辛いのはいかが?
皆が大満足してくれた昼食後、小屋へ道具を返却してもう少しだけ遊んだら海から引き揚げ、装備をいつものに戻す。
一緒に引き揚げて装備を戻したポッコロとゆーららんところころ丸とは、野菜をいくつか売ってもらってから別れ、新装備を受け取りに向かう。
イクトとミコトと手を繋ぎ、逸る気持ちから自然と早足になるダルク達を追って店へ到着、それぞれの新装備を受け取った。
ダルクは攻撃が当たればHPを吸収する片手剣、ドレインカリバー。
メェナも同じく、攻撃が当たればHPを吸収する効果があるガントレット、体吸の鋼拳。
セイリュウはMPを吸収する魔法が放てる杖、アブソーブロッド。
カグラも同じく、MPを吸収する魔法が放てる扇、魔奪の扇。
そして俺が、装備していれば料理と薬の回復効果が上昇する前掛け、快癒の前掛け。
快癒の前掛け 製作者:NPC・ドッソ
レア度:7 品質:7 耐久値:830
MP最大量10%上昇 魔力+20 器用+60 知力+30
土地神の恩恵が宿った前掛け
装備して作った料理と薬の回復効果を上昇させる
回復効果の上昇以外にも、結構ステータスが強化されるんだな。
さすがは土地神のくれた素材っていうところか。
「いいねいいね、気に入ったよ。今のと併用して使おうっと」
「短期戦なら防御を削る今の装備で、長期戦ならこっちを使いましょう」
「これで魔法がもっと撃てる」
「意外と耐久値があるから、扇術で物理攻撃しても大丈夫そうね」
ダルク達も新装備が気に入ったようで、早速試しに行こうと言いだした。
そういうわけでこの場で別れ、俺も俺で晩飯づくりと前掛けの効果を確かめるために動く。
「ますたぁ、これからなにするの?」
「作業館でポーション作りと晩飯作りだな」
「じゃあ、買い物に行くんだよ」
そうだな、昼のバーベキューで皆がガツガツ食って、食材がかなり減ったからな。
というわけで製薬ギルドへ行って薬草を購入し、続いて料理ギルドで食材と調味料を購入。
作業館へ移動して作業台を借りて調理と調合に入る。
「来たぞ、赤の料理長だ」
「作業中断、香りと音に備えて」
「見守り隊がどこにいるか分からない。くれぐれも邪魔をしないように」
なんだろう、所々で不穏な言葉が聞こえた気がする。
まあいい、俺がやるべきことは飯を作ること、何を言われようとも美味い飯を作っていればそれでいい。
あと、ついでに薬作りもな。
バンダナと前掛けを表示させて道具を用意したら、まずは水出しポーションを仕込もう。
ミコトに手伝ってもらい、薬草を仕込んで水出しのポーションとマナポーションを仕込んでいく。
回復量を比較するため、途中で前掛けを快癒の前掛けに変更するのも忘れずに。
それと調合スキルのレベルが上がったから、前にミミミから情報料の一部として受け取ったミドルポーションとミドルマナポーションも仕込んでおく。
「これでよし。じゃあ、飯を作るぞ」
「なにつくるの?」
「まずはスープからだ」
正面に陣取って見学のスタンバイをしたイクトにミコトへそう返し、出汁に使う魚の頭と骨を取り出す。
使うのは昨日食べたレインボーサバ、キラーサーモン、フルアーマーフィッシュの三種類。
これらは昨日の夜に下処理を済ませてあるから、いつでも使える状態になっている。
昼のバーベキューで食べたスラッシュサンマ、ヘッドバットカツオ、グレンアジの頭と中骨は、飯を作り終えて時間があったら、次回用に後で下処理をしておこう。
というわけで寸胴鍋に水を張って火に掛け、臭み消しとして一緒に煮こむネギ、ジンジャー、あとはシュウショウを鍋に入れられる大きさに切る。
まだお湯は沸かないから、今のうちに具材を仕込む。
使うのはポッコロとゆーららんが育てた野菜と、晩飯用に購入しておいたいくつかの貝。
別れ際に売ってもらったニラとカブの実と葉は一口大に、ニンジンを半月切り、バチバチキャベツは芯は細切りにして葉は一口大に切る。
この時、ニラとニンジンの一部は切り方を変えて別に分けておく。
