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先にあるのは


 早紀達との約束の時間まで店の手伝いをして、ログインするために部屋で準備をしていたら早紀からメッセージが届いた。

 しかもこのメッセージ、ゲーム内から届いている。

 先にログインしていたのかと思って内容を読むと、大変、早くログインしてってある。

 何かあったのか?


「またどこかでタウンクエストが起きたか、それとも美味い食材の情報でも仕入れたか」


 予想した急かす理由を口にしながら、慌てず騒がず落ち着いて準備を整えてログイン。

 昨日ログアウトしたサードタウンウラヌスの広場に出ると、周囲にいるプレイヤー達がざわめいていた。

 この騒ぎ具合は、やっぱりタウンクエストか?


「あっ、トーマ来た! 大変だよ大変!」


 声を上げたダルクに続いてカグラ達も寄って来た。

 全員ログイン済みで慌てているってことは、何が起きているかは把握済みか。


「ますたぁ!」

「マスター、待っていたんだよ」


 おぉ、イクトとミコトも出てきたか。

 しかも二人揃って脚にしがみついてきたから、頭を撫でてやろう。


「何が大変なんだ」

「できれば、ほのぼの光景やめてくれないかな!?」


 なんだよ、ただ大変な理由を言うだけで。

 仕方なく撫でるのを止めて二人に離れてもらい、改めて尋ねる。


「で? 何が大変なんだ?」

「海だよ! 海があったんだよ!」


 だからなんだ。

 海があったぐらいで、何を大騒ぎしているんだ。

 遊びに行きたいのか? それとも海魚とか海のモンスターを食いたいのか?


「ダルクの説明じゃ意味不明でしょうから、私が説明するわね」

「頼むメェナ」

「ちょっと!?」


 いやだって、本当に意味不明だったから。

 というわけでメェナから詳しい説明を受ける。

 それを簡潔にまとめるとこうだ。


 ・塾長を筆頭にした野郎塾の主力がフォースタウン到達

 ・名称はフォースタウンフルムーン

 ・フォースタウンから先は海になっていた

 ・NPCへの聞き込みで先へ進むには海を越える必要があると判明

 ・海の先には小さな島国や別大陸がある


 ということだそうな。

 さすがにこれは情報屋案件どころじゃないと、塾長の指示により塾生総動員でプレイヤーへ広めているらしい。


「つまり大変っていうのは、先へ進むには海を越えて別大陸へ行かなきゃならないからか」

「そういうことよ」


 なるほどな、ダルクが大変って騒いで周りのプレイヤー達がざわめいているわけだ。

 どんな手段であれ、海越えとなると一筋縄じゃいかないからな。


「現状分かっている海越えの方法は、船だけみたい」

「野郎塾の人達がNPCへ聞き込んだ情報だと、別大陸へ行くには定期便に乗って途中の島国まで渡って別の定期船へ乗り換えるか、別大陸から来た商船と交渉して乗せてもらうかですって」


