現実へ帰る
「じゃ、私はこれで失礼するわね!」
食事と情報の売却を終えて作業館を出たら、情報を売る準備を整えるためにミミミは走り去った。
それを見送ったら、さっきまで町の外へ出ていた時に得た戦利品としてダルク達からやたらたくさんの鶏肉と卵、それと数種類のハーブと金を受け取る。
「今度は鶏でも狩ってきたのか?」
「まあね!」
これだけの量の鶏肉と卵を手に入れるなんて、どんだけ狩ってきたんだろうか。
まあそれは置いておくとして、この後はログアウト予定の夜まで自由行動だ。
今回のログインはゲーム内での二日目の夜までで、次に一緒にログインする約束は現実での明日、日曜日の予定になっている。
なんせ俺達はまだ学生。やらなきゃならない課題はあるし、成績が悪くなったらゲームができなくなるカグラとメェナは成績を落とさないために勉強しなきゃならないし、俺とダルクとセイリュウもゲームばかりして学業を疎かにするわけにはいかない。それに俺の場合、店の手伝いもある身だからな。
ちなみに予定を決める時に勉強嫌いのダルクが、勉強時間なんていらないから連続ログイン可能時間ギリギリまで過ごそうって主張して、あっさり却下した経緯がある。
その理由は、俺はログアウトするから好きにすればいいと言ったら、俺の飯が食えないのは嫌だと言って秒で意見を覆したからだ。
「それじゃ、夜まで自由にやろうか!」
そう告げたダルクは釣りスキルを鍛えるため、町の外を流れる川へ釣りに向かい、メェナは釣りの最中は無防備になるダルクを護衛するために同行。
カグラとセイリュウは、それぞれ歌唱スキルと演奏スキルを鍛えるため、そういったことを練習できる施設へ向かう。
そして俺は調理三昧で作った料理の中で、唯一オリジナルレシピ扱いだったボーンズスープのレシピを料理ギルドへ提供したら、適当に労働依頼を受けて過ごすことにした。
労働依頼
内容:皿洗い
報酬:100G
労働時間:2時間
場所:パックリ食堂
たかが皿洗いされど皿洗い。
綺麗にすればいいだけでなく、洗剤の匂いや味が残ったら料理が台無しになるから、汚れを落とした後はしっかり洗剤を洗い流さなくちゃならない。
「兄ちゃん、次はこれを頼むぜ」
「はい!」
こうしてると店の手伝いをし始めた頃を思い出すな。
労働依頼
内容:加工品作りの手伝い
報酬:150G
労働時間:3時間
場所:ミートショップにゃんにゃん
猫耳尻尾な一家が営む精肉店で、肉の加工品作りを手伝う。
作るのは燻製肉、腸詰、干し肉の三種類。
どれも作り方は知っていても実際に作ったことが無い品ばかりだから、とても勉強になった。
いやそりゃね、普通の町の中華料理店じゃチャーシューぐらいしか作らないって。
「干し肉って、こんなに塩を使うんですね」
「そうだミャ。塩を惜しんだら、保存が利かなくなるミャ」
運営側の趣味なのかこだわりなのか、語尾に猫っぽい言葉が付く奥さんの説明に頷きつつ、塩を肉へ擦り込んでいく。
そういえば、肉に下味を付ける方法にこうして擦り込む方法があったな。
ダルク達から鶏肉をたっぷりもらったし、この方法で味を付けて焼いてみるか。
揚げても良いだろうけど、まだ豚ロースの唐揚げがアイテムボックスに残ってるから、少し間を置いてからにしよう。
約一名、毎回揚げ物でも大丈夫な揚げ物好きを通り越した揚げ物狂いがいるけど、そいつのことは気にしなくていいだろう。
そう思いつつ依頼を終えてギルドへ戻ると、報酬を貰った後でいつものおばさん職員から、貢献度が一定に達したからギルドで購入できる調理器具と食材が新たに追加されたと言われた。
早速見せてもらうと、追加された調理器具はすり鉢とすりこぎのセット、大小のさじのセット、おろし金の三種類。追加された食材はもやし、ニラ、ジャガイモ、カブ、さらにバターまであった。
これは調理の幅が広がるし、追加された調理器具は作業館に置いてなかったから食材も含めて即座に購入した。
「まいどあり。これからもよろしく頼むよ」
おばさん職員からそう言われた後は時間が無いから依頼は受けず、かといってダルク達と合流するまで少し時間があったから、何かないかなとベジタブルショップキッドへ行ってみたけど何も無かった。
「言っただろ、そう頻繁にあるもんじゃねぇって」
受付にいるマッシュの祖父ちゃんにそう言われた。だよなー、ゲーム内では昨日の今日だし。
その場に居合わせたマッシュも、残念だったなって言って笑ってる。
「そうだ兄ちゃん。この後は空いてるか?」
「いや、仲間達と合流する予定だ」
「そっか。じゃあ次にうちへ来た時、俺の友達んちで店やってるとこに連れてってやるよ」
おっ、ひょっとしたらまた何か、ギルドや商店で買えない物が買えるのか?
