原点の料理
教会で一夜を過ごし、チャーチグリムから祝福を授かった出来事を挟んで訪れた作業館。
まだダルク達は来ていなかったから、先に作業台を借りて朝飯を作ることにした。
作業台に着いたら前掛けとバンダナを表示させ、調理に先んじて使う予定の肉を味見するために準備する。
正面からイクトとミコトに見学されながら、フライパンを火に掛けて油を敷いて温めている間に、昨日ダルク達が獲ってきたトライホーンブルの肉を取り出す。
「それは昨日のトライホーンブルね。部位はどこ?」
「肩ロースだ」
斜め方向に座るメェナの質問に答え、情報を確認する。
トライホーンブルの肉【肩ロース】
レア度:3 品質:7 鮮度:90
効果:満腹度回復2% 病気状態付与
脂肪が程良く霜降り状になっている肉
そのため肉自体の味と脂肪の両方を味わえます
味が強いので薄切りや細切りにしても美味しくいただけます
味見のため薄く切り取り、温まったフライパンで焼く。
薄切りだからすぐに火が通り、両面を焼いたら塩を振って皿へ移して試食のため三つに切り分ける。
「ほら、イクト、ミコト」
「わーい」
「ありがとなんだよ」
身を乗り出すメェナを前に三人で一切れずつ試食。
「ふわっ! おいしい!」
「薄いのにお肉と脂の味がしっかりするんだよ」
ミコトの言う通り、薄切りなのに旨味は厚切り級だ。
説明文に、薄切りや細切りにしても美味く食えるって表示されているだけのことはある。
「うぅ……。味を確かめるのは必要とはいえ、一人だけ食べられないのは辛いわね」
悪いな。でも味の分からない物には試食が必要なんだ。
恨めしい視線を避けるため、早速調理開始だ。
水を張った二つの鍋を火に掛けて干し肉を切り分ける。
次はピーマンとニラとニンジンを洗い、トライホーンブルの肩ロースとニンジンとピーマンは細切りに、ニラは一口大に切り、緑豆もやしを洗って水切り。
お湯が沸いたら干し肉を入れて煮こみ、出汁を取る。
「干し肉出汁のスープか」
「あっちの肉と野菜は炒め物か? それともスープの具材?」
「何を作るんだろうな」
もう一方の鍋は昨日作っておいた麺から太麺、というよりもうどんを選んでてぼに入れて茹でる。
網をセットしたバットを用意し、茹で上がった麺はしっかりお湯を切り、そのバットの上に置いておく。
空いたコンロで油を敷いた深型フライパンを熱し、温まったら火が通りにくい順に野菜と肉と下茹でした麺を入れて炒める。
最後に塩と少量の粉ビリンで味つけして完成。
五目焼きうどん 調理者:プレイヤー・トーマ
レア度:2 品質:6 完成度:95
効果:満腹度回復15%
HP最大量20%上昇【2時間】 腕力20%上昇【2時間】
器用20%上昇【2時間】
五目焼きそばがあるなら、五目焼きうどんがあっていいじゃないか
五目の食材も、五種類あるならなんだっていいじゃないか
粉ビリンの痺れが微かに効いた味を、冷めないうちに召し上がれ
味の方は……問題無し。
野菜はシャキシャキ、肉は細切りなのに旨味が溢れて、それを太いうどんがしっかり受け止めている。
そして粉ビリンの痺れる風味が、肉の旨味に支配されそうなのを引き締めて食欲を促してくれる。
炒め物だから効果も上昇しているし、文句は出ないだろう。
「ますたぁ」
「マスター」
はいはい、どうぞ。
試食用の食べかけを二人に渡し、全員分の調理に移る。
「焼きうどんか」
「そういえば最初に作ったのも、あれだったな」
「ある意味、赤の料理長の原点ね」
イクトとミコトからの美味しい発言を聞きつつ、合間に鍋に浮いた灰汁を取り、人数分の焼きうどんを仕込み続ける。
辛いのが苦手なダルクとイクトは粉ビリン少なめ、辛いのが好きなメェナは逆に粉ビリンを増やして、さらに唐辛子ペーストも追加っと。
「トーマ、本当にありがとうね」
メェナ仕様の味付けにするとすごく感謝された。
気にするな、これも皆の好みを知っているからこそだって。
「お待たせ。トーマ君、メェナちゃん」
「トーマー! 朝ご飯なにー?」
「って、なんか辛そうなの作ってる!?」
おっ、ダルク達が来たか。
安心しろ、これはメェナ用だ。
「ああ来たわね。早速だけど、昨夜のことを共有するからボイチャに参加してくれない?」
「それよりも! あの辛そうなの何!?」
「落ち着け。これはメェナ専用だ」
全員のが辛いわけじゃないと説明すると、揃ってホッとしてメェナとボイチャで話しだした。
何を話しているのかは聞こえないけど、教会での出来事なんだろうな。