 どちらにしても、船旅をしなきゃならないってことか。


「定期船か商船となると航路が決まっているから、様子見をして町へ戻るとか、途中でアイテム類が尽きても補充が出来ないでしょうね」

「つまり事前にレベルをしっかり上げて、道具類をたっぷり用意しなくちゃならないんだよ」


 カグラとセイリュウの指摘通りなら、かなりしっかりした準備が必要になるな。


「食材の調達は最悪釣ればなんとかなるけど、トーマがご飯を作れるか分からないよ!」


 いや、そこは大量に作り置きしてアイテムボックスに入れておけば、なんとかなるから。

 仮に尽きたとしても、最悪生食できる魚を釣れれば生鮮なる包丁で刺し身にするって。

 醤油は無いけど、そこは我慢してくれ。


「そもそも、到着するまでに何日掛かるのかしら」


 そこは俺も気になるな。

 飯を作り置きするにしても、どれだけ用意すればいいのか分からない。


「下手したら船上で死に戻りして町へ逆戻りしたり、ログアウト中に船が目的地から折り返していたり、っていうこともあるかもよ」


 もしもそうなったら、また船に乗るところからやり直しか。

 思ったよりハードだな、船旅っていうのも。


「ますたぁ、おねーちゃんたちどうしたの?」

「船がどうかしたんだよ?」

「お前達は気にしなくていいぞ」


 まあこの件に関してはダルク達に任せよう。

 それに船旅以前の問題が一つある。


「なあ、船旅の心配をするのもいいけど、まずはフォースタウンへ行くことを考えろよ」


 現地へ行ってもいないのに、その先の移動を心配するのは早計というものだぞ。

 それに気づいたのか、ダルク達はハッとした。


「そ、そうだね。トーマの言う通りだ」

「まずはフォースタウンへ行くこと。船旅について考えるのはその後でもいいわよね」

「船旅が待っていると知って、焦っちゃった」

「私達はエンジョイ勢、急ぐ必要は無いわ」


 そうそう、ゆっくりじっくりのんびりやろうじゃないか。


「というかそんなことよりも、もっと重要なことを忘れているぞ」

「そんなのあったっけ?」


 あるだろうが、とても重要なことが。


「海があるっていうことは、海産物が手に入るってことだ」

「「「「そうだった!」」」」


 気づいていなかったダルク達が、声を揃えて叫んだ。

 海産物となると、魚は当然として蟹や海老や貝や海藻と種類が豊富にありそうだ。

 さすがにフカヒレは無理だろうけど、ホタテがあれば干し貝柱を作って出汁を取れるし、蟹や海老を使った焼売を作ることもできる。

 昆布はどうかな? 海藻の中にあればいいけど。


「船旅は不安だけど、海そのものは楽しみになってきた」


 俺も楽しみだよセイリュウ。

 一体、どんな食材があんだろう。


「ていうか海で泳げるのかな? 泳げるのなら、水着もあるよね!」


 そりゃあ、泳げるんだとしたらあるだろな。

 ここはゲームなんだ、それぐらい準備してあるだろう。


「うふふ。このゲームにポロリは無いし、皆で布面積が小さい水着でも着る?」


 やめろカグラ、そんなことされたら目のやり場に困る。

 特にカグラがそんなのを着たら、ずっと目を逸らし続けないとならないぞ。


「何言っているの! そんなの着るはずがないじゃない」


 腕も脚も腹も出ているような格好をしているのに、どの口がそう言うんだメェナ。

 だけど俺の精神的安寧のためにも、もっと言ってやれ。


「よーし! 次の目標はどこでもいいからフォースタウン! 皆、頑張ろう!」

「「「「おー!」」」」

「「おー」」


 ダルクの掛け声にカグラとセイリュウとメェナとイクトが元気よく応え、俺とミコトは冷静に応えた。

 こうして新たな目標が決まったところで今日の予定を確認。

 ダルク達はこの先の海越えを見据えてレベル上げと資金稼ぎをして、俺はいつも通り飯を作る。

 ゲーム内の時間は午後二時だから、作るのは晩飯だな。

 あっ、別れる前に一つ頼んでおこう。


「卵が無いから、入手できそうなら入手してきてくれないか?」

「別にいいわよ。何の卵でもいい?」

「食用なら何でも構わない」


 入手してもらえたら、前に作っておいたパン粉を使ってレッドバスとダルクが釣ったソフトサーモンを魚のフライにしよう。

 ソースはマヨネーズが残っているから、卵の一部を茹で卵にしてタルタルソースにする。

 手元にピクルスは無いけど、代わりにサンの実の果汁と刻みタマネギで作ればいいか。

 入手できなかった場合は、小麦粉を纏わせてバターで焼いてムニエルにすればいい。


「じゃ、行ってきます!」

「目標はトライホーンブル。そのお肉と可能であれば何かの卵も入手する」

「うふふ、トライホーンブルのお肉はどんな味がするのかしら」


 入手したら肉の味を活かせるよう、俺も頑張って調理しよう。


「強いらしいし、拳と蹴りが唸るわね」


 やる気満々なのはなによりだけど、気をつけてな。

 張りきって出発する四人を見送り、俺達はひとまず料理ギルドへ行くことに。

 右手は触覚とレッサーパンダ耳を嬉しそうにピコピコ動かすイクトに繋がれ、左手はもふもふのレッサーパンダグローブでミコトに繋がれて歩くから、擦れ違うプレイヤー達からの視線を感じる。


「見ろよあれ、赤の料理長とイクト君とミコトちゃんだ」

「噂には聞いていたけど、想像以上に親子で兄弟ね」

「仲良く手を繋いで可愛い」

「見守り対象ミコト様、本日も愛らしいです」

「いやいや、イクト君も負けてないぞ」


 周囲にいるプレイヤー達は、海の件があってかまだざわついている。

 だけど俺達はまずフォースタウンを目指すことにしたから、気にせず進む。

 そういえば塾長達が到達したのは、フォースタウンフルムーンだったな。

 フルムーンってことは満月。

 つまりフォースタウンの名称は、月の形状を現す名称を使っているのかな。

 だけど満月と半月と三日月と新月以外、月の名称って何があったっけ?

