水でも酒でも
予想通りだった。
水着を売っている店での買い物はとても時間が掛かったし、どれがいいかを選ばされた。
ダルクとカグラは分かっていながら露出多めのを持ってくるし、それを叱っていたメェナのも動きやすさ重視だから少し露出多めだし、セイリュウはやたら熱心に何度も聞いてくるし。
おまけに選んだ水着を装備した自分の姿がウィンドウに表示されるシステムを使って、色々と見せてくるから反応に困ったぞ。
特に露出多めのを装備した姿を表示させて、似合うかと聞かれた時は。
そのせいで店内にいる他のプレイヤー達から、色々な視線を浴びたぞ。
ちなみに俺とイクトとミコトの水着は、割と早々に決まった。
俺はサラマンダー用の入水してもステータスが半減しない、黒地に赤いラインが入った半袖のラッシュガード水着で、イクトは緑のトランクス型、ミコトはスクール水着にフリルを付けたみたいな紺色のワンピース型だ。
「うーみー、うーみー、たのしみだー」
店内に何故か置いてある椅子に腰かけたイクトが、足をパタパタさせながら楽しそうに歌う。
内容はそう大したものじゃないのに、絶妙に音程が外れて微妙な歌に聞こえる。
「イクトはいつになったら微妙な歌から脱却できるんだよ」
「えぇっ!?」
まあな、この店に来るまでの間も絶妙に微妙な歌ばかり口ずさんでいたもんな。
「お待たせ、買ってきたよ!」
「うふふ、良い買い物ができたわ」
おっ、やっと終わったか。
ちゃんと俺が選んだ普通のやつを買ったんだろうな。
ちらりとメェナを見ると、少し疲れた笑みでサムズアップした。
「露出が多いのもこっそり買おうとしていたけど、全力で阻止したわ」
よくやったメェナ。
その頑張りに俺もサムズアップで返す。
「トーマ君が選んでくれた水着なら、少なくともマイナス印象は無い。後は私が頑張るだけ、頑張れ私」
でもってセイリュウは俯き気味で何をブツブツ言っているんだろうか。
大丈夫か、情緒不安定になっていないよな。
「さて、調べるものは調べて水着も買ったし、次はどうする?」
「レベル上げに行くにも海へ遊びに行くにもお昼にするにも、中途半端な時間よね」
確かに、今から遊びに行っても大して遊べる時間は無いし、昼飯には少し早い。
だったら適当に時間を潰してから昼飯にして、その後でレベル上げや海での遊びをした方がいいと思う。
問題はどうやって時間を潰すかだな。
「だったらコウモリさんからの贈り物を加工してもらうため、鍛冶屋に行きましょうよ」
コウモリさんの贈り物?
ああ、ガーディアンバットから貰った素材か。
店内に他のプレイヤーがいるから、そういう風に言ったのかな。
カグラからの提案にダルク達も賛成し、店を出て鍛冶屋を探す。
「どんな武器を作れるのか、今から楽しみだよ」
「回復がどれくらいなのか気になるわね」
「完成したら使い勝手を試さないと」
「レベルアップも兼ねて、ガンガンやってやるわ」
新しい装備を楽しみにしているダルクとカグラ、冷静に計画を立てるセイリュウに対して、早くもメェナは戦う気満々だ。
船旅に備えて資金稼ぎとレベル上げが必要とはいえ、獰猛な笑みを浮かべて拳同士をぶつける様子は、狼の耳と尻尾も相まって猛獣のように見える。
「ますたぁはなにつくってもらうの?」
「そうだな……やっぱりバンダナか前掛けかな」
「靴かベルトもいいと思うんだよ」
皮だからそれもいいな。
でもベルトって、どこの装備枠を使うんだろう。
隣を歩くセイリュウに尋ねると、他の枠を使うらしい。
だったらベルトは無しだ。
他の枠には前掛けを装備しているから、これを外すことはできない。
ということは、候補はバンダナか前掛けか靴だな。
どれにしようかと考えているうちに鍛冶屋へ到着したものの、NPCの鍛冶職人からこの素材は扱えないと言われた。
なんでも、自分にはこれを加工するほどの腕に達していないとのことだ。
「NPCの職人の中にはレア度が高い素材を扱えないのがいるって聞いたけど、この店はそうだったみたいね」
店を出て残念そうにするメェナの言う通り、この店ではガーディアンバットから貰った素材を加工してもらえなかった。
