ギルド設立
相談があるっていうポッコロとゆーららんの呼び出しに応じて話を聞くと、自分達とギルドを作らないかという話になった。
理由を尋ねると、知り合いの農業プレイヤーからのアドバイスらしい。
「どうやら農業プレイヤーが育てられる作物や生産活動の範囲は、所属先しているギルドに生産系の職業の人がいると、少なからず影響を受けるそうです」
「しかもそれは農業ギルドとか製薬ギルドのような既存のものじゃなくて、プレイヤーが立ち上げたギルドである必要があるって言っていました」
ポッコロの説明にゆーららんが補足する。
食材を扱う身としては興味を引かれる内容だから、もっと詳しく話を聞く。
知り合いの農業プレイヤー曰く、薬師が多く所属しているギルドにいる農業プレイヤーは入手できる薬草の種類が増え、品質も上がりやすくなったそうだ。
他にも、裁縫士が複数人いるギルドに所属する農業プレイヤーは綿花を買えるようになったり、新しく養蚕スキルが解放されて蚕の購入と養蚕に必要な道具が買えるようになったりしたらしい。
「念のため情報屋さんにも確認は取りましたが、どうやら本当みたいです」
「ステータス的な変化は無いんですけど、生産活動の範囲が広がって、それに必要なスキルや道具が入手できるようになるんです」
へえ、そういうことがあるんだな。
情報屋の方では、それによって新しい職業も解放されるんじゃないかと睨んでいるとか。
「ちなみに俺達でギルドを作った場合はどんな影響が出るんだ?」
「料理人がギルドにいる農業プレイヤーは、農業ギルドで買える野菜の種や苗の種類が増えたそうです」
「他にも、同じ物でも違う品種が買えるようになったって聞きました」
同じ物でも違う品種ってことは、ジャガイモだと男爵とかメークインとかそんな感じかな。
二人に尋ねると、そうだと肯定された。
情報屋から仕入れた情報によると、現状で確認されているのはナスが米ナスや賀茂ナスや長ナス、俺が言ったようにジャガイモが男爵やメークインの種類になっているそうだ。
「あとはキャベツが芽キャベツとか紫キャベツだっけ?」
「カブは赤カブとか短い大根みたいなのが手に入った、ていう話もあったわね」
話を聞いているだけで興味が強くなっていく。
こういった話を聞いていると、これを作る時はこれを使いたいっていうのがどんどん湧いてくる。
「ねえねえ、それって所属先のギルドにいる生産職のプレイヤーの影響しか受けないの?」
「私達のような戦闘職による影響は、何もないの?」
「現状で戦闘職がいるから、こういうことができるようになったっていう話は無いですね」
セイリュウとメェナの問いかけにゆーららんが答えると、四人揃ってがっくりと肩を落とした。
そうなるのも仕方ない、まるで俺を誘うついでみたいな感じだもんな。
第一、お姉さん達も一緒でいいので、って言っていたし。
「な、なんかごめんなさい。お姉さん達をギルドを作るための数合わせみたいに思わせちゃって」
「ですけど、お兄さんだけを誘うのはちょっと悪いかなと思ったもので……」
困り顔のポッコロとゆーららんが、落ち込む四人をフォローする。
「あー、いいよ別に。気にしないで」
「そうそう。六人以上のプレイヤーがいないと、ギルド作れないもんね」
へえ、そうなのか。
感心しつつ、聞いたことが無かったギルドを作る手順を尋ねると、メェナが教えてくれた。
やるべきことは、メンバーの中からリーダーであるギルドマスターとなるプレイヤーを一人、サブリーダーである副ギルドマスターとなるプレイヤーを二人決める。
それからファーストからサードを除く町で、ギルドマスターとなるプレイヤーが所属するギルドへギルドの設立を申請し、設立金を支払えばいいらしい。
なお、この場合のギルドマスターが所属するギルドっていうのは、冒険者ギルドとか料理ギルドのようなものを指す。
ちなみに設立金はあるのか?
