エルフ少女は思う
揚げ物を食べられないダルクちゃんが大暴れしている。
遭遇したゴブリンソルジャーの群れに突っ込んで、盾術のシールドバッシュで吹き飛ばして、怯んだ隙に広範囲へ攻撃できる剣術のワイドスラッシュで数体同時攻撃。
そこからさらに、斬撃スキルがあると覚えられる剣術の切り返しで再度一閃。
HPが残ったとしても、私やカグラちゃんの魔法かメェナちゃんの攻撃で削りきる。
「しゃらぁっ! デストローイ!」
倒したモンスター達を前に剣を掲げたダルクちゃんが叫ぶ。
消えていくモンスター達の光で辺りがキラキラしているけど、消えていなければ殺伐とした光景になっていただろうね。
「オッケー、今のドロップで必要な素材は全部集まったわ」
「これで素材集めの依頼は達成ね」
ドロップ品を確認したメェナちゃんの報告を聞いたカグラちゃんの言う通り、これで依頼は達成した。
だけどダルクちゃんはまだ荒ぶりたいようで、次のモンスターを探している。
まだ夕飯まで時間はあるから、別にいいけどね。
「メェナ、他に何かいない?」
「えっと……向こうの方に何かいるわね。数は四」
「よっしっ! そいつらもぶっ倒す!」
揚げ物を食べられない鬱憤を晴らすのは構わないけど、ほどほどにしてよ。
気づいたらHPが拙いことになっていたり、満腹度や給水度が無くなっていたりしたら、カグラちゃんとメェナちゃんと一緒に怒るからね。
幸いにもそういったことはなく、町へ引き上げることになったけど、ダルクちゃんはまだ不機嫌。
でも気持ちは分かるよ。
私だって麺類禁止になったら落ち込むだろうし、甘い物禁止になったカグラちゃんや辛い物禁止になったメェナちゃんも落ち込むか、場合によっては泣いちゃうかも。
尤も、ダルクちゃんが揚げ物禁止になったのは自業自得だけどね。
「ちょっとは気が晴れた?」
「全然!」
だろうね。
今も地団駄を踏んでいそうなぐらいの勢いで歩いているし。
「あっ、トーマ君から返信が来たわ。ご飯はできているですって」
「へえ、そう」
トーマ君へ帰るってメッセージを送ったカグラちゃんからの報告に、普段なら一番テンションが高くなるダルクちゃんのテンションが低い。
大好きな揚げ物を作ってくれたはずなのに食べられないんだから、そうなっても仕方ないよね。
「あら? イクト君が進化したんですって」
「そうなの!?」
「どんなのに進化したの?」
追加の報告に思わず驚いて、メェナちゃんが何に進化したのかを尋ねた。
テンションが低いダルクちゃんも気になるようで、興味深そうな顔をこっちへ向けている。
メッセージを受け取ったカグラちゃんによると、イクト君が進化したのはネオインセクトヒューマン。
だけどそれ以上はメッセージに書いていないから、外見や能力は不明みたい。
すぐにUPOの掲示板とかで調べてみると、三種類の進化があるって分かった。
一つ目はトーマ君が進化させたネオインセクトヒューマン、二つ目はインセクトフェアリーで、三つ目はインセクトキマイラ。
主人のプレイヤー達から許可を得て、撮った画像がアップされているから見てみる。
「ネオインセクトヒューマンは、少し背が伸びるのね」
「インセクトフェアリー、可愛いわね」
「で、最後のインセクトキマイラは……いやあぁぁぁっ!」
悲鳴を上げながら、表示させたインセクトキマイラの画像を消す。
なに今の虫の怪物!?
虫の色々な部分がくっついている姿が衝撃的すぎて、嫌いな虫のはずなのに頭から離れない!
