激辛好き狼少女の気持ち
日が暮れてきた街道を歩き、トーマとイクト君とミコトちゃんが待つセカンドタウンウエストを目指す。
この辺りの川で鮭のような魚が釣れると聞いて来て、見事に目的のソフトサーモンを二匹も釣ったダルクは上機嫌に先頭を歩いている。
「ふっふーん。釣れた釣れた、美味しそうな鮭が二匹も」
「トーマ君がどんな料理にしてくれるのか、楽しみね」
そのダルクが釣りをしている最中、歌唱スキルを上げるために歌っていたカグラはどんな料理になるか想像して楽しそうにしている。
ちなみに私はその間、周囲の警戒をしていたわ。
「何かに使えるかもしれないし、これも採取しておこうっと」
カグラと同じく演奏スキルを上げるために演奏をしていたセイリュウは、料理に使えるかもって言いながら、道中で見つけた木の実や薬草やハーブやキノコの採取を欠かさない。
えっ? 美味しいけど幻覚状態になる、イボテングタケっていうキノコを見つけた?
さすがにそれを持ち帰るのはやめなさい。
いくら美味しくても、幻覚状態になるのは嫌だし、トーマも調理を拒否するから。
「さすがにトーマ君もそれを調理する気にはならないと思うわ」
「僕も同感」
「だよね。じゃあ採取しないでおく」
そうしてちょうだい。
どんな幻覚を見るか分かったもんじゃないわよ。
「調理といえばさ、トーマは今頃何を作ってくれているのかな?」
「ラーメンは確実に作っているはず。鶏ガラ出汁のやつ」
ラーメンが出ると分かっているから、麺好きのセイリュウが目を輝かせているわ。
「だけどトーマ君のことだし、それ以外にも何か作っていそうね」
確かに。だとすると主食がラーメンだから、中華系の炒め物かしら。
揚げ物も一瞬考えたけど、揚げ物は作らないって宣言をしたからそれは無いでしょう。
「ラーメンといえば餃子かな? それとも刻み麺でチャーハン?」
定番中の定番と言える組み合わせね。
個人的な好みを言えば、やっぱり辛い料理が欲しい。
この前の激辛もやしナムル、あれは良かったわ。
口の中を襲う刺激に思わずテンションが上がって、叫んじゃったくらいだもの。
だけど一人のために特化した料理なんて、そうそう作ってくれるはずがないわよね。
ここにいる皆のために作るのがトーマだもの。
「メェナはラーメン以外が出るとしたらなんだと思う?」
「おかずになる炒め物じゃない? それか蒸し物」
こっちでは作っていないけど、シュウマイとか中華風の茶わん蒸しとか。
「何にしても楽しみだね! 早く町に戻ろう!」
「はいはい、分かったから落ち着きなさい」
相変わらず落ち着きが無いんだから、ダルクってば。
て、私も人のこと言えないわね。
モンスターとの戦闘になったら、真っ先に駆け出しちゃうんだから。
自覚しているとはいえ、直す気はないけどね。
だって戦闘、楽しいもの。
おっと、その戦闘の時間がきたみたい。
気配察知スキルにモンスターの気配が三つあるわ。
「皆、モンスターが三体いるわ。戦闘準備」
「オッケー。早く帰ってトーマのご飯食べるため、サクッとやろうか」
「ラーメンが私を待っている」
「うふふふ。私達の楽しみを邪魔するモンスターは、早々に駆除しないとね」
同感よ。さあ戦闘開始、私の拳と蹴りで粒子と化しなさい!
