先導者は甘さと酔いを誘う
まーふぃんと天海に加え、セツナとエリザべリーチェも加わっての甘い物作りは満足いく成果を残せた。
その四人としばしの団欒と昼飯を楽しんだ後、金のやり取りをしてから作業館を退館して解散。
ダルク達が帰ってくるまで、何かできそうな依頼でもやろうと料理ギルドへ。
掲示板の前で依頼を見ていて、ふと提供していないオリジナルレシピがあったのを思い出し、受付へ提供しに行った。
「はいよ。たくさんありがとね」
川魚のすまし汁
揚げナスのそぼろ餡かけ
蒸しレッドバスの油ソース掛け
タンポポシープのミンチとナスの炒めもの
ハム入りわさびマヨ風味のコールスローサンド
ガリバタペッパーキノコ焼きそば
レギオンマッドザリガニの根菜スープ
フィッシュミックスフライ・タルタルソース掛け
ホーンゴートの肉団子の甘酢あんかけ
気づかぬ間に九個も溜まっていたとは。
それにしても、これで提供したオリジナルレシピは合計三十二個?
運営さん、このゲームってちょっとオリジナルレシピへの判定甘くないか?
『プレイヤー・トーマさんへ運営よりお報せです』
えっ、運営からお報せ?
まさか今の心の声、システム的な何かで聞かれた!?
『開発した料理のオリジナルレシピを三十以上、最速でギルドへ提供したのを確認しました。プレイヤー・トーマさんには報酬として、【クッキング・ヴァンガード】の称号が与えられます。以上で、お報せを終了します』
あっ、良かった。心の声を読まれて、何か警告されるのかと思った。
「ますたぁ、どうしたの?」
「何かあったんだよ?」
下から覗き込みながら尋ねるイクトとミコトへ、なんでもないと返して一旦端に寄る。
しかし今のアナウンス、【クッキング・パイオニア】の時と同じだったな。
前にダルク達から教わった通りなら、これもユニークタイプの称号だから知られるのは拙いんだろう。
その点に関しては、ダルク達や情報屋以外には言わなければいいとして、ひとまず効果を確認しておこう。
称号【クッキング・ヴァンガード】
解放条件
開発した料理のオリジナルレシピを三十以上、最速で料理ギルドへ提供
報酬:賞金10000G獲得
ポイント5点取得
効果:オリジナルレシピを料理ギルドへ提供時、報酬が五割増し
所持者の器用を+7する
へえ、オリジナルレシピ提供時の報酬が五割増しか。
オリジナルレシピ提供時の報酬はレア度の三百倍。
それが五割増しとなると大きいな。
仮にレア度が三ならそれの三百倍を五割増しで、千三百五十Gになるのか。
だからといって、レア度ばかり気にするのは愚の骨頂。
気にするべきは品質と完成度だろう。
珍しければいいってわけじゃないのが、料理ってものだ。
しかし、ヴァンガードってなんだ?
ステータス画面からネット検索を選んで検索……へえ、先導者って意味があるのか。
開拓からの先導、まあ繋がっていないでもないか。
さてと、確認はここまでにして依頼を受けよう。
「行くぞイクト、ミコト」
「はーい!」
「分かったんだよ」
『レエェェェイッ!』
ミコト、不意打ちでそれ鳴らすのやめろ。
ギルドにいるプレイヤー達が、一斉にこっち向くから。
それから依頼を一つこなし、昼食を挟んでさらに依頼を二つ終えて鍛冶屋で包丁の耐久値を回復してもらったところで、これから帰るって連絡がメェナから届いた。
「了解。スコップケーキとパイを作ったから、作業館で待っているぞっと」
返信を送ったら寄り道はせず、作業館へ直行する。
なにせ甘味があると知ったカグラが突っ走って、一直線に帰ってこないとも限らないからな。
それに飲み物くらいは用意しておかないと。
あっ、飲み物で思い出した。
作業館に着いたら、約束通りメッセージを飛ばして知らせておこう。
という訳でイクトとミコトに手を繋がれ、作業館へ到着。
今度は普段通り、無料の作業場で作業台を借りて到着後、メッセージを飛ばす。
「作業中断!」
「作業を止めて、料理長の料理に備えて!」
よし、メッセージの送信完了。
「ますたぁ、なにつくるの?」
「気になるんだよ」
いつの間にか踏み台を用意していたイクトとミコトが、キラキラした目を向けてくる。
「食べるのはさっきセツナ達と作ったやつだから、飲み物ぐらいだぞ」
他はせいぜい、今飛ばしたメッセージに関することを少しだけ……いや待てよ。
どうせなら、時間が掛かるトライホーンブルのすね肉の仕込みをしておこう。
やり方は祖父ちゃんに教わったし、父さんが個人的に作っているのを手伝ったことがあるから大丈夫。
