現実でのちょっとした騒動
「へえ、新しいタウンクエストが発生していたのか」
いつも通り早紀とバス停へ向かっている最中、昨夜ログアウトした後に新しいタウンクエストが発生したと、不機嫌な顔で告げられた。
「もー! なんでログアウトした後に発生しているんだよー!」
「決まった時間に発生するものじゃないんだから、仕方ないだろ」
誰がいつ条件を満たして、それを発生させるのかなんて予測できるか。
「それはそうだけどさー」
理解はしていても納得はできない。
不満がたっぷり詰められた早紀の表情からは、そんな気持ちが読み取れる。
「で、結果は?」
「無事に成功。隠しスキルの悪魔祓いと、隠し職業のエクソシストが解放されたよ。ただ、町に少し被害が出て物流が十パーセント減、物価が十パーセント増だって」
どうして成功したのに、町に被害が出ているんだ?
えっ? 今回のは町で悪戯をするグレムリンっていう悪魔に対処するクエストで、徐々に悪戯がエスカレートして町の一部が破壊された?
一体どんな悪戯をしたんだろうか、そのグレムリンは。
「うー。この恨みは、今日のログインでモンスターをガンガンぶちのめして晴らしてやるー!」
恨むな恨むな。そもそも、誰を恨むっていうんだ。
タウンクエストの発生条件を満たした奴か?
まあ好きに暴れればいいさ。俺はいつも通り、飯を作るだけだ。
あっ、ついでにポーションもな。
「ところで話は変わるけど、トーマはどの方角で海越えをしたい?」
本当に唐突に話が変わったよ。
「方角っていうと、東西南北でいいのか?」
「うん。フォースタウンがいくつあって、どういう配置なのかは分からないけど、目指す方角くらいは決めておこうと思ったんだ。で、皆の意見集めるから意見ちょーだい」
そういえば、フォースタウンから先は海になっているんだったな。
なんであろうと、目指す方向性を決めておくのは悪いことじゃない。
どうしてゲームでそれができて、勉強ではできないのやら。
いや、できないんじゃなくて、やらないの間違いか。
「どっちへ行きたい? 今はサードタウンウラヌスだから、一番近い西へ行く? それともあえて遠い東? 北か南でもいいよ」
できれば米とか醤油とか味噌とかがある方へ行きたい。
刻み麺も悪くないけど、どうしても細かい焼きそば感が拭えないし、醤油や味噌があれば味付けの幅も広がる。
この際、醤油や味噌は無くとも大豆くらいは欲しい。
熟成瓶や醸造樽や発酵スキルをフル活用して、醤油でも味噌でも作ってみせる。
料理は中華主体とはいえ、日本人だもの。
だけどそれがある方向が分からない。
そもそも、あんな西部劇風の世界のどこに……西部劇か、ということは。
「西はどうだろう」
「理由は?」
「現実の地理に当てはめただけだ」
あのゲームの世界観が西部劇風だったから、現在ゲーム内でいる場所をアメリカと仮定。
アメリカから西へ向けて海を越えれば、その先にはアジアがある。
日本じゃなくて中国やロシアに着くかもしれないけど、アジア圏へ行けば米や大豆やそれを使った調味料の類があるかもしれない。
そんな予想をして西を選んだと説明すると、早紀の表情が明るくなった。
「いいじゃん、それ! お米欲しい!」
「あくまで予想であって、絶対にある保証は無いぞ」
「きっと大丈夫だって! 僕の勘がそう囁いている!」
自信満々に言われても、早紀の勘は当てにならない。
だって試験でヤマ張っても、当たるどころか掠ったことすら無いんだから。
「外れても文句言うなよ」
「もっちろん!」
とか言いながら、いざ到着して米やなんかが無いと文句を言うんだろうな。
あったらあったで、やっぱり僕の勘は正しかったとか言って自慢しそうだし。
そんな未来を予想しながらバス停に並び、小さくため息を吐いた。
「どうしたの? 朝の仕込みで疲れたの?」
今さらそんなことで疲れるか。
お前の言動を予測して気が重くなったんだ。
どっちに転ぶのかは未来のみぞ知る。
そんな気持ちで早紀と雑談しながら登校して教室へ入る。
「き、桐谷君!」
入室と同時に能瀬が駆け寄ってきた。
なんか少し悲しそうだけど、何かあったのか?
「責任、取って!」
「はっ?」
いきなり変なことを言うから、一気に注目が集まって教室内がざわついた。
「桐谷君のせいで、お腹出てきちゃったんだから、責任取ってよ!」
「はぁっ!?」
「えぇっ!?」
今の発言に早紀ですら驚いているし、教室内のざわめきも大きくなった。
ていうかちょっと待て、俺のせいで腹が出てきたって、どういうことだ。
思い浮かぶのは一つしかないけど、全く身に覚えが無いぞ。
そもそも、そういう関係ですらないのに。
「待ってくれ能瀬。訳が分からないから、どういう意味か教えてくれ」
「そのままの意味だよ!」
そのままの意味って、やっぱりそうなのか?
だけど俺には、一切身に覚えが無いっての!