ダルク達とゆーららんで確認してみると、余裕で支払えると言われた。
ならば良し。
「というわけで、どうでしょうかお兄さん。僕達も活動の幅を広げたいですし、お兄さんなら信頼できます」
「それによってお兄さんの料理にも幅が生まれ、お姉さん達やイクト君とミコトちゃんも喜ぶ。ウィンウィンじゃないですか」
農業プレイヤー側にシステム的な恩恵が生じるなら、同じギルドにいる生産職のプレイヤーには、それによって扱うことのできる素材が増えるという恩恵が生じる。
しかもうちの場合、食事に幅が出れば腹ペコガールズとイクトとミコトも喜ぶ。
なるほど、確かにウィンウィンだ。
その証拠にダルク達は全員復活して目を輝かせているし、イクトはわーいと喜び、ミコトは表情にこそ出ていないけど小さくガッツポーズをしている。
これはもう断れない流れだな。
断ったらダルク達がゲーム内だけでなく現実でもなにかしそうだし、イクトとミコトが悲しむのは主として嫌だ。
「分かったよ、ギルドを作ろう」
「「ありがとうございます!」」
「「「「イエイッ!」」」」
承諾したらポッコロとゆーららんが満面の笑みになってお礼を言い、ダルク達は歓喜のハイタッチ。
それにイクトとミコトも加わり、ダルク達とハイタッチを交わす。
どんだけ嬉しいのさ、お前ら。
「じゃあギルドの方針は、トーマに美味しいご飯を作ってもらうために頑張るってことで決定!」
「「「「「「「賛成!」」」」」」」
「いや待て、なんでそうなる」
しかも俺以外、イクトとミコトまで賛成しているだとっ!?
「野菜は任せてください」
「ガニーニさんの下で無事に育樹スキルも習得できたので、果物や木の実もガンガン生産しますよ!」
おおそうか、育樹スキルを習得できたのか。
それは良かった……って、そうじゃなくて。
「肉は僕達に任せて! ついでに魚も僕が頑張って釣る!」
「ふっふっふっ、肉をドロップするならオークでもなんでも狩ってやるわ」
「うふふ。戦って入手できるのなら、エビやカニなんかも任せてね」
「道中に食べられそうな木の実やキノコなんかがあったら、逃さず採取するよ!」
親指で自分を指すダルク、不敵な笑みで拳同士をぶつけてやる気を見せるメェナ、扇を広げて余裕の笑みを浮かべるカグラ、そして鼻息荒く俺へ主張するセイリュウ。
言っていることは普段とあまり変わらないのに、熱量が格段に上がっているぞ。
「ぼくたちはますたぁをまもる!」
「安心してほしいんだよ、マスター。美味しい食事を邪魔する輩は、永遠に悪夢の世界を彷徨わせてやるんだよ」
両手を上げて頑張ると主張するイクトが弟可愛いのに対し、無表情でサムズアップしたミコトはなんか恐ろしいことを言いだした。
これはナイトメアバンシーに進化した影響だろうか。
はあ、もういいよその方針で。
「あっ、でもそうなるのなら、ポッコロとゆーららんにも飯を作ってやらなくちゃな」
「「えっ?」」
「同じギルドの仲間になるからな。だけど当然、報酬や食費は貰うぞ」
「ありがとうございます!」
「お兄さんの料理が食べられるのなら、いくらでも払います!」
いや、ダルク達と同額でいいから。
それとこの場にはいないころころ丸にも、ちゃんと食わせてやるぞ。
「良かったわね。ポッコロ君、ゆーららんちゃん」
「はい!」
「本当に嬉しいですよ! お兄さん、早速何か作ってくれますかっ!?」
「悪い、この後はログアウトするんだ。次のログインは明日の午前中だな」
予定を伝えたらポッコロとゆーららんは、揃ってがーんって擬音が聞こえそうな表情になった。
いや、そんな表情をされても困る。
こっちにだって予定というものがあるんだから。
と言っても今回の場合、カグラとセイリュウとメェナが夜にログインできなくて、特別な予定も無いのにダルクと二人でログインしても仕方ないからなんだけどな。
