島での朝
今回のログイン二日目の朝を迎えた。
昨日は海鮮あんかけラーメンを食った後、朝飯を仕込んで宿を取って就寝。
数秒の睡眠を挟んで迎えた今日は、フィフスアイランド・ノースパシフィックを観光する予定だ。
「イクト達は……まだ寝ているのか」
同室で寝ているのはイクトとミコト、それとポッコロところころ丸。
女性陣は別室で寝ている。
さすがに全員で寝泊まりできる部屋は、そうそう無いからな。
ちなみにこの部屋には大きめのベッドが二つあって、俺とポッコロがそれぞれの従魔達と一緒に一つずつ使った。
イクトもミコトも進化して体が少し大きくなって少し狭かったけど、どうしてもとねだられて一緒に寝た。
ポッコロもころころ丸と寝ているけど、なんていうか抱き枕扱い?
しっかりころころ丸を抱いて、ぐっすり寝ている。
そんな、眠っている弟妹達を見守る兄の気分に浸っていると、メッセージが届いているのに気づいた。
送り主はくみみで、届いたのはゲーム内での一時間前か。
「えっと、時間があれば話したい、か」
ポッコロ達がまだ寝ているのを確認して、寝ていて返事が遅れたことを謝りつつ応じる旨を送る。
すると返事を送ってすぐに、コールが掛かってきた。
「はいよ」
『あー、トーマさんおはようございますー』
相変わらず間延びした喋り方だな。
「こちらこそおはよう。それで、何の用だ?」
『実はですねー』
どうやらテイマー仲間のメフィストっていうプレイヤーが、ミコトが進化したナイトメアバンシーに興味があるらしい。
進化条件や能力については【UPOインフォメーション】から入手済みで、知りたいのは実際に戦わせてどうなのか、ということだそうな。
そう隠すようなことじゃないから、これまでの戦闘の様子を報告する。
「という感じだな」
『なるほどー。ありがとうございますー。ところで話は変わりますがー、トーマさんは今どちらにいるんですかー?』
「フィフスアイランド・ノースパシフィックだ」
『そうですかー。ではー、私もそっちを目指しましょうかねー。ころろがイクト君に会いたいってー、言っているんですよー』
同じ種族だもんな、会いたいって思うのは当然か。
ちなみにそのころろは、インセクトフェアリーへ進化したそうだ。
歩かなくて助かると、ふよふよ飛んでいる様子が可愛いとくみみが熱弁している。
それは是非見たい、ついでにくみみのテイムモンスター達とも久々にたわむれたい。
可能であれば動画も撮って、寝る前に見ている激カワアニマル動画と一緒に毎日見たい。
「しばらくはここに滞在予定だから、上手くいけば追いつくんじゃないか?」
『それは朗報ですー。ではー、テイマー仲間を誘って頑張ってそっちへ向かいますねー』
「無理はせず、気をつけてな」
『分かっていますよー。ではー、またいずれー』
最後にくみみがそう告げて、会話は終了した。
さあてと、そろそろポッコロ達も起きて――。
「うおっ!?」
ポッコロ達が起きているどころか、女性陣がいつの間にか部屋に来ていた。
まったく気づかなったから驚いたぞ。
「トーマ君、楽しそうに誰と話していたの? オンナノヒトダッタヨネ?」
怖い怖い怖い。
負のオーラを放ちながら光を失った目で詰め寄るセイリュウが怖い。
「修羅場? これが修羅場なんですか?」
ゆーららん、どうしてお前はワクワクしているんだ。
「いやはや、トーマも隅に置けないじゃないか」
「料理一筋かと思っていたら、やることはやっていたってことね」
「うふふ、これは見ものだわ」
おい、ダルクもメェナもカグラも表情が笑っているぞ。
絶対に分かっていて言っているだろう。
「お兄さん、この状況はなんですか? 起きたらこうなっていたので、全く分かりません」
「おはよう、ますたぁ」
「おはようなんだよ」
混乱しているポッコロと寝ぼけ眼のころころ丸、そして空気と状況を読まないイクトとミコト。
駄目だ、こいつらは助けてくれそうにない。
「トーマクン?」
「説明する、説明するから落ち着け!」
*****
「いやー、必死に説明しているトーマってば面白かったなあ」
スプーン片手に笑うダルクの言う通り、あの後で必死に説明して再度くみみに繋いで証言してもらい、ようやく難を逃れた。
現在は場所を部屋から食堂へ移し、そこで昨日仕込んでおいた朝飯を食べている。
ちなみに朝飯は、前日にラーメンを作った時に残しておいたタレとスープを合わせてネギと浮かせたものと、ウシエビと刻み麺を使ったエビチャーハン的なものだ。
ウシエビ入り刻み麺炒め 調理者:プレイヤー・トーマ