一口に職人と言っても、腕前はピンキリっていうことだな。
というわけで別の店を当たり、三件目でようやく加工してもらえる職人を見つけた。
頼んだのはダルクが片手剣、メェナがガントレット、セイリュウが杖、カグラが扇、そして俺は前掛けか靴かを悩んで前掛けにした。
「トーマ君、どうして前掛けにしたの?」
「今の装備品から、消去法で選んだ」
器用を強化する集中のバンダナは真っ先に除外。
残るは火に耐性効果のある前掛けと俊敏を強化するサンダル。
戦わないからどっちを外していいけど、行ったことのない町への移動中に戦闘になった際、攻撃が飛んできたら避けられるように俊敏は落とさない方がいいと思っただけだ。
なにせ前にセカンドタウンウエストへの移動中、サボテンのモンスターが飛ばす棘が最後尾にいる俺の所まで飛んできて、それを避けたことがあるからな。
尤も、あれは直線上に俺がいるのにダルクが盾で防がずに回避したからなんだけど。
「完成はゲーム内での明日だってね」
てっきりゲーム的にパパッと作るのかと思ったら、レア度が高い素材を使って装備品を作ってもらう場合は、短くとも一日は必要になることがあるとのことだ。
しかもレア度が高い素材の加工とあってか、値段も結構高かった。
「水着も買って結構お金使っちゃったから、お昼を食べたら午後は外でレベル上げとお金の調達をしましょう」
俺も市場で結構な買い物したから、午後は料理ギルドで良さそうな依頼を受けて金を稼ぎたい。
「海で遊ばないの?」
「明日でいいじゃない、海は逃げないんだから。それよりもお金よ」
「賛成。というわけでトーマ、お昼ご飯は何にするの?」
ダルクとイクトから期待の籠った眼差しが向けられる。
それに続いてカグラとセイリュウとメェナとミコトもこっちを見て、何を作るのって目で訴えてくる。
一応予定としては、フルアーマーフィッシュとエルダーシュリンプのフライを作ろうかと思っていたけど、ダルクが露出の多い水着でからかってきたからそれは無しにして、同じ食材で二品作ろう。
「フルアーマーフィッシュのアクアパッツァと、エルダーシュリンプの酔っぱらいエビにしようと思う」
酔っぱらいエビはブルットワインを使った洋風に仕上げて、アクアパッツァはフルアーマーフィッシュだけじゃなくてストーンクラムも使おう。
「アクアパッツァは知っているけど、酔っぱらいエビって?」
「酒ベースの調味液に漬けこんだエビを煮込んだ料理だ」
加熱すればアルコール分は飛ぶから未成年でも食べられるし、調味液の調合次第で風味も変化させられる。
単純に考えるなら日本酒ベースの和風、中国酒を使った中華風、そして俺が考えているワインを使った洋風だ。
他にも生姜やニンニクやレモン汁やごま油やオリーブオイルといったのもあるけど、細かいから割愛しよう。
「お酒? ああ、ブルットワインを使うのね」
そういうこと。
というわけで必要な材料を買い足すために料理ギルドへ赴き、材料を購入。
ついでにオリジナルレシピに該当する、サンの実の果汁酢ジュース、オーク肉とシマシマタマネギの焼売のレシピを提供。
【クッキング・ヴァンガード】の称号の効果で、五割増しになった報酬を受け取って作業館へ向かう。
「戻って……きた……だと?」
「朝はシーフードバーベキュー、今度は何を作るっていうの」
「作業中止だ。急げ、料理が始まる前に中断できるところまでいくんだ」
「イクトきゅん、今日もきゃわいい」
「ミコトたん、その無表情な目で僕を見て」
作業場へ入って作業台で準備をしていたら、周囲のプレイヤー達が騒がしくなった。
海辺の町に来て、テンションが上がっているんだろうか。
今いる位置から見える別の作業台では、熱心に作業をしているプレイヤー達がいる。
やたら張り切っているけど、何か良いことでもあったのかな。
だったら俺もそれに負けないよう、気合い入れていこう。
作業台の上に準備を整えたら、バンダナと前掛けを表示させ、両手で頬を叩いて気合いを入れた。
「おっ、張り切ってるね」