「それなら仕方ないか」
「お兄さん達にも予定がありますからね」
がっくり落ち込む二人には悪いと思っている。
でも、分かってくれてありがとう。
この聞き分けのよさを、ダルクにも見習ってもらいたい。
ダルクへジト目を向けながらそう思いつつ、二人へ次のログインの日時を伝える。
その後、どうせならギルドを作ってからログアウトしようということになったのはいいものの、何故かギルドマスターには俺が指名されてしまった。
理由を問うと、俺の飯が要だから、俺に美味い飯を作ってもらうためのギルドだから、俺に美味い飯を作ってもらう方針だから、なんてことを全員が矢継ぎ早に言うものだから渋々承諾。
ギルドマスターになったからといって特別なことはしないのは幸いだけど、条件として俺をギルドマスターにしようと言い出したダルクと、この中で初心者の俺を最もサポートしてくれそうなメェナを副ギルドマスターに指名し、承諾をしてもらった。
それから料理ギルドへ移動して必要な続きを済ませ、ギルドを設立。
なお、必須だからということで移動中に決まったギルド名は「紅蓮厨師食事隊」。
リーダーである俺を象徴とか、ギルドの方向性を表しているとかなんとか言っているけど、個人的には不満だったから抗議したものの多数決で押し切られてしまった。
「ごめんねトーマ君、力になれなくて」
「お兄さん、元気出してください」
イクトとミコトでさえ食欲に負けて賛成派に回ったのに、一緒に反対してくれたセイリュウとポッコロ、慰めてくれてありがとう。
なお、特に必要も無いのにダルクが決めた役職は、俺がギルドマスターであり料理長、イクトとミコトはダルク達が不在時の俺の護衛兼一緒に外にいる時の狩猟担当、ポッコロとゆーららんとこの場にいないころころ丸が栽培担当、そしてダルク達が狩猟担当。
ちなみにセイリュウは狩猟担当以外にも採取担当を兼ねているとか。
勿論、副ギルドマスターは約束通りダルクとメェナで登録した。
「なによ狩猟担当って」
「間違っていないでしょ? 肉の確保のために狩るんだから」
メェナの文句に対するダルクの返事に納得しつつ、最後に次回の予定を簡単に話し合い、ポッコロとゆーららんと別れて広場でログアウトして現実へ戻った。
*****
現実へ戻って少ししたら始まった夜営業。
土曜の夜とあって常連やそれ以外の飲みに来ている人達、家族を中心とした飯を食いに来た客達で今日も満員御礼だ。
「瑞穂さん、五番卓の唐揚げと豚キムチ上がったよ」
「はーい。若女将、二番卓さんにビール大ジョッキで二つです」
「はいよ」
今日もジャージの前を全開にして飛び出す胸を揺らす瑞穂さんに料理を渡し、その瑞穂さんが母さんに注文を通す。
揺れる瑞穂さんの胸を見ていた男性客が数名、奥さんや彼女さんに耳を引っ張られたり足を踏まれたりしているけど、割と見る光景だから気にしない。
「斗真、次のレバニラと野菜炒めでニラが無くなりそうだから、切っておいてくれ」
「分かった」
父さんの指示に返事をしてニラを切っていく。
「トーマー! 食べに来たよー!」
勢いよく戸を開けた音と共に揚げ物狂いが襲来。
というかあいつ、昼も来たよな。
しかも金が無かったはず。
「こんばんわ、桐谷さん」
「こんばんわ」
「あら杉浦さん、いらっしゃい。ご家族で来るのは久々ね」
おっと、今日はおじさんとおばさんも来たよ。
ということは、どっちも仕事がひと段落ついたんだな。
そうなると、支払いはおじさんとおばさんがするってことか。
ニラを切り終わっていつもの場所へ置き、その時にチラリと目を向けると、いつものカウンター席じゃなくてテーブル席に座る早紀達を見る。
「あっ、斗真君元気? いつもうちのバカ娘が悪いわね」