レア度:5 品質:7 完成度:93
効果:満腹度回復23%
HP最大量50%上昇【3時間】 水属性強化【中・3時間】
小ぶりに切ったウシエビをふんだんに使った、刻み麺との炒めもの
ウシエビの旨味と味付けに使ったフィッシュソースの味わいは相性抜群
刻みネギと卵による微かな苦味と甘味も良い引き立て役
*ウシエビを小さめの一口大に切り分ける。
*ネギをみじん切りに。
*卵を溶く。
*フライパンに油を敷いて温める。
*刻みネギを一人分の半分入れて軽く焦がし、香りを出す。
*ウシエビを加えて炒める。
*頃合いを見計らい、ストックの刻み麺と溶き卵、残りの刻みネギを順番に加える。
*しっかり炒めたらフィッシュソースと胡椒少々で味付けし、皿へ盛って完成。
海鮮出汁のスープ 調理者:プレイヤー・トーマ
レア度:4 品質:8 完成度:91
効果:満腹度回復1% 給水度回復12%
俊敏+4【2時間】 器用+4【2時間】
フィッシュソース主体のタレに魚貝出汁を加えたスープ
どちらにもハイスピンホタテの干し貝柱を使ったので、まとまりがあります
ややタレ少なめなので、出汁の味がよく分かります
*前日に作った魚貝出汁の残りを温める。
*お椀に少なめのタレを入れる。
*温まったスープを注ぎ、刻みネギを浮かせて完成。
どちらも好評で、イクトところころ丸は口の周りに刻み麺がいくつも付いている。
「ポイントはウシエビの大きさなんだよ。大きすぎるとウシエビの味が勝っちゃって刻み麺の存在感が薄れるけど、このくらいの大きさならそれが無くてちょうどいいんだよ。さらに卵の甘味、焦がしたのとそうでないネギの二種類の苦味、そして魚醤の塩味が美味しさを影ながら引き立てているんだよ」
無表情ながら夢中で食べるミコトの食レポは絶好調か。
「美味そう」
「米じゃないと分かっていても欲しいわ」
「ちょっとログアウトして、近所の中華屋行ってくる。って、現実の時間を考えるとまだ開店前だった!」
周りの声や羨ましそうな目は、気にしない気にしない。
それよりも、この大笑いしている揚げ物狂いの幼馴染に釘を刺す方が先だ。
「まったく他人事だと思いやがって。また揚げ物禁止にするぞ」
「ごめんなさい、調子に乗りました。土下座でもスライディング土下座でもジャンピング土下座でもするので、許してください神様仏様トーマ大明神様」
揚げ物禁止を回避するため、スプーンを置いて深々と頭を下げるダルク。
何度余計なことを言えば学習するんだ。
説明を終えた後にちゃんと謝った、カグラとメェナを見習え。
今は二人とも、夢中で刻み麵炒めを食べて合間にスープを飲んでいるけど。
「ちぇー、本物の修羅場が見られたと思ったのに、がっかりですよ」
「ちょっとゆーららん、失礼だよ。ごめんなさい、お兄さん」
不満を口にするゆーららんに注意をしたポッコロが謝る。
だけど二人とも、、食べる手は止めないんだな。
「あうぅ、早とちりしちゃって本当にごめんね」
正面に座るセイリュウが何度目か分からない謝罪を、本当に申し訳なさそうに口にした。
「別に、もういいって。何かしら実害が出たわけじゃないからな。それよりも食いな、冷めるぞ」
「……うん。あと、おかわりある?」
頷いて食事を再開するセイリュウからのおかわり要請に、あると答えたら他の面々からもおかわり要求が出た。
はいはい、刻み麺炒めもスープもあるから順番だ。
というわけでおかわりを配りつつ、俯き気味で食事を続けるセイリュウへ目をやる。
そりゃあね、くみみとの会話に対してあんな反応を見せられて、何でだって思うほど鈍いつもりは無い。
説明中は嫉妬心の籠った目を向けて膨れていたし、くみみに証言してもらって無実だと分かってくれた時はホッとしていたし、勘違いを謝罪しだした時はすごく真っ赤になっていたし。
でもそれに気づくと、思えば以前からそれっぽい節があったことを次々と思い出し、即座に前言撤回して俺は鈍感野郎だと自覚した。
「ますたぁ、どうしたの?」
「いや、なんでもない」
だからといって、どうするつもりも今は無い。
セイリュウには悪いけど、今は料理修業を優先させてもらう。
いずれどうなるかに関しては……なんとも言えない。
言えるとしても、なるようになれだな。
だけど、修業を終えた時に気持ちが変わっていなければ、俺も真剣に対応しよう。
でないとセイリュウに失礼だし、筋が通らない。
もしもその前に向こうが動いたら、誠心誠意対応して待ってもらおう。
女心が分かっていないとか、薄情だと思うのなら思えばいい。
だってどうすれば分からないし!