「忘れて、忘れて! 今見たものをすぐ忘れて、私の記憶!」
「落ち着いてセイリュウちゃん」
「確かに衝撃的だったけど、頭を上下に振っても記憶は消えないわよ!」
左右からカグラちゃんとメェナちゃんが声を掛けてくれたお陰で、少し落ち着いた。
うぅぅ、頭を振ったら記憶からポロッと落ちてくれないかな。
「そんなことで記憶が消えるのなら、ヘドバンしているミミミの記憶はどれだけ消えているんだって話だよね」
ダルクちゃん、笑い事じゃないからね。
あんな衝撃的な虫の姿を見たら、虫嫌いなら誰でもああなるよ。
我ながら、よく倒れなかった思う。
「トーマ君はこれを知っているのかしら?」
「帰ったら聞いてみましょう」
そうだね、もしも知らずにインセクトキマイラを選んでいたら、間違いなく私は絶叫しながら倒れて泣き叫んだ自信があるよ。
知ってか知らずか分からないけど、あれを選ばないでくれてありがとう、トーマ君。
「どれくらい強くなったのか、気になるね」
「トーマに頼んで、一度外へ一緒にいけないか相談してみる?」
「あらかじめご飯を作っておいてもらえば、なんとかなるかしら」
腕を組むダルクちゃんの呟きに、カグラちゃんとメェナちゃんが同意するようなことを言った。
私も気になる。
今まででも前衛として十分だったのが、進化してどうなったんだろう。
「だけどその前に、今回のご飯だね」
「確かエルダーシュリンプのフライの卵とじを作るんだったわね」
「他の料理は、見てのお楽しみね」
「うぐぅ。卵とじにしたとはいえ、揚げ物が食べられないなんて!」
何度も言うけど、ダルクちゃんの自業自得だからね。
どうして一度で学習しないのかな。
だからトーマ君も怒って、揚げ物禁止だって言うんだよ。
厨師に転職したトーマ君が作る揚げ物は、バフ効果がプラスじゃなくてパーセント上昇になるから、食べられないのは痛いよ。
トーマ君のことだから、別の料理を用意してくれているだろうけど、同じくバフ効果がパーセント上昇になる炒め物でないとステータスの上昇に少し差が出ちゃう。
でも、それも含めて自業自得だから仕方ないね。
「ああもう! なんで僕はいつも、余計なこと言っちゃうんだー!」
そう思うなら、もう少し注意するとか改善しようとするとかすればいいのに。
両腕を上げて叫ぶダルクちゃんを見て、呆れ顔になって首を横に振るメェナちゃんと、微笑んでいるカグラちゃんも同じことを考えているんだろうね。
ダルクちゃんはそういうところを直さないと、将来色々と大変なんじゃないかな。
やる時はやるから就職はできるだろうし、仕事も器用にこなせるとは思う。
でも営業先や会議中、余計な一言を口にして怒られそう。
「ちくしょー! トーマのケチー!」
だから、そういうのを直しなって。
今のをトーマ君に聞かれていたら、間違いなく揚げ物禁止の延長か茹でもやしだけにされていたよ。
ダルクちゃんの将来に不安を覚えつつ町へ到着したら、冒険者ギルドへ寄って依頼達成の手続きをして、お待ちかねのご飯を食べるために作業館へ向かう。
今日は二階にいるってメッセージにあったから二階へ向かうと、洗った調理器具を拭いているトーマ君と、椅子を用意してくれているイクト君とミコトちゃんがいた。
「あっ、おねえちゃんたち。おかえりー」
私達を見つけたイクト君が、両腕を大きくぶんぶんと振っている。
画像通り、少し大きくなったかな?
それと触角とは別に前髪が二本立っていて、触角が四本あるみたい。
「おー、イクト君。本当に進化したんだね」
「うん。こんなことができるようになったよ。すらっしゅ、しざ~も~ど!」
わっ、両腕が同時に変化した。
今までは腕や足を一箇所ずつしか変化させられなかったのに、複数個所を同時に変化させられるようになったんだね。
「おかえり。イクト、もう飯にするから手を戻せ」
「はーい、てい!」
両腕を戻したイクト君が席に座り、料理を並べるのを手伝っていたミコトちゃんも席へ座る。
当たり前のようにトーマ君の両隣なのが少し、いやかなり羨ましい。
だけど皆がトーマ君の正面の席を譲ってくれるから、これはこれで良し。
さて、今日のご飯は……。
「これが今日のメニュー。エルダーシュリンプフライの卵とじ、依頼で手に入れたスキマガイっていう貝を使ったスープ、それともりうどんだ。あっ、揚げ物禁止中のダルクは卵とじの代わりに焼きエルダーシュリンプな」
やっぱりダルクちゃん用に、代わりの料理を用意してくれていた。
さすがはトーマ君、優しいね。
だけど揚げ物じゃないから、焼きエルダーシュリンプを前にしたダルクちゃんは不満そう。