こっちを向いて座っているおばさんの声に、ぺこりと会釈をして返す。
「ちょっとお母さん、可愛い自分の娘に対してバカ娘はないと思うよ、バカ娘は!」
「そういうセリフは自分の中学時代の成績を見直してから言うんだね」
「さーて、今日は何食べようかな」
ジト目をしたおばさんの指摘に、早紀は誤魔化すようにメニューへ目を向ける。
まだ高一で時期的に最初の成績すら出ていないけど、中学時代の早紀の成績は下から数えた方が圧倒的にずっと早かった。
だからこそ、今通っている高校に受かった時は担任も俺達も驚いたものだ。
「斗真君、正直に教えてくれるかい? うちの娘は学校でどうなんだい? 特に勉強とか勉強とか勉強とか」
「お父さんまで何を聞いているのさ!?」
「小テストで赤点取って追試を受けたり、課題をやってこなくて居残りでやらされたりしています」
「トーマー!」
うるさい、周りの迷惑だ。
それに新聞記者独特の勘で妙に鋭いおじさんと、漫画原作者をしているせいか人間観察に長けて嘘を見抜けるおばさんを相手に、誤魔化せるはずがないだろう。
ここは正直に言うのが正解。
「そうかいそうかい。仕事が仕事だから基本的に放任主義ではあるが、これは少し言わせてもらおうかな」
「僕も仕事柄あまり家にいないから放任主義とはいえ、ちょっと言わせてもらうね」
「ぎゃーっ! トーマのせいだー! これは責任取って、山盛り揚げ物の盛り合わせ奢ってもらう案件だよ!」
「そんなメニューは無い」
なんだその、運動部の学生やよほどの揚げ物好きしか頼まなさそうな、脂ぎって胃もたれしそうなメニュー名は。
「はいはい、変な言いがかりつけてないでさっさと選びな」
「帰るまでお説教は無しにするから、好きに食べるといいよ」
「言われなくとも食べるよ! 瑞穂さん、油淋鶏定食と唐揚げと春巻きちょうだい!」
「はーい!」
水を運んできた瑞穂さんへ、流れるように揚げ物ばかり注文した。
なんでそういうものばかり食べているのに、体調を崩さないのか本当に不思議だよ。
「相変わらず胃もたれしそうな注文だね。あっ、私はナスと豚肉のニンニク醤油炒めとキノコのオイスターソース炒め、それからキムチと生ビール大ジョッキ!」
仕事明けだから、おばさん今日はとことん飲むだろうな。
今日の流れとしては、キムチをつまみにビールを飲みつつ、他の料理が来るのを待つってことか。
最低でも大ジョッキ五杯はいくとして、今日は何杯飲むのやら。
「僕は紹興酒を。料理は豚肉の旨煮、厚揚げのそぼろあんかけ、つまみ三点盛りをください。あと、取り皿も」
おじさんはおばさんと違って、料理を楽しみつつチビチビ飲む。
あまり強くないから飲んでも二杯まで。
それと料理はいつもおばさんとシェアするから、取り皿が必須だ。
「分かりました。少々お待ちください、大将、六番卓から注文入りました!」
「おうよ! トーマ、キムチと三点盛りやっておけ! それを出し終わったら厚揚げ切っておいてくれ!」
「分かった!」
「好文はそれと次のが終わったら油淋鶏な! 俺はこいつと次のが済んだら旨煮をやる!」
「分かった」
さーて、他の料理もあるし急いでやるぞ。
だけど雑になるな、素早く丁寧にやるんだ。
うちの三点盛りはチャーシューの細切りとメンマともやしのナムル。
チャーシューが細切りなのは、この三つをいっぺんに食べる時に持ちやすくするのと、食べ応えがあると多少なりとも満腹感が出て後からの注文に影響するからだ。
これらを長めの皿へ盛り、キムチは小皿に盛っておく。
「六番卓の三点盛りとキムチ、上がったよ」
「はーい!」
「若女将、私が行きます!」
大ジョッキのビールと紹興酒を置いた母さんが返事をして、レジ対応を終えて手の空いていた瑞穂さんがそれを制して運ぶ。
