いざ海へ
ダルク達が帰ってきたのは、日が暮れてだいぶ経ってからだった。
理由を聞こうとしたら、先に飯ってダルクがうるさいから海鮮ユッケとつけ麺とフライを出した。
そして予想通りの光景が目の前で起きている。
「くっはー! コバンオイスターフライもハイスピンホタテフライもサイッコー!」
揚げ物狂いのダルク用に山盛りで用意したフライが、次々とダルクの口の中へ消えていく。
タルタルソースと魚醤を気分で使い分け、熱さなんて知ったことかとばかりに箸で持ち上げたフライを、一口で頬張って食べている。
ハフハフ言いながら食べているから熱いことは熱いようだけど、なんでそれを繰り返すかな。
「ダルクちゃん、もう少し大人しく食べなよ」
そう言っているセイリュウも、エルダーシュリンプの殻と頭で取った出汁に魚醤を合わせたつけ汁で食べるつけ麺を、勢いよくすすっている。
エルダーシュリンプ出汁のつけ麺 調理者:プレイヤー・トーマ
レア度:5 品質:7 完成度:84
効果:満腹度回復20%
体力+5【2時間】
エルダーシュリンプの殻と頭を煮込んで作ったつけ汁に麺をつけて食べる
徹底的に煮込んだのでエルダーシュリンプの濃厚な味がする
炒った殻と頭の粉末を浮かべ、香りも演出
濃厚なつけ汁に太麺がよく合います
*エルダーシュリンプの殻と頭を煮込む。
*布で濾して殻と頭を取り除く。
*スープ用とつけ汁用に分ける。
*スープ用はアイテムボックスへ、つけ汁用には再度殻と頭を加えて煮込む。
*水分が減るほど徹底的に煮込んで濃い旨味を抽出。
*布で濾して頭と殻を取り除く。
*濃厚スープに魚醤と刻みジンジャーを加えて軽く煮込み、味を調整しつつ馴染ませる。
*出汁を取った後の頭と殻をすり潰して粉末状にしてフライパンで炒る。
*完成した濃厚スープを器に入れ、炒った殻と頭の粉末を浮かべる。
*麺を茹で、お湯をよく切ったら、冷却スキルで冷やした水へ入れる。
*冷却スキルで水を冷やし続けながら麺の熱を取って冷やし、水をよく切って皿に盛る。
*刻みネギを別の小皿に載せ、麺とつけ汁に添えて完成。
きっと食いつくだろうなと思ってセイリュウの分だけ特盛にしたけど、正解だったようだ。
だって山のような高さだったのが、今では丘程度まで低くなっている。
つけ汁、足りるかな。
「このつけ汁、味だけじゃなくて香りにもエビを感じるわね」
「出汁を取った後のエルダーシュリンプの殻と頭を粉末状にして、炒ったものを浮かべたんだよ」
どっぷりとつけ汁をつけて麺をすするカグラに、香りの理由を説明する。
メガリバーロブスターは殻が固くて大きいからやらなかったけど、エルダーシュリンプならそれほどでもないから、これをやって香りを強化した。
さらにつけ汁につけた麺をすすった時、つけ汁だけでなく粉末状の殻と頭が麺と一緒に口に入るから、よりエルダーシュリンプの味を感じられるんだ。
粉末状にして量に注意すれば、食感も気にならないしな。
「あぁぁぁぁっ、海鮮ユッケ美味しいわ。魚も味付けも勿論いいけど、なによりこの醤油味が!」
「正確には魚醤だけどな」
「そんなの些細なことよ!」
魚醤で味付けした海鮮ユッケを夢中で食べるメェナの言う通り、醤油か魚醤かなんて些細なことか。
「そーそー、些細なことだって。こんなに美味しい揚げ物が食べられるなら、醤油か魚醤かなんて関係ないよ!」
とか言っているのに、タルタルソースをつけて食べていると説得力が無いぞ、ダルク。
あと、大声を出してフォークに刺したコバンオイスターフライをこっちへ向けるな、行儀の悪い。
「フライに海鮮ユッケにつけ麺……」
「一つでいいからちょうだい」
「海鮮ユッケに合うか分からないけど、あのワインも」
「ミコトちゃん、無表情でも美味しそうに食べているわね」
「イクト君、口の周りをタルタルソースやつけ汁でベッタベタにしながら、そんな美味しそうに食べないで」
ほらみろ、大声を出したから皆が見ているぞ。
とはいえ揚げ物を前にしたダルクに、大人しく食えっていうのは難しいか。
せめて無言になるほど夢中で食べていてくれ。
「ところで今日は、随分と遅くまで外で戦っていたんだな」
「まあね。例のコウモリに貰った力が夜間に効果的だから、それを試していたのよ」
