炭水化物が止まらない
金曜日の昼休み。
食堂で焼きそばをすすりながら、健と晋太郎と早紀達と会話をする何気ない昼食の時間を過ごす。
「なあ、ふと思ったんだけどよ」
そんな中、焼肉丼を食べていた健が話を切り出そうとした。
「ちょっとさー、昼休みにまで下ネタぶちこもうとしないでよ」
唐揚げ定食を食べている早紀が、まだ何も言っていないのに不満の声を上げた。
「これだから、年中脳内ピンク色は……」
フライ定食を食べている狭山が睨みながら辛辣なことを言う。
「やめてよねー、女子もいんだからさー」
カツカレーを食べながら文句を言う山本に、焼き魚定食を食べる桐生、塩ラーメンを食べる能瀬、七味をたっぷり掛けたぶっかけうどんを食べる長谷、ポークソテー定食を食べる晋太郎もうんうんと頷く。
「すまない健、フォローは絶望的なまでに不可能だ」
「まだ本題のほの字すら口にしていないのに、なんだこの扱い!?」
常々言っているけど、胸に手を当てて日頃の行いを振り返ってみれば分かるよ。
「そういう話じゃねえよ。ほら、大阪じゃお好み焼きをおかずに米を食うだろ?」
「健、未熟とはいえ料理に携わる身として言わせてもらう。他所の食文化を否定することは、それを築き上げてきた人達への侮辱だぞ」
否定するのなら、実際に食べたけど自分には合わなかった、程度にとどめるべき。
これ、祖父ちゃんからの教えね。
「一言も否定していないのに説教された!? 違うって、頼むから最後まで話を聞いてくれ」
そこまで言うのなら聞いてやろう。
ただし、くだらない話なら母方の伯父さん直伝、ただひたすら痛いだけで体に全く良い効果が無いツボ押しマッサージをしてやるからな。
「それで健君、何を言いたいの?」
「いやさ、お好み焼きをおかずに米を食うのが変って言うのに、なんで同じ炭水化物同士のラーメンにチャーハンとか、うどんやそばに丼物を付けるのは変って言われないのかなって」
なるほど、そういう話か。
良かったな健。母方の伯父さん直伝、ただひたすら痛いだけで体に全く良い効果が無いツボ押しマッサージは回避されたぞ。
「言われてみればそうだね。トーマ、なんで?」
「あのな、料理に関することならなんでも知っていると思うなよ」
「つまりは知らないんだね」
「まあな」
別にラーメンやお好み焼きをおかずに米を食おうが、好みは人や地域や国それぞれ。
第三者が口を挟むことじゃない。
「だけどさー、言われてみれば炭水化物タッグって多いよねー」
炭水化物タッグって。
そんなプロレスじゃあるまいにと思いつつ、否定はできない。
だって日本には炭水化物同士のセットメニューなんて、山のようにあるんだから。
「間宮が言った組み合わせ以外だと、うどんやそばにいなり寿司とかおにぎりを付けるとか?」
「カレーうどんにご飯とか」
「それは残ったカレースープにご飯を入れるから、違うんじゃない?」
「いやでも、炭水化物同士という意味じゃ同じだと思うよ」
「焼きそばパンだって、炭水化物同士だよね」
「それを言うなら、ナポリタンを挟んだパンだってそうだよ」
健の一言から始まった、炭水化物タッグ議論。
こうして聞いていると本当に多いな、炭水化物タッグ。
なら俺も、一石を投じさせてもらおう。
「だったら餃子ライスとか、ラーメンに餃子を付けるのもそうだろう」
「そういえば、中国だと餃子は主食だったね」
隣に座る能瀬の言う通り、日本ではおかず扱いの餃子は中国では主食。
ということは餃子に米やラーメンを付けることは、主食で主食を食う感覚のはず。
さらに餃子の皮は小麦粉だから、お好み焼きと同じで炭水化物として扱える。
「極めつけはラーメンに餃子とチャーハンのセットだ」
「そうね、それって炭水化物がタッグどころかトリオだわ」
桐生は炭水化物トリオって言ったけど、この三つのセットに対する俺の密かな呼び方は、炭水化物スペシャル。
主に注文するのは肉体労働者か、ふくよかな体型をした客だ。
「そういえば私のお父さんの実家が豊橋ってところにあるんだけど、そこにご飯が入ったカレーうどんがあるのよ」
ここで長谷から新たな話題が振られた。
しかし、カレーうどんに米を添えるんじゃなくて、米が入ったカレーうどん?
