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料理長と大将の邂逅


 思わぬ形で再会した暮本さんとコン丸。

 積もる話もあるだろうからと一旦離れた冷凍蜜柑達を見送り、人数分の椅子を用意する。


「おいおい、赤の料理長と亀の大将って知り合いなのか?」

「さっきのやり取りからして、リアルでの知り合いみたいだな」

「ということは、あのショタ狐君も? いやだ、妄想がさらに滾るわ」


 周囲がざわめく中、二人には作業台を挟んで対面側に座ってもらってイクトとミコトが俺の左右に座ったら、ボイチャを維持したまま会話を再開する。


「改めて、ご無沙汰しております」

「そうかしこまらなくていいよ。知らない仲じゃないんだからな」


 ニコニコ笑う表情は昔と変わらない。

 暮本さんは祖父ちゃんと中学まで一緒で、料理人を志す者同士ということもあり意気投合。

 目指す先が和食と中華の違いで時折喧嘩はしたものの、中学卒業後も連絡を取り合い、修業を積んで独立した際は開店祝いで店先に飾る花を互いに贈りあったそうだ。


「源治の奴はどうしてるかね?」

「相変わらず厨房に立ち続けてますよ。生涯現役だって言いながら」

「そうか。羨ましいな……」


 ボソリと呟いた暮本さんは、引退の原因となった右手を見る。

 祖父ちゃんが町の中華屋を開いたのに対し、暮本さんが開いたのは寿司屋のようなカウンター式のおにぎり屋。

 お客と向き合って多種多様な具材のおにぎりを握り、おかずとして汁物や一品料理も出していた。

 和食の店で修業しただけあって、おにぎりだけでなく卵焼きや焼き魚も美味くて、特に出汁や味噌にこだわった味噌汁類はどれも美味かったっけ。

 学校が長期休みかつ店が定休日の時だけの年に数回程度だけど、祖父ちゃんと食いに行くときは毎回楽しみにしていた。

 引退して以降は直接会うことはなくなっちゃったけど、年賀状でのやり取りは続いているし、祖父ちゃんがたまに電話している。

 ちなみに店はお弟子さんが継いでいて、今でも食べに行っているけど相変わらず美味い。

 向こうがこっちへ来たことも何度もあって、その度に試されるように俺の料理を求められたこともある。


「しかし料理一筋という感じだった君が、こういったゲームをしているとはね」


 右手から目を離した暮本さんが取り繕うように話を変えた。


「それは暮本さんもでしょ。ガラケーですら上手く扱えなかったのに」

「孫に教わりながらどうにかやってるよ。料理は変な操作をせず、自力でできるから問題無いがな」


 つまりログインやステータス画面の操作さえなんとかできれば、後は問題無いってことか。

 話を聞けば普段から二人で行動しているようで、操作の点はなんとかなっているそうだ。


「そもそも、なんでこのゲームを?」

「孫に頼まれたのさ」

「だって不味い飯なんて嫌なんだもん!」


 話を聞いてみるとコン丸もダルク達同様にβ版を経験したらしい。

 不味い食事が嫌で、幸運にも入手した友人参加枠で暮本さんに協力を要請。

 こういったのは苦手だと渋るのを根気強く説得し、なんとか承諾を得たそうだ。


「それにさ、引退してから祖父ちゃん元気なくてさ。たまに台所と自分の手を眺めて、すげぇ悲しそうにしてるんだぜ。でもここなら手の痺れも関係無いからさ、きっと料理できるって思ったんだよ」


 おぉ、やるじゃないかコン丸。

 単に不味い物を食べたくなくて誘ったんじゃなくて、ちゃんと暮本さんのことも考えていたんだな。


「ここへ来た時は思わず感動したよ。手の痺れが無いのは久々だし、また思う存分料理ができるのだからな」


 嬉しそうな暮本さんの様子を見ていると、コン丸の気遣いは大正解だったようだ。

 さっき右手を見て悲しそうな表情をしていた様子からして、相当嬉しかったんじゃないかな。

 まっ、あくまで俺の勝手な想像だけど。


「おじーちゃんもおりょうりじょうずなの?」

「当たり前だろ。祖父ちゃんは元とはいえ、プロだったんだぜ」

「どんなのを作るのか、気になるんだよ」


 そうしたイクトとミコトとコン丸による話から、互いにゲーム内で作った料理を語り合う。

 ほうほう、コン丸が釣った小魚を焼き干しにして出汁を取ったり、それと卵を使って卵豆腐を作ったりしたのか。

 卵豆腐の作り方は確か、出汁と卵を合わせて口当たりを滑らかにするため濾したら味を調整して、それを型に入れて蒸すんだったな。

 ここで俺もやったことがある、鍋とザルを合わせた即席蒸し器で作ったそうだ。

 えっ? 俺が乾燥スキルで乾燥野菜を作って出汁を取った話をコン丸から聞いて、乾燥スキルを習得したから作れたって?