「ぬううぅぅ」
悔しそうに唸って、直後に羨ましそうに私達のエルダーシュリンプフライの卵とじを見るけど、あげないからね。
「スキマガイって小さいのね。なんだかシジミみたい」
「トーマ君。もりうどんっていうことは、この黒いのがおつゆなのね」
「ああ。卵とじにも使った出汁に、魚醤と砂糖を加えて煮たんだ。ちょっと味見して、濃さを確認してくれ」
どれどれ……うん、美味しい。
お椀に注がれているつけ汁をちょっとだけ口に含んでみると、何で出汁を取ったのか分からないけど、良い出汁の味がしている。
魚醤の塩味と香りもちゃんと煮込んだから尖っていなくて、砂糖での甘さもちょうどいい。
「できれば砂糖じゃなくて日本酒か味醂で甘みを出したかったし、熟成瓶を使って一晩は寝かせたかったんだが、そこは勘弁してくれ」
いやいや、そんなことしなくても十分に美味しいよ。
だけどトーマ君の言う通り、日本酒や味醂を使ったり一晩寝かせたりしたら、どうなるんだろう。
「料理長って、そこまで拘るのか」
「だから料理長って呼ばれるようになったのかしら」
「そんなことより、どれか一つでも食いたい!」
周りがトーマ君の料理を食べたそうに見ている。
でもこれは私達のだよ。
しかもトーマ君の料理だから、一口どころか一欠けらでもあげないんだからね。
「味見はしたけど、つゆの味を確認してくれ。濃いなら水を足すぞ」
濃さの好みは人それぞれだからね。
どれどれ……。
うん、いいんじゃないかな。
うどんにつけて食べるなら、これくらいでいいと思う。
「私は大丈夫よ」
「私も、これでいいわ」
「僕も!」
「バッチリだよ、トーマ君」
「そうか、良かった」
私達からオッケーを貰ったトーマ君の表情が和らいだ。
正面から不意打ちの笑みで、胸がドキリとしたよ。
許されるのなら、その表情をスクショに撮って保存したい。
「じゃ、いただきます!」
「「「「「「いただきます」」」」」」
いつも通り、ダルクちゃんの音頭で食事が始まった。
じゃあまずは、もりうどんからいこう。
麺とつゆだけでなく、刻みネギとおろししょうがを載せた小皿が添えられて、皆で使うようにって粉末唐辛子とすりごまが入った二種類の小瓶が置かれている。
もりうどん 調理者:プレイヤー・トーマ
レア度:4 品質:8 完成度:94
効果:満腹度回復31%
体力+4【2時間】 満腹度減少速度低下【小・2時間】
食べ応え抜群の太麺を、出汁の利いたつゆに浸けてすすってください
ほどよい固さの麺につゆが絡む、日本ならではの麺料理
好みも薬味でどうぞ
*スラッシュサンマ、ヘッドバットカツオ、グレンアジの頭と骨で取った出汁を必要な分だけ鍋へ移す。
*鍋を火にかけ、魚醤と砂糖を加えて煮る。
*別に大鍋で湯を沸かし、太麺を茹でる。
*茹で上がった麺をザルへ移し、しっかり湯切り。
*冷却スキルで冷やした水を掛けて冷やす。
*一人分ずつに分け、皿へ盛っておく。
*火加減に注意しながら煮込み、味を確認したら冷却スキルで冷やす。
*一人分ずつお椀に注ぐ。
*唐辛子を刻み、すり鉢とすりこぎで粉末にする。
*同じく黒ゴマをすり、粉末唐辛子とは別々に小瓶へ入れる。
*ジンジャーをすりおろし、ネギを刻んで小皿へよそい、二種類の小瓶と一緒に添えて完成。
麺好きとしては、まずこれを食べたい。
最初は薬味無しでひとすすり。
美味しい。
うどんは固すぎず柔らかすぎず、つゆの濃さもちょうどいい。
次は薬味を入れよう。
ネギとショウガ、それとゴマも少しつゆに加えて食べると、そのままと違ってまた美味しい。
粉唐辛子はたぶんメェナちゃん用だね。
実際、一人で半分以上をつゆへ入れちゃっているし。
「くっはー! かけじゃなくてもりのうどんに唐辛子もいいわね!」
そしてそれを美味しそうに食べているよ。
未だにメェナちゃんの辛い物好きは、長い付き合いをしてきた今でも信じられない。
「あらまあ、スキマガイのスープ美味しいわ」
「インパクトのある味わいはしないけど、染みわたってホッとする感じの美味しさなんだよ。出汁の味とも喧嘩せず、むしろスキマガイの旨味と香りが全体を宥めて大人しくさせて、温かみのある味わいにしているんだよ。具のスキマガイは玄人向けの味だけど、じんわりとした大人しい味わいがするんだよ」
カグラちゃんに続いて感想を口にしたミコトちゃんの食レポが、また進化しているような気がする。
気になるからスキマガイのスープも飲んでみよう。
スキマガイのスープ 調理者:プレイヤー・トーマ
