話だから無理に追加する必要は無いんだろうけど、知り合いに会ったら誘ってみよう。
「んじゃ、待っているぜ」
そう言い残して去っていくキャプテンユージンと、それに続く仲間達。
直後にファンファーレのような音が鳴り、目の前に何かが表示された。
************************
≪海賊イベント・乗船試験クリア≫
群青海賊団の乗船試験にクリアしました。
明朝までに同乗者を決め、指定された時間に指定された場所へ海賊船へ乗り込め。
どんな冒険が待っているのかな?
乗船時刻:明朝5時~6時
場所:フィフスアイランド・ノースパシフィックの港
*地図は【ここ】をクリック
*従魔は全員のを合わせて最大十体までです
*乗船時刻に遅刻した場合、イベントは強制終了します
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よしっ、正式にクリアが決定的になったか。
「やった、さっすがトーマ!」
「おぉっ!?」
表示されていた内容を確認していたら、背中をダルクに思いっきり叩かれた。
いや、ダルクだけじゃない。
後から駆け寄ってきた仲間の皆に囲まれて、わちゃわちゃ状態に陥る。
やめろ、そんな一度に寄ってくるな。
頭を叩いたのは誰だ、さりげなく尻を撫でたのは本気で誰だ、今表示されたハラスメント警告は誰のせいで出ているんだ。
「なあなあ、ちょっといいか?」
仲間達に祝福される最中に声を掛けられ、そっちを見ると大勢のプレイヤーが近くに集まっていた。
なんだ、何事だ。
あまりの多さに不安になったのか、ポッコロとゆーららんとセイリュウがしがみついてきた。
はいはい、このハラスメント警告はノーね。
「海賊イベントに参加できるプレイヤーは、十人なんだろう? 君と仲間の子達を合わせても七人だから、枠は三つ空いているよな?」
「ああ、あるけど……」
「それ、俺に参加させてくれ!」
「いやいや、僕を!」
「私をお願い!」
一人が残りの枠に入れてくれと言いだしたのを発端に、次々と自分を加えてくれという声が上がる。
妙に鬼気迫ると思ったら、そういうことか。
「あ~、こうなっちゃったか」
「特殊なイベントみたいだし、参加したいのは当然ね」
「選ばないのは選ばないで、恨みを買いそうね」
プレイヤー達の様子にダルクが頬を指でポリポリ掻き、彼らの気持ちを察したカグラがうんうん頷き、メェナはどう状況を収めようかと腕組みして考え込む。
本当、これどうしようか。
「ますたぁ、どうするの?」
「早く何とかしないと大事になりそうなんだよ」
確かにそうだ。
仕方ない、やれるだけやってみよう。
そう決断したら両手を叩いて静かにするよう周囲へ呼びかけ、追加の三名を誰にするかの判断基準を伝える。
「この中に、俺とフレンド登録を交換しているプレイヤーはいるか? 知り合いがいるのなら、そいつを優先したい」
見ず知らずの赤の他人よりも、交友関係のある相手を優先する。
特段変わった理由でも無いから周囲は納得してくれた。
いないでくれと願っているプレイヤー達の姿があるのは、見なかったことにしよう。
「だったら俺は大丈夫だな。情報屋として、こうしたイベントは見逃せない」
そう言って名乗り出たのは玄十郎。
エルフの細工師でミミミと同じギルド、【UPOインフォメーション】に所属する情報屋の男性プレイヤーだ。
未知の冒険に情報屋の玄十郎が加わってくれるのは頼もしい。
「はーいー。私もー、いますよー」
続いて名乗り出たのは、昨日の朝にフレンドコールで会話したテイマーのくみみ。
傍らにはインセクトフェアリーに進化したころろが、眠そうな顔で羽を広げて浮遊している。
そういえばこっちへ来るって言っていたけど、本当に来たのか。
おっと、足元にはテイムモンスター達もいるな。
後ろ足で立ち上がって、よっ、と手を上げるハードハリネズミのおじじに小さく手を上げて応える。
「はいはーい! 俺もいるよ、トーマ兄ちゃん!」
元気な声が響き、人込みを掻き分けながらコン丸が姿を現した。
「コン丸もいたのか。ということは暮本さんもいるのか?」
「今はいないぜ。通院とリハビリに行くから、先にログアウトした」
あらら、それは残念。
とはいえ痺れが出ている右手のためじゃ、仕方ないか。
「他にいないのなら、この三人でちょうどだな。おい、他にトーマとフレンドを交わしている奴はいるか?」
早々に三人の枠が埋まり、残念そうにしているプレイヤー達の中から新たな声は上がらない。
ということは、この三人を追加した十人で決定だな。
だけど往生際の悪い一部のプレイヤーが、そんな弱っちいメンバーじゃなくて自分を連れて行けと主張。
向こうは最高でレベル五十三で、最低でもレベル四十八。
当然、レベル五十を越えている面々は種族転生も果たしている。
でもこのイベントって、強いか弱いかは関係あるのかな?
