何かいて何か出た
夜目スキルがあるダルクを先頭に、カグラの光魔法ライトで周囲を照らして洞窟の中を進む。
洞窟内は高さが三メートルくらいで、幅は四人くらいなら横並び出来そうなほどある。
重装備同士が行き交えるよう、広く設定されているのかな。
でもそのお陰で、イクトとミコトに手を繋がれても普通に歩けるし、遭遇したモンスターとも戦いやすそうだ。
事実、襲ってきたホールスネークと問題無く戦えていた。
だけど事前情報通りあまり強くなく、イクトとミコトだけでも倒せる程度。
他の遭遇したモンスターも似たようなもので、順調どころか少し早いくらいのペースで進んでいる。
「そういえばさ、この洞窟って地底湖があるんだっけ」
唐突に思い出したようにダルクが喋りだした。
「ええ、そうね。でも地底湖って、一見何かがありそうで何も無いんでしょう?」
「そうなの?」
明かりの光球を出しているカグラの返事にイクトが反応した。
「本当よ。掲示板や情報屋から仕入れた情報によるとね」
肯定の返事をしたメェナが説明を始めた。
この先の分かれ道の一方の先にある、開けた場所にある地底湖には仄かに光る石が壁に埋め込まれていて、一見すると観光名所のよう。
だけどいくらうろついてもモンスターが出現することは無く、三十分近く釣り糸を垂らしても当たり一つ無く、期間を空けたり時間を掛けたりしても変化は無く、端から端まで探索しても先へ進む通路も宝箱も見つからず、隠し通路が無いかと壁を叩いても何もなく、水泳スキルを取って湖の中を探索しても何も無かったらしい。
「時間を掛ければどうかって、三時間ぐらいそこでボーッと過ごしても何も起きなかったそうよ」
検証って大変なんだな。
それでいて成果無しなんだから、なんか気の毒になってくる。
「何もないのなら、お昼ご飯を食べるのにはちょうどいいと思うんだよ」
確かにミコトの言う通り、何も起きない上にうっすらとはいえ明るいなら場所なら、飯を食うにはちょうどいいかもしれない。
ダルク達も同意見のようで、途中にある分かれ道で地底湖がある方へ進み、道中で弱いモンスターと一回戦闘をして地底湖へ到着した。
「わー、ひろーい!」
開けた空間にイクトが声を上げると、反響して声が響き渡る。
少し先にある地底湖はこの空間の半分ぐらいを占め、水は無色透明で食材目利きによると飲用可能な水と出ている。
上の方を見ればよく分からない石が仄かに光っていて、少し薄暗い程度の明るさをこの空間に与えている。
だけど天井はどこまで高いのか、真っ暗で何も見えない。
「おーっ! なんか想像以上に良い感じだね」
「そうね。何かあるっていう予想は考えすぎで、ただの観光スポットみたい」
「道中のモンスターが弱いのも、ここへ観光しやすくするためなのかも」
「だからこそ、何も無いという考えもできるんだよ」
周囲を見回すダルクとカグラとセイリュウとミコトも、なんだか楽しそうだ。
でも気持ちは分かる。
何かあるっていうのは深く考えすぎているだけで、単に観光スポットかパワースポットみたいな場所なのかもしれない。
とはいえ、気を抜きすぎないようにしよう。
「おい、あまり油断するなよ」
「トーマの言う通りよ。一応の注意はするようにね」
「はーい、お父さんお母さん」
「誰がお父さんか!」
「誰がお母さんよ!」
メェナと二人で注意を促したのに、ダルクめ余計なことを。
楽しんでいるイクトとその傍にいるミコトは気にしておらず、カグラはクスクス笑っているけど、セイリュウはなんか悲しそうな表情をしている。
どうした、何があった。
「わひゃぁっ!」
イクトの驚いた声と一緒に水の音がした。
今度はなんだ。
「ますたぁ、おみずきもちいい!」
見るからに転んで湖に落ちたようだけど、さほど深くなかったようで笑いながら立ち上がっている。
びっちゃびちゃになったとはいえ、大事無くてよかった。
「わっ、いいな。僕も入る!」
そう言ったダルクがステータス画面で何かを操作すると、防具と武器と靴が消えてシャツとパンツ姿に。
さらにパンツを膝まで捲り上げて走り出すと、ジャンプして湖へ入水。
浅い場所に着地したとはいえ、その勢いで水しぶきが上がり、近くにいたイクトとミコトが頭から水をかぶった。
「わぶっ」
「きゃはははっ!」
びしゃびしゃになったミコトが驚いて少し後退ったのに対し、イクトは大爆笑。
楽しそうだな、お前ら。
というかこのゲーム、裾を捲れるのか。
「何やっているのよ、ダルクってば」
溜め息を吐くメェナの気持ちは分かる。
本当、あの幼馴染は何をやっているんだか。
「うふふ。でも楽しそうよね」
「姉弟みたい」
水をかけあうイクトとダルクは、確かに姉弟っぽい。
あっ、巻き込まれてびっちゃびちゃにされたミコトが、無表情ながら怒り気味でイクト側に付いて参戦した。
「ぎゃー! 二対一はズルい、誰かヘルプ、ヘルプ!」
とか言いながら楽しそうじゃないか。
あっ、防具と足袋と草履を消したカグラが巫女服と袴の裾を捲って、今行くわねって揺らしながら駆けて行って参戦した。
何を揺らしながら、なのかは聞かないでくれ。
「何やっているのかしらね、あの子らは」
「まったくだ」
「私も混ぜなさいよ!」
メェナもそっち側だと!?
