フォースタウンへ向けて
宿で睡眠を取った後、ダルク達と一緒に作業館へ移動して朝飯と移動中に食べる昼飯を仕込む。
朝飯はストックのパンに、ワインにしなかった分のブルットを使ったジャムとジュースを付ける。
そのためにブルットの皮を剥いて種を取り除き、甘い物好きのカグラのことを考慮して八割をジャムにするためボウルで砂糖をまぶしておき、残り二割を魔力ミキサーでジュースにする。
ブルットジュース 調理者:プレイヤー・トーマ
レア度:2 品質:7 完成度:91
効果:満腹度回復1% 給水度回復10%
知力+2【2時間】 運+2【2時間】
ブルットの果肉が入った甘酸っぱいジュース
果肉は細かく砕かれているので、喉越しも良いですよ
「あまくてすっぱくて、おいしい!」
「甘酸っぱい美味しさだけじゃないんだよ。この果肉の食感と喉越しが合わさってこそ、このジュースの美味しさの魅力が発揮されるんだよ」
羨ましそうに見つめるダルク達を前に、試飲をしたイクトの美味しいとミコトの食レポならぬ飲みレポが出た。
自分で飲んでも美味いし、これはこれでよし。
続いて昨日ファーストタウンへ転移した時に立ち寄った、ベジタブルショップキッドとフリーショップで購入したシイタケとエリンギとエノキ、それとニンジンやトマトなんかを乾燥スキルで干し野菜にしたものを煮込んで出汁を取る。
灰汁を取り火加減に気をつけつつ出汁が取れたら、半月切りのズッキーニとざく切りのタマネギを加えて煮込んで、何度も作っている乾燥野菜出汁スープにする予定だ。
そうしている間に砂糖をまぶしたブルットから水分が出てきたから、鍋に移して空いているコンロで煮る。
焦がさないように混ぜながら煮込み、スープと一緒に調理を進める。
「ブルットのジャム、楽しみだわ」
いつも通りに正面から見学するイクトとミコトとは別に、周囲からダルク達の視線も注がれている。
特にジャムを作っていると分かったカグラは、身を乗り出してジャムを見ているから、谷間が見えそうになってちょっと困る。
「朝はそのジャムとパンと、さっき作ったジュースなのよね? お昼はそのスープと何?」
四人の中で冷静なメェナの問い掛けに、スープとジャムが完成したら作る予定の料理を告げる。
「ガテンモールの胸肉のブルットワイン蒸しと、ホウレンソウとベーコンの焼きそばだ」
ちなみにブルットワインは昨日仕込んだのじゃなくて、前に作ったやつの残りだ。
「「「「「「おぉぉぉぉっ!」」」」」」
料理を伝えたらダルク達だけでなく、イクトとミコトも雄叫びを上げた。
周りの迷惑になるから、叫ぶのはやめろ。
「ねえ、聞いた?」
「ワイン蒸しにホウレンソウとベーコンの焼きそばかぁ……」
「ガテンモールの肉ってどんなだっけ?」
ほらみろ、騒ぐから周囲も何事かってざわついているじゃないか。
「ガテンモールはどこで買ったの?」
「ミヤギさんのところだよ。ほら、チェーンクエストで寄った山羊の人」
「ああ、あそこか。前は別のを買ったんだよね。何買ったんだっけ?」
セイリュウの質問に答えるとダルクが中途半端に思い出した。
ホーンゴートだよ、何を買うかちゃんと相談しただろう。
「ちなみにそのガテンモール、美味しいの?」
「まだ味見はしていないけど、ミヤギさん情報だと焼くか揚げるか炒めるだと結構固くなるから、蒸すか煮るか茹でるのがお勧めだってさ」
名称からして筋肉質っぽいし、そういう性質なんだろう。
胸肉だからなおさら、っていうのもあるかもしれない。
「えー!? じゃあ唐揚げもフライも作らないの!?」
そうだよ作らないんだよ、そこの揚げ物狂い。
子供みたいにやだやだと駄々をこねる揚げ物狂いの幼馴染は、頭が痛い表情で溜め息を吐いているメェナに任せ、出汁が良い感じに出てきたスープに追加の具材、ズッキーニとタマネギを加えて煮込み続ける。
それから少しして、隣で煮込んでいたブルットジャムが完成した。
ブルットジャム 調理者:プレイヤー・トーマ
レア度:2 品質:6 完成度:78
効果:満腹度回復3%
魔力+2【1時間】
ブルットで作ったジャム
加熱で酸味は弱まったが、逆にそれがブルットと砂糖の甘さを引き立てる
パンだけでなく、クラッカーやスコーンとも合いますよ
スプーンで手の甲に乗せて味を確認する。
情報の通り酸味は弱まっているものの、それが甘さを引き立てていて美味い。
同じようにイクトとミコトの手の甲にも載せてやり、味見をしてもらう。
