イクト進化
昼営業を終え、昨日残った麺、昼営業で出た肉と野菜の切れ端を使ったタンメンを賄いに作って昼食。
祖父ちゃんと父さんから調理について指摘をもらい、一緒に賄いを食った瑞穂さんからおかわりをねだられ、調理した者として後片付けをしたら夜営業の準備まで休憩。
その休憩時間で約束通りログインするため、部屋へ移動。
まだ少し時間があるからスマホで動物と子供の激カワ動画を見て息抜きし、時間になったらログイン。
広場に降り立って飛びついてきたイクトを抱き留め、密着するミコトの頭を撫でていたら、ベンチに座ってがっくりと落ち込むダルクを見つけた。
イクトを下ろして二人と手を繋ぎ、ダルクへ近づく。
「どうしたダルク、何かあったのか?」
「トーマが揚げ物を作る予定なのに、それを食べられないからだよ!」
揚げ物狂いのダルクにとっては、大問題だもんな。
だけど、そうなった理由は自業自得だ。
「自分の浅慮な行いを悔いるんだな」
「ぐぬぬぬ……」
唸っても駄目なものは駄目。
「お待たせ、トーマ君」
「数時間前ぶりね」
「イクト君とミコトちゃんもお待たせ」
カグラ達も来たか。
今回のログインは一日だけ。
今が昼過ぎだから、次に作るのは晩飯だな。
「よーし! 晩御飯まで時間があるから、揚げ物を食べられない鬱憤をモンスター退治で晴らしてやるー!」
おーおー、行ってこい。
思いっきり暴れてこい。
だけど揚げ物は食わせないぞ。
行くぞー、と叫んで駆けだすダルク。
それをカグラとセイリュウとメェナが仕方ない感じで追いかけ、俺とイクトとミコトはそれを見送る。
……登校する娘達か妹達を、幼い子達と一緒に送り出す父親か兄か俺は。
走っていくダルク達へ手を振るイクトとミコトへ、行くぞと告げて料理ギルドを目指す。
到着してまずやったのは、オリジナルレシピの提供。
今回提供するのは、サンの実の果汁酢ジュース、エルダーシュリンプのワイン漬け煮込み、エルダーシュリンプ出汁のつけ麺、そして二種の貝入りトマトシャーベット冷やし和え麺の四種類。
これらを提出し、【クッキング・ヴァンガード】の称号のお陰で増えた報酬を受け取り、今度は転送配達のサービスを利用していくつかの食材を注文。
最低でも半日経たないと受け取れないから、夜にまた来よう。
さて、まだ晩飯時まで時間があるから依頼を受けよう。
他のプレイヤーもいる掲示板の前へ移動して、貼ってある依頼を一つ一つ見る。
「なあ、あいつって赤の料理長か?」
「二人の子連れサラマンダー。確かにそうかも」
「初めて見た」
子連れサラマンダーって、そういう見分け方をされているのか。
まあ別にいいけどさ、俺が飯を作るのには何の影響も無いし。
「ねえねえますたぁ、これどう?」
イクトが指差したのは、料理人急募というNPCの飲食店からの依頼。
どうやら人手が足りないから手伝ってほしいそうだけど、拘束期間が三日。
今回は一日しかログインしないから、これは受けられない。
報酬が高額で魅力的だけど、こればかりは仕方ない。
「じゃあこれはどうなんだよ」
イクトに断りを入れていると、次はミコトが浮遊しながら依頼を指差した。
今度はどんな依頼だ?