 力になれたのなら、なによりです。


「そういえば昔食べた暮本さんの卵豆腐、とても美味しかったですね」


 スーパーで売ってるのはタレが付いているけど、暮本さんのは出汁と卵と塩味のバランスが凄く良いからそのまま食べても美味かった。

 それでいて卵の風味や滑らかな食感は損なわれていなかったから、茶わん蒸しとどっちを頼もうか何度も迷ったよ。


「久しぶりに作ったから、その時はスが立っていないか内心ハラハラだったよ」


 スが立つ。つまり卵や豆腐を蒸した時に火加減が強かったり、加熱時間が長くて表面や内側に穴が開いてしまうことだ。

 茶わん蒸しにも同じことが言えて、そうなると見た目も味も食感も悪くなってしまう。


「暮本さんほどの人でもですか?」

「当然だよ。なにせ三年もブランクがあるのだからね。痺れが出てからほとんど使わなくなった右手を以前の通りに動かせるかも不安だったし、正直言うと今でも少しヒヤヒヤしなが料理しているよ」


 それもそうか。元プロといっても、三年も料理できなかったんだから不安だよな。

 しかも原因が右手の痺れだから、当然日常生活にも支障が出ているはず。

 ここではそれが無いとはいえ、だからこそ昔の通りに動かせるかどうかの不安があるのは当然か。


「だが、こうして必死に料理していると若い頃を思い出して初心に帰る思いだよ。まさか引退してから、そんな気持ちを実感するとはね」

「その点も含めて、コン丸はよくやったな」

「よせよ。褒めてもハーブか木の実くらいしか出せないぜ」


 出せるんかい。

 なんでもコン丸の職業は探検家といって、薬草やハーブや木の実といったものの採取、釣り、採掘といった野外での採取活動に秀でた職業らしい。

 一応戦闘もできるそうだけど、直接戦闘よりも察知や警戒や罠の解除の方が向いているそうだ。


「戦闘もいいけど、冒険といえばお宝の発見だろ。だから兄ちゃん、どっか未発見の洞窟とか遺跡とか見つけたら教えてくれよ」

「分かった。じゃあフレンド登録するか」

「おう。祖父ちゃんとは大体一緒にいるから、祖父ちゃんに用事がある時も連絡してくれていいぜ」


 マネージャーかとツッコミたくなるけど、操作に不慣れな暮本さんへ直接連絡するより話が通しやすそうだ。

 了承してフレンド登録を交わしたら、互いに用事があるのでここで別れる。

 暮本さんとコン丸は冷凍蜜柑達の下へ行き、コン丸と手を振りあっていたイクトとミコトも正面での見学に戻り、俺も晩飯作りを再開する。

 ここまでに作ったのは、川魚のすまし汁と揚げナスのそぼろ餡かけ。

 どちらも和風の大人しい味わいだから、強めの味のおかずがもう一品欲しい。

 ならばあれでいこう。

 使うのは残っているホーンゴートの肉。

 こいつをまたミキサーでひき肉にしたらボウルに出し、つなぎの小麦粉と味付けの塩胡椒を加えてしっかり混ぜたらスプーンで取り、丸めて肉団子にしてバットへ並べていく。


「ころりん、こーろころりーん」

「毎回音程が微妙なんだよ」

「えぇっ!?」


 料理を見学している時の定番と化してきた二人のやり取りに苦笑しつつ、調理に向き合う。

 暮本さんが初心に帰る思いだと言っていたように、俺も祖父ちゃんや父さんや暮本さんの教えを忘れないよう、一つ一つ思い出しながら手を動かす。

 基本は絶対に怠るな、当たり前のことを丁寧に、手早くと雑を混同させるな、料理人のプライドは自分じゃなくて料理のために持て。

 教わったことを一つ一つ振り返りながら作業を続け、大体同じ大きさの肉団子を大量に作り終えたら空になったボウルと手を洗い、別のボウルへ水と酢のようになったサンの実の果汁を入れて少しの塩と多めの砂糖で味付けし、ここへ皮を剥いたネンの実をすりおろして加えたらタレの準備は完了。