*****
あれから数回の戦闘を経て、入手したドロップ品を売却した私達は作業館へ向かう。
既にトーマには連絡を入れてあるから、準備は整っているはず。
それにしても毎回のようにオープンスペース使っているけど、トーマにはここらで一回自分の料理がどんな評価をされているか、どんな目で見られているのかを思い知らせる必要があるかしら。
いえ、たぶんそれやってもトーマは気にせずオープンスペースを使うでしょうね。
注目されているからってコソコソ料理するのは性に合わない、現実の有名な料理人達だってコソコソ料理しているわけじゃない、とか言って。
腕を組んで胸を張ってそう言い切るトーマの姿を思い浮かべながら、オープンスペースに入る。
「あっ、おねーちゃんたちきた!」
「こっちなんだよ」
私達の姿を発見したイクト君とミコトちゃんが、使っている作業台のところから手を振ってくれている。
お陰ですぐにトーマの居場所が分かって近づくと、既に作業台の上は片付けて椅子も用意されていて、いつでも食事できるようにされているわ。
気になるのはコンロで火に掛けている鍋があるってことね。
「ただいまー! トーマ、美味しそうな魚釣ってきたから、後で渡すねー! 先にご飯お願い!」
「早く! 早くラーメン出して!」
「二人とも落ち着け。すぐに用意するって」
そう言ってトーマがお箸とスプーンと一緒に用意してくれたのは、一人当たり三枚の魚の切り身に細切りのネギとハーブを乗せてタレをかけてあるもの、なんだか麻婆茄子に似た炒め物、そしてなんだが具材がありあわせの物を乗せて作ったお昼のインスタントラーメンみたいな外見のラーメン。
ていうか安っぽい見た目のラーメンに対して、おかずがちょっと豪華に見える。
「トーマ君、ラーメン以外の料理は何?」
「麻婆茄子みたいなのが魚香茄子っていう、茄子とひき肉の炒め物。魚は清蒸っていう魚の蒸し物だ」
あら、私が予想した炒め物と蒸し物が両方用意されていたわ。
「ただ清蒸は仕上げがあるから、ちょっと離れてくれ」
そう言って火に掛けていたお鍋を手に持って、お玉で掬った中身を清蒸に掛けた。
すると前に作ってくれた茹で肉の油ソースがけの時のように、湯気とバチバチ音を立てながら一気に香りが立ち昇って、ネギやハーブや胡椒やタレに使った何かの良い香りが一体となって襲ってくる。
「これって前にもやったやつだ!」
「ばっちばち! ばっちばち!」
湯気とバチバチ音と香りにダルクとイクト君が目を輝かせて、周囲のプレイヤー達はこっちに注目しているわ。
でもその気持ちは分かるわね。
だって立ち上るこの香りだけで、お腹が空いた気分になるもの。
それを全員の分にやって回ると満足したように頷いた。
「はいよ、これで清蒸の完成だ」
蒸しレッドバスの油ソース掛け 調理者:プレイヤー・トーマ
レア度:3 品質:7 完成度:83
効果:満腹度回復18%
火属性強化【小・2時間】 魔力+3【2時間】
立ち上る香気が食欲を掻き立てる蒸し料理
淡白なレッドバスに酸味と塩味と辛味の効いたタレが合う
熱した油が冷めないうちにどうぞ
*レッドバスの切り身から余計な水分を取るため塩を振る。
*蒸篭の準備をして、ジンジャーと泡辣椒を輪切りに。
*温まったらラーメンで使わなかったネギの青い部分を敷く。
*レッドバスに浮いた水気と塩を洗い、乾燥スキルで表面を乾かす
*ネギの青い部分の上にレッドバスを並べ、輪切りジンジャーを乗せて蒸す。
*油を鍋に溜め、火に掛ける。
*タレ作りのため、酢のようにしたサンの実の果汁を水で割る。
*塩と輪切り泡辣椒に加え、よく混ぜる。
*残っているネギの青い部分を千切りに。
*蒸しあがったレッドバスを皿に盛りつけ、タレをかけ回す。
*千切りのネギとハーブと胡椒を乗せ、熱した油を掛けて完成。
これが清蒸っていう料理なのね。
トーマによると、蒸した魚にタレと熱した油を掛ける料理とのこと。
本当は内臓を取った魚を丸ごと蒸すらしいけど、火の通り具合を見極めるのがとても難しいらしい。
そしてもう一つの麻婆茄子みたいなのが、魚香茄子ね。
タンポポシープのミンチとナスの炒めもの 調理者:プレイヤー・トーマ
レア度:3 品質:8 完成度:81
効果:満腹度回復23%
氷耐性付与【小・2時間】 知力+3【2時間】
ナスとひき肉を使った炒め物
一見すると麻婆茄子のようですが、酸味や塩味や甘味も効いています
炒めるのに使ったラードの香りが力強さを後押し
*ナスを乱切りに、タンポポシープの肉をミキサーでミンチに。
*ネギを薄い斜め切り、泡辣椒を輪切りに。
*ジンジャーとニンニクとネンの実をすりおろす。
*タレ作りのため、酢のようにしたサンの実の果汁を水で割る。
*タレに塩と砂糖と発酵唐辛子ペーストとおろしたネンの実を加えて混ぜる。
*フライパンを熱し、固形ラードを乗せて溶かす。
*ラードが溶けたらおろしたジンジャーとニンニクを炒め、香りを出す。
*タンポポシープの肉、ナス、ネギ、泡辣椒を火が通りにくい順に加える。
*タレをかけ回し、とろみが出てきたら皿へ盛って完成。
トーマによると、麻婆茄子と違って辛味だけでなく酸味や甘味や塩味なんかも効かせた料理みたい。
ということは辛さは控えめなのかしら、残念。
「あっ、メェナの魚香茄子は発酵唐辛子ペーストと泡辣椒を多めにして辛くしてあるから」
前言撤回、とても楽しみね。
「いつも調整してくれてありがとう」
「好みを知っているからこそだから、気にしなくていいぞ」
トーマはそう言うけれど、本当にありがたいのよ?