労働依頼
内容:鉄板洗い
報酬:200G
労働時間:2時間
場所:海の貸し出し小屋
海の貸し出し小屋って、浜辺にあった休憩所の傍にあった小屋のことか。
そういえばあそこ、バーベキューができるように鉄板と魔力コンロの貸し出しもやっていたっけ。
俺は魔力ホットプレートを持っていたから借りなかったけど、そりゃあ使った鉄板は洗わないとな。
二時間なら問題無いし、これにしよう。
「よし、これでいくぞ」
「はーい」
「また海に行けるんだよ」
遊びに行くんじゃないからな、仕事しに行くってことを忘れないでくれよ。
受付で手続きをしたら二人と一緒に海へ行き、休憩所傍の小屋を訪ねる。
小屋の主に依頼で来たことを伝えて裏へ通されると、積まれている汚れた鉄板を洗う日焼けした男の子が二人いた。
どうやら彼らは小屋の主の息子達で、あの二人と一緒にやってくれと言われた。
「よろしくな」
「おう、よろしく兄ちゃん」
「そっちの二人もよろしく」
「うん、よろしく」
「頑張るんだよ」
挨拶をしたら仕事開始。
労働依頼だからか、作業館での洗い物のように一瞬で汚れが落ちることはなく、しっかり洗わないと汚れが落ちない。
だけどこちとら、家の店で調理道具や食器を毎日のように洗っているんだ、大変ではあるけど苦ではない。
しっかり洗って汚れを落としたら水滴を拭きとり、ミコトが洗った後の場所へ持っていき、次のをイクトが持ってくる。
男の子達が洗った鉄板も同じように対応してくれたから、洗ったのを片付けに行く手間と次のを取りに行く手間が省け、自然とペースアップ。
予定より早い一時間半ほどで洗うべき鉄板を全て洗い終えた。
「サンキュー、兄ちゃん達」
「お陰で助かったぜ」
男の子達に続き小屋の主からも感謝され、無事に依頼は完了かと思いきや。
「待ってくれよ、兄ちゃん達」
「兄ちゃん達のお陰で早く終わって遊びに行く時間ができたから、お礼にこれやるよ」
そう言って男の子達は、それぞれ一つずつバケツを差し出してきた。
一方にはワカサギくらいの小魚が締めた状態で入っていて、もう一方にはシジミくらいの小さな貝がたくさん入っている。
男の達から話を聞くと、浅瀬の所で取ったらしい。
俺が締めたんだぜと小魚入りのバケツを持った子が自慢すれば、もう一人は砂抜きしてあるぜと自慢する。
締めたのはともかく、砂抜きは自慢できるか?
「そのおさかなとかい、くれるの?」
「おう。どっちも浅瀬にいて、網を入れればたくさん取れるからな」
「食べれるんだよ?」
「勿論食えるぜ。この魚ちっちゃいけど、焼くか揚げるかすれば頭も骨もバリバリいけるぜ」
ほう、それは興味深い。
どんな魚と貝なんだ?
コトリウオ
レア度:1 品質:7 鮮度:87
効果:満腹度回復1%
日中は浅瀬に生息している、小さいが味わい深い魚
動きも遅いため、子供でも簡単に取れるからコトリと名付けられた
内臓を取って加熱すれば、頭も骨もバリバリ食べられる
スキマガイ
レア度:1 品質:7 鮮度:84
効果:満腹度回復1%
浅瀬の岩場で隙間に潜んでいる小貝
味は玄人好みだが、汁物の具にピッタリ
狭い隙間にいるので、大人よりも子供の方が獲りやすい
小さくとも味わい深い魚に、玄人好みな味の小貝か。
どっちも興味深いし、せっかくだからもらっておこう。
バケツごとくれると言うからそのままもらい、アイテムボックスへ入れてお礼を伝えて小屋から去る。
料理ギルドで依頼完了の手続きをして報酬を受け取ると、目の前に何かが表示された。
『従魔イクトがレベル三十に達しました。進化可能です。進化しますか? YES or NO』
おぉっ、今の依頼達成で俺達に経験値が入って、イクトのレベルが上がって進化するのか。
受付前だと邪魔になるから端へ移動し、イクトに状況を説明してからイエスを押す。
『進化先を選んでください』
へえ、イクトの進化先は複数あるのか。
今はインセクトヒューマンだけど、進化すると何になれるんだ?
・インセクトフェアリー
・ネオインセクトヒューマン
・インセクトキマイラ
・やっぱり進化をやめる
進化先は三種類ね。
おっ、進化した時のステータス変化も見れるから見ておこう。
インセクトフェアリーは、魔力や知力が上昇する魔法型。
ネオインセクトヒューマンは、バランス型。
そしてインセクトキマイラは、体力や筋力が上昇する近接型。
この中から選ぶなら、ネオインセクトヒューマンかインセクトキマイラがいいかな。
移動中の戦闘で前衛が減るのはダルクとメェナに悪いし、インセクトフェアリーになると種族スキルが部分変態からサモン・インセクトっていうのに変化するようだ。
これを使えば前衛不足を補えるだろうけど、虫を召喚したら確実にセイリュウが悲鳴を上げて逃げ出す。
召喚した途端に涙目で戦線離脱して、俺の背に隠れて戦意喪失する様子が容易に浮かぶよ。
「ますたぁ、いくとのしんかさききまった?」
「もうちょっと待ってくれ」
「何になるのか楽しみなんだよ」
『レッサーァッ、パンダアァァァァッ!』
ミコト、不意打ちでレッサーパンダグローブ鳴らすのやめてくれ。
周りにいたプレイヤーが驚いて、一斉にこっちを向いたぞ。
その人達へ申し訳ありませんと頭を下げ、進化先の検討を続ける。
バランス型のネオインセクトヒューマンか、それとも近接型のインセクトキマイラか。
ここは前衛に出てもらうこと前提だし、インセクトキマイラにするかな。
うん? 進化後の姿も見られるのか?