だけどそっちはメェナに任せて、料理に集中だ。
全員分の焼きうどんが完成したら、鍋に浮いている灰汁を取ってからスープと戻った干し肉を小皿に取り、塩をちょっとだけ振って味見。
うん、良い味が出ているし肉も柔らかくなっている。
残った分をイクトとミコトに渡してネギの青い部分を輪切りにしていると、ダルクとカグラとセイリュウが驚いた。
そして俺には何を言っているのか分からないのに、なんか俺に向かってダルクがギャーギャー言いだした。
まあ、ボイチャに加わっていないから聞こえないんだけどな。
「ますたぁ、だるくおねえちゃんどうしたの?」
「気にしなくていいぞ」
今気にするべきは料理だ。
すっかり戻った干し肉をお玉で取り出してボウルへ移し、スープに輪切りにしたネギの青い部分を浮かせて塩で味を調整してスープが完成。
干し肉出汁のスープ 調理者:プレイヤー・トーマ
レア度:1 品質:6 完成度:89
効果:満腹度回復1% 給水度回復10%
体力+1【1時間】 俊敏+1【1時間】
干し肉だけで出汁を取ったシンプルスープ
その分、肉の旨味がしっかりします
浮かせたネギがしつこさを和らげます
俺以外の全員分をお椀に注ぎ終え、冷めないようアイテムボックスに入れておいた五目焼きうどんも、俺以外の分を並べる。
それとダルク達には箸を、イクトとミコトにはフォークを添えておく。
鍋に残ったスープは俺とイクトとミコトの分を取っておいて、あとは昼用にダルク達へ渡そう。
「もー、トーマってば僕達がいない間に何してくれてんのさ!」
おっと、向こうも話が終わったか。
「不可抗力だ」
「ずるーい! トーマとメェナだけずーるーいー!」
駄々をこねる子供のように騒ぐダルクに、思わずため息が出る。
「文句言うなら、昼飯作って渡さないぞ」
「ごめんなさい、わがまま言った僕が悪うございました。どうか勘弁してください」
飯を渡さないと言った途端に態度を変えて深々と頭を下げて謝罪とは、変わり身の早いこった。
とはいえ、揚げ物どころか飯自体を無しにされるなら当然か。
「まったく。それよりもそこの朝飯、食ってていいぞ。俺はこれから昼飯作るから、後でいい」
「あらそう? ありがとう」
「わっ、焼きうどん。最初の頃を思い出すね」
そういえば、このゲームで最初に作ったのも焼きうどんだったっけ。
あの時はニンジンとピーマンとキャベツと肉と、具材が四種類だったから名称に五目が付かなかったのかな。
さほど昔のことじゃないとはいえ、少し懐かしく思いながら調理を再開し、ボウルへ移しておいた戻った干し肉を魔力ミキサーで細かく刻む。
出汁を取った後と言っても、そのまま具材にできる味わいがあるのなら、そのまま別の料理に利用できる。
昔暮本さんから、出汁を取った後の昆布と鰹節で賄い用に小鉢を作った話を聞いて実際に味わわせてもらい、出し殻でも材料次第ではもう一品作ることができると学んだ。
「うん! 前のも美味しかったけど、これも美味しい!」
「うふふ。お肉の味が効いたスープも美味しいわ」
「こういうお肉一本の味わいのスープもいいね」
「うどんもすーぷもおいしい!」
「本当、マスターに付いて来て良かったんだよ」
うんうん、今日の反応も上々。
何度聞いても、喜んでくれる反応はいいもんだ。
「あーっ! 辛みと痺れが効いた焼きうどん、最高ね!」
若干一名、評価の対象が対象だから微妙な気分だけど、気にしないでおこう。
でも調子には乗らない。
俺はまだ本職じゃない未熟者、今よりもっと上手くならないと。
気を引き締め直し、魔力ミキサーでミンチにした肉をボウルへ移す。
これを繰り返してミンチ肉を作り終えたら、鍋に水を張って火に掛けておき、スープに使わなかったネギの白い部分をみじん切りに。
「切るの速っ!?」
「本当に本職じゃないのか疑わしいぜ」
「だけど料理人でなくても、上手に切る人はいるだろ」
ネギを切り終えたら残っている卵をボウルに落として溶く。
タルタルソース、フライの衣、ミルクセーキと結構使ったから、これで卵が尽きたか。
この後でまーふぃんと天海と甘い物作りがあるし、また買いに行っておこう。
そんなことを考えつつ卵を溶いたら、ストックしてある刻み麺をお湯が沸いた鍋へ入れて軽く茹でる。
「お昼はそっちを使うのね」
「ああ」
軽く茹でた刻み麺は目の細かいザルに上げ、お湯を切ったらバットの上に広げ、乾燥スキルで残った余計な水分を飛ばす。
「それを使うってことは、ご飯物? それとも定食風?」