「あまくておいしい!」
「ただ甘いだけじゃないんだよ。微かに感じる酸味、これが甘さを引き立てるだけじゃなくて、舌が甘さ一緒に染まって飽きるのを防いでいるんだよ」
触角とレッサーパンダ耳をパタパタ動かす満面の笑みのイクトと、ミコトの食レポいただきました。
「はぁ……はぁ……甘いの……ちょうだい……」
カグラ、今すぐ食べたい気持ちは分かるけど、その表情は年頃の女子がやっちゃいけない。
あと、涎が垂れそうだから気をつけろ。
はあはあと息を乱すカグラを横目にジャムを空き瓶へ移し、追加の具材を加えて煮込んでいたスープの味を塩で調整して、以前にも作った乾燥野菜出汁の塩スープを仕上げる。
冷めないように鍋ごとアイテムボックスへ入れたら、ガテンモールのワイン蒸しに取り掛かる。
だけどその前に肉の味を確認するため、水を張った小さい鍋とフライパンを熱して、アイテムボックスから出したガテンモールの胸肉を薄切りで数切れ用意して半分を焼き、もう半分を茹でる。
「固くなるのに焼くの?」
「どれくらい固くなるのかを確認したいんだ」
薄切りでの固さ次第では、肉を柔らかくする性質のあるものに漬けたりひき肉にしたりすることで、焼きや炒めもできるかもしれない。
そう思って焼いたものを試食したんだけど……。
「……かったい」
焼いたガテンモールの肉を食べたイクトの第一声がこれだ。
しかも表情が凄く残念そうで、なんだか申し訳ない気持ちになってくる。
「肉汁自体は美味しいと思うんだよ。でもこの固さがただひたすら不快なだけで、食べているうちにイライラしてくるんだよ」
こんな肉でもしっかり食レポはしてくるミコト、ありがとう。
イライラしていると言っているのに無表情だけど、その苛立ちはこっちの茹でた肉で解消してくれ。
先に味見させてもらったけど、焼いたのとは大違いで柔らかいし肉自体も美味いぞ。
「こっちはおいしい!」
「焼いたのとは違って心地よい柔らかさで、染み出る肉汁と合わせて凄く美味しいんだよ」
よし、二人の調子が戻ったから良し。
ただし、焼いたガテンモールの肉は本当によろしくない。
弾力があるホルモン以上に噛み切るのが困難で、噛んでいるとミコトが言ったようにただひたすら不快になってくる。
正直、ミンチにしてもどうかなって感じだし、何に漬ければ柔らかくなるかのイメージもできない。
試食したそうな視線を向けてくるダルク達にも、焼いた方を試食してもらったけど……。
「かった! 何これ!? こんなの揚げてもちっとも嬉しくないよ!」
ダルク、周りに迷惑だからあまり大声を出すんじゃない。
だけど気持ちはよく分かる。
「あらまあこのお肉ってば、不快なほど固いわね、あまりに不快だから、なんだかイライラしてきたわ」
カグラが微笑みながら苛立ちオーラを発している。
笑顔なのに雰囲気が怖いって、こういうのを指すんだろう。
「トーマ君、これはだめ。どんなに味が良くてもこれは無理」
嫌そうな表情をしたセイリュウが、懇願するように訴えてくる。
「なんで薄切りなのにこんなに固いの? 薄いのよ、トーマが頑張ってミリ単位にしたのよ、なのにホルモン以上に噛み切れないってどういうことよ」
落ち着けメェナ。
茹でた方はちゃんと柔らかかったから、今から作るワイン蒸しもきっと柔らかいはずだ。
というわけで蒸し器の準備をして、ネギの青い部分をざく切りに、ジンジャーを薄切りに、そしてガテンモールの肉を一口大に切り分ける。
肉に塩を揉みこみ、皿に載せてブルットワインを振りかけて蒸し器の中へ入れる。
これで蒸している間に焼きそばの仕込みだ。
麺を下茹でするために鍋に水を張って火にかけ、ファーストタウンのフリーショップで購入したホウレンソウと、セカンドタウンサウスの肉屋で買ったベーコンを一口大に切り分け、ニンニクをすりおろす。
沸いたお湯で麺を人数分、それと試食用の一玉を下茹でして湯切りをしたら試食用以外は皿に載せてアイテムボックスへ入れ、鍋を片付ける。
そして空いたコンロでフライパンを熱し、油を敷いておろしニンニクを加えて香りが立ってきたら試食用の麺を炒め、ベーコン、ホウレンソウの順で加えながら炒め続け、最後に塩と胡椒で味付けして完成だ。
ホウレンソウとベーコン入り焼きそば 調理者:プレイヤー・トーマ
レア度:2 品質:7 完成度:86
効果:満腹度回復13%
MP最大量20%上昇【3時間】 俊敏20%上昇【3時間】