気になるから見てみよう。
ネオインセクトヒューマンだと、今より少し背が高くなって触角とは別に前髪が二本立っている。
そしてインセクトキマイラは……よし、ネオインセクトヒューマンにしよう。
こんなのに進化したら絶対にセイリュウが卒倒して、下手すれば再起不能になりかねない。
なにせ脚は蜘蛛、胴体と頭が蟻、右手がカマキリ、左手がサソリ、そこへ蛾の羽と蜂の尾があるんだから。
人の要素が完全に消えて、虫が合成した姿、名前通りインセクトキマイラになってしまう。
というわけで、ネオインセクトヒューマンに決定。
一応インセクトフェアリーの見た目も確認すると、背丈と触角は今と変わらないまま蝶みたいな羽が生えるのか。
「決まったぞ、イクト。準備はいいか?」
「いいよー!」
バンザイするように両手を上げたイクトについ微笑みつつ、ネオインセクトヒューマンを選択。
本当によろしいですかという表示にもイエスを押すと、イクトの体が微かな光に包まれた。
するとイクトの背が少し伸び、衣服もそれに合わせたサイズになって、前髪を上を向いて立つと光が消えた。
「いくと、しんかかんりょう! どう、ますたぁ!」
ジャーンって感じでポーズを決めるイクト。
これまでが男の子って感じなら、今は少年って感じだけど喋り方は今までと変わらないのか。
でもってステータスはっと。
*****
名前:イクト
種族:ネオインセクトヒューマン
職業:土地神スタッグガードナーの使徒
性別:男
レベル:30
HP:66/66
MP:27/27
体力:64
魔力:28
腕力:57
俊敏:49
器用:55
知力:26
運:34
種族スキル
同時部分変態
スキル
斬撃LV32 毒攻撃LV30 立体機動LV28
飛翔LV29 硬質化LV27 切断LV31
網糸LV1 鱗粉LV1
装備品
頭:コスプレッサーパンダカチューシャ
上:土地神の眷属達の想いが詰まったハーフシャツ
下:土地神の眷属達の想いが詰まったハーフパンツ
足:土地神の眷属達の想いが詰まったサンダル
他:なし
武器:装備不可
*テイムモンスター
主:プレイヤー・トーマ
友好度:92
満腹度:71% 給水度:66%
*****
これが進化したイクトのステータス。
変化した種族スキル、同時部分変態は複数個所を同時に変化させるもの。
今までは一箇所ずつしか変化させられなかったのが、三箇所までなら同時変化可能になった。
例えるなら、右手に鎌で左手に鋏で背中に羽って感じで。
それと進化に伴って新しいスキルも習得。
網糸は粘着性のある糸を蜘蛛の巣状に放って相手の動きを鈍らせるスキルで、鱗粉は麻痺の状態異常にするスキルだ。
別のに進化をしたらまた別のスキルを覚えたんだけど、そこは進化させなかったから触れなくてもいいだろう。
「むう、私より背が高くなったんだよ」
「ふっふーん! いいんでしょー!」
背を抜かれたミコトが無表情ながら少し不機嫌そうにすると、逆にイクトはご機嫌で胸を張った。
確かにイクトの方が背が高くなったけど、ミコトが背伸びすれば僅かに逆転できる程度だから、さほど大きな差じゃない。
「イ、イクトきゅんが少し大きく!?」
「アホ毛イクト君よ、すぐに同志へ報告を」
「よかった、料理長さんがインセクトキマイラを選ばなくて」
おっと、人前で進化させたせいか注目されている。
そういえば、くみみの所のころろは進化したんだろうか。
進化しても変わらず引っ付いてくるイクトの頭を撫でつつ、くみみへメッセージを飛ばす。
「ごふっ、ちょっと成長したイクト君が料理長さんに密着ですって」
「個人的には進化前の方が……」
「何言っているのよ。あれはあれで萌えるじゃない」
「早く同志達へ報告しないと」
ふんふん、くみみはころろをインセクトフェアリーに進化させたのか。
飛べば自分で歩く必要が無くて助かるって言っている?
