ミコトの別れ
イクトに続いて訪れたミコトの進化。
ダルク達もどんな姿へ進化するのか気になって、周りに集まって表示された画面を覗き込んでいる。
こらイクト、見えないからって背中に乗ろうとするなら一声掛けなさい。
「それでトーマ君、どんなのに進化できるの?」
「現状でバンシーはトーマしか連れていないから、進化の姿はしっかりスクショに撮っておくわよ」
左後ろから覗き込むカグラと右後ろからメェナよ、気になるのは分かるからあまり密着しないでくれ。
ハラスメント警告が出たから二人へ注意を促し、少し離れてもらってからノーを押す。
さて、それじゃあ順番に進化先について調べようか。
まずはネクロバンシー。
これは死霊魔法を使えるようになって、アンデッドを召喚して前衛で戦わせ、自分は後衛で援護する形で戦う。
ただし、召喚できるアンデッドはパーティーの数の上限まで。
ミコトの場合は俺とイクトがメンバーに必ずいるから、召喚できるのは三体までか。
外見の方はというと、体つきや顔つきはそのまま、服装がだいぶ変わっている。
頭には下あごの無い動物の頭蓋骨みたいなのをかぶって、足元にはサンダル、手には人の頭蓋骨が先端にある杖を持ち、服装は森の奥に住む部族みたいだ。
「なんていうか、シャーマン?」
左側から覗き込むダルクの言う通り、シャーマンっぽい感じだ。
能力としては魔力と知力が上昇しやすいだけでなく、新たに杖術っていうのを習得して器用が上がりやすくなっている。
これを見た感じだと、杖術は前衛が抜かれた時に備えてだろうか。
いざという時は近接戦もするなら、接近されても扇術で戦えるカグラ寄りだな。
「前衛を増やせるのは悪くないわ」
「問題は私達との連携が上手くできるかどうかね」
「まあまあ、まだこれに決めた訳じゃないから」
「トーマ君、次をお願い」
はいよ。
次はダークバンシー。
こちらは闇属性の要素が強くなっただけだから、能力的には魔力と知力が上がりやすい今とそんなに変わらない。
と思いきや、短剣術や投擲といったスキルを新たに覚える上に、俊敏まで上昇しやすくなっている。
ネクロバンシーと同じで魔法を使いつつ、いざという時は素早い動きで攻撃を回避して、短剣で反撃するのかな。
そう考えながら進化後の姿を確認してみると、暗殺者っぽい服装になっていた。
服はスパイが着るみたいな見た目の黒い服、頭部には口元を隠す布と長い髪を束ねる黒いリボンがある。
「ダークって、そっち? 後ろ暗い仕事をしますってこと?」
セイリュウの言う通り、ダークは闇属性じゃなくてそっちを指しているのかもしれない。
そう思いつつ、次はチャームバンシーを調べる。
こっちは完全に後衛型なのか、上がりやすい能力はMPと魔力と知力で、杖術や短剣術のような近接系のスキルを覚えることも無い。
気になるのは、新しく習得するスキルが誘惑と魅了っていう点だ。
なんとなくチャームの意味合いが分かった気がするけど、一応外見を確認すると予想通りだった。
「あらまあ、チャームバンシーだとこうなるのね」
カグラが驚くのも無理はない。
なにせチャームバンシーになると、背丈が伸びてスタイルが良くなった上に、スリットが入ったスカートや胸元が横から見えてしまうような薄着になってしまうんだから。
要するにチャームバンシーとは、色気で相手を誘う意味のチャームだったようだ。
てっきり可愛い意味のチャーミングの略語かと思っていたけど、まさかこうくるとは。
「妨害系の後衛か」
「ありといえばありだわ」
「闇魔法は引き続き使えるから、攻撃もできるよ」
「現状では一番の候補はこれね」
えっ、チャームバンシーが現状の筆頭候補でいいの?