 それともその四つが東西南北にあるだけか?


「ますたぁ、りょうりぎるどあったよ」


 おぉ、本当だ。教えてくれてありがとう、イクト。

 早速中へ入るとプレイヤーが十人ぐらいいて、こっちをチラッと見たと思ったら、直後に二度見された。

 なんでそんな反応をするのかと思いつつ、依頼が貼ってある掲示板の方へ向かう。


「あっ、トーマさんじゃないですか。お久しぶりです」

「こんにちは。先日の件は失礼しました」


 誰かと思ったら、まーふぃんと天海じゃないか。

 先日の件というと、暮本さんの教えをとかいうやつだな。


「久しぶりだな、まーふぃん。天海も、あの件は気にしなくていいぞ」


 二人へそう返し、初対面のミコトを紹介。

 その際にまたレッサーパンダグローブを鳴らしたから、周囲の時間が一瞬止まった。


「アハハ、噂には聞いていましたが変わった鳴き声ですね」

「お気に入りなんだよ」


 どうして気に入ったのか、未だによく分からない。


「ところでトーマさん、フォースタウンの件は聞きました?」

「ああ。どんな海産物があるか、今から楽しみだ」

「「いや、そこですか!」」


 他にどこを気にしろっていうんだ。


「トーマさんらしいと言えばらしいですが……」

「海の先にはどんな島国や別大陸があるか、気にならないんですか?」

「遠くの島や別大陸より、近くの海産物だ」

「「はぁ……」」


 どうして溜め息を吐かれなくちゃならない。

 先を見据えるのも大事だけど、足元を見るのも大事だぞ。


「だけど分からなくもないですね。どんな海産物があるんでしょう」

「魚だけでも種類が多そうですよね」


 そうそう、料理プレイヤーなら優先すべきは食材だろ。


「食材といえば、これから二人で依頼を受けに行くんですけど、一緒にどうですか?」

「依頼?」

「はい。この町にある養鶏所からのもので、報酬がお金とは別に卵を貰えるんです」


 卵、だと?


