異世界召喚されたけど、私はいらない存在です。
短編二作目です!
極力残酷な表現を抑えているつもりですが、苦手な方はご注意下さい。
この世界は理不尽だ。
私、一ノ瀬 零がそう確信したのは小学2年生の夏休み直前だった。
休日に両親と弟と買い物に出掛け、あと数日で夏休みという事で何処にいきたいか、何をしようか、なんてそれぞれこうしたい、ああしたいと要望を出して軽く弟と喧嘩しながら夏休みに思いを馳せていた。そんなあり触れた日常が一瞬にして消えてしまったのだ。
原因はスマホゲームに夢中になった通行人が信号を誤認し赤信号で横断歩道に入った事で慌てたトラック運転手がハンドルを切り、対向車線の私達家族が乗る車に正面衝突したことだった。
家族は私を残してあっという間に消えてしまった。意識が朦朧とする中赤く染まる両親と弟に必死に手を伸ばしたが、その手が温かかった両親の温もりも弟の一回り小さい手にも届く事はなかった……。周りが暗くなっていき、眠るようにして私は意識を手放したのだった。
次に目を覚ましたのは病院のベッドの上。何が起こったのか思い出そうとして頭を巡らすと頭が痛んだ。だけど覚えていた。家族はもういないという現実を……。
それからは夏休みが過ぎるまで入院とリハビリの毎日だった。家族の葬儀は父方の叔父が執り行ってくれたらしい。私はその頃意識不明であったのだ。
最初は心配した素振りを見せていた親族も退院後の引き取りとなると何処も渋ったものだ。
小説やドラマであるような資産家でもなかった我が家は平々凡々。コツコツとやり繰りする母と生真面目な父が残した貯蓄は養育費と名目され、引き取るつもりもない親族によってあっという間に消えてしまった。
小学6年生になる頃には数軒の親族の家をたらい回しにされ、両親の遺してくれたわずかな遺産も奪われた私はなんの価値もない厄介者となっていた。その頃預けられた家には同じ年の子供がいたが、勿論平等などあり得ない。
家事を手伝い、同じ年の子供の面倒を見て日頃のストレスで殴られる。ちょっとした粗相も咎められ、食事抜き。食事自体残飯のような腐りかけの物を与えられた。冬は寒い中薄いワンピース一枚で一晩中外に出された事もあった。
それが原因か、ある時児童相談所に保護され施設行きが決まった。
そこは自分と似た境遇の子供達が18歳まで保護される所であった。これで寒さに凍える事も、真夏に蚊に刺されながらベランダで寝る事も無い。そう思っていたのがこの世界はそれほど甘くなかった。
その施設でもいじめは存在した。当たり前だ。人が集まれば何かしら問題がある。自分の方が相手より優位であることが安心をもたらすのだろう。特に私は事故にあってから笑う事も怒る事も無くなってしまった。能面のように表情が変わらない不気味な少女。気に入らないという理由でその標的になるのは時間の問題だった。
中学に上がると男性からそういう対象として見られることも多くなった。私は事故の影響で服の下は傷だらけだ。顔にも傷があるが年々薄くなっていく。そして幸か不幸か顔立ちは悪くなかった。
中学の所謂スクールカーストの最上位であろう女子生徒に目を付けられ、面白半分に男子生徒をけしかけられあっさりと私は純潔を散らしたのだ。笑いながら事故の怪我を揶揄い罵倒する彼らの顔は怪我以上に醜いものだった。
施設にいたのは中学生まで。卒業と同時に施設を出た。進学は考えて無かった。それよりもここから逃げ出したかったのだ。
昼夜を問わず必死に働いたが中卒の私に世間は冷たく、夜の世界が中心の生活をするようになり、店の常連さんに丸め込まれて危険な仕事を任された。やらなきゃ死ぬ。何とも理不尽だ。
仕事を熟すため、様々な知識と技術を仕込まれた。たかが10代の女が裏世界に足を踏み入れるには知識はあって損はない。私は死なないために、必死だった。
裏世界で生きる事数年。
私をこの世界に引っ張りこんだ張本人であり、恩人であり、師匠であり、親であり、兄であった人が、死んだ。
久々に目の前が真っ暗になった。
家族を失って15年。久方ぶりの感覚に戸惑う。どうしたらいいのかわからない。あの日以来決して流れなかった涙が溢れて止まらない。止め方なんてわからない。そんなもの忘れてしまっていたのだから。
そして、私は再び思い知るのだ。
この世界は理不尽だ。
自分に何か非があった訳ではない。家族が死に、一人なって厄介者扱いをされ、気まぐれに殴られ蹴られ。惨めな姿を嘲い、貶し、嫌悪される。
この世界は残酷だ。
そんな事を考えながら汚れた体を熱いシャワーで洗い流す。体に打ちつける水流は激しく優しく肌を伝い排水口へと流れていく。その光景をぼんやりと眺めていた。
どれくらいそうしていただろう。
忘れたが、まあいいだろう。目的は果たしたのだから。もう思い残すことは無い。
そうして私は浴室から出て、テキトーに体を拭きクローゼットを開けた。そこには同じような黒のスーツがきっちりと並んでいた。テキトーに選び、真新しいおろしたてのシャツに袖を通す。体にフィットするそれは、オーダーメイドで作られた1点ものだ。私の為に作られた私の為の服。