正直言うと、こんな子を連れ歩くのは少し恥ずかしい。
しかも今まで通りに手を繋がれたりくっ付かれたら、ゲーム内のキャラとはいえ少し照れる。
だけどまだ最後の一つ、死術の石板を使って特殊進化したナイトメアバンシーが残っている。
こいつは果たして、どんな能力と姿なんだろうか。
「えぇっと、ナイトメアバンシーは……これも後衛タイプだね」
上昇しやすいのはMPと魔力と知力。
新たに習得するスキルは催眠と死霊魔法と深淵魔法で、闇魔法と幻術が消えている。
催眠はなんとなくイメージできるし、死霊魔法も分かる。
でも深淵魔法ってなんだ。
闇魔法が消えたのは、似た印象を持つこれの影響なんだろうか。
「深淵魔法? こんな魔法、聞いたことないよ」
「掲示板や攻略サイトにも載っていないわ。ひょっとして、未発見のスキルかしら」
ダルクが首を傾げている間にカグラが調べたようだけど、情報が無いのか。
ということは、カグラの言う通り未発見のスキルなのかも。
詳細を調べられるようだから選択すると、通常の闇魔法に加えて、確率でデバフ効果を与える魔法攻撃ができるようだ。
しかもデバフだけを与える魔法も使えるとあって、ダルク達はさすが特殊進化だって言っている。
ついでに催眠スキルも調べてみると、相手を混乱させたり眠らせたり恐怖状態にしたりできるようで、幻術の強化版か上位版って感じだ。
「これはまた、ミミミがヘドバンしそうね」
「うさぎのおねえちゃん、またこれやるの?」
メェナの予想に俺の前にいるイクトが反応して、その場でヘドバンをしだした。
危ないからやめなさい。
「マスター、外見はどうなるんだよ?」
そうだな、進化する身のミコトも気になっているから外見を表示させよう。
操作をして外見を表示させると、背丈が少し伸びてスタイルも少し良くなっている。
服装は中世ぐらいの葬式の時に着る喪服みたいなもので、黒いドレスに薄手の黒いベールで顔を隠している。
黒い手袋を嵌めた手には古そうな厚い本を持っていて、足元はドレスで見えない。
喪服だなんて、死を伝えるバンシーらしいしと言えばらしいかな。
「おぉ、見た目はこれがいいんだよ」
無表情ながらミコトはこれが気に入ったようで、表示された画像に釘付けだ。
「さっきのチャームバンシーじゃなくていいの?」
「あれは下心満載の視線を向けられそうだから、嫌なんだよ」
だったらチャームバンシーは無しだな。
どんなに強くても本人が嫌がっている姿にするのは、主として容認できない。
「ネクロバンシーとダークバンシーは?」
「ネクロの恰好は趣味じゃないし、ダークの恰好は今一つ気に入らないんだよ」
それならもうナイトメアバンシーで決定だな。
死術の石板が無くなっても痛手じゃないし、何より本人が気に入っているならそうするべきだと思う。
ダルク達もミコトの意見を尊重してくれたから、ナイトメアバンシーを選択して決定ボタンを押す。
続けて表示された死術の石板を消費しますにもイエスを押し、進化が開始。
ミコトの頭上に現れた死術の石板から闇が溢れてミコトを包み、やがて闇が晴れると死術の石板は消えて、ミコトがナイトメアバンシーに進化していた。
見た目からして年齢は十二歳くらいかな。
実際にドレス風の喪服に本を持っている姿は、なんだか厳かな感じがする。
うん? 手の装備がレッサーパンダグローブから、黒い手袋に変わっている。
レッサーパンダグローブは……アイテムボックスに移っていた。
あっちが優先されて、こっちは自動で解除されたのか?