「ちょうど欲しかったところだ。是非、協力させてくれ」


 実にジャストタイミング。

 まさかこの町に養鶏所があるなんてな。


「本当ですか?」

「では、受付で手続きをしましょう」


 というわけで受付へ向かい、既に手続きをしたまーふぃんと天海に俺達も加わる形で手続きをする。

 それから卵の入手を頼んだダルク達へメッセージを送り、要望はキャンセルだということを了解してもらって養鶏所へ出発。

 さっきと同じくイクトとミコトに手を繋がれ、何故か空いている手でまーふぃんと天海とも手を繋ぎ、町中を歩く。


「悪いな、二人とも」

「いえいえ、構いませんよ。イクト君、可愛いですから」

「えへへ~」


 イクトに手を繋がれた天海は、楽しそうに触覚とレッサーパンダ耳を動かすイクトに微笑み、可愛いと言われたイクトが照れて弟可愛い。


「このグローブ、フカフカのモフモフで気持ちいい」

「そうなんだよ。鳴き声だけじゃなくて、感触も良いんだよ」


 ミコトに手を繋がれたまーふぃんは、レッサーパンダグローブの感触が気に入ったようだ。

 でもミコト、鳴き声のどこが良いのかはサッパリ分からないぞ。


「あれはどういう状況なの?」

「二人の奥さんと、その間にできた子供達?」

「そんな、料理長さん。あなたにはショタリス君とショタ狐君がいるじゃない」

「お前、ご腐人だったのか……」


 そうして手を繋いで移動する間に、聞き忘れていた依頼の内容を尋ねる。

 俺達がやる仕事は卵の回収と洗浄と梱包、それと餌やり。

 報酬は五百Gに加え、受けてくれたプレイヤーの人数×卵十個。

 プレイヤーの人数ってことは、イクトとミコトがいるからって俺だけ三十個受け取ることは無いのか。

 それは良かった。俺だけ多く貰ったらなんか申し訳ないからな。

 しかも依頼をこなせば、それからはいつでも卵を買いに行けるようになるっていうんだから、もうやるっきゃない。

 ところがこの仕事、一筋縄ではいかなかった。

 飼育されているのがロックコケッコなのと、所長が鶏冠のような真っ赤なモヒカンヘアをした、世紀末的な雰囲気を放つ厳ついNPCのお兄さんなのはいいとしよう。

 だけど養鶏所が予想以上に大きくて、その分ロックコケッコの数が多いから卵の回収と洗浄だけでも大忙し。

 さらに……。


「うきゃー! いくとつつかないでー!」

「こら、やめるんだよ」


 使徒とはいえ虫が混じっているからか、餌やりをやらせていたイクトがロックコケッコに追い回され、嘴で突かれている。

 以前はイクトが別のモンスターを倒している間に、ダルク達が狩っていたからこんなことは無かったけど、やっぱり鳥と虫ってことか。

 しかも野生なら戦えるけど、相手は養鶏所で飼われているとあって手出しできず、イクトは逃げることしかできなくてミコトが助け舟に入って追い払っている。


「ますたぁっ! あれ、きりたい!」


 卵を回収している俺の脚にしがみつき、攻撃の許可を求めてきた。

 当然、許可なんて出せるはずがない。


「駄目だって、さっきのお兄さんに怒られるぞ」

「うぅ~」


 不服そうにむくれるイクトの気持ちは分かる。

 それを配慮して配置転換。

 イクトはまーふぃんと卵の洗浄と保管庫への運搬に回ってもらい、代わりに天海が餌やりへ回ってもらう。


「急に悪いな」

「いえいえ、イクト君の安全のためですから」


 理解を示してくれることへ感謝しつつ、卵を回収していく。

 そうして作業をすること約二時間で仕事は完了し、報酬の卵を一人につき十個もらった。

 金は依頼をした時にギルドへ預けたそうだけど、卵は預けている間に傷んだら大変だから直接渡すそうだ。

 見た目の割にしっかりしているようで、なんか安心できる。

 さらに、二人から教わった通り、いつでも卵を買いに来いとも言われた。

 ならばと早速卵をもう十個購入させてもらい、養鶏所を後にして報告のため料理ギルドへ向かう。


「むー」


 やれやれ、イクトはまだご立腹か。


「イクト、この卵で美味い飯を作ってやるから機嫌直せって」

「おいしいの!? なにつくるの!?」


 寸前までの不機嫌さはどこに行った。

 秒で笑顔になって、楽しみを押さえきれずに触覚とレッサーパンダ耳がギュンギュン動いている。


「私も気になります。何を作るんですか?」

「差し支えなければ教えてください」

「気になるんだよ」


 一緒に食うミコトはともかく、なんでまーふぃんと天海も気になるんだ?

 別に隠すようなものは作らないから、教えてもいいけどさ。


「魚のフライとタルタルソースだ」


 レッドバスを使った白身魚のフライと、ダルクが釣ったソフトサーモンを使った鮭フライの二種類な。

 付け合わせは生鮮なる包丁で作った、くし切りトマトと刻みキャベツ。

 後は挟んで食べられるように、切れ目を入れたパンでも添えておこう。

 それができたらストックの補充も作らないとな。


「「それ絶対に美味しいやつです!」」

「タルタルソース? 聞いたこと無いんだよ」


 分かっているまーふぃんと天海が騒ぐ一方、タルタルソースを知らないミコトは首を傾げている。


「いくとしってる! しろくてとろとろですっぱくておいしいの!」


 そういえばイクトは食べたことがあるんだったな。

 公式イベント後、お疲れ様会とイクトの歓迎会を兼ねた集まりで、料理プレイヤーの一人が作ってきたんだ。


「おいどうした、しっかりしろ!」

「急に倒れて何があった!」

「イクト君の発言で、妄想が、暴走して……がくっ」

「「ご腐人ー!」」


 なんだろうあの三人組。

 よく聞き取れないけど、路上コントしているプレイヤー達かな。


「マスター」


 無表情上目遣いのミコトから、おねだりオーラが溢れている。

 分かっているって、タルタルソースを食わせてやるよ。

 そうだ、どうせなら飲み物にもこの卵を使おう。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 更新お疲れ様です。 今回はイクトはちょっと災難でしたね…その代わり美味しいものを作って貰えるから相殺ですな。 あとご腐人方、その会話の内容も真実も純粋なイクトに聞かせるなよ?絶対だぞ?フ…
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