まずは臭み抜きに使うネギの青い部分を、圧力鍋に入れられる大きさに切る。
白い部分は、後日すね肉を使った料理に流用しよう。
圧力鍋に入るだけのすね肉とネギを入れ、水で浸したら蓋をして火に掛ける。
煮込んでいる間は、鍋に注意を向けつつさっき飛ばしたメッセージに関することをやっておき、食事の飲み物として残ったフルーツ類を魔力ミキサーにかけてミックスジュースを作っておく。
ミックスジュース 調理者:プレイヤー・トーマ
レア度:2 品質:7 完成度:91
効果:満腹度回復4% 給水度回復17%
知力+2【2時間】 運+2【2時間】
複数のフルーツ類をミキサーで混ぜたジュース
様々な甘さが絡み合い、一つになっている
それぞれの分量に気を配れば、もっと美味しくなるかも
「おーいしー!」
「色んな甘さがあって美味しい味なんだよ」
好反応なイクトとミコトと一緒に味見をしたら全員分を仕込み、ピンが上がっておもりが揺れている圧力鍋の火を止める。
減圧するまでしばし待ち、ピンが下がったら蓋を開けて浮いている灰汁を取り除く。
「よし、柔らかくなっているな」
取り出したすね肉は圧力を掛けて煮込んだから、仕込み前よりは柔らかくなっている。
これを洗って付着している灰汁や汚れを落としてアイテムボックスへ入れ、煮込んだ汁は布で濾して空いている瓶へ入れておく。
仕込みはこれで完了。
まだすね肉は残っているけど、そろそろダルク達が帰ってくるだろうから、後片付けをしながら何を作るか考える。
普通に煮込むか、いっそ父さん直伝の――。
「トーマ君、ただいま! さあ甘い物を出して、早く早く早く早く!」
おぉっ、甘い物好きの嵐が胸を揺らしながら現れたよ。
ていうかそんなに騒ぐな、周りに迷惑だろ。
「もうカグラってば、こういう時だけは速いんだから」
「仕方ないって、甘い物が待ってるんだしさ」
「トーマ君、ただいま」
ダルク達も帰って来たか。
ひとまず椅子を用意して座らせ、お目当てのスコップケーキと三種のパイ、それと飲み物のミックスジュースを出してやる。
「こ、こんな、大きなケーキを用意してくれるなんて、トーマ君ありがとー!」
ぬあっ!?
感極まった表情のカグラが抱きついてきた。
しかも、こっちはこの事態を予想していたというのに、反応が間に合わなかっただと!
「だから抱きつくなって! ハラスメント警告出るんだって!」
押し当てられている二つの柔らかいのとか、甘い香りは意識するな。
「なによ、あれ……」
「まさかあれ、吸血鬼の姐さんや白のお嬢と一緒に作ったのか?」
「いいなぁ、美味しそう」
抱きついてきたカグラはダルク達によって引きはがされ、改めて説教。
ダルクへの揚げ物作らない宣告と同様に、甘い物作らない宣言を出すぞと言ったら即座に大人しくなって、素直に謝罪してきたよ。
「もう、カグラちゃんってば」
「怒らないでよセイリュウちゃん。ごめんなさいってば」
なんかプリプリ怒っているセイリュウにカグラが謝罪している。
たぶん、甘い物を前にしたら注意したことも忘れて抱きつくから、そのことを怒っているんじゃないかな。
そう考えつつ、フォークを配ってスプーンでスコップケーキを取り、皿に乗せて全員の前に置く。
「さあ、食ってくれ。ケーキのおかわりは自分で取れよ」
『はーい! いただきます!』
ダルク達とイクトとミコトが一斉に返事をして食べだす。
まずは全員、スコップケーキからいったか。
「甘~い。美味しい~」
一番待ち望んでいたであろうカグラが、うっとりした表情を浮かべた。
「これ、土台の生地がカステラだ!」
「えっ? 普通のスポンジじゃなくて?」
「これにね、りょうほうあるの!」
「そうなんだよ。だから取る場所を変えれば、どっちも食べられるんだよ」
土台の違いに気づいたダルクとメェナに、また口の周りをクリームだけにしたイクトとミコトが説明している。
「フルーツもいっぱいだし、クリームも二種類使ってるね」
「セツナとエリザべリーチェが参加することになってな、人手が増えてくれたお陰だ」
でなければ、二種類の土台とクリームを準備しようとは思わなかっただろう。
その点に関しても、二人には感謝だな。
続けて食べた三種のパイとフルーツジュースも好評で、美味いと言いながら次々と食べていき、スコップケーキをおかわりする。
俺は試食したし、おかわりはいいや。
「トーマさあぁぁぁぁぁぁん!」
な、なんだぁっ!?