 黒ゴマを用意したら油をしいて熱したフライパンで肉団子をいくつか焼き、表面が焼けてきたらタレをかけ回して肉団子に絡めていく。


「良い香りさせてやがるぜ」

「作業をしなくて正解だったな」

「また失敗作を量産せずに済んだわ」


 ネンの実を加えたことでタレにはとろみがつき、徐々に肉団子全体を包む。

 肉団子の一つを小皿へ移してお玉で割り、中に火が通っているのを確認したら黒ゴマを一つまみ振りかけ、割ったうちの一つを指で摘まむ。

 ゴマとタレの香りを嗅ぎつつ口へ入れて噛むと、柔らかい食感の肉団子の肉汁とあっさりめの甘酢あんが口の中で混ざり、力強くも食べやすい味がする。

 問題無いのを確認したら、残りをイクトとミコトへ渡して味見してもらう。


「んー! あまくてちょっとすっぱくておいしー!」

「とろっとしているタレが甘酸っぱいから、強い味の肉団子がサッパリ食べられるんだよ。それとゴマの香ばしさも良いんだよ」


 そうかそうか、それは良かった。




 ホーンゴートの肉団子の甘酢あんかけ 調理者:プレイヤー・トーマ

 レア度:3 品質:7 完成度:85

 効果:満腹度回復20%

    HP最大値+30【2時間】 体力+3【2時間】

 力強い味と柔らかい食感の肉団子と、それに絡む甘酸っぱい餡が絶妙

 餡があっさりめなので、肉団子がいくらでも食べられる

 老若男女問わず、好かれる一品だと思います




 情報も問題無いようだけど、しいて気になる点を挙げるなら見栄えかな。

 茶色の肉にほぼ無色の塩餡だから、できれば白ゴマの方が色合いが良かったけど、黒ゴマしかないのが残念だ。

 でも無いものねだりしても仕方ないし、あるものでなんとかしろっていうのが祖父ちゃんの教えだ。

 あっ、素揚げしたニンジンやタマネギやピーマンを加えて、肉団子の酢豚風にすれば色合いは解決できたか。

 だけどもう遅い。既に肉団子の塩甘酢あんかけは量産体制に入っている。

 肉団子の酢豚風は、次の機会にということで。

 おっ、なんかメッセージが届いたけど調理中だから読むのは後回しだ。

 昔教わった通りに焦らずきっちり仕上げて皿へ盛って、冷めないようアイテムボックスへ入れてからメッセージを確認。

 送信してきたのはカグラで、これから戻るというもの。

 了解の旨と場所を送信してフライパンやらを片付けたら、晩飯の最後の一品と明日の歓迎会用の料理に取り掛かる。

 大きめの鍋に多めに水を張って火に掛けたら、ニンニクをスライスし、もう一方のコンロにオリーブオイルを溜めた深めのフライパンを用意。

 これにスライスしたニンニクと唐辛子を入れて加熱。

 温まるまでの間にブロッコリーの房、アスパラガス、マッシュルームの仕込みをして、ブロッコリーの茎は別の料理で使うから取っておく。

 ここで鍋の方でお湯が沸いたから、ここへ刻み麺をたっぷり入れて茹でる。

 細麺を刻んだものだから短時間で火が通るだろうし、茹で時間は短め。

 その間にオリーブオイルからニンニクと唐辛子の香りが立ってきたから、ブロッコリーの房とアスパラガスとマッシュルームを加え、火加減を調整しておく。


「ちょっとちょっと、それを作るの?」

「あれは絶対良い香りがするやつだ」

「匂いだけでパンが食べられるわ」


 お玉で刻み麺を一粒取って茹で加減を確認した刻み麺を細かいザルに上げ、しっかりお湯を切ったらバットに広げて乾燥スキルで残った余分な水分を取る。

 で、これは人数分の丼に盛っておけばオッケー。

 今回のおかずは米に合いそうな物ばかりだから、代用品の刻み麺も茹でるだけにしておく。


「「あー」」


 雛鳥のようにこっちへ向けて口を開けるイクトとミコト。

 たまに思っていたけど、君達は虫であり使徒なのとバンシーの自覚はあるのか?