だって相当な辛さでないと満足しない私に、料理を合わせてくれるんだもの。
「ますたぁ、はやくたべよ!」
「分かったよ。じゃ、いただきます」
『いただきます!』
皆で着席して挨拶をしたら食事開始。
ダルクとセイリュウは真っ先にラーメンをすすって、トーマとカグラとミコトは清蒸から食べだして、私とイクト君は魚香茄子から口にする。
「やっぱりおいしー!」
「あーっ! 辛くて効くー!」
思わずイクト君と一緒に叫ぶほど私好みの辛さだわ。
それでいてちゃんと美味しいから最高だわ。
酸味や塩味や甘味が利いたタレ、柔らかくも甘みのあるネギ、噛むと美味しい肉汁が出るタンポポシープのひき肉、どれも美味しい。
そしてそれらをしっかり受け止めているナスも美味しい。
一見するとナスが負けちゃいそうだけど、実はナスって灰汁が強いから肉や油と合うのよね。
前にトーマからそういうことを聞いて、だから麻婆茄子は美味しいし、ミートソースにナスを加えるのも美味しいって聞いたわ。
「んー。お魚も美味しいわね」
「ホクホクした魚とシャキシャキしたネギとハーブによる二種類の歯応えの共演、色んな香りの多重奏、そしてタレと油も加わった味の多重奏で口の中が協奏曲なんだよ」
なんだかミコトちゃん、段々とコメントが成長していないかしら?
だけど顔は無表情でも夢中で食べる様子は子供らしいから、気にするのはよしましょう。
そしてミコトちゃんの言う通り、香りと食感と味がそれぞれで発する重奏が口の中で一体化して協奏曲になったわ。
「トーマ君、替え玉!」
「トーマー、僕も替え玉!」
「いや、豚骨ラーメンじゃないんだぞ」
ラーメンを食べ終えたダルクとセイリュウが、トーマに替え玉を強請っているわ。
まったく、もう少し落ち着いて食べなさいよ。
それにトーマが言う通り、豚骨ラーメンじゃないのよ。
だけどトーマのことだから……。
「ストックはあるから作ってやるけどさ」
「「やった!」」
だと思ったわ。ハイタッチしているそこの二人、お湯を準備しているトーマに感謝しなさいよね。
そしてこのラーメン、見た目は休日にありあわせで作ったものみたいなのに、とても美味しいじゃない。
ちょうどいい感じに茹でられたちぢれ麺に、鶏ガラ主体で取ったっていうスープが絡んで、美味しい上にあっさりしていて食べやすいわ。
しかも具材が茹でもやしとハムだから、妙に馴染みがあるような感じがして落ち着く。
「ますたぁ! いくともかえだま!」
「私も欲しいんだよ」
『レッサーァッ、パンダアァァァァッ!』
「はいよ」
触覚とレッサーパンダ耳をピコピコ動かすイクト君はともかく、どうしてミコトちゃんはグローブを鳴らしたの?
よほど気に入ったのかしら、その妙な鳴き声が。
「あっ、替え玉は一人一回な。ストックがそれしかないから」
「「「「えーっ」」」」
ダルクもセイリュウもイクト君もミコトちゃんも文句を言わないの。
量には限りがあるんだから。
それにしても美味しいわね、この魚香茄子って。
ナスをもう少し小さくすれば、ご飯に乗せてもいいかも。
肝心のご飯はまだ見つかっていないんだけどね。
「カグラとメェナは替え玉いるか?」
「うふふ、いただくわ。現実だとお腹が気になるから躊躇しちゃうけど、こっちなら気にしなくていいものね」
同感よカグラ。だから私も貰いましょう。
「私もちょうだい」
「はいよ」
お湯を沸かしている間に麺を出して縮れさせている姿は、お店で見せている姿そのものね。
だからこそ妙な安心感があって、ほっとした気分で食事できるわ。
とはいってもセイリュウみたいな感情は抱かない。
私にとってトーマは、常識人仲間というか苦労人同士というかそんな感じ。
特にそれを共有するのは、イクト君と一緒に早く早くと目を輝かせながら揃って耳を動かしているダルクが、考え無しの言動をした時ね。
同じ状況になってもカグラは面白がって傍観するだけで、セイリュウは苦笑するかオロオロするだけだもの。
「どうかしたか、メェナ」
「いいえ、別に。なんでもないわ」
今後も同じ常識枠として苦労しましょうねって、思っていただけよ。
そういえば咲と月と後藤と間宮が第二陣に応募していたわね。
ログインするようになって同じ状況になったら、どうなるのかしら。
おそらく咲と間宮はカグラと同じで面白がって笑うだけ、後藤はセイリュウと同じで苦笑するかオロオロするだけ、月は無言で呆れるだけ。
……自分で想像しておいてなんだけど、苦労人仲間が少なすぎるわ。
だからこそトーマ、あなたには貴重な常識枠として一緒に苦労してもらうわよ。
あっ、でもトーマとは別行動している時が多いし、たぶんイクト君とミコトちゃんを優先するから、よほどのことがないとダルクは放置しそう。
うぐぅ、常識人枠一人で苦労するのは嫌よ。
「替え玉できたぞ」
『はーい!』
悩むのは後回しにして、今は食べましょう。
溜まった鬱憤は、明日のサードタウンウラヌスへの移動での戦闘で晴らしてやるんだから!