それが済んだ頃にお湯が沸いたから、下処理済みの魚の頭と骨、臭み消しのネギとジンジャーとシュウショウを加え、火加減を調整して煮込む。
切った野菜は一旦アイテムボックスへ入れ、次は貝を処理する。
コバンオイスターを殻から外して洗い、ハイスピンホタテとプリンムールを殻から外す。
ストーンクラムも使うけど、これは殻ごと入れて煮込むから殻の表面を洗うだけ。
それから唐辛子とニンニクも出し、唐辛子はヘタを取って刻んでから一部を除いて魔力ミキサーで粉状にし、ニンニクは皮を剥いてすりおろす。
「ますたぁ、からいのつくるの?」
粉状になった唐辛子を見て不安そうなイクトに、好みの辛さに合わせるから大丈夫と説明。
貝類と唐辛子とニンニクをアイテムボックスへ入れ、鍋の灰汁取りをしたら、今回が初使用のスピアスクイッドを取り出す。
スピアスクイッド
レア度:3 品質:5 鮮度:92
効果:満腹度回復1%
エンペラの部分と十本の脚の先端が鋭く尖ったイカ
普段は柔らかいが、危険を察知すると脚の先端やエンペラが固くなり相手を刺す
死ぬと柔らかい状態に戻るので、ご安心を
名前からしてヤリイカだと思いきや、脚とエンペラが本当に槍のように刺突できるイカだった。
幸いなのは、大きさは普通のイカと変わらないのと、死んだら柔らかい状態に戻るから触れるのにも捌くのにも問題は無いことか。
「なにそれ?」
「魚とも貝とも違うんだよ」
初めてイカを見た二人が訝しげな表情をしている。
割と特殊な外見だから、初見はそういう反応になるよな。
「イカっていう生き物だ。歯ごたえがあって美味いぞ」
二人にそう返し、スピアスクイッドを捌いていく。
胴からワタ付きのゲソを引き抜き、胴から軟骨を抜き、ゲソからワタを切り落として目と嘴と吸盤を取る。
胴とゲソを洗い、乾燥スキルで表面の水気を取る程度に乾かし、エンペラを胴から外して皮を剥き、ワタから墨袋だけを取り除く。
簡単に言えばこれがイカの捌き方だけど、これが割と大変。
それでもなんとかスピアスクイッド全部を捌き終えたら、一杯を残して一旦アイテムボックスへ入れておく。
残した一杯は味見のため、生鮮なる包丁で切り分ける。
胴の一部を短冊切りにして魚醤を少量掛け、イクトとミコトと一緒に試食する。
「あまりあじしない。でも、くにくにしておもしろい」
「この食感は面白いけど、噛み切りにくいし味も薄いんだよ」
ならばと胴の残りを細切りにする。
そして再度食べさせると、反応が変わった。
「おなじいかなのに、ぜんぜんちがう!」
「食感がパキパキとして、甘味がより感じやすくなったんだよ」
「だろう?」
イカは切り方ひとつで食感や味の感じ方が変わる。
このスピアスクイッドも同様で、同じ胴でも短冊切りはねっとりとした食感で淡白な味わい、細切りなら歯切れの良い食感で甘い味わいがする。
さらにエンペラとゲソも試食してもらう。
「あたまのさんかくのところ、さっきのところとちがう!」
「脚もまた違った食感なんだよ。単体か根本かでも違うし、色々あって楽しいんだよ」
そうそう、それがイカの面白いところ。
胴も縦切りか横切りかによって食感が変わるし、刺身だけでも楽しめる。
ただ、俺の腕じゃ刺身を楽しむなんて無理だろう。
見た目は切っているだけでも、実際は厚みとか切り方とか色々あるし、切るという調理しかしないからこその難しさがある。
実際、俺が切った刺身はどれも完成度が五十から六十程度。
祖父ちゃんと父さんは和食に精通していないからともかく、暮本さんなら完成度八十以上はいくんじゃないかな。
「ますたぁ、これでなにつくるの?」
「チヂミだ」
寸胴鍋に浮いた灰汁を取りながらイクトの質問に答え、チヂミ作りの準備をする。
「おい、今チヂミって」
「じゃあさっきの唐辛子は、タレ用?」
耳に届いたのは誰の予想が分からないけど、残念ながら半分違う。
まずはイカを胴もゲソもエンペラも小さめに切り分ける。
そしてさっき切ったニンジンとニラで、切り方を変えた方を出す。