脚の装備を消したメェナは、おみ足とも言える見事な脚で掛けていき湖へ飛び込み、水の掛け合いに参戦した。
これは俺も参戦させられる流れか?
「ますたぁもやろー!」
「そうだよ、トーマも来なよ!」
ほらみたことか。
とはいえ断るのも無粋だし、参加しますか。
ちなみに足の防具は非表示か?
解除? 確か解除はこうやって……できた。
裸足になって裾を膝辺りまで捲り上げ、入水する。
うん? なんか表示されたぞ。
「トーマ君、どうしたの?」
「ああなんか、サラマンダーが水に浸かったのでステータスが半減します、って表示が出たんだよ」
「当然ね。精霊じゃなくてトカゲの方とはいえ、火だから水が苦手に決まっているじゃない」
セイリュウの問いかけに表示内容を伝えたら、メェナから答えが返ってきた。
そういえば、サラマンダーだから火属性なんだった。
水を飲んだり手を洗ったりしてもこういうのは出ないから、すっかり忘れていた。
そして思い出したよ。サードタウンジュピターのタウンクエストでハルトを呼びに行くため、ナチュラルJIRAIYAをやって川へ落ちて流された時も、こんな表示が出たことを。
「あらあら。ということは、今のトーマ君は普段より弱くなっているのね」
「ならばチャンス! 皆、トーマを一斉攻撃だ!」
だよな、ダルクならそうくるよな!
一斉に水を掛けられ、あっという間にびっしゃびしゃ。
お返しがしたくともステータスが半減したせいか、少し動きにくい。
そのままの流れでチーム戦や乱戦で水を掛け合ったり、落ちていた石を投げて水切りをしたり、遠くへ行き過ぎたイクトが深みにはまって溺れかけたのを助けたりと、一時間近く経って水から上がった頃には全員ずぶ濡れになっていた。
「ますたぁ、たのしかった!」
「なかなか楽しめたんだよ」
そうかそうか、イクトもミコトも楽しかったか。
「いやー、遊んだ遊んだ。童心に帰った気分だよ」
スッキリした表情でそう言ったダルクだけど、この中ではイクトに次いで精神的に幼いのはお前だからな。
「うふふ、たまにはこういう遊びも良いわね」
それは否定しない。
でもカグラはその前に、体にピッタリ張りついた状態の巫女服をなんとかしてくれ、目のやり場に困る。
「私としたことが、楽しそうだからつい……」
若干照れているメェナも、脚がほぼ丸出し状態のままだから目のやり場に困る。
「トーマ君、乾燥スキルで濡れた服を乾かせる?」
それだセイリュウ。
早速自分で試してみると、あっという間に服も髪も全部乾いた。
だけどステータス半減はそのままか。
時間経過が表示されていて、もう三十分ぐらいこのままのようだ。
「おぉっ、乾燥スキルで濡れたのを乾かせるんだ。じゃあ僕達もお願い」
はいはい、分かっているよ。
全員一度には無理だから、並んで順番にな。
というわけで、じゃんけんで順番を決めたダルク達を乾燥スキルで乾かしてやり、解除していた足の装備を元に戻す。
さらに非戦闘員とはいえ俺のステータスが半減状態なのと、遊んで満腹度と給水度が下がったこともあり、この場で飯を食うことになった。
地面は土じゃなくて岩だから直接座ると痛そうだけど、こんなこともあろうかと思って買っておいたという布製の敷物をカグラが出し、それを敷いた上に座って飯を出す。
「はいよ、ワイン蒸しと焼きそばとスープな」
「オッケー、ありがとう。じゃあ皆、いただきます!」
『いただきます!』
なんかこれ、すっかり定着したな。
悪い事じゃなし、むしろ良い事だから構わないけどさ。
「はー! 焼いたのとは大違いで柔らかくて美味しいや、この肉!」
「うん、おいしい!」
真っ先に肉へかぶりついたダルクの反応に、少し遅れて肉へかぶりついたイクトが満面の笑みで返す。
「ワインの香りもいいわね。アルコールは飛んでいるはずなのに、酔っちゃいそう」
「なんでよ」
妖艶な笑みで感想を口にしたカグラへ、メェナが尤もなツッコミを入れた。
俺達が食えている時点でアルコールは無いから、酔うはずがないだろう。