羽を動かすのと足を動かすの、どう違うんだろう。
ああそうだな、今度また会おうな。
「どうしたのますたぁ」
「今度、くみみところろに会おうって話だ」
「ほんと? あいたい!」
今すぐじゃないぞ、いつとは明言できないけど今度な。
さて、そろそろ作業館で晩飯を作ろう。
今夜はエルダーシュリンプのエビフライの卵とじだ。
前回の卵とじと違って魚醤があるから、より和風に……。
そうだ、あのコトリウオで魚醤を仕込もう。
小さいから南蛮漬けにしようと思ったけど、せっかくレシピを教わったし、やってみないとな。
あとは前回に下処理をしておいた魚の頭と骨で出汁を取って、それをベースにスキマガイでスープを作ろう。
予定を立てつつ作業館へ行くと、一階が埋まっていたから二階の作業場で作業台を借りた。
「えっ、二階に?」
「しまった、一階に人が多かったから」
「作業中止だ。香りと調理音のテロが始まるぞ」
「油断して長引く作業していたから、中断は無理だ」
二階の作業場はあまり人がいないから、喋っている事がよく聞こえる。
俺達をなんだと思っているのかと首を傾げつつ、材料と調理道具を準備して前掛けとバンダナを表示させる。
イクトとミコトも定位置に付いたし、調理開始だ。
まずは出汁を取るため寸胴鍋に水を張って火に掛け、下処理済みのスラッシュサンマとヘッドバットカツオとグレンアジの頭と骨、臭み消しにジンジャーとシュウショウも加えて煮込む。
この間に魚醤を仕込む。
貰ったコトリウオを少しだけ残し、洗ってぬめりを取って乾燥スキルで表面の水気を乾かし、醸造樽の中へ入れて塩を加える。
あとは蓋をしてアイテムボックスへ入れておく。
レシピを見た時、これだけでいいのかと思ってログイン前に軽く調べたら、下処理を施した魚を塩で漬け込むだけでもいいらしい。
下処理も血抜きをしてしっかり洗ってあれば、頭や内臓を取らなくても作れるそうだ。
貰ったコトリウオは締めてあるから血抜きは済ませてあるし、小さいから鱗も気にならないということで、今回は洗うだけで作ってみる。
その分、魚の匂いが強くなるとのことだけど、そこは初挑戦だからってことで勘弁してもらう。
「ますたぁ、それをどうするの?」
「しばらく放っておけば、魚醤になる」
「それって、あのしょっぱくて変わった匂いの黒い液のことなんだよ?」
「まあな。だけどできるのはまだ先、しばらくはアイテムボックスで放置だな」
貰ったレシピによると、ゲーム内で最低でも一週間掛かるそうだ。
そこはゲーム的なご都合主義でパパッというわけにはいかない。
「魚醤ですって」
「噂には聞いていたが、本当に出来るのか」
「そういえば、吸血鬼の姐さんも醤油を作ったらしいな」
魚醤と聞いてざわつく周囲は気にせず、寸胴鍋の灰汁取りをしたらスキマガイを洗って乾燥スキルで表面を乾かしておく。
「そのかいもつかうの?」
「ああ、スープの具にする」
「どんな味になるのか、楽しみなんだよ」
同感だ。
さて、次はエルダーシュリンプの下ごしらえだ。
エルダーシュリンプを洗って頭と殻と背ワタを取り、頭と殻は乾燥スキルで乾かしたら寸胴鍋へ追加して、身の方は尻尾の先を切り落として水分を出しておく。
もう一方のコンロで油を溜めた鍋を火に掛け、寸胴鍋に浮いた灰汁を取ったらバットを四つ用意。
卵をボウルへ割り入れて溶き、バットの一つへ流し込む。
残り二つには、小麦粉、今回はフライを作る予定でいたから前回にパンをすりおろして作っておいたパン粉を出す。
最後の一つには揚げた後のエルダーシュリンプフライを置くため、網をセットしておく。
寸胴鍋の火加減を調整して、小麦粉を撒いて油の温度を確認。
よし、良い感じだ。
エルダーシュリンプに手早く小麦粉、卵、パン粉を纏わせて揚げる。
鍋の大きさからして、一度に揚げるのは三つまでにしよう。
「フライか、しかもエビフライ」
「良い音させてやがるぜ」
周囲の言う通り良い音だ。
その音を聞きながら、ここというタイミングを見極めて油から上げ、軽く振って油を落として網をセットしたバットへ載せる。
揚げたら次の物へ衣を付けては揚げを繰り返し、合間に寸胴鍋に浮いた灰汁取りを忘れずに。
出汁が完成したら、今揚げているエビフライを煮て卵とじにして、スキマガイのスープを作る。
この二つなら白米を主食にしたいところだけど、無いから別のを出す。
勿論、それもちゃんと考えてある。
あっ、そうだ。今回は揚げ物を食わさない宣告をしたダルク用に、焼きエルダーシュリンプも準備しておかないと。