「桐谷」
あっ、先生。おはようございます。
えっ、能瀬と一緒にちょっと生徒指導室まで来い?
いや待ってください、本当に身に覚えが無いんです。
というかなんで能瀬は、どうしてって疑問を抱えた顔してんの?
言い訳なら生徒指導室で聞くって、本当に身に覚えが無いんですって!
*****
まったく、朝から酷い目に遭った。
だというのに。
「あっはっはっはっはっはっはっはっ!」
「ひー! 腹、腹いてー!」
「やっばー! マジ笑えるんだけど!」
能瀬と生徒指導室へ連れて行かれ、解放されて一時限目が終わった後の休み時間。
隣で真っ赤になって申し訳なさそうにしている能瀬と二人で、事の次第を早紀達へ説明したら早紀と健と山本が大爆笑。
長谷は頭が痛そうな表情をして、桐生はいつも通りあらあらって顔をして、狭山は無表情だけど呆れてるっぽいし、晋太郎は苦笑いを浮かべている。
遠巻きに見ながら話を聞いていたクラスメイト達も、呆れたり小さく笑ったりと様々な反応を見せ、散って行った。
「勘違いさせて、ごめんなさい」
よほど恥ずかしいのか、真っ赤になった能瀬は顔を隠すように深々と頭を下げた。
「もう少し言い方に気を付けてくれよ」
お陰であらぬ疑いをかけられたぞ。
「だって……」
まあ気持ちが分からないでもない。
なにせ能瀬の言う腹が出てきたっていうのは、肉がついてきたって意味だったんだから。
年頃の女子にすれば、大問題だよな。
とはいえ、あの言い方は誤解を生むって。
なんとか解けたからいいものを、下手すれば学校生活に支障をきたしたぞ。
「しかも原因が、ゲーム内で桐谷君の作ったご飯を食べていたせいでお腹が空いて、ログアウト後についお菓子とかを食べちゃったからだなんてね」
ニコニコ笑う桐生の言う通りだ。
俺のせいっていうのは、ゲーム内で俺が作った飯のせいで現実でも腹が減ってしまい、つい間食してしまったことを指していた。
「厳密に言えば、俺のせいじゃないだろ」
空腹の原因がなんであれ、誘惑に負けて間食した能瀬の責任だろう。
しかも話を聞けば、ログアウト後に毎回何かしら食べていたそうじゃないか。
そりゃあ、腹に肉がついて当然だ。
「分かってるけど、思っていたよりも増えていて頭の中がグルグルしちゃって」
で、混乱した挙句に今朝の騒動に至ったと。
まったくいい迷惑だよ。
説明を聞いた先生も、紛らわしいって叫んだくらいだし。
「はー、はー。あー笑った」
「こんなに笑ったのは久々だぜ」
「爆笑ネタ、サンキュー」
こいつら他人事だと思いやがって。
「責任取っては、どういうつもりで言ったの?」
「ダ、ダイエットに、協力してくれないかなって」
長谷の質問に気まずそうに答えた。
いくら困惑していたからって、実際は責任転嫁の八つ当たりだから俺が協力する義理は無いわけだしな。
「頑張って間食を我慢しろ。まずはそこからだ」
「うぅ……。部屋にお菓子置いておくの、もうやめる……」
そうしておけ。
空腹状態で目の前にそんなのがあるから、誘惑と戦うことになるんだ。
勝つか負けるかは人次第とはいえ、負け続けているのなら一度断つべきだろう。
「むしろ静流ちゃんが、迷惑をかけた桐谷君にお詫びするべきね」
「あうぅ……。改めてごめんなさい」
「いいってもう、誤解は解けたし」
これ以上この件を引っ張るのは面倒だし、クラス内での誤解も解けたからもう気にしていない。
それにここでお礼に云々って話になったら、絶対に早紀と健と山本が悪ノリするはず。
余計な面倒事を生みそうな事態を避けるためにも、ここで手打ちにするのが手っ取り早い。
もしも能瀬が気にするのなら、後ほど二人で話し合うことにしよう。
「ちなみに早紀達はどうなの? お腹空かないの?」
言われてみれば気になるな。
狭山からの質問で矛先が向いた早紀達へ、視線が向かう。
「僕? 僕もログアウト後はお腹空いてるから家にあるのを食べたり、トーマのお店に行って食べたりしているけど、特に問題は無いかな」
そう言って早紀が制服の上から腹の肉を摘まんだ。
さすがに摘まめないほどではないとはいえ、多少は摘まめるか。
だけど店に来た時は毎回ガツガツ食っているのに、どうしてその程度で済んでいるんだ。
能瀬が自分の腹を摘まんで、恨めしい目を向けているぞ。
「私もお腹は空くけど、ぐっと耐えているわ」
「お茶とかで空腹を誤魔化しているわね」
長谷は我慢で、桐生は飲み物で誤魔化すのか。
しかし四人全員、ログアウト後に空腹になっているんだな。
ゲーム内でどんなに食べても体重やアレルギーに影響は無いとはいえ、それで空腹になって間食していたら世話ないよ。
「これもトーマの作るご飯が美味しいからだね」
「うふふ、そうね。あんなに美味しい物を食べていれば、現実のお腹も空くわよね」
「美味しいご飯は嬉しいけど、その結果こうなったから複雑」
「そこは静流の意思の弱さが主な原因よ」
まだ未熟な俺の料理を美味いと評価してくれるのは嬉しいし、能瀬の我慢する意思が弱いのも否定しない。
だからといって、調子に乗るんじゃないぞ俺。
知り合いが美味いと言ったからって、金を取れる料理を作れるようになったわけじゃないんだから。
「つーか、トーマがもうちょっと手を抜いてやればいいんじゃね?」
ほう。お前は今、手を抜けと言ったな?