ニンジンは細切りで、ニラは短めのざく切り。
ボウルに小麦粉を出し、水と卵と魚醤を加えて混ぜて生地を作る。
ここへ具のニンジンとニラとスピアスクイッドを加え、よく混ぜる。
後はフライパンで焼くんだけど、この後でコンロは使う予定だから魔力ホットプレートを出して、油を敷いて熱したら生地を薄く敷いて焼く。
「じゅじゅじゅー、じゅー♪」
「どうしてイクトの詩は、毎回音程が外れるんだよ」
『レエェェェイッ!』
『レッサーァッ、パンダアァァァァッ!』
「えぇっ!?」
イクトの音程外れの歌もそうだけど、ミコトがどうしてそこまでグローブの鳴き声を気に入ったのかが分からない。
とはいえ今さら気にしてもしょうがないから、チヂミを焼いている間に寸胴鍋に浮いた灰汁を取り、タレを調合する。
タレに使うのは醤油、酢のようになったサンの実の果汁、油少々、さっき粉状にした唐辛子とすりおろしたニンニク、隠し味程度に砂糖、そして白ゴマの代わりに黒ゴマ。
これを辛さの好みに合わせて三段階準備して、混ぜ合わせてタレの完成。
唐辛子たっぷりのメェナ用、普通の辛さが俺とセイリュウとカグラ用、唐辛子ちょっとだけは辛いのが苦手なダルクとイクトとミコト用。
焼けてきた生地をひっくり返し、もう片面も焼いている間に寸胴鍋から良い感じの香りが出て来た。
小皿に取って味見をすると、魚介の良い出汁が出ている。
「二人とも、ちょっと手伝ってくれ」
「はーい」
「分かったんだよ」
二人にもう一つの寸胴鍋に布を張って紐で縛ってもらい、そこへ出汁を流し込んで濾す。
紐を外した布でそのまま出し殻を包んで捨て、空になった寸胴鍋は洗って片付け、出し殻と汚れを取った出汁を二つの鍋へ注ぐ。
これらをコンロに置いて火に掛け、魚醤と粉状にした唐辛子とすりおろしたニンニクを加えて混ぜ、下処理をした貝類を加えて煮る。
「辛い貝のスープ?」
「チゲか。いや、スンドゥブか?」
「スンドゥブは豆腐のことを指すから違うわよ。あれは貝のチゲね」
誰が言ったか分からないけど、正解。
魚介出汁をベースに作る、貝のチゲだ。
さて、チヂミが焼けてきたか。
両面が焼けたのを確認したら皿へ移し、菜箸で押さえながら包丁で切り分け、皿へ盛ったら味見用の一つを残してアイテムボックスへ入れて熱々状態を保つ。
味見用はさらに三つへ切り分け、好みの辛さのタレを掛けて完成。
スピアスクイッド入りチヂミ 調理者:プレイヤー・トーマ
レア度:4 品質:7 完成度:95
効果:満腹度回復43%
満腹度減少低下【中・2時間】 水耐性付与【中・2時間】
器用+4【2時間】
表面はカリッと香ばしく、中はもっちり食感の生地
そこへスピアスクイッドの歯応えと甘味が加わり、旨味を膨らませる
酸味と辛みのあるタレが味を引き締めています
おぉ、さほど量があるわけじゃないし、肉や丼物じゃないのに満腹度の回復量が四十を越えた。
これが快癒の前掛けの効果なんだろうか。
「さっ、試食だぞ」
「わーい」
「待ってたんだよ」
早く早くとばかりに身を乗り出していた二人へ、さほど辛くないタレを掛けた二つをフォークで食べてもらい、俺は普通の辛さのタレを掛けたのを試食。
熱を通したからか、スピアスクイッドの甘さが増している。
歯応えもサクッとして香ばしく、それが表面がカリッとして内側はもっちりした生地、ニンジンとニラとも合っている。
そこへ辛みと微かに酸味のあるタレがあるお陰で、味が単調になっていない。
「おいしー! かかってるのちょっとからいけど、さっきのいかがあまい!」
「これは味だけの美味しさじゃないんだよ。生地と具材による様々な食感が味とは別の楽しさを演出して、それが味の引き立て役にもなっているんだよ」
触覚とレッサーパンダ耳をグイングイン動かして喜ぶイクト。
無表情ながら流暢に食レポするミコト。
その様子を見ながら鍋の火加減を調整し、切っておいた野菜をアイテムボックスから出して、火の通りにくい物から加える。
「ますたぁ、そっちはからいの?」