ホウレンソウとベーコンを具材にした焼きそば
炒め物としてよくあるこの二つですが、焼きそばにすると一風違う
バターを使って洋風にするのも有りですよ
三枚の皿に取り分け、イクトとミコトと一緒に味見する。
うん、いいね。どうしてホウレンソウとベーコンって、こうも合うんだろうか。
「おいしい!」
「穏やかそうなホウレンソウと、味も香りも強いベーコン。この二つの組み合わせが、この焼きそばの要なんだよ。他に余計な具材や調味料を入れていないから、この生み合わせの妙が実によく伝わってくるんだよ」
場合によっては粉ビリンを加えようかとも思っていたけど、ミコトの言う通り余計なものは入れない方がいいかもしれない。
なんでもかんでも加えるんじゃなくて、あえて加えないのも一つの手だからな。
ところでダルク達よ、これはどうあがいても移動中の昼飯だから、そんなに食べたそうにしても朝はお預けだぞ。
さて、蒸し器の方もそろそろいいだろう。
蓋を開けると蒸気と一緒にブルットワインの香りが一気に広がる。
「わー、いいにおい」
漂う香りにイクトの触角とレッサーパンダ耳がピコピコ動いて、無表情で無言のミコトは鼻がヒクヒク動いている。
ダルク達もこっちをじっと見つめる中、肉を取り出す。
ガテンモールのブルットワイン蒸し 調理者:プレイヤー・トーマ
レア度:3 品質:6 完成度:81
効果:満腹度回復20%
腕力+3【1時間】
ガテンモールの胸肉にブルットワインを掛けて蒸したもの
柔らかく蒸された肉に、ブルットワインの風味が合います
加熱してアルコールは飛んでいるので、未成年でも安心です
情報は問題無しで、味は……こちらも問題無し。
ブルットワインの甘い風味が柔らかい肉と合っているし、その肉自体も美味い。
しっとりとした柔らかさで、噛むとあっさりめの肉汁が口の中に広がって、その旨味がブルットワインの風味で引き立てられている。
「かたくない! やわらかい! おいしー!」
「焼いた時の固さが欠片もない柔らかさ、お肉から染み出る美味しい肉汁がワインの風味と合わさって、さらに引き立てられているんだよ」
焼いたのを食べた時の不機嫌さは一切無い、嬉しそうなイクトとミコトの軽快な食レポが出たということは、大丈夫なんだろう。
さて、今すぐにでも食べたそうなダルク達には待てをして、全員分を作ろう。
蒸し器でガテンモールの肉を蒸しつつ、もう一方のコンロで焼きそばを作っていく。
それが全部完成したら、ストックのパンとブルットジャムとブルットジュースで朝飯だ。
「もう! 目の前であんなに料理してからご飯だなんて、トーマは焦らしすぎだよ!」
文句を言うかパンを食うか、どっちかにしろダルク。
「盛りジャム、盛りジャム♪」
二つに割ったパンへジャムを載せるカグラだけど、それは載せすぎだ。
パンに対してジャムが多すぎて、パンがコーンでジャムがソフトクリームみたいに見えるぞ。
それってほぼジャムしか食べていないんじゃないか?
おまけに追いジャムに続いて、盛りジャムっていう変な言葉作ってるし。
「焦らされた分、美味しいよ」
それはジャムを塗ったパンを、ハムスターのように口へぎゅうぎゅうに押し込んで食べる様子を見れば分かるよ、セイリュウ。
というかミコトも口にぎゅうぎゅうに詰め込んでいるし。
二人とも、喉に詰まらせるなよ。
「ぷはーっ! ジュースも美味しくて最高!」
ブルットジュースを一気飲みしたメェナが、コップを強く置いた。
その飲み方と置き方、常連の酔っぱらいが最初の一杯を飲んだ時みたいだぞ。
「ぷはー!」
ああほら、イクトが真似しちゃったじゃないか。
「これはワイン蒸しと焼きそばも楽しみだね」
「そうね。朝ご飯の最中なのに、お昼ご飯が待ち遠しいわ」
「気持ちは分かるけど、気が早いよ」
「楽しみにするのはいいけど、移動中の戦闘でミスしないでよね」
「はーい」
「イクトに言ったんじゃないんだよ」
まあ、周囲へ迷惑を掛けない範囲で楽しんで、それでいて美味そうに食ってくれているならそれでいいか。
しかし、あれだけ作ったジャムがもう残り少なくなっているぞ。
その原因は主に、口の周りをジャムでベタベタにしたイクトと、あれだけジャムを盛っているのに口の周りにはジャムが付いていないカグラにある。
多めに作っておいて良かったよ、本当に。
そう思いつつ俺も飯を食い、飯が終わったらイクトの口の周りを拭いて後片付けをする。