何事かと出入口の方を見ると、鋭い目つきで全身と口から煙でも出していそうなミミミがいた。
「あっ、これのおねえちゃんだ」
ミミミを見たイクトがヘドバンしだした。
こらっ、食事中にヘドバンしちゃいけません!
「さっきの連絡、あれは本当ですか!」
速っ!? そして怖っ!?
あっという間にこっちへ来て、目をガン開きにして作業台越しに迫ってきた!
あまりの勢いにダルク達でさえ言葉を失って、呆然としている。
「ほ、本当だ」
「なら早く出してください、ハリー! ハリー! ハリー!」
作業台をバンバン叩き、さっきメッセージを飛ばして伝えたブツを要求するミミミ。
あまりに必死過ぎて正直引くけど、約束だから出してやる。
圧力鍋で煮込んでいる間に醸造樽から抽出したら、なんかボトルに詰まった状態になっていた、このブルットワインを。
ブルットワイン 調理者:プレイヤー・トーマ
レア度:3 品質:6 完成度:77
効果:給水度回復13%
魔力+3【1時間】
*飲んだ量によって、ほろ酔い状態、酩酊状態、泥酔状態を付与
ブルットで仕込んだ青みのある緑色をしたワイン
果肉は紫でしたが、果汁の色はこんな色なので問題ありません
若いので、やや酸味がある
*未成年プレイヤーは飲めません
*料理に使ってアルコールを飛ばせば、未成年プレイヤーも食べられます
「はいよ、約束のワインだ」
「アルコール、キターッ!」
アルコールイズ、ジャスティスと言っていただけあって、ワインを取り出すと大声を上げながら上を向いて右拳を突き上げた。
周りに迷惑だから、大声はやめろ。
「い、一片の悔いも無い?」
復活したダルクが、腕を掲げて昇天する有名なシーンのセリフを口にした。
飲まずに昇天したら、悔いは残るんじゃないか?
「おい、今アルコールって」
「ワインって聞こえたぞ」
「そういえば醸造樽っていうアイテムがあって、ブドウが発見されたのよね。ということは、本当に?」
ほらみろ、大声を上げたから周りがざわついているぞ。
それと、そのポーズをイクトが真似してるぞ。
「イクト君、そのポーズをする時はデュワッって言うのよ」
「? でゅわっ?」
余計なことを教えてないで、カグラはケーキでもパイでも食べてろ。
「未成年は飲めないから味見はできていないけど、飲んでみるか?」
「是非!」
両手を作業台に叩きつけて身を乗り出すミミミからの圧力が強い。
どんだけ酒好きなんよと思いつつ、コップへワインを注ぐ。
確かワインは注ぎ方がどうこうって聞いたことがあるけど、うちの店とは無縁だったからよく覚えていない。
「はいよ、どうぞ」
「つ、遂にUPOの世界でもお酒が……いただきます!」
コップを手にしたミミミは、色や香りを楽しむでもなく一気に飲み干した。
おいおい、どう飲もうが俺は別に構わないけど、その飲み方をワイン好きに見られたら怒られるんじゃないか?
「あーっ! おいっしー! やっぱりアルコールイズ、ジャスティス!」
あっという間に空になったコップを掲げるミミミの表情は、とても晴れやかだ。
ひとまず美味いと言ってもらえて、こっちも一安心かな。
だけどイクトとミコト、どんなにキラキラした目で訴えてきてもこれは駄目。
「ますたぁ」
「マスター」
「これは俺やダルク達でも飲んじゃ駄目なものだから、絶対にやらん」
「「えー」」
えー、じゃない。
ゲームの中の存在とはいえ未成年の飲酒、絶対に駄目。
その代わり、ワインを使った料理なら作ってやる。
さっき仕込んだすね肉を、これで煮込むとか。
「トーマさん、最高です! よければこのお酒、くれませんか! 以前約束した通り、お金でも情報でもアイテムでもなんでも出しますから!」
額を作業台にこすりつけて懇願するミミミが必死過ぎる。
そんなに酒が好きなんて、現実のミミミの肝臓は大丈夫なんだろうか。
「別にいいぞ。醸造樽二つから四本できたから、今開けたこの一本をやるよ」
「できれば全部!」
「料理にも使うんだ、出せても二本だな」
「分かりました、それでお願いします!」
交渉成立っと。
せっかくの酒を、料理に使うだけなんて勿体ない。
うちの店に来る酔っ払い達みたいに、飲んで楽しむのも酒の魅力。
飲める人に飲んでもらえるのなら、対価さえ貰えれば酒は譲るさ。
なにせこちとら、料理には使えても飲むことはできない未成年だからな。
「じゃあこれ、ブルットワイン二本な」
「うっひゃーっ! やったー!」
よほど嬉しいようでピョンピョン跳ねている。
さすがは兎人族、天井近くまで跳ねられるとは。
「で、お代の方だけど!」
「ちょっと待った。どうせならこっちが売りたい情報も聞いて、その上で払ってくれないか?」
「いいですよ! さあ、どんな情報ですか!?」
それを伝える前に、周囲へ聞こえないようボイチャに設定してケーキやパイを食べてジュースを飲むダルク達と一緒に、これはどうなんだって情報を伝える。
聖泊許可証、それを使ってメェナと教会に泊まった時の出来事、コスプレッサーパンダグローブ、路地裏で見つけた油屋、肉屋でカチカチホースラディッシュと鶏ガラを貰ったこと、飴屋でレシピを貰ったこと、公式イベントで入手した転職時全開放チケットで厨師へ転職したこととその効果、そしてさっき入手した【クッキング・ヴァンガード】の称号。
最初はえっとかはっとか言っていたミミミだけど、話が進むにつれて口をポカンと半開きにして硬直。
称号を説明した時はダルク達も驚き、カグラでさえケーキを食べる手を止めた。
やがて全てを話し終えると、無言で立ち上がって頭に両手を添えた。
これは出るか?