生産職でも乗船試験に合格できる点からして、あまり関係無いと思う。
同じ考えに至っていた玄十郎がその点を指摘すると、向こうは苦い表情を浮かべるも、戦闘が無いとは限らないと反論。
弱っちい扱いされて不機嫌なダルク達を指差し、そんな奴らよりもずっと役に立つと言いだした。
さすがにそれには俺もイラッとしたから、俺を守ろうと間に立っているイクトとミコトを押しのけて進み出る。
「確かにレベルだけで言えばそうかもな。だけど、俺が最も戦闘を任せられるって信頼しているのはあいつらだ。少なくとも、お前達じゃない」
戦闘は任せてっていう約束通り、移動時は俺という足手まといを連れながら戦ってくれているんだ、信頼感で言えば相当高い。
分かりやすく言えば、背中を預けられる相手って感じだな。
「だが、強くなくちゃ」
「それもさっき玄十郎が言っただろう。生産職もクリアできる以上、戦闘はあっても強さが全てのイベントじゃない可能性が高いだろう」
「おそらくだが、戦闘になったらあの海賊達がメインで戦うんじゃないのか? あの強さなら、プレイヤーが多少弱くてもなんとかなると思うぞ」
俺の反論に玄十郎が推測を付け加えた。
あくまで推測の域は出ないものの、情報屋の玄十郎が言うと説得力がある。
「そういえば、乗船中は自分の指示に従えって言っていたよな」
「あれってそういうこと?」
「一人一人があんなに強いんだ、五人もいれば相当なものだと思うぞ」
周囲が納得を示す中、苦い表情を浮かべる向こう側は苦しい反論をする。
想像に過ぎない、強敵と遭遇するかもしれないから連れて行け、と。
だけど、それも想像だろうと玄十郎にブーメランで返されると、もう何も言えなかった。
数秒ほどこっちを睨みつけた後、くそっと言い残してそいつらは去って行った。
「やれやれ、ああいう手合いは困るな」
去って行く後ろ姿を見ながら、あいつらの所業に呆れる。
「まったくだ。自分達がクリアできなかったからって、ああも強引に参加しようとするなんてな」
同じように呆れている玄十郎が、腕を組んだそう呟いた。
どうやらあいつらは俺より先に試験を受けて負け、不合格になっていたようだ。
で、ダルク達をどうにかして合格した俺に乗っかろうとしたわけか。
気持ちは分からなくもないけど、もう少し穏便に交渉とかできないものかね。
とまあ、ちょっとした騒ぎは起きたものの、メンバーはこの十人に決定。
イベント参加に備えて打ち合わせをするため、場所を冒険者ギルド二階の小会議室へ移し、まずは乗船時刻と注意事項を伝える。
「乗船できるのが明朝の五時から六時ということは、準備は今日中にしておく必要があるか」
「その時間じゃ、どこの店も開いてないもんな」
玄十郎とコン丸の意見に異論は無い。
そんな時間に開いているのはギルドくらいだろう。
準備しておくべくことは、装備の確認と回復アイテムの補充、そして乗船中に食事が必要になるだろうから、食材や調味料の準備。
飯は調理スキルを持つ俺とくみみが作るから、ダルク達だけでなく玄十郎とコン丸からも食費を出してもらうことを伝え、了承してもらえた。
「移動しやすいよう、今夜の宿は全員同じがいいわね」
「そうだな。だが部屋が空いていなくて分散することになったら、明日は五時に港の前で集合しよう」
カグラからの提案に玄十郎が補足する。
やっぱり頼りになるよ、玄十郎。
「船までの案内は地図を持っているトーマがしてくれ」
「分かった。明日の朝飯はどうする?」
「これはあくまで俺の予想だが、海賊達の食事を作ることになるかもしれないから、その時に俺達の分も頼む」
予想が外れた時は、厨房を借りて作ってくれということも含め、玄十郎に了解と伝える。
ダルク達も、朝飯はその時でいいと言ってくれたから、今日仕込んだ南蛮漬けとウシエビのカンジャンセウはその時に出そう。