「米は使っていないけど飯物だ」
深型フライパンを火に掛け、固形ラードを落として溶かす。
刻み麺、ネギ、溶き卵、ミンチ肉を一人分ずつ順番に入れて炒める。
ミンチ肉は出汁を取るときに火が通してあるから、入れるのは最後でいい。
そして最後に塩と胡椒で味付けして完成。
「「「「チャーハンだ!」」」」
正確には刻み麺のチャーハン風、いわばチャーハンもどきだけどな。
前に作った時はオーク肉だったのが、今回は出汁を取った後の干し肉で作る。
まだ味が残っているとはいえ、パンチが足りないかもしれないから油はラードを選択。
これで中華桐谷のしっとりチャーハンを作って皿へ盛りつける。
そしてこれも炒め物だから、効果も前回とは違う。
刻み麺のチャーハン仕立て 調理者:プレイヤー・トーマ
レア度:2 品質:8 完成度:91
効果:満腹度回復24%
俊敏20%上昇【3時間】 器用20%上昇【3時間】
細麺を米粒ぐらいに刻んで米代わりに
チャーハン風に仕上げたがチャーハンとはどこか違う
一種の焼きそばとも捉えるかはあなた次第
説明文は変化無しで、レア度と品質と完成度と満腹度は多少の変化有り。
だけどバフ効果は大幅に変わっている。
完成度が上がって数が増えたのは置いておくとして、ただのプラスだった効果の内容がパーセント上昇になっているのは大きい。
ゲームに疎い俺でも、それぐらいは理解できる。
で、一番重要な味は……うん、問題無し。
出汁を取った後の肉とはいえ噛めば味が染み出るし火も通り過ぎておらず、抜けた分の旨味はラードが補っている。
卵とネギの火の通り加減、炒め加減もちょうどいい。
久々に良い感じのしっとりチャーハンが炒められたな。
あとはこれを人数分繰り返せるかどうかだけど、将来のためにやらなくちゃ。
「あっ、イクト、ミコト。これ二人で分けて食べな」
「わーい!」
「半分ずつなんだよ」
焼きうどんとスープを飲みながら、こっちをじっと見ていた二人へ試食用のを渡し、全員分のを作っていく。
思えば始めは五人分だったのが、六人分、七人分と徐々に増えてきたからこっちも良い修業になるよ。
贅沢を言えば、合間に別の料理を挟みたい。
提供する料理が一品しかないならともかく、複数種類あるなら合間に別の料理を挟んで、また同じ物を作るのが普通だからな。
「もー、また二人にだけー」
「いいじゃない。あれは私達のお昼なんだから」
そうそう。だから今は焼きうどんとスープを食ってろ。
「私としては、お昼よりも留守中に作る甘い物が気になるわ。うふふ」
「何を作るの?」
「そこはまーふぃんと天海次第かな」
今回はあの二人に頼ることにした。
だってあんなに果物があっても、甘味は専門外の俺には限度があるって。
精々が瑞穂さんに手伝わされたか、それほど難しくないもの程度だし。
「ますたぁ、ちゃーはんおいしい!」
「ちょっとお肉が固い気がするけど、これはこれで歯応えがあるし、ひき肉だからさほど気にならないんだよ」
そうかそうか、良かったな。
渡したチャーハンもどきだけじゃなく、焼きうどんとスープもしっかり完食して偉いぞ。
「ごちそーさま!」
「うふふ。今回も美味しかったわね」
「これで今日も戦える」
「拳と脚が唸るわ」
ダルク達も完食したか。
「もうちょっと待っていてくれ。もう少しで人数分の昼飯できるから」
「じゃあその間に、片付けとかしておきましょうか」
「悪いな、頼む」
皆が椅子を片付け、食べた後の食器類を洗ってくれている間に調理を続け、少し待たせはしたものの全員分のチャーハンもどきが完成。
これと昼飯用に自分達の分を取ったスープと食器を持たせると、ダルク達は今日も出かけていった。
それを見送ったら自分の朝飯と残った後片付けを済ませ、一旦作業館から退館。
甘い物作りに必要になりそうな卵を買うために養鶏場へ行き、ついでに料理ギルドで砂糖やなんかも購入。
合流のため作業館へ戻ろうとしたら、天海からメッセージが届いた。
『急ですみません。参加者を二人追加していいですか? とても心強い助っ人ですよ』
ほうほう、心強い助っ人とは頼もしい。
拒否する理由は無いから構わないと返し、作業館前でまーふぃんと天海と合流。
そして肝心の助っ人っていうのは……。
「お久し振りですわね、トーマさん」
「おうトーマ、元気してたか?」
白髪縦ロールでお嬢様口調のエリザべリーチェと、金髪スカジャン姿のセツナ。
まさか助っ人ってこの二人?
この二人が助っ人とは、頼もしい限りじゃないか。