「進化完了なんだよ、マスター」
ベールの向こうに見える表情は今まで通り無表情か。
イクト同様、見た目は変わっても性格とかは変わらないんだな。
「むう、おいぬいたのにまたぬかれた!」
「これが現実なんだ――マスター、鳴き声がするグローブが無くなったんだよ!」
せっかく抜いた背がまた抜かれたことにイクトが悔しがり、ミコトがそれを宥めていると、手の装備がレッサーパンダグローブじゃなくなっていることに気づいて慌てだした。
大丈夫だ、ちゃんとアイテムボックスにあるから。
アイテムボックスにあるレッサーパンダグローブを見せると、慌てていたミコトは落ち着きを取り戻す。
どんだけ気に入っているんだよ、変な鳴き声がするこれを。
さて、肝心のステータスはどうかな。
*****
名前:ミコト
種族:ナイトメアバンシー
職業:なし
性別:女
レベル:30
HP:61/61
MP:117/117
体力:28
魔力:124
腕力:23
俊敏:27
器用:49
知力:112
運:34
種族スキル
絶命探知
スキル
浮遊LV38 深淵魔法LV41 催眠LV26
夜目LV17 調合LV20 死霊魔法LV1
装備品
頭:誘夢のベール
上:夢葬のドレス
下:黒淵のストッキング
足:葬送のパンプス
他:死告の手袋
武器:悪夢の魔術書
*テイムモンスター
主:プレイヤー・トーマ
友好度:88
満腹度:62% 給水度:56%
*****
装備品の名称がどれも凄いな。
それと催眠と深淵魔法だけど、幻術と闇魔法から変化した影響なのか、スキルレベルを受け継いでいるようだ。
「マスター、手袋をあのグローブに変えてほしいんだよ」
いや何を言っているんだ、このナイトメアバンシー。
進化前なら子供っぽい感じがあったからともかく、その見た目にレッサーパンダグローブは似合わないぞ。
厳かな見た目が台無しになって、悪い意味でアンバランスになる気がする。
「そのままじゃ駄目か?」
「これはこれで服に合っているからいいと思うけど、あの鳴き声が出ないのが不満なんだよ」
能力とか見た目じゃなくて、鳴き声が出るか出ないかの問題だったよ。
どうして、あの変な鳴き声をそこまで気に入ったのか、いまだによく分からない。
とりあえず要望に沿って装備を変更したけど、見た目以外の問題が発生した。
「ほ、本が上手く持てないんだよ」
そりゃそうだ。
今までは武器を持っていなかったし、食事はフォークやスプーンで食べていたから問題無かったけど、薄いならともかく厚い本を持つには不向きだろう。
両手で挟むように持ってば滑り落ちそうになるし、掌の上に載せたら落とさないように移動するのが大変になる。
ダルク達に相談しても、死告の手袋の見た目をレッサーパンダグローブに変えたり逆のことをしたりすることはできても、性能までは変えられないと言われた。
「ミコト、残念だけど諦めよう」
「うぅ……分かったんだよ」
「げんきだして」
がっくりと肩を落としてレッサーパンダグローブを諦めてくれたミコトを、イクトと一緒に慰める。
本当、どれだけ気に入っているんだよ。
「さーて、ミコトちゃんが進化したし、確認のためにもう少しだけ戦ったらご飯にしようか」
「「「賛成!」」」
「さんせー」
「賛成なんだよ」
ダルクの提案に俺以外の全員が賛成して、適当なモンスターを探しに動く。
俺? イクトとミコトが賛成しているのに、賛成しないはずがない。
そういうわけで、進化したミコトの強さを確認するための戦闘を数回やったら、近くのセーフティーゾーンへ移動してかき揚げとかけうどんで昼飯にする。
ただし揚げ物禁止中のダルクだけは、かき揚げじゃなくて野菜炒めだ。
「ぐぬぬぬ……なんでかけうどんで野菜炒めを食べなくちゃならないんだ」
だって同じ食材で作れる料理の方が、作りやすいし。
「それで、ミコトはどうなんだ?」
「良い感じよ。死霊魔法でアンデッドを召喚して前衛を追加してくれるから、後衛としては安心だわ」
「深淵魔法のデバフや確率でのデバフ付き攻撃も結構助かる」
美味そうにかき揚げを食べるカグラと、うどんを勢いよくすするセイリュウの後衛陣には好評か。
「死霊魔法のレベルがまだ低いから、召喚できるのはスケルトンやゴーストぐらいだけど、今後レベルが上がれば前衛に厚みが出るわね」
「催眠スキルで眠らせたり幻覚を見せて混乱させたりするのもいいよ。おまけに眠った相手には、催眠スキルの悪夢でMPを削ったり、妖夢でHPを削ったりできるし」