「なーにーよーそーれー!」
出た、ミミミのヘドバン。
しかも結構な高速ヘドバンだ。
今まで見た中で一番速いし、面白がって真似しているイクトがついていけていない。
「はー! さー! んー!」
いくらになるのか分からないけど、金じゃなくてアイテムや情報で支払えば、破産は免れるんじゃないのか?
それから五分ほど騒ぎながらヘドバンを続け、ようやく落ち着いたミミミから話を聞くと、油屋と肉屋に関すること以外は未発見とのこと。
しかも飴屋は情報こそあってもレシピを貰った人がいないから、その時の様子を詳しく説明することに。
そこからミミミが推察した結論は、一時間以内に作業を終わらせればレシピを貰えるんじゃないかというもの。
詳細は検証するそうだけど、これ以外にないからほぼ確実らしい。
聖泊関連は検証が大変そうだって肩を落としていたけど、頑張ってくれ。
さあ、そろそろワインも含めた報酬について話し合おうじゃないか。
その話し合いの結果、ダルク達向けにこの町周辺や食材をドロップするモンスターの情報や戦闘補助アイテム、俺向けにミドルポーションとミドルマナポーションのレシピ、そして金を受け取って今回の代金とした。
「うぅ……。破産は免れたけど、所持金はすっからかんでアイテムボックスも情報もかなり持っていかれちゃった……」
ステータス画面を表示させているミミミが落ち込んでいる。
でもこっちは正当な対価を得ただけだから、文句はあるまい。
「えーい! こうなったらヤケ酒よー! 二本ともすぐに空けてやるー!」
叫んだミミミは、ボトルから直接ワインを飲みだした。
せっかく手に入れた酒を、もう空けちゃうのか?
というか、その飲み方はワイン好きからすれば暴挙だぞ。
そういえばブルットワインの情報に、飲んだ量によって酩酊とか泥酔になるってあったな。
酔い潰れないよう、気をつけろよ。
「明日のログインは今教わった、イリュージョンダックの卵と肉を取りに行こうよ!」
「あら、そっち? 私はランチャーコーンが気になるわ」
「鶏肉と卵なら、チキングリフォンがいい」
「低確率だけどオーガも肉を落とすのね。戦い甲斐がありそうね」
ダルク達はダルク達で、貰った情報で食材確保について相談か。
さてと、俺は俺でクリームだらけのイクトの口を拭いて、後片付けをしますか。
それが済んで酩酊状態になってフラフラのミミミと分かれたら、広場へ移動してログアウト。
現実へ戻ったら手伝いのため店へ出ると、瑞穂さんが絡んできた。
「ねえ斗真君、最近お姉さんに構ってくれる時間が短くない?」
ゲームしているんだから仕方ないでしょうが。
というか俺が瑞穂さんを構ったことってあったっけ?
むしろ瑞穂さんが俺に絡んでくる記憶しかない。
「そんなことを言っている暇があったら、あそこの空いたテーブルの皿を運んでください」
ついでにネギ肉炒め用のネギを切る邪魔です。
「わーん、斗真君が姉離れした弟みたいでお姉さん悲しいよー!」
泣き真似をしながらもテーブルへ皿を取りに行ってくれた。
おーい酔っ払い共、今日も前を全開にした瑞穂さんのジャージから飛び出ている胸の揺れに騒いでるんじゃない。
下手したら、そのうちセクハラで訴えられるぞ。