さあ、この話はここまで。
これ以上は引っ張らず、いつも通りにやろう。
「それで、今日はこの町の観光をするんだったな」
「うん。昨日のうちに色々調べたんだけど、結構楽しそうだよ」
大口を開けて刻み麺炒めを食べるダルク曰く、島ならではの小物や素材や食材が売っていたり、浜辺で遊んだり、一部の場所ではモンスターと戦えたりするらしい。
それは楽しそうだと思う。
でもそれ以前に、行儀が悪いから飲み込んでから喋れ。
「浜辺では小規模だけど、毎日のようにビーチバレーやビーチフラッグの大会があるみたいだよ」
「素材やアイテムが賞品になっているから、それ次第では出てもいいわね」
セイリュウの説明を補足したメェナが、若干のやる気を見せる。
浜辺ならではの催しか、確かに楽しそうだ。
「お兄さんが行きたがりそうな、魚市場もありますよ」
なんだって!?
本当か、ゆーららん!
「うふふふ。トーマ君が行きたがると思って、最初にそこへ行く予定になっているわよ」
「ありがたい!」
一体ここには、どんな食材があるんだろうか。
「わあ、お兄さんが凄く良い笑顔してる」
当然だろう、ポッコロ。
だって初めて行く食材関連の場所なんだ、ゲーム特有の食材だろうがそうでない食材だろうが関係無い。
何があるのか、今から楽しみだぜ。
「おいしそうなの、いっぱいほしい!」
「マスターがどんな料理にしてくれるのか、楽しみなんだよ」
イクトとミコトにそう言われたのなら、良い食材を探さないとな。
というわけで朝食後、食器類を回収したら魚市場へ向けて出発。
海沿いで開かれているそれは、フォースタウン・ハーフムーンよりもやや小規模だけど活気は負けておらず、店をやっているNPC達が声を張り上げて呼び込みをしている。
「お兄ちゃん、この魚どうだい? 安くしておくよ!」
「うちの貝はおすすめだよ! さあ買った買った!」
「さあさあ、まだ活きているこのエビ、買わなきゃ損するよ!」
いかにも魚市場って感じでの呼び込みに、気分が盛り上がってあっちこっちを見てしまう。
「ねえねえ、トーマ。あれ見てよ」
隣にいるダルクに肩を叩かれ、指差した方を見る。
すると一軒の露店の店先に、二リットルのペットボトルぐらいの太さがあるソーセージを輪切りにしたようなものが並んでいた。
なんだあれは、仮にあれが本当にソーセージだとしても、どうしてこんなところで売っているんだ。
「何かしら、あれ」
「魚肉ソーセージとか?」
首を傾げるメェナの疑問に、セイリュウが推測を口にした。
確かにそれなら魚市場にあっても不思議じゃないけど、それにしても太すぎだろう。
気になるから皆でその露店へ立ち寄り、店主のおじさんNPCへ尋ねる。
「あの、これってなんですか?」
「そいつか? それはシーワームの幼体の肉だ」
シーワームって、船での移動中に遭遇してレイドバトルで倒したあれか?
それの幼体の肉?
