契約して回る
前日に告知のあったアップデートは、予定時間内で無事に終了したようで、今日も普通にログインできた。
「いよっし! フラグは成立していなかった!」
夜までずれ込まなかったことにダルクが喜び、その姿にカグラとセイリュウとメェナが笑っている。
俺は俺で抱きついてきたイクトを受け止め、寄ってきたミコトの頭を撫でている。
「それじゃあ今日の予定の確認だけど、私達は装備の更新とそれの使い勝手のために外で戦闘」
「俺達は料理ギルドの転送配達サービスを利用できるように、転移屋で町を回って契約してくるよ」
サービスを受けるためには、利用したい店や生産者がいる町のギルドで契約証を貰い、その店の名前を刻んでもらいギルドで手続きをする必要がある。
なんとも手間の掛かるやり方だけど、個人的にはこういうアナログ的なやり方が西部劇風の世界観に合っていて、良いんじゃないかと思う。
「あらまあ、だったら移動費用が掛かりそうね。私達のご飯に関わることだし、いつもより多めにお金を貢いでおくわね」
気遣いは嬉しいけど、なんでカグラは貢ぐって言い方をするんだ。
別に悪いことなんてしていないのに、なんか悪いことをしている気になってしまう。
そんな微妙な気持ちを抱きつつも、料理を作ることへの報酬と食費はしっかり受け取っておく。
こっちからは昨日のログインで作ったカツサンドとチキンカツサンド、それを作った時に切り落としたパンの耳を使ったフレンチトースト、それとサンの実の果汁酢ジュースを渡す。
「いえーいっ! カ・ツ・サ・ン・ド、カツサンド!」
カツサンドを載せた皿を左手に持ったダルクが、何度も右腕を上げ下げする。
なんだ、その何かのスポーツの応援みたいな喜び方は。
「待っていたわ、このフレンチトーストをっ!」
両手でフレンチトーストを載せた皿を持ったカグラは、それを天へ捧げるように掲げた。
なんだその、待っていたぜこの瞬間を、みたいな言い方は。
見ろ、苦笑いのセイリュウと呆れているメェナはともかく、イクトとミコトは口を半開きにしてポカンとしているぞ。
周りも小さな笑いが出たり、暖かい眼差しやかわいそうな物を見る目を向けてきたりしてるし。
「……とりあえず、俺は寄る場所が多いからもう行くな」
「えぇ、分かったわ」
「いってらっしゃい」
まだ喜んでいるダルクとカグラをメェナとセイリュウに任せ、イクトとミコトと一緒に移動を開始。
二人は苦労しそうだし、今日はメェナの好きな辛いものとセイリュウの好きな麺類を合わせた、汁無し担々麺でも作ろうかな。
そうだ、汁無しと言えば前にポーションまぜそばを作ったみたいに、麺の生地に何かを混ぜようかな。
次に作る飯のことを考えつつ、転移屋を使って今までに行ったことのある町で偶然見つけて立ち寄った店、星座チェーンクエストで立ち寄った店や生産者を訪ねて契約して、欲しい物があればついでに買い物もして回る。
その町の料理ギルドにも寄らなくちゃならないから結構時間が掛かり、昼飯はファーストタウンの広場でイクトとミコトと並んでベンチに座って食べることになった。
「かつさんど、おいしー!」
「サクサクの衣と歯応えのあるお肉と柔らかいパン、そしてシャキシャキのキャベツ。あらゆる味がまとまって引き立て合う美味しさだけでなく、食感も多重奏を演出していてより美味しさを引き立てるんだよ」
イクトの笑顔とミコトのコメントは今日も絶好調だな。
さあて、これであらかた回ったな。
ブルットを見つけたワンダフル青果店、星座チェーンの終着点だったフィシーの調理用魔道具店、香辛料を扱っているスコーピの店、狩った肉を加工販売しているミヤギ、木の実や果物やそれを使ったジュースを製造販売しているガニーニの工房。