「分かった。その時は頼む」
「いいぜ。でも店がやってる、日中に来てくれよな」
それもそうか。夜にはやっていない店もあるよな。
それに関しても了解したら、ちょっと早いけど合流地点の広場へ向かう。
ログインして最初に現れたその広場には多くのプレイヤーがいて、待ち合わせや何かしらの呼びかけをしてる。
グルっと見て回ったけどダルク達はまだいない。
「予定の時間まではまだあるか」
ちょっと早く着いたみたいだけど、遅れるよりは良いよな。
ひとまず空いているベンチに座って、アイテムボックスの中身を整理して時間を潰す。
鶏肉の部位は……モモ、骨付きのモモ、胸、ささみ、手羽先に手羽元もあるのか。
しかし豚肉と違って明らかに形状が違うのがあるのに、どうして見た目は同じなんだ。ゲーム的な都合か?
それと豚肉同様に内臓系が無いのも残念だ。
「卵はどれも同じか」
これでホビロンのような、孵化寸前のやつがあったら扱いに困ったから助かった。
しかし鶏肉と卵か。どんな料理を作ろう。
米があれば迷いなくチャーハンや天津飯を作るんだけど、その米が無いから親子丼すら作れない。
ニラ玉やネギ玉は確実として、鶏肉を具材にした卵スープはどうだろう。あっ、卵があるから唐揚げじゃなくてチキンカツって手もあるか。
それから茹でた細切りの鶏肉を茹でもやしやトマトやキャベツなんかと和えたもの、手羽先や手羽元を塩と砂糖であまじょっぱく煮る、卵とトマトの炒め物、焼きうどんと同じ感じで鶏肉入りの焼きそばを作って半熟の目玉焼きを乗せるのもいいな。
「お待たせ、トーマ! 魚釣ってきたよ!」
「小さいのばかりだけどね」
おっと、ダルクとメェナが来たか。
開いていたアイテムボックスを閉じようとしたら、その前にダルクから魚が送られてきた。
なになに? ギンブナ、ウグイ、コイ、ブルーギル。
いや、最後のはなんで持って帰ってきた。というか、運営はどうしてこれを釣れるようにした。
「トーマ、これも美味しくできる?」
「分からない。川魚は扱ったことがないからな……」
今は物流が発達して海の魚介類が普通に手に入るから、寄生虫がいるから絶対に火を通さなきゃならないこと以外、川魚についてはよく知らない。
アユとかニジマスとかイワナのような有名な魚ならともかく、この四種はどうすればいいんだ? というか、ブルーギルは食えるのか?
「ちょっと調べてみるな」
ステータス画面のネット検索でこの四種を調べてみる。
ほうほう、小骨が気になるだけで食えることは食えるのか。
というかブルーギルも食えることは食えるんだ。初めて知ったぞ。
とはいえ、調理はちょっと難しそうだな。
特に厄介なのは小骨かな。現実なら圧力鍋を使って小骨も食べられるくらい柔らかくすればいいけど、そんなものはここには無い。
ゲーム的な都合で小骨が無い可能性もあるけど、試作してみないことにはなんとも言えないな。
「これはちょっと難しいかもな」
「え~」
「無茶言わないの。トーマ君だって、なんでもかんでも料理できるわけじゃないんだから」
メェナの言う通り、こちとらまだまだ未熟な料理人志望。できないことの方が圧倒的に多いんだ。
「あっ、いた」
「皆、もう来てたのね」
おっと、セイリュウとカグラも来たか。
二人とも練習は順調のようで、よければ今度一緒に行かないかと誘われた。
暇があれば行ってもいいかもな。
「それじゃあ、また明日ね」
「ええ」
「また明日」
「じゃあね」
「おう」
ステータス画面からログアウトを押すと、視界が暗転して意識が浮かび上がる感覚に襲われる。
そして目覚めたら、自分の部屋のベッドの上だった。
ヘッドディスプレイを外して時間を確認すると、ログインした時間から二時間ぐらいしか経っていない。
「うわっ、本当に二時間しか経ってない」
ゲーム内で約二日を過ごした感覚があるのに、現実ではたった二時間の出来事。
向こうでの一日が現実の一時間とは聞いていたけど、実体験すると妙な感覚だ。
「まあいいや。行こう」
片づけをしたら部屋を出て、店の方へ向かう。
頭にタオルを巻き、前掛けを付けたら厨房へ入る。
「入るよ」
厨房では父さんと祖父ちゃんが包丁や中華鍋を振るい、食事をしに来た家族や飲みに来た客達で賑わうホールでは母さんと祖母ちゃんが接客をしている。
今日も満員御礼のようでなによりだ。
「おう。もうゲームはいいのか?」
厨房に入って声を掛けると、祖父ちゃんが反応した。
父さんも声こそ掛けてこないけど、こっちをチラッと確認した。
「今日はもう終わりで、続きは明日。それで、何すればいい?」
「そうか。んじゃ、野菜切ってくれ。ニンジンとタマネギ、それとニラが足りなくなりそうだ」
「分かった」
さて、やりますか。
土曜の夜だけあって、飲みに来ている客が多くて賑やかだ。
ゲームの中での賑やかさとは違って聞き慣れた感があるから、つい安心して笑みが浮かぶ。
「どうした。急に笑って」
「いや、なんでもない」
「そうか。二番卓のマーボー上がったよ!」
麻婆豆腐を作り上げて母さんへ手渡す父さんにそう返し、頼まれた野菜を切っていく。
その後もあれこれ雑用をして、流しに溜まった洗い物を片付けている時だった。
「トーマー!」
店の引き戸が勢いよくバーンと開いたと思ったら、直後に早紀の声が響き渡って賑やかだった店内が静まり返った。
お客全員の視線が集まる中、早紀は早足で店内を歩いて空いてるカウンター席へ座る。
「どうしたの早紀ちゃん」
「斗真に何か用かい?」
配膳をしていた母さんと祖母ちゃんが、席に座った早紀へ何事かと尋ねた。
一体どうしたんだ?