ダルク達はその間に移動ルートの確認をして、イクトとミコトはそれに混ざっているけど、首を傾げているからよく分かっていなさそうだ。
だけどそんな様子が弟妹可愛いから許す。
小さく頷きながら後片付けを終わらせ、昨日仕込んだ水出しのポーションとマナポーションをダルク達へ渡し、全ての準備が整ったのを確認したらフォースタウンハーフムーンへ出発。
町を出るまでに聞いた話によると、途中で洞窟を通るルートで行くそうだ。
「その洞窟に何かあるのか?」
「特に無いよ。しいて挙げるなら、何故かそこに出てくるモンスターはあまり強くないことかな」
質問に答えてくれたセイリュウによると、その洞窟へ辿り着くまでに遭遇するモンスターに比べ、洞窟内で遭遇するモンスターは弱いものばかり。
理由は分かっていないけど、何かあるんじゃないかとの噂があるそうだ。
だけどそれならそれで、弱いプレイヤーをキャリーして次の町へ行くのに向いているということで、通過するプレイヤーは少なくないそうだ。
今回は俺という非戦闘員と、戦闘向けだけどダルク達ぐらいのレベルに達していないイクトとミコトがいることを考慮し、そこを通るらしい。
「それを狙って一時PK目的の連中が出入口付近で待ち伏せしていたけど、通報されて運営の保安官に狙撃されたんだってさ」
PKはプレイヤーを攻撃して倒すことだったな。
俺達はシステムで拒否しているとはいえ、全員がそうじゃないから被害者も出ていたんだろう。
だけどダルクが言ったように、保安官が出張って対処したなら大丈夫かな。
「一応最近の情報を調べたけど、新たにそういう人達がいるって情報は無いわね」
「うふふっ。多少足りない人でも、そういうことがあったらしばらくは運営が監視すると思っているんでしょうね」
事件現場周辺を、しばらく警察が警戒するようなものか。
それはそれで安心できるな。
「だからって油断は禁物よ。一応警戒はしましょうね」
「「「「「はーい」」」」」
メェナの注意にダルク達とイクトとミコトが返事をした。
いや、保育園か。
思わずツッコミを入れそうになりつつ、それを飲み込んで町の外へ出る。
そこからの会話は先日判明したギルドの作り方や、定期船へ乗船する際の料金や条件、港町ではどんな食材が手に入るかを話し、たまにモンスターと遭遇したら戦闘をする。
「てりゃあぁぁっ!」
「しっ!」
遭遇したオーガの拳を盾で受け止めたダルクが、威勢の良い声を上げて押し返すとオーガがよろめいた。
そこへメェナとイクトが距離を詰めて、メェナは左右の拳を何発も腹へ叩き込み、イクトはカマキリの鎌に変化させた右腕で膝を切りつける、
よろめいたところへ攻撃されたオーガは転倒し、そこへカグラの光魔法とセイリュウの水魔法とミコトの闇魔法が降り注ぎ、オーガは倒された。
「やったよますたぁ」
「勝ったんだよ」
「ああ、よくやったな」
勝利に喜ぶイクトとミコトを褒めてやる。
とはいえ、ダルク達とのレベル差があることもあり、イクトとミコトが与えたダメージは少なかった。
だけど戦闘には参加しているから、二人にもある程度は経験値が入ってきている。
勿論、主人である俺にもな。
この調子なら、近くイクトはレベル三十になりそうだ。
そんな二人に対してダルク達は……。
「くっそー! ドロップに肉が無いー!」
「まあまあ。低確率だから仕方ないわよ」
「さっき遭遇したイリュージョンダックも、食材をドロップしなかった……」
「ようやく遭遇したランチャーコーンも実をドロップしなかったし、今日は食材のドロップ運が悪いわね」
さっきから食材がドロップしないせいか、腹ペコガールズが嘆いている。
俺の方にも食材は無く、オーガの牙とかイリュージョンダックの羽とかランチャーコーンのヒゲとかだ。
あれ? ランチャーコーンのヒゲって、トウモロコシヒゲ茶にできるかな?
気になるからいずれ試してみようと決め、ダルク達を立ち直らせて移動を再開。
その後、さらに一回の戦闘を挟み洞窟に到着した。
「周囲にプレイヤーの反応は無いけど、気をつけていきましょう」
「中は暗いし弱いとはいえモンスターはいるから、それにも注意しようね」
「夜目スキルのある、僕が先頭に行くよ!」
「うふふ。私の光魔法で照らせるとはいえ、足元には気をつけて」
食材がドロップしないって嘆いていたとは思えない、この頼もしさ。
皆、頑張ってくれ。俺は最後尾で守られながら心の中で応援しているぞ。