「焼きそば美味しい。具材がベーコンとホウレンソウなら、バターを使って作ってもいいかもね」
それは俺も考えたよ。
でもこれはあくまで焼きそばだから、バター風味にはしなかった。
とはいえ、一度作ってみてもいいかもな。
「スープも美味しいんだよ。試食はしたけど、味も香りも食感も二回目、三回目だから分かる良さがあるんだよ」
ミコトの食レポってどこまで進化するんだろう。
そもそも、どうして食レポができるのか謎だ。
「ねえねえますたぁ」
肉を食っていたら、隣のイクトが袖をクイクイ引いてきた。
「どうしたイクト」
「このこにもたべさせていーい?」
肉を飲み込んで返事をすると、イクトが正座をしている自分の足元を指差した。
するとそこには、イクトの膝の傍に立ってじーっとワイン蒸しを見ている、丸みのある可愛らしい外見と顔つきをした灰色の小さなコウモリがいた。
「ああ構わない……ってなんだそいつ!?」
ここってモンスターが出ないはずなのに、何故かコウモリがいる。
その事実に思わず声を上げると、驚いた小さなコウモリはキーと鳴いて小さく跳ねるとオロオロしだした。
「なにその子、いつの間にいたの!?」
「まったく気付かなかったわ。なんなの、そのコウモリ」
コウモリを見たダルクが驚き、メェナは気づかなかったことに驚きつつもオロオロするコウモリを注視する。
「あら、可愛い子。でもここって、何も出ないはずだったわよね?」
「ひょっとして私達、何かやっちゃったのかな?」
首を傾げるカグラに続いてセイリュウが呟くと、そうなのかもしれないという気になってくる。
だけど俺達が何をやった。
ここへ来てやった事といえば、水を掛け合って遊んで飯を食っているだけだぞ。
『驚かせてすまぬな、お前達』
今度は落ち着いた口調で柔らかな声が聞こえた。
一体何が起きているんだよ。
「今の声はどこから?」
「上よ! 上によく分からない反応がたくさんあるわ!」
上と言われても、真っ暗で天井も見えないんだぞ。
そう思いつつも上を見上げると、巨大な影が羽を広げて舞い降りてきた。
着地したそれは茶褐色の巨大なコウモリ。
前に公式イベントで現れた、土地神のスタッグガードナーと同じくらい大きい。
顔は本物に比べて随分とマイルドな感じとはいえ、コウモリ嫌いが見たら卒倒しそうだ。
突然あんなのが現れたから飯どころじゃなく、全員が立ち上がって巨大なコウモリを見上げる。
『警戒せずともよい。我に戦う意思は無い』
それは助かるけど、お前は誰でこれは何が起きているんだよ。
脚にしがみつくイクトとミコトの頭に手を添え、巨大なコウモリを見上げて様子を窺う。
すると、小さいコウモリがキーキー鳴きながら巨大なコウモリへ駆け寄っていった。
『我が眷属が無礼を働いて申し訳ない。この子はまだ幼いゆえ、貴殿らの楽しそうな様子につい誘われてしまったようだ』
「そ、そうなんですか」
返事をしたメェナが急展開にガチガチだ。
本当に戦う意思は無いようだけど、これって大丈夫なのか?
というか眷属だって?
『申し遅れたな。我が名はガーディアンバット、この地の土地神だ』
土地神だって!?
「ととと、土地神!?」
「えっ、あの公式イベントの大きなクワガタと同じ?」
「う、嘘でしょう?」
「こんな所に土地神がいたの!?」
想定外の存在の登場に、ダルク達ですら困惑している。
思わず顔を見合わせていると、俺達の目の前に何かが表示された。
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≪特殊条件・地底湖にて一時間遊べ をクリアしました≫
楽しく遊ぶ様子に誘われて一匹のコウモリが現れた
そのコウモリはなんと、この地底湖を住処にしている土地神の眷属だった
人前に出てしまった眷属を迎えるべく、土地神ガーディアンバットが現れた
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いや、特殊条件が遊ぶってありかい!