それだと食べている時に混ざりそうだぞ。
そばめしのように麺を細かく切っているならともかく、それはどうだろう。
おまけに汁物だし。
「食べている時に、ご飯とうどんが混ざりそう」
「実はそうでもないのよね」
狭山の疑問を否定した長谷によると、米を器の底に置いて、その上にとろろでコーティングするらしい。
これによって、その上からカレースープを掛けてもとろろが壁になって米を守り、混ざるのを防ぐそうだ。
同時に米がカレースープを吸ってふやけるのも防ぎ、米を食おうとすればとろろが加わり、良い味変になるとか。
「カレーにとろろって合うの?」
今まさにカツカレーを食べている山本が、興味深そうに身を乗り出してきた。
胸元を開き気味だから、その姿勢は少し不味い。
できるだけ見ないようにしつつ、平静を保とうとしながら返事をする。
「合うぞ。母さんは好きでよくやってるし、なんならカレーに加えてるし」
俺も最初はどうかと思ったけど、やってみたら美味かった。
たぶん、日本風のカレーはとろみがあるから、ああいうのとも合うんだろうな。
「そーなんだ。でもここ、とろろがなーい」
食べているカツカレーに目をやりながら、残念そうにする山本。
それにとろろを掛けようと思ったんだろうが、あいにくここの食堂にとろろは無いから、他所か自宅でやってくれ。
「話を戻すけど、炭水化物同士の組み合わせなら、ワンタンメンもそうじゃない?」
確かに、ワンタンも炭水化物と言えば炭水化物か。
「そばめしは?」
「あれは混ぜているから、ちょっと違くない?」
「だけど麺とお米の組み合わせだし……」
「パスタにパンを付けるお店もあるよね」
そういえば、徳島ラーメンはおかずのような扱いだから、米が付いてくるって話を何かで見たな。
あとは名古屋の味噌煮込みうどんも、うどんを食った後に米を入れておじや風に食べるから、米が付いてくるとか。
炭水化物同士の組み合わせ、日本にどんだけあるんだよ。
「うふふ。炭水化物を合わせたご飯って、色々あるのね」
「でもさすがに、お米とパンの組み合わせは無い」
微笑む桐生に続く狭山の言う通り、米とパンの組み合わせは……。
いや、待てよ。
「あるぞ。米とパンを組み合わせた料理」
「嘘っ!?」
あの早紀ですら驚いたぐらいだから、皆も驚いてこっちを見ている。
「斗真君、本当なの?」
「本当だ」
半信半疑といった様子の晋太郎に肯定の返事をする。
それを見たのは長年続いている、福岡を舞台にした料理好きで料理上手な父親が主人公の料理漫画。
ある話で息子とその友人達が丼を作っていて、その中の一つにパンを丼にしたものがあった。
確かフレンチトーストを作っている最中に、それも丼にしようとか言いだして作った、っていう流れだったはず。
「どういう料理なのよ、それ」
想像ができずに怪訝な表情をする長谷の言葉に皆が頷く。
普通はそうだよな、俺もそれを読むまでは想像どころか考えもしなかったぞ。
「簡単に言えば、フレンチトーストをカツ丼みたいに出汁で煮て卵とじにしたものを、丼飯に載せるんだ」
「駄目だ、味が全く想像できねえ!」
頭を抱えて叫ぶ健同様に、皆も首を捻ったり誰かと顔を見合わせたりしている。
そういう反応をするのも無理はない。
というか俺だって分からないよ、知っているだけで作ったことは無いから。
「どういう味なの?」
「作ったことが無いから分からない。作品の中では、肉の無いカツ丼みたいなこと言っていたけど」
「あらあら、なんでそうなるのかしら?」
えぇっと確か……。
「パン粉は元々パンで、卵も使っているから、肉無しのカツ丼のようなものだとかなんとか」
「理屈ではそうかもしれないけど、えぇ?」
納得しきれていない能瀬は首を傾げるけど、少なくとも作中ではそう描いてあった。
食べていないものを説明するのは難しい。
「それにしても、よくそんなのを思いついたね」
晋太郎の言う通り、よくパンで丼を作ろうと思ったもんだよ。
「なんにしても、これでパンとお米の組み合わせがあることが証明された」
「味は全く想像できないけどね」
狭山の発言に対する桐生の意見に同意だよ。
いっそ、今度賄いで作ってみるか?
だけどそんなのを作ったら、祖父ちゃんになんて言われるだろう。
お玉片手に怒鳴られるかもしれないし、先に話を通してから作ることにしようかな。
「そういえば前に、おそばとかうどんとかきしめんが一つの丼に入っている店が、テレビに出ていたような……」
マジか、それどこのなんて店だ。
こんな感じで炭水化物同士の話は弾んだけど、つい話し込んで危うく次の授業に遅れそうになった。
炭水化物、恐るべし。
……それはちょっと違うか、普通に俺らの不注意だな。




