和解
授業を終え、帰宅して店の手伝いをして約束の時間にログイン。
ゲーム内は現在昼過ぎで、前回は食事後まもなくログアウトしたから満腹度も給水度も十分。
次の飯は晩飯ってところかな。
「ますたぁ!」
「マスター」
出てきたイクトとミコトが脚へしがみついてきた。
今日も弟妹可愛いから、頭を撫でてやろう。
するとイクトは嬉しそうに触覚とレッサーパンダ耳を動かし、ミコトは表情こそ変わらないけど無言でさらにしがみついてきた。
「ねー、なに親子か兄弟やっているのさ」
おっと、ダルク達も来たか。
一旦端に寄って今回の予定を確認。
ダルク達は西方向へ進むため、そっちの偵察を兼ねてモンスターと戦いレベルアップ。
俺はいつも通り、イクトとミコトと一緒に町で過ごし飯を作る。
普段とほとんど変わらないなと思いつつ、解散する寸前でメッセージが届いた。
「今の着信音、誰?」
「俺だ、くみみからメッセージが来た」
何の用事だろう。
……あ~、その件か。
「なんだって?」
「先日イクトに迷惑を掛けた件で、当人達が改めて謝罪をしたいってさ」
あの時は主人達から謝罪は受けたものの、当人達からは一切の謝罪が無かった。
それもあって塾長に矯正を頼んだし、塾長のお陰で性格が矯正されているってあるけど、会わせて大丈夫かな。
だからといって、当人達からの謝罪を受けないままなのは筋が通らない。
「予定を決めたばかりだけど、念のため一緒に行きましょうか?」
メェナからの意見に、ダルクもカグラもセイリュウも否定する様子は無い。
一応イクトに聞いてからにしよう。
「イクト、ちょっといいか?」
「なあに?」
コテンと首を傾げるイクトに目線を合わせるため、しゃがんで状況を説明すると嫌な顔を浮かべた。
気持ちは分からなくもないけど、イクトがこんな顔をするの初めてだ。
「えー。あのわるいこたちにあうの?」
「塾長のお陰でもう悪い子じゃないそうだけど、どうする?」
「……ほんとう? あのこたち、もうわるいこじゃないの?」
メッセージには性格が矯正されて、もう大丈夫ってあったから大丈夫だとは思う。
できれば自分の目で確認したいけど、そうなればテイムモンスターのイクトも付いて来ることになるから、どっちにしろその場で対面することになる。
だったらここは、くみみを信じてみよう。
「ああ、もう悪い子じゃない。これでまだ悪い子だったら、文句を言ってやろう」
「う、うん……」
頷きはしたものの、不安そうなのは変わらないか。
こればっかりは直に対面しなきゃだから、どう言っても仕方ないな。
「イクト君、お姉ちゃん達も一緒に行こうか?」
「何かあっても、守ってあげる」
「任せて」
「うふふ。悪い子のままなら、ガツンとやってあげるわよ」
「私もいるんだよ」
ダルク達とミコトからの提案にイクトは少し考えた後、小さく頷いた。
「……おねがい、ついてきて」
何を考えていたか分からないけど、不安が勝ったようだ。
でもそれも当然だな。
仮に俺もイクトの立場なら、不安だから付いて来てもらいたい。
もしも別行動を取るため別れた後だったら、こうはいかなかったかも。
そういう意味では、タイミングが良かったな。
「じゃ、皆で行くか」
『おーっ!』
腹ペコガールズとはいえ、荒事に関しては頼もしいよ本当に。
あくまでゲーム内の話だけど。
こういった理由もあって急遽予定を変更し、あの三人と対面することに。
待ち合わせ場所はくみみの牧場に決まり、全員でファーストタウンへ転移。
全員でくみみの牧場へ行くと、既に前回と同じメンバーが揃っており、イクトは前のことを思い出したのか俺の手を握ってきた。
「大丈夫だぞ、イクト」
「そうだよ。僕達が付いてるから」
「うん……」
まだ不安そうなイクトを連れ、くみみ達の方へ近づくと向こうがこっちへ気づいた。
「あー、こんにちはー、トーマさんー」
「こんちは! 先日は失礼しました!」
「謝罪の機会をくださり、ありがとうございます」
「イクト君も、来てくれてありがとう」
牧場主のくみみに続いて、肝心の三人の主達が順々に挨拶しに来た。
「ああ、いいよいいよ。それよりも……」
当人達はどうしたのかと思ったら、主達の後ろから行進するように歩いてきた。
あれ? なんか前と顔つきと雰囲気が違う。
イクトに対してやらかした時は悪ガキ共って印象が、今では応援団員か運動部員みたいだ。
「うぅ……」
いざ目の当りにしたら怖くなったのか、俺の後ろに隠れてヒョコッと顔だけ出した。
すると横並びの三人が進み出てきて、両足を肩幅に広げて後ろ手を組み、胸を張って横一列に並ぶ。
「イクトさん! せんじつはもうしわけありませんでしたー!」
「「もうしわけありませんでしたー!」」
周囲へ響き渡るほどの大声で謝罪を口にしながら、腰を九十度曲げて頭を下げた。
「ふ、ふえ?」
思っていたよりもかなり体育会系的な謝罪に、謝られたイクトが戸惑っている。
いや、俺も正直驚いているよ?