次は厚揚げだったな。
旨煮ほどではないとはいえ、やや濃い目の味に負けないよう厚めに切り分けていく。
それが済んだら祖父ちゃんに伝え、言われた場所に置いたら次は唐揚げをやるように言われたから、唐揚げに取り掛かる。
えっと、早紀以外にも二人前か。
必要なだけの肉を用意して衣をまとわせ、油で揚げていく。
揚がったら油を切って皿へ盛り、千切りキャベツとマヨネーズを添える。
「唐揚げ上がったよ。三番卓さんね」
「はいよ」
早紀が自分のじゃないのって顔しているけど、注文した順番なんだから仕方ないだろう。
お前のは次の次だ。
「トーマ、それが済んだらキノコのオイスターソース炒めを頼めるか」
「えっ? 祖父ちゃん」
「やれ」
父さんからの指示を祖父ちゃんに確認すると、その一言だけが返ってきた。
マジか。だってそれはまだ、俺が店で出す許可を得ていない料理だぞ。
正確には味も香りも問題無いけど、それを営業時間を通して安定させることができていない料理だ。
「いいのか?」
「俺と好文がやれって言ってんだから、黙ってやれ!」
「わ、分かった」
だったらやってやるよ。
バンダナを締め直して頬を叩いて気合いを入れて、コンロの前に立つ。
キノコのオイスターソース炒め。
使うキノコは薄切りのシイタケとエリンギ、ほぐしたエノキとマイタケとしめじ、そして戻したキクラゲの六種類。
これをごま油で炒め、オイスターソースで味付けするだけのシンプルな料理。
だからこそ、油の量や火の通し具合や味付けがちゃんとできているかよく分かるって、父さんは言っていた。
「うしっ!」
中華鍋に敷いた油が温まったら、キノコ類を入れて炒める。
キノコと油は相性が良い。
だからこそ、この二つを上手に引き立て合わせなくちゃならない。
油が多ければ香りも味も油っぽくて、食感に至ってはベタベタになる。
反対に油が少なければ、キノコと油の相乗効果が生まれない。
祖父ちゃん曰く、中華料理は油を上手く扱えるかが重要。
油の香りと旨味を感じさせながらも、目立たせすぎて食材の味を油で殺さないよう、食材と油のバランスには注意する。
さらにここへオイスターソースのような、しっかりした味の調味料を加えるから、さらにバランスが重要だ。
しかも使っている食材はキノコ類のみ。
バランスと火加減を間違えればキノコの食感も味も香りも、油とオイスターソースに埋もれてしまう。
「やることをちゃんとやっていれば特別なことはいらないんだ。いつも通りやれ」
油淋鶏の調理に取り掛かった父さんが声をかけてきた。
そうだ、いつも通りやればいい。
営業時間中に質を安定させられないだけで、ちゃんとやれば味は問題無いんだから。
余計な力を抜け。力が抜けないのなら、前に褒められた時のようにゲーム内で調理している時の光景を思い出せ。
正面に陣取って目を輝かせながら調理を見ているイクトとミコト、ついでにポッコロとゆーららん。
うん、弟妹可愛くて微笑ましい光景に力が抜ける。
「おっ」
「ほう」
そうだ、余計な力が張らないように向こうでやっているようにやればいい。
思い出せ、揚げ物が無いって騒いでいる早紀、激辛に尻尾を振って喜ぶ長谷、なんかエロっぽい表情で甘い物を食べる桐生、そして勢いよく麺をすすってとびっきりの笑顔を浮かべる能瀬を。
よしよし、余計な力が抜けていくのが自分でも分かる。
キノコに火が通りすぎないうちにオイスターソースを加え、キノコへ絡めながら強火で一気に仕上げたら皿へ盛り、刻みネギを散らして完成だ。
あとはこれを出すだけと思ったら、横から祖父ちゃんが箸で取って一口食べた。
「……ん、いいだろう。出せ」
「あっ、うん。六番卓のキノコのオイスターソース炒め、上がったよ」
「はーい。て、トーマが作ったのかい?」