ようやく聞けた理由に納得した。
例のコウモリに貰った力っていうのは、おそらくガーディアンバットから貰った称号、守護コウモリの祝福のことだろう。
あれは夜間や洞窟内だと能力が強化されるから、それを確かめるために日が落ちるまで外にいたってことか。
「ごめんね、待たせちゃって」
「別に構わないさ」
その間にミコトと水出しポーションを作り、魚の骨で出汁を取るための下処理をして、明日の朝飯と昼飯を作って、麺とパンのストックを作っておくことができた。
「だけどそのお陰でバッチリ稼いだから、明日は朝ご飯食べたら即、海に行こー!」
「おーっ!」
立ち上がりながらフライを挟んだ箸を持つ右手を掲げるダルクに、俺の隣に座るイクトだけが同調して左手を上げる。
他の面々は無表情のミコトを除き、俺を含めて苦笑い。
「ダルク、行儀悪いぞ。しばらく揚げ物無しにするぞ」
「ごめんなさい、僕が悪かったです。全身全霊かつ全力で謝罪するので、どうかそれだけはご勘弁ください」
「だったら大人しく食ってろ。それと少しうるさいぞ」
「はい……」
席に着き、言われた通り声を発さずにフライをバクバク食べる。
騒がないようにしているだけで、食べっぷりは変わらずか。
「ますたぁ、いくとにもおこる?」
恐々と尋ねるイクトが弟可愛い。
そしてそういうのと無関係に、イクトには怒らないぞ。
「イクトはダルクみたいに騒いでいないし、フォークを持った手を挙げていないから、怒らないぞ」
「ほんとう?」
「本当だ」
不安そうに首を傾けて再度尋ねるイクトに、肯定の言葉を返して頭を撫でてやる。
すると表情は嬉しそうなものに変わり、触覚とレッサーパンダ耳が上機嫌にパタパタと動く。
「うぐぅ……贔屓だ、贔屓」
「そう思うなら、さっきの自分の行動を振り返るんだな」
悔しそうにするダルクにそう返し、つけ麺をすする。
うん、エルダーシュリンプの濃厚な味と香りに、太麺がちょうどいい。
魚醤の塩味とジンジャーの風味も、目立っていないけど味を引き立てている。
「そういえば、マスターの新しい前掛けやお姉ちゃん達の新しい武器は、いつ受け取るんだよ」
「海で遊んでから!」
ミコトの質問にダルクが力強く答えた。
しかもその後で、外へ出て武器の使い心地を試すつもりらしい。
俺も新しい前掛けを装備して、料理やポーションを作ってみたいからちょうどいいか。
「というわけで、日中は思いっきり遊ぶわよ」
「ビーチバレーができる場所もあるから、楽しみ」
海での遊びを楽しみにしているカグラとセイリュウが、早くもワクワクしている。
「しつこいナンパ野郎が出たら、即GMコールしなくちゃね。ふふふっ」
確かにそうするべきだけど、なんで左拳を握って攻撃する気満々の笑みを浮かべているんだ、メェナ。
一抹の不安を抱きつつも、晩飯と後片付けを終えた俺達は宿で睡眠を取り、海へ行く前に宿の食堂で作っておいた朝飯を摂る。
「朝飯はこれな。焼きレインボーサバの野菜入り甘酢あんかけと、エルダーシュリンプ出汁のスープ、茹でたストーンクラムとハイスピンホタテとトマトシャーベットを載せた冷やし和え麺」
説明をしながら料理を並べていくと、それだけでダルク達とイクトとミコトの目は釘付けだ。
焼きレインボーサバの野菜入り甘酢あんかけ 調理者:プレイヤー・トーマ
レア度:5 品質:6 完成度:81
効果:満腹度回復14%
水耐性付与【中・1時間】
焼いたレインボーサバへ、刻み野菜入り甘酢あんをかけた一品
レインボーサバの強い脂が、甘酸っぱいあんで良い感じに食べやすくなっています
*ボウルに水、酢のようになったサンの実の果汁、フィッシュソース、砂糖、すりおろしたネンの実を入れて混ぜてタレを仕込む。
*捌いて切り身にしたレインボーサバに軽く塩を振って焼く。
*ピーマン、ニンジン、タマネギ、エリンギを細切りにする。
*油を敷いたフライパンで野菜を炒め、頃合いを見計らってタレを加える。
*焼けたレインボーサバを皿へ載せ、とろみが出た野菜入り甘酢あんをかけて完成。
エルダーシュリンプの出汁スープ 調理者:プレイヤー・トーマ
レア度:5 品質:7 完成度:84
効果:満腹度回復3% 給水度回復11%
俊敏+5【1時間】
エルダーシュリンプの殻と頭で取った出汁をスープに仕立てた