「がんばれますたぁ」
あいよ、頑張るよイクト。
さて、まずはエルダーシュリンプの仕込みから。
ボウルにブルットワインを注ぎ、すりおろしたジンジャー、酢のようにしたサンの実の果汁、塩、砂糖、洋風だからオリーブオイルをそれぞれ加えて混ぜたら調味液の完成。
同じのを複数用意したらエルダーシュリンプの頭と殻と背ワタを取り、調味液に漬けてよく揉みこんでしばらく置いておく。
現実だったらラップをして冷蔵庫に入れるけど、どっちも無いしアイテムボックスだと時間経過が無いから味が染みず、熟成瓶は肉の熟成に使っているから空いている数が足りない。
だから一応冷却スキルで冷やしつつ、端の方へ置いておくしかない。
おっと、頭と殻は出汁を取る用に残しておくから、バーベキューをした時のと一緒にしておかないと。
「マスター、味見したいんだよ」
「まだ途中だから、味見できないぞ」
味見を求めるミコトのおねだりを却下し、エルダーシュリンプの頭と殻をアイテムボックスへ入れる。
するとイクトが残念そうにして、その隣にいるミコトもちょっと頬が膨れた。
そんな反応をしても、まだ完成していないから味見させられないぞ。
さて、漬け込んでいる間にアクアパッツァを作ろう。
まずはポッコロとゆーららんに育ててもらったズッキーニとナスを輪切りに、ギッチリピーマンをざく切り、ニンニクをスライス、セイリュウが採取してきたハーブを刻む。
次はフルアーマーフィッシュの鱗とエラと尾、それと内臓を取って腹の中を洗って、乾燥スキルで水気だけを乾かす。
切り分けてもいいけど、今回は一匹丸ごと使おう。
大きさは鯛と同じくらいだから、フライパンにもなんとか収まるしな。
ただ、身が厚めだから火が通りやすいよう両面へ切れ目を入れて塩を振る。
次はフライパンを熱してオリーブオイルを敷き、下処理を施したフルアーマーフィッシュの両面を焼く。
焼き色がついてきたら、水、スライスしたニンニク、ブルットワインを注いで火加減を調整して煮込む。
頃合いを見計らってストーンクラムを加え、殻が開いたらナスとズッキーニとギッチリピーマンと塩を加える。
「へえ、ピーマンを入れるのね」
「パプリカの代わりにな」
できればミニトマトも加えて彩りを出したいけど、無いから無しだ。
普通のトマトはあるから、いずれ入手できると思う。
ここへオリーブオイルを回しかけ、具材に火が通ってきた頃合いで火を止めて刻んだハーブを全体へ振りかけ、煮汁と一緒に大皿へ盛って完成だ。
フルアーマーフィッシュのアクアパッツァ 調理者:プレイヤー・トーマ
レア度:5 品質:5 完成度:81
効果:満腹度回復16% 給水度回復5%
HP最大量+50【1時間】
フルアーマーフィッシュを丸ごと一匹豪快に使ったアクアパッツァ
身の食感はムッチリと心地よく、味は透き通っているが薄くなく、むしろ強い
一緒に煮こんだ野菜とストーンクラムも美味しいですよ
味見のために小皿へよそい、イクトとミコトと一緒に試食する。
フルアーマーフィッシュは説明通りの透き通った味なのに、かといって薄いわけじゃない。
静かな強さとでも言うべきか、それによって満足感を得られている。
それと、なんだこのムッチリ食感は。
粘りは弱いけど良い感じに噛み応えがあるモチとでも言おうか、心地よい噛み応えをしている。
一緒に煮こんだストーンクラムは他の食材の旨味と調和して、優しくも存在感のある味がする。
煮汁を吸ったズッキーニとナスとギッチリピーマンも美味いし、刻んでまぶしたハーブの香りも合う。
そして煮汁は具材と一緒に食べて美味いけど、そのまま飲んでも美味い。
これ自体が一つのスープみたいだから、給水度が回復するのかな。
「ますたぁ、おさかなもやさいもおいしい!」
「今までにマスターが作ったスープと違って、煮込んだ時間は比較的短時間なのにこの煮汁の美味しさ。これのお陰で魚も野菜も貝も、煮込まれて抜けた旨味を補うどころか、むしろ旨味が増しているんだよ」
うちの弟妹可愛い二人の食レポにレベル差がありすぎる。