謝り方が想像以上に運動部員的というか昭和的というか、以前と態度と雰囲気が全く違うんだから。
初めて会うダルクとカグラとメェナはそれほどでもないけど、以前の様子を知っているセイリュウは驚き戸惑っている。
「塾長さんのお陰で、この通り性格が矯正されたんです」
「以前よりずっと手が掛からなくなってくれたので、塾長さんには足を向けて眠れません」
「あっ、それとこれは俺達からのお詫びの品です」
三人の主が塾長への感謝を述べながら、お詫びの品とやらをくれた。
えっと、なんかよく分からない骨とオーク肉と豚肉と鶏肉と卵、それとサンの実とネンの実ね。
骨はスケルトンボアを始め、どれもアンデッド系モンスターのドロップ品か。
わざわざ用意してくれたのに受け取らないのは悪いし、お詫びって言うのなら受け取っておこう。
で、イクトの方はどうだ?
「もうわるいことしない?」
「しません!」
「じゅくちょうさんのおかげでめがさめました!」
「ぼくたちがわるかったです!」
俺の影から顔だけ出しているイクトの問い掛けに、三人が揃って自分の非を認めた。
するとイクトは俺の影から出てきて、手を後ろで組んで横並びに直立不動の三人へ歩み寄る。
「ほんと?」
「「「おっす!」」」
「じゃあいいよ。ゆるしてあげる」
「「「あざーすっ!」」」
これでこの件は解決かな。
だけど塾長、一体どんな教育を施したんですか。
そんな疑問を抱きつつ三人と話すと、やっぱり返事が体育会系っぽい。
「あの子達、随分変わったね」
ポツリと呟いたセイリュウに同意する。
以前の言動からは、あんな姿はとても想像できない。
「私達もー、再会した時は驚きましたー」
「さすがは塾長さんです」
俺もさすがだとは思うけどさ、テイムモンスターの性格さえ矯正しちゃうのは本当に凄い。
もしも健を預けた場合も、あんな感じになるんだろうか。
まあそれはそれでいいかな。
少なくとも今のあいつよりは、女子から冷たい視線を浴びることはなさそうだ。
後で塾長にはお礼のメッセージを送っておこう。
「さーてー、仲直りしたところでー、前回の分もゆっくりしていってくださいー。お初のトーマさんのお仲間達もー、うちの子達を愛でていってくださいねー」
そんなくみみの誘いもあり、テイムモンスター達との触れ合いタイムとなった。
ルーイ達もテイムモンスターを連れて来ていて、それぞれ楽しみだす。
早速ダルクは新入りらしい子犬みたいなモンスターを追いかけ、カグラ達とミコトは寄って来たテイムモンスターを撫でている。
イクトも例の三人に対してはまだ警戒心を抱いているものの、ころろ達と集まって何か喋っている。
無論、俺もその中に加わって寄って来るテイムモンスター達を愛でている。
グレーキャットのもふふがしゃがんだ膝の上で寝転がり、ダイビングカワウソのにききがすり寄って来て幸せだ。
「せっかくだからスクショ撮ろうよ。トーマ君もいい?」
「構わないぞ」
もふふとにききを撫でながら、セイリュウの問い掛けに許可を出す。
表情がニヤけないよう、注意しよう。
おっと、ハードハリネズミのおじじも来たか。
前はあの三人を叱ってくれてありがとうな。
ごめんな、紅リスのちろろ。おねだりされても、今日はクルミもピーナッツも無いんだ。
いや、だからってそんなガーンって感じにならないでくれ。
そんな感じで他のテイムモンスター達とも触れ合い、イクトへのやらかしの件があってフレンド登録をしていない三人とフレンド登録を交わし、ふれあいを存分に堪能して夕方近くに解散した。
「トーマ君、撮ったスクショは欲しい?」
塾長へお礼のメッセージを送り、気にすることはないのであると返事を貰っているところへ、セイリュウから声を掛けられた。
「せっかくだから欲しい」
「じゃあ送るね」
おぉっ、セイリュウから今のスクショが届いた。
どれも良く撮れているな。
よし、表情もそれほどニヤけていないな。
「セイリュウちゃん、コピーはしたの?」
「……うん」