他にもマッシュの家やフライドの家と、何店か回って契約を結んだ。
残るはセカンドタウンイーストにあるバイソン牧場と、熟成瓶とかを作っているクラブンの工房くらいか。
できればポッコロとゆーららんとも契約を結びたいけど、さっき確認したら二人はログアウト中。
ギルドでおばさん職員に確認したら、契約相手がプレイヤーであっても相手がログインしていれば配送サービスが使えるから、契約しようと思っていたのに残念だ。
「じゅーすとふれんちとーすともおいしー!」
少々語彙力には欠けるものの、満面の笑みとパタパタ動くレッサーパンダ耳が、どれくらい美味いと思っているのかを教えてくれる。
「甘いフレンチトーストと甘酸っぱいジュース、意外と合うんだよ。両方とも甘いなら途中で飽きるけど、ジュースが口直しになっていくらでも食べられるんだよ」
『レッサーァッ、パンダアァァァァッ!』
イクトとは対照的に、顔は無表情でも食レポが絶好調で食べる手が止まらないミコト。
二人のこんな反応を見ていると、現実で一人っ子だからつい甘やかしてしまう。
ただミコト、レッサーパンダグローブの鳴き声は余計だ。
通りすがりのプレイヤー達が、一斉にこっちを向いたぞ。
さてと、二人を愛でるのはほどほどにして、飯を済ませたら残り二箇所へ行こうか。
「ますたぁ、つぎはどこでなにかうの?」
これまでに契約で立ち寄った店で、ついでとはいえ何かしら買っていたからか、イクトは次に立ち寄る場所でも何かを買うと思っているようだ。
クラブンの工房では何があるか次第だけど、バイソン牧場では牛乳と乳製品を買っておこうかな。
というわけで、イクトとミコトの食事が終わってイクトの口の周りを拭いてやったら、セカンドタウンイーストへ転移。
バイソン牧場とクラブンの工房でも無事に契約を済ませ、バイソン牧場では牛乳と乳製品を購入、そしてクラブンの工房では熟成瓶と醸造樽を追加で買っておいた。
ワンダフル青果店でブルットを買ったから、これでまたワインを仕込んでワイン蒸しとかワイン煮とかを作ろう。
「これで用事は全部終わったな」
後は帰って飯を仕込めばいいかな。
でもその前に、ポッコロとゆーららんがログインしているかを確認しよう。
おっ、二人ともログインしている。
すぐに連絡を取ると、向こうも俺へ連絡を取ろうとしていたようだ。
何の用だろうか。
契約の件もあるし、直接会いに行こう。
現在地を訪ねるとセカンドタウンサウス。
既に行った後だからタイミングが悪いなと思いつつ、合流場所を決め、転移屋を使ってセカンドタウンサウスへ転移。
集合場所の広場で二人と合流した。
「お兄さん、わざわざすみません」
「来てくれてありがとうございます」
出迎えてくれた二人の装備が変わっている。
ポッコロはツナギ姿、ゆーららんはオーバーオール姿だ。
「ぽっころおにいちゃんとゆーららんおねえちゃん、ふくかえた?」
「うん、そうだよ」
「前のも気に入っていたけど、農家といえばこれですよね」
「似合うんだよ」
ミコトの言う通り似合っているんだけど、どうしても農業体験中の子供達に見える。
まあそれはそれで微笑ましいからいいとして、早く用件に移ろう。
「ところで、二人は何の用なんだ?」
「そうでした。聞いてください、お兄さん」
「遂に育樹スキルを入手する方法が分かったんです!」
ほう。ということは木の実や果物を育てられるかもしれないのか。
「ただそのためには、木の実や果物を育てているNPCとの交流が必要なんです」
「お兄さん、そういうNPCを知りませんか?」
木の実や果物を育てているNPCだって?