そう思いつつ、試食したのは俺とイクトとミコトの分としてアイテムボックスへ入れ、早く食べたいオーラを圧にして向けてくるダルク達のためにフライパンを二つ使ってアクアパッツァを二つ同時に作る。
「料理長、アクアパッツァも作れるのか」
「美味しそうね」
「あれを食べながら、料理に加えているあのワインを飲みたいわ」
うし、全員分完成。
こっちがダルクとメェナ用で、こっちはカグラとセイリュウ用にしよう。
完成したアクアパッツァをアイテムボックスへ入れたら、ボウルで調味液に漬けこんでいるエルダーシュリンプに取り掛かる。
へたを取ったトマトをくし切りにして、同じ調味液を別のボウルに作り、洗って水気を拭きとったフライパンへエルダーシュリンプだけを移し、新たに作った調味液を注いで弱火で煮込む。
「どうして新しく同じ調味液を作るのかと思ったら、そう使うんだね」
納得した様子のセイリュウの言葉に、まあなと返して理由を説明する。
「漬けていた調味液をそのまま使ってもいいんだけど、エルダーシュリンプを生で漬け込んだから、調味液に生臭さが移っていそうだからな」
おろしたジンジャー入りのワインに漬けたとはいえ、臭みを完全に消せるとは限らない。
だから同じ調味液を新しく用意したんだ。
実際、エルダーシュリンプを取り出した後の調味液からは少し生臭い香りがした。
「そういえば、酔っぱらいエビって生きているエビをお酒で煮るんじゃなかったかしら」
「確かにそういう作り方もあるけど、こういう作り方もあるんだよ」
他にも茹でたエビを酒に漬けるとか、酔っぱらいエビはいくつか作り方がある。
カグラが言った、生きたエビを酒で煮るのが有名だけど、あれは素早く蓋をしないとエビが跳ねるわ、その勢いで酒が飛び散るわで大変らしい。
父さんが修行した店ではそれをやっていて、蓋をするのが遅れてエビが何匹も飛び出て怒られた先輩がいたと、前に聞いたことがある。
「要するにエビをお酒で調理すれば、酔っぱらいエビになるんだね」
ダルクよ、そんな簡単な話じゃないんだぞ。
使う酒によって他の調味料は何をどれぐらい使うか、漬け込むなら漬け込み時間をどうするか、他の食材を加えるなら何をどう加えるか、といった感じで気にすることはたくさんある。
今回の調味液だって、ワインをベースにするから加えるのはニンニクかジンジャーか両方を使おうか、酢のようになったサンの実の果汁やオリーブオイルはどれくらい加えようか、色々と考えたんだ。
一緒に煮込む具も、今加えているトマト以外は何が合うとかな。
そんなことを考えつつ、エルダーシュリンプに火が通ったら皿へ移して刻んだハーブを散らして完成。
エルダーシュリンプのワイン漬け煮込み 調理者:プレイヤー・トーマ
レア度:4 品質:5 完成度:79
効果:満腹度回復12%
魔力+4【1時間】
ブルットワインをベースにした調味液に漬け込んで煮たエルダーシュリンプ
エルダーシュリンプがブルットワインの風味を纏い、大人の味わいに
ですがアルコールは飛んでいるので、お子様でも安心して食べられます
あらら、酔っぱらいエビとは認識されなかったか。
だけど味も香りもいいから、些細なことだな。
生臭みの無いブルットワインの香り、煮込んだエルダーシュリンプのプチプチ食感、そして調味液の味を吸ったエルダーシュリンプとトマトの味わい。
エルダーシュリンプは溢れる旨味がより力強くなり、トマトの酸味がそれで疲れた口の中をさっぱりさせてくれるから、交互に食べるといつまでも食べられる気がする。
「んー、えびもとまともおいしー!」
「さっきのアクアパッツァとは違って、お酒主体の調味液に漬けたからそのお酒の風味がとても効いているんだよ。しかもそのお酒がエビとトマトの味わいを邪魔していないから、香りも味も膨らんでとても美味しいんだよ」
この二人の食レポのレベル差は、語彙力にあるんだろうか。
表情なら、無表情のままのミコトに対して、満面の笑みで嬉しそうに触角とレッサーパンダ耳を動かすイクトが圧勝なのに。
さて、味が問題無いのならダルク達の分も作ろう。