メェナから保存方法を教えてもらっていたら、カグラとセイリュウがヒソヒソと何か喋っている。
結構撮っていたし、カグラも自分のスクショが欲しいのかな。
「ねー、トーマ。今日はこのままご飯にしようよ」
そうだな。もう夕方だし、思わぬ形で食材が手に入ったからそうしよう。
ダルクからの提案に皆も賛同してくれたから、その足で作業館へ。
個室を使えというメェナの意見に、大したものは作らないからと普段通りの作業場にある作業台を借りたら、メェナから重い溜め息が出た。なんでだよ。
「それでトーマ君、今日は何を作るの?」
バンダナと前掛けを表示させ、正面にイクトとミコトが陣取っている最中にカグラから飯について尋ねられた。
前回のログインでソフトサーモンにある仕込みを施したから、それを使った料理にしようと思ったけど、あれは朝飯って感じだから明日の朝に回そう。
トライホーンブルのすね肉は下茹でしたとはいえ、調理に時間が掛かる。
それとせっかく食材を貰ったんだし、それを使って作ろう。
「まぜそばでいいか?」
「「「「全然オッケー!」」」」
「オッケーなんだよ」
「いーよー!」
全員から許可が得られたなら調理開始だ。
具材のメインは鶏肉。
貰ったのはささみ肉だから、蒸した方がいいだろう。
そのためのお湯と、麺を茹でるためのお湯をコンロで準備している間に、ささみを棒状に切り分けておく。
「まぜそばだってよ」
「そういや、油そばとまぜそばってどう違うんだ?」
「ちょっと待ってろ、調べてみる」
ささみを切り終えたらアイテムボックスから出した蒸篭の中へ並べておき、他の具材とタレの仕込みに取り掛かる。
使う野菜はタレにタマネギとネギで、具材にはキュウリ。
具材のキュウリは細切り。
タマネギは皮を剥いて根の方を取ったらみじん切り。
魔力ミキサーを使ってもいいけど、このまま包丁で刻もう。
「トトトトン、トトン、トトトッ」
「今日も音程がズレているんだよ」
『レエェェェイッ!』
「えぇっ!?」
危うくズレた音程に釣られて、そのリズムでタマネギを刻むところだった。
そしてミコトも、どうして意味も無くそれを鳴らすんだ。
ある意味いつものやり取りを聞きつつ、タマネギを刻んでいく。
刻み終えてボウルへ移した頃合いでお湯が沸いたから、一方にはささみ肉を入れた蒸し器を重ねて肉を蒸し、もう一方は火加減を調整して麺を茹でるまで状態を保つ。
次はネギを青い部分も白い部分もみじん切りにして、刻みタマネギ入りのボウルへ入れる。
さらにタレ用にニンニクをおろし金ですりおろし、残っている塩サンの実と焼いたサンの実の皮を魔力ミキサーで細かく刻み、泡辣椒は千切りに。
「それも使うの!?」
「個人の辛さの強さに応じて乗せる」
勿論、目を爛々とさせているメェナにはたっぷり乗せてやるよ。
刻んだネギとタマネギに酢のようにしたサンの実の果汁を水で割ったもの、油、塩、砂糖、そして細かく刻んだ塩サンの実と焼いたサンの実の皮を加えてしっかり混ぜる。
手の甲に取って味見。
よし、サンの実を利用した三種の素材でさっぱり感が際立ちながらも、塩味と甘味と苦味で味が単調になっていない。
そして刻んだネギとタマネギの風味と食感がより味を複雑にして、しっかり噛みしめることでタレの味がよく分かる。
だからといって味が薄いわけじゃないから、麺や具材と合わせても大丈夫だろう。
で、その具材の鶏肉はどうかな。
「わっ、ぶわっとした!」
蒸篭を開けて噴き出た蒸気にイクトが驚き、その反応にダルク達がクスクス笑っている。
肝心の肉の状態は……うん、ちゃんと火が通っているな。
蒸篭ごと火から下ろして火を止め、冷めるのを待っている間に麺を茹でる。
太さは中太を選び、てぼに入れてもう一つのお湯の中へ。
茹でている間に片付けられる物を片付け、茹で上がった麺を湯切りして丼へ入れ、蒸したなます切りのささみと細切りキュウリを乗せ、刻んだネギとタマネギ入りのタレを掛けて千切りの泡辣椒を乗せて粉ビリンを一つまみ加えて完成っと。
サンの実風味の汁なし麺 調理者:プレイヤー・トーマ
