ねだればいい訳じゃない
調理開始からだいぶ経ち、ダルク達からの帰るメッセージはついさっき届いた。
そのダルク達と食べる晩飯は既に調理済みで、今は次回のログイン用にカツサンド二種を作っている。
使う肉は豚のロース肉と鶏のモモ肉で、厚みはパンとのバランスを考えてやや厚め程度。
これに味つけ用に塩と胡椒とビリン粉少々を加えた小麦粉、卵液、ストックのパンを乾燥スキルで乾かしてすりおろしたパン粉を順番にまとわせ、鍋で熱した油で揚げる。
揚がったトンカツとチキンカツはトングで持ち上げ、豚と鶏が分かるように別々の網をセットしたバットの上へ載せ、油を切りつつ冷ます。
そして次の肉へ衣をまとわせ、また揚げる。
「じゅわわっ、じゅじゅじゅわわー♪」
「……もうツッコミを入れる気も起きないんだよ」
「?」
相変わらず音程が微妙なイクトの歌に、ミコトはもうツッコミを入れる気を失ったようだ。
それがどういう意味か分からず、首を傾げるイクトが弟可愛くてつい笑みがこぼれてしまう。
だけど目の前の調理への気持ちは切らず、トンカツとチキンカツを作っていく。
準備した肉を全部揚げたら別々の皿へ移し、バットの空いたスペースに別の揚げたてを載せる。
こうしてトンカツとチキンカツを作れるだけ作ったら、これを依頼で立ち寄ったパン屋で作った食パンに挟む。
食パンは揚げる前に仕込んであり、スライスして耳を切り落としてある。
それと一緒に挟むのは、千切りにしたキャベツとスライスしたタマネギをマヨネーズで和えたもの。
バチバチキャベツとシマシマタマネギを使おうとも思ったけど、カツをメインに据えたいから普通のやつを使った。
パンにそれを載せ、トンカツかチキンカツを載せてもう一枚のパンで挟み、ぐっと押さえてから包丁で斜めに切り分けて完成。
分かりやすいようにそれぞれを別々の皿へ載せる。
カツサンド 調理者:プレイヤー・トーマ
レア度:3 品質:6 完成度:88
効果:満腹度回復16%
HP最大量30%上昇【2時間】 体力30%上昇【2時間】
ロースカツを挟んだサンドイッチ
一緒に挟んだのは、千切りキャベツとスライスタマネギをマヨネーズで和えたもの
衣に味を付けてあり、マヨネーズも入っているのでソース無しでも美味しいです
チキンカツサンド 調理者:プレイヤー・トーマ
レア度:3 品質:6 完成度:87
効果:満腹度回復15%
MP最大量30%上昇【2時間】 俊敏30%上昇【2時間】
チキンカツを挟んだサンドイッチ
一緒に挟んだのは、千切りキャベツとスライスタマネギをマヨネーズで和えたもの
衣に味を付けてあり、マヨネーズも入っているのでソース無しでも美味しいです
サンドイッチとはいえ、システム的に揚げ物がメインと判定されたのか、バフ効果は厨師としてのものになっている。
それと今回は斜めに切って三角形にしたけど、真っ二つに切って長方形にしても良し。
ちなみに切り落とした耳は、砂糖と隠し味程度の塩を加えた溶き卵に浸けてあり、カツサンド二種を作り終えたらそれでフレンチトーストを作る予定だ。
勿論、食パンの端の一面がパンの耳になっているのも、細切りにして卵液浸けてある。
「「じー」」
身を乗り出して視線の擬音を口に出しているイクトとミコトよ、既に試食はしたから渡さないぞ。
「勝手に食べるなよ。そしたら明日の分が無くなるぞ」
「「はーい」」
返事はしたけど視線はカツサンドで固定されている。
大丈夫かなと思いつつも調理を続け、調理は完了。
二人もつまみ食いしなかったから、次回用のカツサンドは無事にアイテムボックスへ収められた。
「うー」
「むー」
未練たらたらな二人の視線を浴びつつ揚げ物で使った物を片付け、最後に卵液へ浸けている食パンの耳を焼き、フレンチトーストを作る。
熱したフライパンにバターを落として溶かし、味見用に三つ焼く。
「やっぱりそれか」
「卵に浸けていたから、それしかないわよね」
「この甘い香り、私のリアルのお腹は絶対に空いているわ」