 そう思いつつも一粒食べさせてやる。


「ん? あまりあじしない?」

「マスター、これはどういうものなんだよ?」

「おかずや汁と一緒に食えば分かる」


 美味い米ならおかずはいらないと言うけれど、これはあくまで代用品。

 だからおかずと一緒に味わってくれ。

 フライパンの方はもう少しかかりそうだから、茹で刻み麺をアイテムボックスへ入れたら歓迎会用の料理の仕込みを続けよう。

 また鍋に水を張って沸かしている間に、残しておいたブロッコリーの茎、それからニンジンとファーストタウンでマッシュの所へ立ち寄った時に買ったジャガイモを細切りに。

 これらを茹でている間に、水と塩と酢のようになったサンの実の果汁を混ぜて即席タレの完成。

 さて、フライパンの方は……よさそうだな。

 アスパラを取って味見すると、オリーブオイルとニンニクと唐辛子の風味が効いたアスパラの味わいが美味い。

 一緒に煮込んでるブロッコリーの房はイクトへ、マッシュルームはミコトに味見してもらう。


「おいしいっ!」

「一見すると油っぽそうなんだけど、ニンニクと唐辛子の風味で食べやすいし、マッシュルームの味わいも損なってないんだよ。これきっと、油も美味しいと思うんだよ」


 無邪気な満面の笑みを浮かべるイクトの笑みも、的確なコメントをくれるミコトもありがとう。

 そうだな、当日はパンも用意して残った油も味わえるようにしておくかな。

 だとするとストックしてあるソフトタイプより、歯ごたえのあるハードタイプの方がいいかな。

 あれってどうやって作ればいいんだっけ?

 もう一品の調理が済んだら調べておこう。

 なんにしても、これでアヒージョの完成だ。




 アヒージョ 調理者:プレイヤー・トーマ

 レア度:2 品質:7 完成度:82

 効果:満腹度回復17%

    MP自然回復速度上昇【微・2時間】

 油で作る煮込み料理。オリーブオイルとニンニクと唐辛子の香りが食欲を誘う

 具材のブロッコリー、アスパラガス、マッシュルームはどれも美味

 残ったオリーブオイルはパンでどうぞ




 情報も問題無し。

 さてと、茹でている方もそろそろみたいだな。

 茹でたブロッコリーの茎とニンジンとジャガイモの細切りはザルへ上げ、何度も振ってお湯をよく切り、ボウルへ移して乾燥スキルで余計な水分だけを取って冷却スキルで冷ます。

 これにジャガイモと同じくマッシュの所で買ったキュウリの細切りを加え、先に作っておいた即席ドレッシングを掛け回して全体を和え、香りづけに黒ゴマを振って野菜の冷製和えの完成。




 野菜の冷製和え 調理者:プレイヤー・トーマ

 レア度:2 品質:8 完成度:93

 効果:満腹度回復13%

    魔力+2【2時間】 器用+2【2時間】

 細切り野菜を冷やして和えた前菜的な一品

 ちょっと酸味のあるさっぱりタレで食べやすい

 濃い味の口直しにも向いています




 イクトとミコトによる味見でも問題無し。

 ほどよい歯応えの野菜の食感と味とタレ、そしてゴマの香りのお陰ですごく食べやすい。

 ブロッコリーの茎、ニンジン、ジャガイモ、キュウリと種類も豊富にしたから栄養の点でも問題無いはず。

 ゲームだから栄養は関係無いとか気にしない。

 さて、次のもやしのナムルを作る前にハードタイプのパンの作り方を調べておこう。

 おっと、その前に冷製和えをアイテムボックスへ入れておかないと。


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― 新着の感想 ―
私も去年、右手の痺れで大変な思いをしたので…(左も微妙に…) これ、多少は軽くなっても治らないのですよねぇ…料理人には致命的か。
[良い点] 100話おめです!! [一言] 右手は年齢なのかなにかの病気なのか……案外ゲームがリハビリになったりするといいなぁ
[良い点] 更新お疲れ様です。 なるほどそういう理由から…年齢からくるものか、はたまた病気などの影響(後遺症含め)とか? まぁ話の本筋には関係ないですし、今は楽しくプレイされてるみたいだから野暮な話…
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