他にも伝えるべきことを伝え、話を詰めていく。
「遅刻は厳禁ですね。五時に集合だから移動も含めると、せめて四時半に起きないと」
「そうなると睡眠時間は六時間固定だから、遅くとも二十二時半には寝ましょう」
睡眠に関しては、考えるポーズを取るゆーららんと、船を漕ぐころころ丸を膝に乗せて抱いているポッコロの言う通りだ。
せっかく合格したのに、遅刻で強制的にイベント終了なんて馬鹿らしいことはできない。
「テイムモンスターはー、合計十体までなんですねー。じゃあー、私の方はー、フルメンバーでも大丈夫ですねー」
テイマーが連れて歩けるテイムモンスターは五体まで。
イクトとミコトところころ丸に加え、くみみがフルメンバーを揃えてもまだ二枠の余裕があるから問題無い。
今連れているのは、進化した自分についてイクトと話し合うインセクトフェアリーのころろ。
ハードハリネズミのおじじ。
紅リスから火魔法を扱うリス、フレアリスへ進化したちろろ。
グレーキャットから速さと器用さを兼ね備えた猫、ハンティングキャットに進化したもふふ。
そしてダイビングカワウソのにきき。
どれも前にくみみの所で見たことがあるけど、ころろ以外にもちろろともふふが進化したのか。
炎のような尻尾がもふもふしていそうなちろろが、あざとい感じに首を傾げる。
体毛が濃い灰色になって狩人のように鋭い目つきをするもふふは、テーブルの上で丸くなって我関せずとばかりに欠伸をしている。
なお、おじじとにききもレベルがもう一つ上がれば進化するかもしれないとのこと。
「うふふー、海上ではー、どんな可愛いモンスターがいるんでしょうねー」
くみみの場合はイベント参加やお宝と同じくらい、そっちの方が重要なのかもしれない。
「やっぱ冒険といえば宝探しだよな! 島に何があるかも、楽しみだぜ!」
そういえば、コン丸の職業は探検家だったな。
えっ、今は転職して冒険家?
野外での採取活動がより得意になって、崖や木を上り下りできるようになったそうだ。
さらに、くみみは獣系のモンスターをテイムしやすくなり、獣系のテイムモンスターの能力を上げるアニマルテイマーへ転職。
そして玄十郎は、より広い範囲でより細かい細工物を作れる装飾士という職へ転職しているらしい。
「武器以外なら装備品の強化もできるぞ。必要なら、この打ち合わせの後にやっておくか?」
「だったら念のためにお願いしようかしら。勿論、お金と素材は出すわ」
玄十郎からの提案にメェナがそう返し、ついでに俺達もやってもらうことにした。
それからもう少し打ち合わせをした後、一旦解散して必要な物を買い揃えたり、鍛冶屋で武器や防具の耐久値を回復してもらったりする。
用事が済んだら作業館で再集合して玄十郎の要望で個室を借り、玄十郎は装備品の強化を、俺は皆の分の晩飯作りに取り掛かる。
「悪いな、俺達まで」
「いいって、気にするな」
バンダナと前掛けを表示させつつ、作業をする玄十郎へ気にしないよう告げる。
これから一緒にイベントへ参加するんだ、ダルク達もいいって言っているし、遠慮せずに食っていけ。
「人数が多いのでー、私も手伝いますよー」
「そうか、頼む」
エプロンを表示させたくみみへ、作る予定の料理を伝えて役割分担を決める。
「祖父ちゃんがいなくて飯をどうしようかと思ったけど、トーマ兄ちゃんの飯が食えてラッキーだぜ」
イクトとミコトとポッコロとゆーららんと共に、正面に陣取ってかぶりつきで見学する気満々のコン丸から、期待の籠った声が上がる。
期待されているのなら、暮本さんの腕には遠く及ばないながらも精一杯作らせてもらう。
既にダルク達も椅子を用意して座っている。
くみみの方も準備万端で、いつでもどうぞーと告げられた。
それじゃ、今回も気合い入れてやりますか。