徐々に甘い香りが漂いだすと、イクトとミコトが対面側から身を乗り出して凝視する。
焼き目がついてきたらフライパンから皿へ移して完成だ。
フレンチトースト 調理者:プレイヤー・トーマ
レア度:3 品質:6 完成度:83
効果:満腹度回復4%
知力+3【1時間】
甘く味付けした卵液に浸けたパンの耳をこんがり焼きました
噛み締めると甘味がジュワッと広がります
手持ちに無かったのか、牛乳が無いのが残念
説明文にある通り、牛乳を切らして加えられなかったのが残念だ。
だけどイクトとミコトと一緒に味見すると、牛乳が無くともしっかり美味い。
歯応えのある耳を噛むと、甘い味わいの卵がジュワッと広がる。
さらにバターの風味が効いていて、牛乳が無いことを多少なりとも補えている。
「あまーい! おいしー!」
「噛み応えがあるパンの耳をしっかり噛むから、甘く味付けした卵の味が口の中に広がるんだよ。さらにバターが砂糖とは違う甘い味と香りを出しているから、砂糖だけに頼らない甘味のハーモニーを奏でているんだよ」
イクトとミコトの反応も良いし、皆も喜んでくれるだろう。
なら、残りのパンの耳を焼いていこう。
開いているコンロにもう一個フライパンを置き、二つのフライパンで同時にフレンチトーストを焼く。
「待ってくれ、二つで同時に焼くとかやめてくれ」
「甘い香りが二倍になって、食べたくなる」
「明日は絶対に早起きして、フレンチトーストを焼くわ」
これも次回のログイン用のやつだから、晩飯には出さずに次回のログイン時、カツサンドと果実酢ジュースと一緒に渡す。
メニューからして、揚げ物好きのダルクと甘い物好きカグラが今すぐ食べたいってうるさそうだけど、外で食べることを考慮すれば手軽に食べられる方がいいだろう。
晩飯として出す、焼売と和え麺と炒め物と残っているオーコツスープよりは、野外で食べやすいはずだ。
そんなことを考えつつフレンチトーストを焼き、外出するダルク達へ渡す用と留守番の俺達用に分けて皿へ盛り、冷めないうちにアイテムボックスへ入れておく。
まだダルク達は帰ってきていないから調理の後片付けをして、ついでに水出しポーションを仕込む。
ミコトが手伝えるから仕込みはあっという間に済み、使った道具を片付けているとダルク達が帰ってきた。
「たっだいまー! トーマ、お腹空いたー! 晩御飯なにー?」
ダルク、お前は部活で腹を減らしてきた妹か娘か。
「焼売と和え麺と炒め物、それと昼に出したオーコツスープの残りだ」
「和え麺! どんなの? どんな麺なの?」
麺好きなセイリュウが和え麺に食いついた。
「炒め物は辛いの? 辛いのよね?」
「悪い、唐辛子もビリン粉も尽きているから辛くない」
「えー」
辛い物好きなメェナには悪いとは思う。
次回のログインで転送配達に必要な手続きをするため、あっちこっちの町へ行くつもりだから、その時にポッコロとゆーららんからは唐辛子を、スコーピさんの所ではビリン粉を買っておくよ。
「あら残念。甘い物は無いのね」
甘い物が無いと分かったカグラが残念そうしている。
でも明日には渡すから、今日は許してくれ。
「あまいのあるよー」
「揚げ物もあるんだよ」
やべっ、イクトとミコトに口止めするの忘れてた。
「「どこにあるの!」」
やっぱりというかなんというか、揚げ物と甘い物があると聞いたダルクとカグラが食いついてきた。
バラした以上は仕方ないと判断し、ひとまず座ってもらって水を飲んで落ち着いてもらってから、次回のログイン時に渡す予定のカツサンド二種とフレンチトーストと果実酢ジュースの説明をした。
「今! それ食べさせて!」
「お願いよトーマ君、食べさせて」
「駄目だ、次回用だ」
お願いと両手を合わせる二人の意見を却下し、晩飯を並べていく。
外での食べやすさを考慮して準備したんだから、今さら変更するつもりは無い。
「今ならセイリュウとのデートを許すから!」
「なんでそこで私なの!?」