でないとこっちをじーっと見ている腹ペコガールズから、早く作れと苦情が出かねない。
試食した分をアイテムボックスへ入れ、再度フライパン二つでエルダーシュリンプのワイン漬け煮込みを作る。
「料理長、もう勘弁してくれ。リアルの俺の胃袋はもうすっからかんよ」
「ワインの香りが食欲を誘うわ」
「朝から飲みたくなるじゃないか」
なんか周りがざわついているけど、それどころじゃない。
煮込みが完成してアイテムボックスへ入れたら、契約の件でガニーニの所へ寄った時に買ってきたシュトウを切り、果肉を取り出して刻んで魔力ミキサーへ牛乳と一緒に入れてスイッチオン。
しばらく刻みながら混ぜ、コップへ注いで冷却スキルで冷やせばシュトウミルクの完成。
シュトウミルク 調理者:プレイヤー・トーマ
レア度:1 品質:6 完成度:93
効果:満腹度回復2% 給水度回復11%
体力+1 知力+1【1時間】
シュトウをミルクと一緒にミキサーに掛けた飲み物
細かく刻まれたシュトウの食感と甘さが絶品
牛乳でまろやかになっているので、とても飲みやすい
味も良し。
イクトとミコトからも好評だったから全員分を作り、調理器具の後片付けをしたら、アイテムボックスからアクアパッツァとエルダーシュリンプのワイン漬け煮込みを出す。
これらとシュトウミルクにストックのパンを添えたのが、今回の昼飯だ。
取り分けるための皿とフォークやスプーンを用意し、待ちかねている皆へ
「はいよ、待たせたな」
「もう食べていいよね! じゃあ、いただきます!」
「「「「「いただきます!」」」」」
ダルクの音頭に続いて皆がいただきますをしたら、一斉に飯を食べだした。
「アクアパッツァいいね! 魚も良いけど、貝も美味しい!」
「野菜も美味しいわよ。魚や貝から出た味やワインやオリーブオイルの味を吸って、これだけでも満足できるわ」
まずはアクアパッツァに手を付けたダルクとメェナ。
野菜は取らず、フルアーマーフィッシュとストーンクラムだけ取って、ガツガツと食べているダルク。
逆に野菜の美味さに気づいたメェナは、フルアーマーフィッシュとストーンクラムはそこそこに、野菜を中心に食べている。
「酔っぱらいエビは初めてだけど、こんなに美味しいんだね。お酒の風味が利いて、朝に食べたエルダーシュリンプがもっと美味しくなっているよ」
冷静な口調でエルダーシュリンプのワイン漬け煮込みの感想を口にするセイリュウ。
でも目を見開いてむしゃむしゃ食べているから、内心冷静じゃないんだろう。
そんなにがっつかなくても、誰も取らないぞ。
「シュトウミルク、いいわね。ベタベタに甘くないから、大ジョッキで何杯でも飲めそうだわ」
甘い物好きのカグラは真っ先にシュトウミルクを飲んでいる。
だけど、大ジョッキで何杯も飲むのはさすがにどうだろう。
「ますたぁ、どれもおいしいよ!」
「パンをアクアパッツァの煮汁に浸して食べるのも美味しんだよ」
『レエェェェイッ』
『レッサーァッ、パンダアァァァァッ!』
そうかそうか、良かったな。
触角とレッサーパンダ耳が激しく動いているイクトは、口の周りが煮汁やシュトウミルクでベタベタ。
ミコトは無表情でも食べるペースは速く、興奮からか無意味にレッサーパンダグローブを鳴らし、周囲の視線を一瞬集めた。
口の周りを拭いてやったり、むやみにグローブを鳴らすなって言ったりしたいけど、喜んでいるのならそれで良し。
しかしなんだな、知り合いや従魔達とはいえ、笑いながら美味い美味いって言ってもらえる光景を見ていると、自然と力が抜けて表情と体が緩む。
祖父ちゃんと父さんが言っていたのはこういうことかと、改めて実感しながら俺も飯を食う。
その中でふと、店を継いで続けていきたいと決めた光景を思い出す。
客が美味そうに飯を食って酒を飲み、楽しそうに会話をして、たまに常連の酔っぱらいどもがこっちをからかう。
少し違うものの、通ずるところがあることに気づいた。
……うん、なんとなくだけど適度な力の抜き方が分かった気がする。
晩飯作りは調理に集中しながらも適度に力を抜くっていうのを、意識しながらやってみよう。