具の葉ニンニクとニラが意外と合う
白身だけのかきたまも、悪くないものです
*エルダーシュリンプの出汁を火に掛ける。
*葉ニンニクとニラを刻み、出汁へ加えて煮る。
*ユッケを作った時に残った白身を溶き、スープへ加える。
*ある程度固まったらフィッシュソースで味を調えて完成。
二種の貝入りトマトシャーベット冷やし和え麺 調理者:プレイヤー・トーマ
レア度:6 品質:6 完成度:86
効果:満腹度回復16%
MP最大量+60【1時間】 無属性攻撃時水属性付与【中・1時間】
麺から具まで、全て冷やした暑い日向けの麵料理
凍らせてすりおろした、トマトシャーベットを絡めて食べてください
薬味のサンの実の皮が絶妙に効いている
お皿も冷やしてあるので、しばらくは冷たいですよ
*ストーンクラムと殻を外したハイスピンホタテを茹でる。
*茹で上がったストーンクラムとハイスピンホタテを、冷却スキルで冷やした水で冷やす。
*麺を茹で、お湯をよく切ったら、冷却スキルで冷やした水へ入れる。
*冷却スキルで水を冷やし続けながら麺の熱を取って冷やし、水をよく切る。
*一度焼いたサンの実の皮を刻み、冷凍スキルで凍らせたトマトをすりおろす。
*酢のようになったサンの実の果汁とフィッシュソースを混ぜてタレを作る。
*冷却スキルで冷やした皿へ、麺を盛って殻から外したストーンクラムと、ほぐしたハイスピンホタテを載せる。
*トマトシャーベットを全体へ振りかけ、タレを回しかけて刻んだサンの実の皮をふりかけて完成。
主食にスープにおかずと、バランスは良い。
勿論、味も良い。
アイテムボックス内にある今日の昼飯も含め、イクトとミコトと味見済みだから問題無い。
全員分を並べて俺とダルク達には箸を、イクトとミコトにはフォークとスプーンを用意したら、いつも通りダルクの音頭でいただきますをして食事開始。
「んー! 焼いたレインボーサバに、甘酢あんが合ってるよ! しかも野菜で彩りと食感も良いし!」
「ともすれば脂の強さでくどく感じる焼きレインボーサバだけど、あんの甘酸っぱさと野菜でくどさが中和されて、食べやすいんだよ。さらにあんのお陰で冷めにくいから、脂が適度に温まった状態が保たれて最後まで美味しく食べられるんだよ」
真っ先に焼きレインボーサバの野菜甘酢あんかけを食べた、ダルクとミコト。
食べっぷりと喜びようはダルクが上で、食レポはミコトが圧倒的に上だ。
俺としては、美味そうに食ってくれればそれでいいけどな。
「トマトシャーベットを絡めて食べるのね。口の中で溶けて、トマトと麺の絡み合いが変化するわ」
「一緒にストーンクラムや、ほぐしたハイスピンホタテを食べても美味しい。おまけにサンの実の皮の香りが爽やかだし、微かな渋みと苦みが味を引き締めているよ」
最初に和え麺を食べたのは、妖艶な笑みを浮かべて口の中での変化を楽しむカグラと、夢中で麺をすするセイリュウ。
特にセイリュウなんか、よほど気に入ったのか特盛にしておいた麺がみるみるうちに減っていく。
「スープが美味しいわ。昨日のつけ汁のような濃厚さは無いけど、スープならこれくらいがいいわ。それにしても、卵はともかくニラと葉ニンニクも意外と合うのね」
「でしょ! きのうのあじみでもおいしかったんだよ!」
ゆっくりスープを飲んで感想を口にするメェナに、まるで自分の事のようにイクトが主張する。
ニラや葉ニンニクは使う量を間違えると、その強い風味が料理全体を支配しかねない。
そういったのを感じていないのなら、今回は上手くいったようだ。
「トーマ、トーマ! お昼は浜で食べるって話だけど、大丈夫なの?」
「問題無いぞ。昨日帰ってくるのが遅かったから、既に準備済みだ」
「さっすが! それなら一緒に全力で遊べるね!」
ダルクがそう言うと、ペース配分とか休憩とか考えずに遊び続けた挙句、バタンと倒れて寝る子供みたいに遊びそうだ。
ゲーム内ならそういうのは無いだろうけど、俺達がついていけないテンションで遊ぶなよ。
「ただ、海に行く前にちょっとだけ市場に寄らせてくれ」
「晩ご飯用の買い出し?」
「それもある。パパッと済ますから、頼む」
「ご飯のためならオッケーよ」