このゲームに誘われた時のようなことを言いだしたぞ、この揚げ物狂いの幼馴染。
「お願い、なんとかならない?」
「何を言われようが、いくら積まれようが、何を差し出されようが駄目だ」
ほら、晩飯を並べ終えたから早く席に着け。
わざわざイクトとミコトが椅子を準備してくれたんだ、冷める前に食べるぞ。
「うー、トーマの頑固者ー!」
「文句言っていると、次回にカツサンド渡さないぞ」
「ごめんなさい、全面的に謝罪します。どうかカツサンドの取り上げだけは勘弁してください、本当にお願い、いや本気でマジで後生ですから」
腰を九十度曲げて頭を下げるのはともかく、どんな謝り方だ。
「……っ」
何かを言いかけていたカグラが、咄嗟に口を手で塞いだ。
おそらくはダルクと似たようなことを言おうとして、同じ末路を辿ってなるかと堪えたんだろう。
たまによく分からない言動をするとはいえ、そうした察する能力はさすがだ。
「はいはい、コントはそこまでにして晩御飯にしましょう」
「おなかすいたー」
「早く食べたいんだよ」
しれっと椅子に座っていたメェナに続いて、イクトとミコトも飯にしようと言いだした。
これでさすがに観念したのか、やや不満気ながらもダルクとカグラはそれ以上何も言わず大人しく席に着き、巻き込まれていたセイリュウも席に着いた。
だけどそんな二人の不満気な表情も、飯を食いだしたら秒で回復した。
「なにこの焼売!? 肉汁が溢れて、まるで小籠包みたいじゃん!」
「この炒め物のオークのお肉、ワインで下味を付けたの? ギッチリピーマンと炒めただけなのに、こんなに美味しいのね!」
さっきまでの騒ぎはどこへ行ったのやら。
焼売をガツガツ食べるダルクと皿を持ち上げて炒め物を食べるカグラが、なんだか手間のかかる子供みたいで、溜め息を吐きたくなってきた。
「トーマ君! オークそぼろ和え麺、凄く美味しいよ! オーコツスープとの相性が良いし、太麺が合うね!」
それは良かったな、セイリュウ。
だからそんなに勢いよくすするなって、そぼろ肉が周りに飛びそうだぞ。
「オーコツスープ、二度目だけど美味しいわ。いえ、二度目だからこそ前回より落ち着いて味が分かって、美味しさを再確認できるのね」
メェナの言う通り、一度目は美味さの衝撃に興奮していたから、二度目で冷静になって味わうとより美味さの深みが分かる。
何度食べても美味いと感じる。
常連やリピーターが付く味っていうのは、こういうのを指すのかもしれない。
「どれもおいしーっ!」
「味見したとはいえ、やっぱり美味しいんだよ」
美味いのは分けるけど、右手のフォークで焼売を食べながら左手のカップでスープを飲むのは、少々行儀が悪いぞイクト。
それとミコトも、炒め物が載った皿を口に付けて流し込むように食べるのはやめろ。
二人に注意するとイクトはスープ入りのカップを置き、ミコトは口を離して一口ずつ食べだした。
ダルク達もこれくらい聞き分けがいいと、やりやすいんだけどな。
「うぐぅ、今日も美味そうだぜ」
「糖質制限しているけど、あの炒め物を大盛りのご飯で食べたい」
「俺は和え麺を特盛で」
作業をしている周囲が騒がしいけど、そんなの気にしていないように皆での話は弾む。
戦闘でこういうモンスターがああだったとか、新しい装備を作ってもらうために必要な素材が集まったとか、次のログインで新しい装備を作ってもらうとか、食材をドロップするモンスターと遭遇しなかったとか。
ならばと俺もパン屋での出来事や、料理ギルドでの配達サービスの件を伝え、次回のログインではそれのために行ったことのある町を回ることを伝えた。
「だから次のログインの時に持たせるご飯を用意してくれたのね」
「ああ。あっちこっち移動して、時間が掛かりそうだからな」
「だったら移動費用のため、今回は報酬と食費を多めに渡すね。僕達のご飯のため、そういうことしてくれるんだし」
「俺は構わないけど、装備のための費用は大丈夫なのか?」
確か次のログインで作ってもらうんだよな?