レア度:3 品質:7 完成度:91
効果:満腹度回復17%
魔力消費軽減【小・2時間】 魔力+3【2時間】
サンの実の果汁と皮と塩漬けにしたものを使った、さっぱり風味の汁なし麺
具材もキュウリと蒸したささみ肉であっさりしてる
と思いきや、唐辛子や粉ビリンの刺激が襲ってくるのでご注意を
麺と具とタレを混ぜ合わせての味も良し。
全体的にあっさりしているところへ、千切りの泡辣椒と粉ビリンの刺激が味を引き締め、それによってサンの実主体のさっぱり風味がより際立っている。
「うわぁ、そうくるのかぁ」
「早く食べたいわね」
「トーマ君、早く作って。私、麺大盛りで!」
「私は唐辛子と粉ビリンたっぷりで!」
はいはい、分かったよ。
味見は済んだから、すぐに作るよ腹ペコガールズめ。
「ますたぁ」
「味見がまだなんだよ」
あっ、すまない。
これは俺向けに辛くしちゃったから、イクトとミコトの口には合わないぞ。
そう、食べたら口の中がビリビリするの。
じゃあやめる? その方がいいぞ。
二人の分はちゃんと辛くないよう、量を調節するからな。
とりあえず全員分の麺を茹で、具を乗せてタレを掛けたら泡辣椒と粉ビリンはそれぞれ用に調整。
辛いのが苦手なダルクとイクトとミコトはちょっとだけ、辛い物狂いのメェナにはたっぷり、そしてカグラとセイリュウは俺と同じで少しだけっと。
「はいお待ち」
「よーし、全員分揃ったね。じゃあ、いただきます!」
「「「「「いただきます!」」」」」
挨拶をしたらダルク達は箸を、イクトとミコトはフォークを手に取ってまぜそばを食べだす。
「おー、いーねー! レモン風味のまぜそばっぽい」
「うふふ。暑い時期でも食べやすそうね」
味はそこまで濃くないし肉が入っている訳じゃないから、カグラの言う通り夏向けだな。
「……っ! っ!」
分かった、美味いのは分かった。
だから口いっぱいに頬張って、こっちへ何度も頷かなくていいから食べなさい。
「くっはー! サンの実のさっぱり感のお陰で、シビ辛が余計にハッキリ分かって刺激的!」
逆だろメェナ。
シビ辛のお陰で、さっぱり感がより際立つんだよ。
まあ、あれだけたっぷり泡辣椒と粉ビリンを入れたから、逆でもおかしくはないのかな。
「ちょっとからいけどおいしー!」
「違うんだよ、メェナお姉ちゃん。この刺激のお陰で、サンの実の風味が際立つんだよ」
ミコトは分かってくれたか。
あっ、ダルクとセイリュウはおかわり?
ちょっと待ってろ、今麺を準備するから。
食べている手を止め、アイテムボックスから出した麺を茹でる。
明日の朝はパンの予定だからいいけど、ストックがだいぶ減ったから、この後に時間を貰って仕込んでおこう。
パスタマシンを入手して作りやすくなったし、今後はストックの量を増やそうかな。
「近所にまぜそばの店ってあったかな」
「えっと、メニューにまぜそばがあるお店は……」
「イクト君の美味しい笑顔、今日も素晴らしいわ」
「ミコト様も表情はなくとも、一生懸命食べる姿が愛おしいです」
うし、おかわり出来上がりっと。
二人へ渡すと勢いよく食べだした。
えっ、メェナとカグラもおかわり?
やっぱり一品だけじゃ足りなかったかなと思いつつ、追加の麺を茹でる。
その合間に自分の食べかけを食べ、茹で上がったらまたそっちへ行く。
「ごめんね、食事中に」
「いまさらだから、気にするな」
現実では俺が抜けても祖父ちゃんと父さんがいるけど、このゲーム内では俺一人。
だから同じようなことは、何度もやって来た。
というか、その原因はお前達腹ペコガールズにあるかな。
まあ、美味そうに思いっきり食ってくれるのは気持ちいいし、嬉しいから構わないけど。
「はいお待ち」
「ありがとう」
「ありがとね」
どういたしまして。
さて、さっさと食って麺のストックを作らないと。
「あっ、お兄さん!」
「久し振りですね」
この呼び方は……やっぱりポッコロとゆーららんか。
ん? なんか一緒につぶらな瞳と白い毛をした大きなモグラがいるけど、そいつはなんだ?