レア度:2 品質:7 完成度:88
効果:満腹度回復8% 給水度回復20%
魔力+2【2時間】 毒耐性付与【微・2時間】
ホッとする味と香りが特徴的なスープ
どんなに調子が悪い時でも、このスープなら飲めるはず
スキマガイの味は玄人好みですが、スープの味わいは素人でもよく分かります
*スラッシュサンマ、ヘッドバットカツオ、グレンアジの頭と骨で取った出汁を必要な分だけ鍋へ移す。
*鍋を火にかけ、洗って汚れを落としたスキマガイを入れて煮る。
*火加減に気を付けながら煮込み、貝が開いたら魚醤を加えて少し煮て完成
ふわぁ、本当に美味しい。
柔らかくて落ち着く香りを嗅ぎながら飲むと、優しい味が体に染み渡っていって気持ちがホッとする。
具はスキマガイだけ。
一つ食べてみると、美味しいっていうのは分かるけど、どう美味しいのか上手く表現できない。
これを表現できるなんて、ミコトちゃんはどういう道を進もうとしているのかな。
「……イクト君、卵とじ美味しい?」
「うん! おいしーよ!」
卵とじを食べているイクト君は、触角とレッサーパンダ耳をギュンギュン動かして、立っている二本の前髪も一緒に揺らしながら本当に美味しそうな笑顔をしている。
一人卵とじを食べられないダルクちゃんはそれを羨ましそうに見ながら、焼きエルダーシュリンプを殻ごとバリバリ食べていく。
ゲーム内だから大丈夫だろうけど、殻が口に刺さりそう。
エルダーシュリンプフライの卵とじ 調理者:プレイヤー・トーマ
レア度:5 品質:8 完成度:95
効果:満腹度回復22% 給水度回復3%
俊敏50%上昇【4時間】 知力50%上昇【4時間】
水耐性付与【大・4時間】
カラッと揚がったエルダーシュリンプのフライを卵とじに
衣の食感は弱まりましたが、出汁を吸ってしっとりした衣もまた美味
一口食べれば、衣に封じられていた、エルダーシュリンプの旨味が溢れ出す
*スラッシュサンマ、ヘッドバットカツオ、グレンアジの頭と骨で取った出汁を必要な分だけフライパンへ移す。
*フライパンを火にかけ、出汁を温めている間に卵を溶き、魚醤と砂糖を加えて混ぜる。
*出汁が温まったらエルダーシュリンプフライを煮て、溶き卵を回しかける。
*卵が好みの固さになったら火から下ろして皿へ移して完成。
温かい卵とじを取って一口。
煮込んだから衣は柔らかくて、サクッとした食感はしない。
でも出汁を吸ってしっとりとした衣と卵、そしてエルダーシュリンプの味が口の中で一つになると、もう幸せとしか言いようがない。
揚げたてサクサクとは違った揚げ物の美味しさがここにある。
私的にはそう言い切っていいくらい美味しい。
「はっ!?」
「どうしたセイリュウ。何か不味かったか?」
あることに気づいて声を出したら、正面にいるトーマ君に心配された。
「違うの。この出汁で煮たうどんにエルダーシュリンプフライの卵とじを載せれば、凄く美味しいんだろうなって思ったの」
「なるほど。麺を軽く煮込んで、フライの卵とじを載せるか。出汁を同じにすれば味の整合性は取れるな。いっそ、麺を煮込んでいるところへフライを載せて、卵とじにするか? だとしたらタイミングが重要だな。あとは卵で汁が濁らないように――」
私の考えを聞いたトーマ君が、食べる手を止めて考察を始めた。
真剣な表情で考える表情がとても良い。
思わず見惚れて自然とスクショを撮りそうになったのを頑張って自重。
うぅぅ、正面からトーマ君のあんな表情を見せられたから我慢するのが大変だよ。
さっきの笑っている表情も良いけど、個人的には今の真剣な表情をしている方が好きかな。
「トーマ! 一口でいいから揚げ物ちょうだい! 全身全霊全力全開心の奥底から誠心誠意謝るからぁっ!」
「駄目!」
ちょっとダルクちゃん、せっかくトーマ君が真剣な表情で考え込んでいたのに、横やりを入れないでよ。
せっかく見惚れていたのに、邪魔しないで!
「だるくおねえちゃんがわるいんだから、ちゃんとがまんしないとだめだよ」
「そもそも何度も同じことを繰り返すのが問題有りなんだよ。少しは学習するんだよ」
「ぐはっ!?」
イクト君とミコトちゃんの言葉が刺さったのか、ダルクちゃんは胸を押さえた。
二人の言う通りだよ。
これを機に少しはしっかりしてね。
さあ、トーマ君の作ったご飯を食べよう。
できればこれを皆で食べるんじゃなくて、私だけが独占できる日々がくるといいな。
いやいや、願うだけじゃ駄目だよね。
やっぱり私からも頑張らないと。
だけど恥ずかしいから、今すぐはちょっと無理。
でも頑張る。