取りに来た母さんが驚いている。
まだ許可を得ていない料理を作って出そうとしているんだから、その反応も当然か。
「和美よ、それは俺と好文がやれって言ってやらせた料理で、俺が味見した。何かあったら、俺と好文が頭下げるから出せ」
「は、はい、お義父さん」
旨煮作りに戻った祖父ちゃんの言葉に母さんは頷き、料理を運んでいく。
食べるのが顔見知りのおばさんだから、試しのつもりで俺にやらせたのかな。
いや、祖父ちゃんも父さんもはそんなことはしないか。
「斗真、ボサッとしてねぇで仕事に戻れ。旨煮に添える茹でホウレンソウやっておけ」
「あ、分かった!」
いけない、いけない。
集中して仕事を続けないと。
気持ちを引き締め直して仕事へ戻り、茹でホウレンソウの準備を始める。
「美味い! 大将、相変わらず美味いね!」
キノコのオイスターソース炒めを食べたおばさんが、大ジョッキ片手にこっちを向いて褒めてくれる。
だけど、それを作ったのは俺なんだ。
「そいつを作ったのは俺でも好文でもねぇ、斗真だ」
「あら、そうだったの? ごめんね斗真君」
「別にいいですよ」
俺が店に出せる品数は少ないから、勘違いされても仕方がない。
「あれ? でもトーマって、キノコのオイスターソース炒め出せなかったよね? いつの間に出せるようになったの?」
首を傾げる早紀だけど、マヨネーズをたっぷりつけた唐揚げは食べ続けている。
この揚げ物狂いめ、食べるか喋るかどっちかにしろ。
「まだ決定じゃねぇよ。とりあえず試験の第一段階をクリアしたってところだな」
「斗真、明日は一日を通してキノコのオイスターソース炒めを任せる。そこで味が安定していれば、それはお前にも任せる」
おっ、おぉっ?
それってつまり、明日一日味が安定していれば店に出せる品が増えるってことか?
「まあ仮に決まっても一週間は様子見させてもらうがな。だが今日の調子でやれば、たぶん大丈夫だろう」
「途中から余計な気負いや力みが抜けて、良い調理姿だったぞ」
『おぉー!』
目の前で祖父ちゃんと父さんが俺を褒めたものだから、常連のお客達は揃って関心の声を上げた。
特に酔っぱらい連中なんて、いいぞとかやったなとか騒ぎだして酒を追加する。
やった、まだ決定じゃないとはいえ、店に出せる品を一つ増やせるチャンスが巡ってきた。
「ところで斗真、俺が声を掛けてから良い感じに力が抜けたが、何を考えていたんだ?」
「いつも通りやれって言うから、ゲーム内で料理している時のことや、食ってもらっている時の光景を思い出していた」
「ああ、前に言っていたやつだな。それのお陰で上手くなっているのなら、力を抜くのにはちょうどいいな」
まったくだよ。
料理の技術を磨くだけでなく、こういう面で役立つとは思わなかったことをつくづく実感するよ。
「それって僕達のお陰ってことだよね! ふっふーん、どうだいトーマ、ゲームもバカにできないでしょ!」
調子に乗るなよ、この揚げ物狂いめ。
「そうだな。アホやらかした早紀が揚げ物禁止にされて嘆く姿は笑いそうになって、良い感じに力が抜けたよ」
「なんじゃそりゃー!」
早紀の叫びに続いて常連達が大爆笑し、やっぱりバカ娘だわと言ったおばさんが大ジョッキを飲み干し、おじさんが苦笑する。
確かにあの姿は笑いそうになって力が抜けた。
だけどあの時に思い浮かべて一番力が抜けたのは、麺を食った時のセイ――。
おっと、今はそれよりも料理に集中だ。
「祖父ちゃん、もうすぐホウレンソウ茹で上がるよ!」
「おう、いつでもいいぞ!」
頭に浮かんだ光景を一旦消して、料理に集中する。
さて早紀よ、他の客の迷惑だからそろそろ大人しくしてくれないか?
でないと……ほらみろ、お玉片手に祖父ちゃんの雷が早紀へ落ちた。