「ゲームでトーマが作ってくれたご飯が美味しくて、お腹が空いて仕方ないんだよ!」
いや、何言ってんのあいつ。
思わず洗い物をする手を止めて、厨房から顔を出す。
「お前、ログアウトした後で飯食ってないのか?」
「カップ焼きそば食べたけど、その程度じゃ全然物足りないんだよ!」
そういえば今日は早紀の家、新聞記者のおじさんは取材のため出張中で、漫画原作者のおばさんは締め切り前で修羅場中なんだよな。
「というわけでトーマ、責任取ってご飯作って! 肉野菜炒め定食ね!」
「どういう理屈だ、それ」
約束通りゲーム内での飯を作ってやっただけなのに、何の責任が発生してそうなるんだ。訳が分からないぞ。
「おいトーマ、ご指名だ。さっさと肉野菜炒め定食作れ」
「洗い物は?」
「アタシがやるからいいよ。早く作ってやんな」
そう言って腕まくりをした祖母ちゃんが、洗い場に入った。
仕方ない、こうなった以上はしっかりやりますか。
頭のタオルを締めなおして気合を入れたら、店で俺が出せる数少ない品の一つ、肉野菜炒め定食を作っていく。
ゲーム内で作ったのとは違い、肉には下味が付いていて使う野菜の種類は豊富で、味付けはうち特製のタレを絡ませて仕上げる定番の一品だ。
それに白飯とラーメンにも使う鳥ガラ主体のスープとザーサイを添えて、肉野菜炒め定食の完成。
「はいよ。肉野菜炒め定食な」
「わっほー! 待ってましたー!」
待ちかねたとばかりに割り箸を取り、肉野菜炒めをワッサワッサと食べながら米をかっこんでいく。
まったく。ゲーム内でもそうだったけど、本当に食いっぷりは立派だよ。
「んー! やっぱトーマの料理サイコー!」
「何言ってんだ。祖父ちゃんや父さんに比べれば、まだまだだ」
「そーだろーけどさ、僕にはトーマの料理も凄く美味しいよ」
「そりゃどうも」
お世辞でも褒められるのは嬉しい。
照れ隠しに洗い場へ戻り、祖母ちゃんと交代して食器を洗う。
「おい三代目、褒めてくれてるんだからもっと喜べよ」
「でないと未来の若女将を逃しちまうぜ」
『あっはっはっはっ!』
なにが未来の若女将か。そういう関係じゃないのを分かっていながら、からかってくるんじゃない、この酔っぱらいども!
「えっ? 若女将になるのは、あの眼鏡の真面目そうな子じゃねぇのか?」
「いやいや、あのお嬢様っぽい胸のデカい子だろ」
「俺はあのちっこい子だって聞いたぞ」
最後の酔っぱらい、それはどこの酔っぱらいから聞いた。
あいつらともそういう関係じゃないのを分かっていて、なんでそういう話をするかな、酔っぱらいってのは。
「トーマー。若女将になってあげるから、毎日好きなだけ唐揚げ様を食べさせて」
早紀も悪ノリするな!
周りの酔っぱらいどもがいいぞとか、式はいつだとか、大将に早く曾孫を見せてやれとか言ってるぞ。
でもまあ、こうした光景は悪いものじゃない。
幼い頃からずっと見てきて、単に料理人になりたいだけでなく、この店を継いで続けていきたいと決めた光景だ。
そう思うと早紀の悪ノリに対する怒りも吹っ飛んでいた。
「というか、いいのかよ。未来の若女将とか言われてさ」
「んー? 将来の選択肢の一つとしては有りかな」
「……その心は?」
「賄いで唐揚げ様を食べ放題!」
だと思ったよ、この花より団子で色気より食い気の揚げ物狂いの幼馴染め。
中華桐谷
開店時間 昼営業 11:00~15:00
夜営業 17:00~23:00
定休日 水曜日
汁物以外は持ち帰り、テイクアウト可
予め連絡いただけるとスムーズに受け渡しできます
各種宴会受け付けます *前日までに要予約
連絡先:×××-×××-××××