だったら当然、金も必要なはずだ。
この指摘にダルク達は即答できず、食べ続けながらどうかなと相談を始めた。
口を挟める領分じゃないから、黙って飯を食って両隣のイクトとミコトの面倒を見ながら、結論が出るのを待つ。
数分後、問題ない範囲で今回限定の増額が決定し、食後に受け取ることになった。
「そういえばセイリュウ、ログアウト後はちゃんと我慢できるか?」
「大丈夫。部屋にあったお菓子は全部、台所へ片付けたから」
部屋に無ければ大丈夫、ということでいいのか?
台所へ行ったら食べるのなら意味が無いから、気をつけるんだぞ。
今朝みたいな騒ぎはもう二度とごめんだからな。
というか全部って、いくつ置いていたんだよ。
「そうよねぇ、ログアウト後にはまた耐える時間がくるのね」
「仕方ないわよ。また頑張って堪えましょう」
「えー、気にせず食べちゃえばいいじゃん」
「「「そういうわけにはいかないの!」」」
まるで気にしていないダルクの食べちゃえ発言に、カグラとメェナとセイリュウが反論。
そりゃそうだろうな、特に現実で腹に肉がついちゃったセイリュウは。
むしろなんでお前は普通に食って、それでいて気にしないんだ。
「ダルクちゃん、何か運動しているの?」
「ううん、特に何も」
「体質? 体質なの? そういう体質の人って実在するの?」
落ち着けセイリュウ、そんなに恨めしい目を向けても現実は変わらないぞ。
「はいはい、この話はここまでにしましょう」
そうそう、こういう話は早めに切り上げるに限る。
メェナのお陰でこの話は終わり、話題も変更して食事を継続。
その食事が終わり、油でテカテカになったイクトの口回りを拭き、後片付けと食費と報酬を受け取ったら水出しポーションを仕上げる。
完成した水出しポーションはダルク達へ渡し、そのまま次回の予定を話し合ったら、作業館を出て広場へ移動してログアウトした。
「さてと、店に行きますか」
現実へ戻り、外したヘッドディスプレイを片付けて厨房へ。
「入るよ」
「おう。早速だが、チャーシュー切ってくれ」
「はいよ」
バンダナを巻いて前掛けを付け、厨房に入ってチャーシューを切る。
これの仕込みは祖父ちゃんか父さんがやっていて、俺はまだ仕込みを許されていない。
正確に言えば調理工程は教わっているけど、調味料の調合方法を教わっていないんだ。
こんな町の中華屋でも、一応は秘伝だからとのこと。
そんなうちのチャーシューは結構人気で、焙ったのをつまみで頼む酔っぱらいがいれば、チャーシューメンばかり頼む常連もいるほどだ。
「切ったの、ここ置いとくよ」
「おう、悪いな」
「手が空いたなら、麻婆豆腐作るから豆腐切ってくれ」
「分かった」
祖父ちゃんの次は父さんからの指示。
忙しいけど、下働きなんてこんなものだ。
だからといって、手を抜くことはできない。
チャーシューや豆腐を切るだけでも、できるだけ均等にするよう心掛けて集中して取り組む。
そうして厨房を手伝い、たまに瑞穂さんに絡まれていると、今日もあいつがやってきた。
「トーマ―! 唐揚げ定食ちょーだーい! 唐揚げ様は大盛りマシマシマシでね!」
来たよ揚げ物狂いの幼馴染が。
唐揚げ定食はあるし、定食のおかず大盛りもあるけど、マシマシマシなんてあるか!
というか、そんな某有名ラーメンの系統的な注文方法は、うちには無い!