同じ内容が表示されていると思われるダルク達も、余計に困惑している。
ということは検証した人達は、ボーッとしたり探索したりすることはあっても、遊んではいなかったからこれを見つけられなかったのか。
『ふふふっ、驚かせてすまないな。普段はここの天井にぶら下がって過ごしているのだが、我が眷属が迷惑を掛ける前に迎えるべく、姿を現させてもらった』
ここの天井にぶら下がっていたということは、あの真っ暗な中にこいつがずっといたのか?
どれだけ高いんだよと思って天井を見上げると、ガーディアンバットが自分の幻術で姿を消して、見えないようにしているのだと教えてくれた。
それを解除すると、天井にたくさんのコウモリがぶら下がっているのが見えた。
さすがに多すぎて少し気持ち悪い。
「とちがみさまなの? いくとのかみさまとおなじ?」
『むっ? そういうお前は土地神の眷属……いや、使徒か』
そういえばそうだったな。
普段の言動が言動だから、使徒だっていうことをすっかり忘れていた。
「そーだよ。いくとはかみさまのしと!」
『しかもこの気配からして、スタッグガードナー。あの堅物クワガタの使徒か』
堅物クワガタって、土地神もそういう呼び方をするんだな。
『まさか奴の使徒と出会うとはな。しかも堅物の欠片も無い、なんとも無邪気な雰囲気の子だ』
「えへへ~」
嬉しそうに照れているイクトが弟可愛い。
『さて、使徒がいたのには驚いたが、こうして会えたのも何かの縁。よければ一つ協力してもらえないだろうか』
「おっ、やっぱり何かあるんだ」
「ただ土地神と会ってそれで終わりなんて、無いと思っていたわ」
まるでこの展開を期待していたかのように、ダルクとメェナが目を輝かせる。
声に出していないけど、カグラとセイリュウもやる気が満々なのが伺える。
これは食いかけの飯、一旦片付けた方がいいかな?
『なに、難しいことではない。我が眷属達と少々遊んでやってもらいたいのだ』
「あれっ? それだけ?」
やる気満々だったダルク達が、拍子抜けする内容にガクッと崩れ落ちそうになった。
『土地神である我がいるため、強力なモンスターは洞窟にすら寄り付かない場所だ。退屈させているので、遊んでやってほしいのだ。たまにお前達のような者達が来るが、探索ばかりで遊び相手には難しい。貴殿らのようにここで楽しんで遊ぶ者は貴重ゆえ、是非頼みたい』
ここに弱いモンスターしかいないのはそういうことか。
強い生き物は危機察知能力が高くて臆病だっていうから、土地神が住んでいる場所に近づくことはしないんだろう。
『どうだろうか。時間はそれほど取らせん、少々遊んでやってくれ』
改めて頼まれると、また何かが表示された。
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≪特殊クエスト・土地神ガーディアンバットからの頼み が発生しました≫
土地神ガーディアンバットが眷属達の遊び相手になってほしいと頼んできた
眷属達と遊んであげましょう
クエスト成功条件:眷属達と一時間以上遊ぶ
クエスト失敗条件:頼みを断る 眷属達と遊んだ時間が一時間未満
*戦闘行為はありません
*通路へ出るとクエスト失敗扱いとなります
*一緒に休息する、飲食をするも遊びに含まれます
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今度は特殊クエスト発生の表示だ。
当然、これをダルク達が断るはずがない。
下の方に表示されている、クエスト受けますかいう表示に揃ってイエスを押した。
ここで俺だけノーを押すなんて空気を読まないことはせず、俺もイエスを押した。
戦闘行為が無いのなら、問題無いだろう。
入水で半減したステータスが戻るまでの時間潰しにもなるしな。
『そうか、受けてくれるか。では、よろしく頼む』
そう言ってガーディアンバットが手を上げると、天井にぶら下がっていたコウモリ達が下りてきた。
大きさの大小や灰色の体色の濃淡にそれぞれ違いはあれど、どれも丸みがあって可愛らしい外見をしている。
「あらあら、どの子も可愛いわね」
「この外見なら、コウモリでも大丈夫」
「よーし! もういっちょ遊びますか!」
「クリアしたら何が起きるのかしらね」
皆、楽しみにしているところを悪いけど、食いかけの飯は片付けていいか?