カグラに続いて皆からも許可が出たからお礼を告げ、前に市場で買わなかったもので気になる魚介類を思い出しながら、朝飯を食い続ける。
その後、朝飯を終えたら宿を出て朝市で買い物をしたら海へ向かう。
既に遊んでいるプレイヤーが結構いる浜辺へ降りた俺達は、装備を変更して水着姿になる。
俺は赤地に黒のラインが入ったトランクス水着の上に、黒地に赤のラインが入った半袖のラッシュガードの上下を装備する。
ラッシュガードは上下とも装備の上の枠で一体化しているのか。
「よっし! 準備完了!」
腰に手を当てて仁王立ちするダルクは、ちゃんと布面積が広めで活動的なイメージを抱く水着姿だ。
こっそり小さめの水着を買っている可能性を否めなかったから、ちょっと安心した。
足に履いているビーチサンダルも、水着を売っていた店で買ったのかな。
「着替えが楽でいいわね」
にこやかな笑みを浮かべるカグラはパレオ付きのビキニか。
そこまで布面積が小さいわけではなく、むしろビキニにしては大きめなのに、スタイルがアレだから目のやり場に困る。
特に、今揺れた胸元とか。
「タオルとかも必要ないしね」
こっちをチラチラ見ながら少し照れているセイリュウは、俺が選んだ控えめながら可愛らしい水着。
何度もどれがいいかって聞かれて困ったけど、厳選しただけあってよく似合うじゃないか。
「泳いだ後にシャワーを浴びる必要も無いし、不埒な奴らを通報しやすいから、海で遊ぶならゲーム内の方がいいかもね」
競泳水着みたいな水着姿のメェナの言う通り、海水を洗い流す手間が無いのは助かる。
だけど不埒な輩を通報するって言う時に、どうして指をポキポキ鳴らすようにしながら、邪悪な笑みを浮かべているんだ。
通報するより先に、物理的に解決しようとか考えていないよな?
「うーみー!」
「おー」
海を見るのは二度目、海で遊ぶのは初めてなイクトとミコト。
緑のトランクス水着のイクトが両手を上げて海に向かって叫び、フリル付きの紺のワンピース水着のミコトは無表情のようでいつもより目が見開いている。
というか、レッサーパンダカチューシャとレッサーパンダグローブは本当に外さなくていいのか?
装備を水着に変えた時に外さないでって言われたから戻したけど、コスプレっぽいぞ。
「ていうか、なんでトーマはラッシュガードなの! 脱げよ! 半袖とはいえ、それじゃあ地味に鍛えられた二の腕とか、割れてはいないけどそこそこ引き締まった腹筋とか太ももとか、全然見えないじゃないか!」
この揚げ物狂いの幼馴染は、料理とは別に俺に何を求めているんだろうか。
「これじゃないと、ステータスが半減して動きにくくなるんだよ」
ラッシュガードの下にトランクス型の水着は履いているけど、これだけで入水したらガーディアンバットの所で遊んだ時の二の舞になりかねない。
動きにくいから、水の掛け合いで一斉攻撃を浴びたんだよな。
「あー、サラマンダーだもんね」
「だけど残念だわ、トーマ君の体つきを見られなくて。ねっ、セイリュウちゃん」
「なななな、なにを言っているのかな!?」
納得しているメェナはともかく、なんでカグラは唇を舐めながらそんなことを言うんだ、そしてどうしてセイリュウはそんなに動揺しているんだ。
ボディビルダーやスポーツ選手くらいならともかく、特に鍛えているわけでもない、少し引き締まっている程度の体つきを見てどうするんだよ。
「ますたぁ、はやくあそぼ!」
「時間は限られているんだよ」
はいはい分かったよ、二人とも。
「よーし! それじゃあ、突撃ー!」
「おーっ!」
ゲーム内だから準備運動なんか不要とばかりに駆け出すダルク。
それに続いてイクトも駆け出し、他のプレイヤー達の間を縫って走り、二人で海へ飛び込んだ。
おいおい、子供かよ。
あっ、イクトは子供だしダルクは精神的に子供か。
「ぶぎゃー!」
今のはイクトの悲鳴?
なんだ、どうした?
飛び込んだ二人の方を見ると、涙目のイクトが猛ダッシュで戻ってきたから受け止める。
「ますたぁ! うみのおみず、しょっぱい! すごく、しょっぱい!」
あーっ、海水が口に入っちゃったのか。
海の洗礼を受けたイクトを慰め、周りにいるカグラ達はその様子に苦笑し、ダルクも海に浸かりながら苦笑している。
大丈夫だぞ、海は気を付けていれば楽しいところだからな。