「ちゃんと調整しているから、大丈夫だ」
今煮込んでいる鍋は、一つがダルクとイクトとミコト用の辛さ控えめ、もう一つが俺とセイリュウとカグラ用の普通の辛さだ。
この二つが完成したら、メェナ用の激辛を越えた超絶極辛を作る。
その時は周囲への被害が凄いだろうから、念のために周りへ注意を呼び掛けておこう。
さて、もっとチヂミも焼かないと。
あれだけ全然足りないだろうからな。
というわけでチゲを作りつつ、チヂミを焼いていく。
そうして完成したチゲが、これだ。
貝たっぷりチゲ 調理者:プレイヤー・トーマ
レア度:5 品質:6 完成度:87
効果:満腹度回復47% 給水度回復36%
火耐性付与【中・2時間】
魚の頭と骨で出汁を取り、四種類の貝を入れたチゲ
ただ辛いだけでなく、魚介の旨味が豊富でそれを吸った野菜も美味
お熱いうちにめしあがれ
試食してみると、辛いけど魚介の旨味がしっかり出ている。
しかも喧嘩することなく中和して、辛みのついた貝や野菜ともよく合う。
ハイスピンホタテもコバンオイスターもストーンクラムもプリンムールも美味いけど、意外と良いのがバチバチキャベツ。
加熱したからなのか、バチバチ感がパチパチ程度に弱まっていて、それが辛さと一緒になって良い感じの刺激だ。
バチバチ感次第では出汁を加えて辛さを薄めようと思ったけど、これなら大丈夫だろう。
勿論、ニンジンもニラもカブもカブの葉もバチバチキャベツの芯も美味い。
「あふ、あふ。からいけどおいひい」
「しっかり出汁を取ったから、スープの旨味が辛さに負けていないんだよ。それとこの辛さが出汁と貝の旨味と野菜の甘みを引き立てて、より美味しく感じさせているんだよ」
イクトとミコトの反応も上々か。
なら、辛さ控えめと辛さ普通は大丈夫だな。
チヂミもたっぷり用意したし、いよいよメェナ用のチゲ鍋作りへ取り掛かろう。
二つの鍋をアイテムボックスへ入れ、三つ目の鍋へ出汁を注ぎ入れて具材と調味料を準備。
「この場にいる人達、ちょっと聞いてほしい」
周囲へ呼びかけると、こっちを見ていたプレイヤー達が何事かとざわつきだした。
「今から激辛好きな仲間向けの料理を作る。目や喉にくると思うから、気をつけてくれ」
注意を促すとざわめきが大きくなった。
さて、次はイクトとミコトだな。
今から作る物は目と喉が痛くなると告げ、清潔な布で顔を隠してもらう。
できれば外にいてほしいけど、従魔と主人はあまり離れられないから、こうしておくのが一番だろう。
だけど念のため、しゃがんで隠れているようには言っておいた。
「じゃあ、調理始めるぞ」
改めて周囲へ呼びかけ、メェナ用の超絶極辛チゲの調理開始。
火に掛けた出汁へ、粉状にした唐辛子をたっぷり加え、さらに粉状にしなかった刻んだだけの唐辛子も投入。
他は先に作ったのと同じだけど、唐辛子の量が半端じゃないから広がる辛みが目にくる喉にくる。
「うおぉぉっ! 目が、目があぁぁぁっ!」
「こうなると分かっていたけど、やっぱり痛い!」
「げっほげっほ。辛いけど、隊員として逃げるわけにはいかない!」
「イクト君とミコトちゃんは、顔を隠してしゃがんでいるから大丈夫そうね」
なんでこうなると分かっていながら、逃げない人がいるんだろうか。
俺が報せたらすぐに逃げた人もいるのに。
作業台の陰に隠れているイクトとミコトは……大丈夫そうだな。
つい、いつも通りこっちを借りちゃったけど、こんなことなら個室を使うべきだったな。
今となってもう後の祭り、いまさらか。
完成したら周りに謝罪しなくちゃな。
でも今はチゲを煮込むのが優先。
具に火が通ったら、締めはたっぷりのビリン粉を振りかけてメェナ用のは完成だ。
しかし本当、よくここまで辛くて刺激的にしても平然と食べて、しかも美味いと言い切れるもんだ。
とはいえ、喜んで食べてもらえるなら激辛だろうが超絶極辛だろうが作ってやるよ。
さすがに味見は勘弁だけど。
あっ、完成したら水出しのポーション類を仕上げて、そっちの回復量も調べなくちゃな。