店主曰く、成体は肉も皮も固い上に匂いが酷くて食えたものじゃない。
だけど幼体なら嫌な臭いはせず、肉も皮も柔らかくて美味いそうだ。
「えー、でもミミズですよね?」
「さすがにミミズは……」
「ミミズの栄養は証明されているし、食用ミミズっていうのも存在しているぞ。乾燥させたミミズは、解熱用の漢方として使われていたしな」
難色を示すポッコロとゆーららんへ、知っている範囲でのミミズの食用について教えると、えーって表情になった。
無論、うちの腹ペコガールズは難色を示すどころか、興味津々だ。
イクトとミコトも興味を示し、モグラだからかころころ丸も美味そうに見ている。
「トーマ君」
「分かっているって。これを五つくれ」
「まいどあり!」
露店のおじさんNPCとダルク達が喜ぶ一方で、ゆーららんとポッコロは本当に買うのって表情している。
安心しろ、俺も既に食材目利きスキルで確認はしてあるから。
シーワームの肉【幼体】
レア度:6 品質:7 鮮度:87
効果:満腹度回復10%
元々の外見は少々アレですが、微かに塩味のある味は絶品
成体の肉と違って嫌な臭いも固さもありません
皮も柔らかいので、取らずに食べて大丈夫です
生食可能ですが、あまり味がしない上に食感が悪い
肉汁は豊富だが、脂が少ないのと固くなりやすい点にも注意
皆から受け取った食費で代金を支払いながら説明すると、ダルク達は今すぐにでも食べたそうな表情をして、不安そうだったポッコロとゆーららんは、だったら食べてみようかなと言ってくれた。
その期待に応えられるよう、頑張って調理するよ。
固くなりやすいのなら、調理時は大きさと火加減には注意しないとな。
これを皮切りに、いくつかの露店に寄って食材を購入していく。
無論、興味を持ったのをなんでも買うんじゃなくて、何を作るかとか資金に気を配って計画的に購入しているから問題無い。
「うふふ、今回も面白そうな食材を買ったわね」
「どんな料理になるか、楽しみなんだよ」
それは作ってからのお楽しみだ。
念のため、買ったものを確認しておこう。
ナンコツギョ
レア度:3 品質:6 鮮度:92
効果:満腹度回復2%
骨が全て軟骨の小魚
なので頭からポリポリ食べられます
美味いが内臓や鱗を取るのが大変なのが、唯一の欠点
スティッキーインクオクトパス【足】
レア度:6 品質:5 鮮度:88
効果:満腹度回復3%
強い粘性のある生臭い墨玉を相手の顔に放ち、張り付かせて窒息させるタコ
さっぱりとしつつも、噛みしめるとじんわり美味しい
歯応えがあって噛み切りにくいので、薄切りがオススメです
ソフトシャコ
レア度:4 品質:8 鮮度:94
効果:満腹度回復2%
柔らかい殻に覆われたシャコ
外敵が少ない砂の中や狭い隙間で生活するため、殻が柔らかい
頭から尻尾まで柔らかいので、殻を剥かずに食べられます
魚はともかく、ここでタコとシャコが手に入るとは思わなかった。
タコは食べる国が限られているし、シャコは見た目が見た目だからな。
まあゲームだし、そういうのは無いのかもしれない。
「お兄さん、今買ったので何を作るんですか?」
「ナンコツギョは南蛮漬け、タコはカルパッチョ、シャコは麻辣炒めだな。シーワームは味見してから決める」
他にもウシエビとの交換で暮本さん達から入手した、小豆やアクジキザメやトロリンカボチャ、ポッコロとゆーららんが持っている野菜に手持ちの食材と、しばらくは買い物しなくても大丈夫かな。
「よーし! じゃあ海の近くだし、次は浜辺や港の観光に行こう!」
声高々にそう言ったダルクの意見に反対は出ず。
皆で近くの港へ向かおうとした時だった。
急に市場の一角で何かが崩れるような音がして、直後に悲鳴が響き渡った。
「なんだろう?」
「これは何かイベントが起きる予感がするよ。行ってみよう!」
返事をする間も、止める間も無くダルクが駆け出す。
一人で行かせるわけにはいかないから、仕方なしに俺達も後を追う。
どんなイベントが起きても構わないけど、変なイベントじゃありませんように。