つゆを一口飲んだメェナも満足そうだし、揚げ物無しで不機嫌なダルクもミコトの強さには文句が無いようだ。
しかし夢を使って攻撃するとは、種族名にナイトメアとあるだけのことはある。
「うどんもかきあげもおいしー!」
「サクサクのかき揚げをかじっておつゆを口に含んで食べるのもいいけど、かき揚げを浸して油分が加わったおつゆでうどんを味わうのもいいんだよ」
当人はイクトと一緒に食事に夢中か。
いいさ、いいさ。しっかり食べてこれからも頑張ってくれ。
そうして食事を終えたらもう少しだけ戦闘をして町へ戻った。
「おい、なんだあの喪服着たのは」
「料理長や食材ハンターガールズやイクト君と一緒にいるってことは、ミコトっていうバンシーかな」
「ミ、ミコトちゃんが喪服姿のレディに? なんで?」
「まさか進化したのか?」
「バンシーって進化するとああなるのか」
「なんていう種族なんだ?」
ミコトが進化したせいか、プレイヤー達から注目が集まっているようだ。
もしも今のミコトが特殊進化した姿だって分かったら、どれだけの騒ぎになるだろうか。
そして確実にミミミがヘドバンする案件だな。
「さて、鍛冶屋で武器と防具の耐久値を回復したらログアウトしようか」
そういうことなら、俺も包丁類の耐久値を回復してもらおう。
というわけで一緒に鍛冶屋へ行こうとしたところで、ポッコロからメッセージが届いた。
用件は、伝えたいことと相談に乗ってほしいことがあるって書いてある。
どうしたんだろうか。
一応ダルク達に相談すると、耐久値を回復した後でなら会っていいと許可を得たから、その旨を伝えた。
合流場所は農業ギルド二階の小会議室。
用意を済ませたら、そこへ来てほしいと返事が届いた。
「なんだろうね」
「すぐに会いたいとかじゃないから、緊急じゃないのは確かだろうけど……」
ひょっとして、何かトラブルにでも巻き込まれたのか?
大事でないことを祈りつつ、ダルク達の武器と防具、それと俺の包丁類の耐久値を回復してもらい、二人と合流するため農業ギルドへ向かう。
「お兄さん、こっちです!」
ギルド内のロビーにゆーららんがいて、こっちへ手を振っている。
合流してミコトが進化していることに驚かれた後、ポッコロが待っている小会議室へ。
そこでもミコトの姿を見たポッコロに驚かれたから、話を聞く前に二人へミコトのことを説明。
特殊進化だと分かってさらに驚く様子が、なんだか弟妹可愛くて微笑ましい。
「それで、そっちの用事はなんだ?」
「えっと、まずは伝えたいことなんですけど……」
ポッコロの説明によると、新しく小麦を栽培できるようになったそうだ。
それだけならなんでもないけど、それに伴って農業ギルドで石臼やふるいといった、脱穀と製粉に必要な道具が買えるようになったらしい。
「それを使えばただの小麦粉じゃなくて、薄力粉とか中力粉とか強力粉とかを製粉できるんです」
「本当か!?」
これは朗報だ。
今までの小麦粉は食材目利きによると、実は中力粉だったんだ。
それが悪いわけじゃないけど、やっぱり作る物によっては強力粉や薄力粉を使いたかった。
どうすれば手に入るのかと思ったら、そういうことだったのか。
さらに農業ギルドへの貢献度が一定に達していたため、農業ギルドの裏にある作業場を使える上に、製粉に必要な道具を借りられるそうだ。
二人は資金と作業場所の点を考慮し、当面は場所と道具を農業ギルドで借りる形でやるつもりとのこと。
ただし、レンタルした道具で製粉すると小麦粉の品質があまり高くならないと言われたけど、それぐらいなら問題無い。
料理ギルドで購入できる低品質の小麦粉でも、美味い料理は作れたんだからな。
「小麦が育ったら連絡するので、何が欲しいのか教えてくださいね」
「勿論だ!」
とはいえ、精製するは手間が掛かって大変そうだ。
そう思ったのは俺だけじゃなく、メェナが精製するのは大変そうねと言ったら、システム的なもので簡略化できるから大丈夫とポッコロが返した。
なら安心だな。
ちなみに俺が精製することはできるか尋ねると、道具を使うには農業スキルが必要だし、一定のスキルレベルに達していないと無理だと言われた。
少し興味があったから残念だ。
「で、次は相談事なんですが……」
「お姉さん達も一緒でいいので、僕達とギルドを作りませんか?」
ほう? どうしてそんな話が出るんだろうか?
ログアウト前だけど、これはじっくり話を聞く必要がありそうだ。