だったらちょうどいい人がいるよ、しかもこの町にな。
そのことを教えて案内する道中、こっちの要件を伝えると喜んで協力してくれることになった。
「ふっふっふっー。お得意様との繋がりは、しっかり確保しておかないとね」
ゆーららんが商売人らしい笑みを浮かべている。
だけど、そういうのは嫌いじゃないぞ。
「でもそうなると、お兄さんと会う機会が減って少し寂しい気もしますね」
こっちを見上げながら純粋な笑みでそう言わないでくれ、ポッコロ。
配送サービスで二人が育てた品を取り寄せられると分かっていながらも、会うためだけで買いに行っちゃいそうじゃないか。
だけど移動費が馬鹿にならないから、そういう気持ちはグッと堪えた。
「それにしても、料理ギルドにはそんなサービスがあるんですね」
「僕、お兄さんの料理を配送してくれるサービスがあれば、是非利用したいです!」
いやぁ、さすがにそれは無いんじゃないかな。
料理ギルドに依頼は出せるけど、指名みたいなのはできないはずだし。
農作物関連で世話になっている二人には、多少のご馳走はしてもいいと思う。
無論、メインはダルク達だからほどほどにな。
「いくともますたぁのりょうりほしー!」
いや、イクトは毎回食べているだろ。
しかも味見込みで。
「いつも食べてるのに、何言ってるんだよ」
その通りだミコト。
イクトもテヘへ、じゃないから。
「そういえば、ころころまるどうしたの?」
「今日は畑で留守番だよ」
「畑の世話を頼んだから、今頃畑の手入れをしているかしら」
へえ、そんなことができるのか。
聞けば農業スキルを持っていれば可能とのことだ。
面白いなと思う反面、ころころ丸と会えなくてイクトがガッカリしているから複雑だ。
とかなんとかやっているうちに、ガニーニさんの工房へ到着。
ちょうど果樹園の方にいたガニーニさんへ二人を紹介し、育樹について教えてもらえないか相談した。
「なるほど、話は分かった。初対面の相手なら断るところだが、お前の紹介ならいいだろう」
「本当ですか!」
「ああ。今日は忙しいから無理だが、明日以降で良ければいつでも来い。教えられることは全て教えよう」
「「ありがとうございます!」」
これで育樹スキルを習得する目途が立ったな。
今日はもう退散することになったけど、ポッコロとゆーららんは嬉しそうだし、それにつられてイクトも嬉しそうだ。
「いやぁ、本当にお兄さんには感謝ですよ」
「無事に育樹スキルを習得して、木の実や果物を育てられたら真っ先に知らせますね!」
「よろしく頼む」
それを受け取りやすくすため、パパッと契約を結ぶ。
農業プレイヤーと契約を結ぶ場合、そのプレイヤーが畑を所持している町ならどこでもいいようだから、そのままセカンドタウンサウスで契約を結んだ。
さらに育樹スキルを習得できることを見込み、契約を結んで回った際に購入してきた木の実類や果物も一つずつ渡しておいた。
「こんなにくれるんですか? ありがとうございます!」
「気にするな、先行投資ってやつだ」
「ということは、見返りは安価での売買でいいですか?」
分かっているじゃないか。
料理ギルドの転送配達サービスでプレイヤーとの売買をする場合、取引額は取引相手によって決められる。
市場価格通りにするのか、高くするのか安くするのか。
その辺は相手との信用と信頼によりけり、というわけだ。
「ああ。よろしく頼むぜ、ゆーららん」
「ふっふっふっ。分かっていますぜ、お兄さん」
本当、ゆーららんのこういうノリは嫌いじゃないよ。
「ねえ、ぽっころおにいちゃん。ますたぁとゆーららんおねえちゃん、またわるいかおしてわらってるよ。なんで?」
「さあ? なんでだろうね」
「マスターもあんな顔するなんて、知らなかったんだよ」
さて、これにて用事は本当に全部終了だな。
「ところでお兄さん達は、フォースタウンの先はどこから目指すんですか?」
「一応西側から目指す予定だ」
「西ということは、フォースタウンハーフムーンですね。だったら私達もそっちを目指します!」
なんでだ。
「どうして?」
「お兄さんの近くにいれば、何か面白そうなことが起きる予感がするからです」
「近くにいれば、何かの拍子にご馳走してもらえないかなと」
イクトの質問にポッコロは純粋な笑みで、ゆーららんはニヤリという感じの笑みで答える。
訳の分からない予感を素直に言われても困るけど、欲を隠さず晒されるのも困る。
「だけど、どうやって追いつくんだよ?」
「「知り合いにキャリーしてもらいます!」」
そうかそうか。くれぐれも、その人達にはちゃんとお礼をするんだぞ。
若干現実逃避をしてしまったけど、互いに用事は済んだからここで別れ、俺達は転移屋を使ってダルク達が待つサードタウンウラヌスへ戻った。
さあて、あいつらが帰ってくる前に晩飯を作っておかないとな。