こともあろうに手を抜けと。
「健、お前は俺を怒らせた」
言うに事を欠いて、料理の手を抜けだと?
「あっ、やっべ」
「あーあ、トーマに対して一番言っちゃいけないこと言っちゃったよ」
「健君、どうか安らかに」
未熟であろうがなかろうが、本職を目指している身に向けて手を抜けなんて、侮辱以外の何物でもないぞ。
そんなことを言いだす健には少々思い知らせてやる。
「悪い悪い、軽い冗談なんだよ。だからそんなマジで怒らないで、いや本当に心の底から誠心誠意謝るから、なあ頼むよ勘弁してくれ、どうかお目こぼしを、神様仏様斗真様あぁぁぁっ!」
いくら言い訳を並べようと、冗談であろうと絶対に許さん。
くらえ、整体師をしている母方の伯父さん直伝、痛いだけで体に全く良い効果が無いツボ押しマッサージ!
「ぎゃあぁぁぁっ!」
ツボ押しをされた健は、押された箇所を手を添えて蹲った。
ふう、悪は滅した。
関節バージョンもあるけど、仮にも長年の友人だからこれで勘弁してやるよ。
「口は禍の元って、こういうのを指すのね」
「痛そう」
「痛そうじゃなくて、痛いんだよ。僕も昔、余計なことを言った時に一度やられたけど凄く痛かった」
あの時の痛みを思い出した早紀が、小さく震えた。
そりゃあ、痛みを与えるためだけのツボ押しだからな。
「んでさー、話は戻るけど静流ってばダイエットどうすんの?」
「勿論やるよ! 思っていたより増えてはいたけど、数字にすればそれほどでもないから、頑張れば数日で元に戻るはず!」
数字がどれくらいかを聞くのは失礼だから聞かないけど、頑張れ。
「トーマもなんとかしてあげれば?」
「なんとかって、どうすればいいんだよ」
どんな理由があろうとも、手を抜くつもりは断じて無いぞ。
「いてて……。いっそ斗真がログインしなければいいんじゃね? そうすればゲーム内で斗真の飯を食わないから、ログアウト後に腹が減ることも」
復活した健が案を出した。
ログアウト後の空腹が原因の一端にあるから、一つの手段としては有りだと思う。
でもそれは悪手も悪手。
なにせ俺の料理を求める腹ペコガールズが、黙っているはずがないからだ。
「「それだけは絶対に駄目!」」
「桐谷君の料理を食べられなくなるくらいなら、頑張ってログアウト後に我慢する!」
「あらまあ、間宮君ったら。寝言は寝ている時に言うものなのよ。間宮君は、いつから居眠りしているのかしら」
ほら見たことか。
揚げ物狂いと辛味狂いが獲物を狩るがごとく殺気立って、麺好きが睨みながら力説して、甘味好きが威圧感のあるニコニコ笑顔で棘のある言葉を発したぞ。
不味い飯が嫌で俺に協力を頼み込み、了承を得られて今に至っているのに、それを取り上げられると聞いて黙っているはずないじゃないか。
腹ペコガールズの飯への執着ぶり、甘く見るんじゃない。
「斗真君の次は杉浦さん達か」
「今日の間宮君は口が滑りすぎ」
晋太郎と狭山の言う通り。
早紀達からの圧にこっちへ助けを求める視線が向けられているけど、自業自得だから助けてやらない。
さっきの手抜きすれば発言の件もあるからな!
「というか現実のお腹も空かせちゃう、桐谷がゲームで作るご飯気になってきたんだけど」
「現実ので良ければ、店に来たら食えるぞ。一部の料理だけだけどな」
「ゲームで作るって言ったじゃん! そしてさりげなく、店にお金入れようとしてる!?」
バレたか。
「食べたければ、UPOの応募に当たる事を祈れ」
「当たりますように当たりますように当たりますように!」
両手を合わせて祈るって、そこまで必死にやるか?
「僕も、やっておこ」
「私もやっておく」
晋太郎と狭山、お前達もか。
どうして俺の周りには、こうも飯に必死な奴が多いんだ。
そう思った直後、腰を九十度曲げた健の謝罪が響き渡った。
とりあえずは許されたみたいだけど、健はしばらくの間、早紀達を見るとビクビクするようになった。
なお、UPOでの目指す方角は俺が述べた理由から、そのまま西に決定。
今回のログインは偵察も兼ねて、そっち方面で探索してくるようだ。
勿論、俺は付いて行かず、イクトとミコトと町に残って飯を作って待っているぞ。