仕事をする時は身綺麗にする。それが相手への敬意だ。師匠からの受け売りだが今回もそうした。いつも以上に身なりに気を使って臨んだ大仕事。おかげで見事に成功したのできっとこれも師匠の教えのおかげなのだろう。
とはいうが、自分のことに無頓着な所がある私は毎日着るものを決めるのが面倒なのでスーツを制服として愛用していただけなのだが。
そうして外に出て朝食を求めコンビニに向かう。自炊はできるが如何せん、供に食事をする人がいなくなると面倒なのだ。食べる事自体面倒だが師匠との約束でもある。仕方ない。
時刻は朝の8時。通勤通学のラッシュに当たった。よそ見をしながら歩く女子学生達。制服を程よく着崩し、髪を染め髪型も整え、化粧も施して。スマホ片手にきゃいきゃい騒ぐ彼女達はとても楽しそうだ。キラキラしていてとても眩しいと感じる。見た目からして高校生。私は私の意思で高校進学はしなかったが、もし両親が生きていたら……と考えてしまう。慌てて思考を切り替えるが羨望というのも中々厄介な欲だ。誰かを羨むと何もかもが羨ましく感じてしまう。もっとまともな人生を送る事が出来たのではないか―――? と。
しばらくぼうっと学生達を見ていると高架橋の階段半ばから学生の一人が足を滑らせた。真下にいた私は彼女の背中を支えた。咄嗟の事だ。思わず手が伸びてしまったのだ。仕方ない。彼女の友達が悲鳴を上げ彼女の名前を叫び手を伸ばしたが彼女の手が届くことは無かった。
だがこれは、どうしたことだろう。
咄嗟に支えた背に無事か確認しようとした際、異変が起こった。
私達二人を包むように金色のキラキラした光が現れ、足元には何やら奇怪な模様が同じ金色の光を発しながら浮かび上がった。まるで魔法陣のようなそれはカッと目を開けていられないほど強烈に光り、次に目を開けて見ると先ほどの魔法陣は地面に弱々しい光を放ち消えかかっていた。
魔法陣が完全に消え今のは一体何だったのかと疑問に思うも腕の中にある女子学生に意識を向ける。彼女もまた何が起こったのかわからず、ポカンと口を開けある方向に目が釘付けとなっていた。
「おぉ! 成功したぞ!」
「何と、まさか・・・」
そっと女子学生の背から体を放す。女子学生の視線の先に同じように視線を向けるとそこにはなんということでしょう。素晴らしく整った男性4人が此方を見ていたのだ。
「お待ちしておりました救国の聖女様。いきなり不躾ではありますが、どうか我が国をお救い下さい!」
金髪碧眼の王子様然とした一人の男性が魔法陣の中心にいる私達に膝をついて懇願してきた。その男性に続き控えていた人々が全員跪き、男性と同じ体勢をとる。
男性の言葉が解る。しかし、ここは日本だ。しかしこんな外国人の知り合いなんていない。ドッキリ? 撮影? と頭を巡らせるがさっきまでいたはずの高架橋は無く、何なら屋外でもない。ここは薄暗いが広い空間で室内は石造り。まるで映画で見る西洋の建物のようではないか。
金髪男性から視線をずらすと壁際に立つのは甲冑を身に纏った西洋の騎士。その手には槍のようなモノが握られており、遠目ではあるが本物のようだ。
だがしかし、考えられるか?
さっきまで屋外にいたのに今は屋内。外国人の知り合いはいないのに何故か今跪かれて救国の聖女とか言われている。壁際には騎士。日本は世界でも平和といわれる国。本物の槍を持っているなんて信じられない。むしろ本物なら警察案件だ。信じたくはないけどここは日本ではないのか……?
そんなありえない疑問が浮かんだ頃、足を滑らせた女子学生も私と同じ結論に至ったようだ。
「嘘……!? これって異世界転移!!?」
それが本当ならなんと世界は理不尽なのだ。
この世界もきっと理不尽で残酷に違いない。
だって。
さっきから私に対しての視線が厳しい。
聖女と呼ばれているのはこの女子学生で私はいらない存在だと目が語っている。
はぁ、と小さくため息を吐く。
これからどうなろうが、どうでもいいか。どうせ私にはもう。
―――帰る場所なんか、ないんだから。
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『―――次のニュースです。昨夜未明。◯◯町◯◯の雑居ビルにてこのビルに事務所を構える◯◯商事の代表取締役社長を含む社員13名が射殺体となって発見されました。現場には争った形跡があり、何者かに殺害されたとみて捜査を開始しました。警察は◯◯商事は暴力団とも深い関係があり、仲間割れも視野に入れて早期の事件解決を目指す方針です。犯行に使われた凶器が発見されていない事から犯人は武器を所持したまま逃走しているとみています。また、現場近くの監視カメラから犯行時間の前後に映る20代位の女性が事件と何らかの関係があるとみて女性を重要参考人として行方を追っています。―――続いては季節のお便りです……』
最後までお読みくださりありがとうございました!
個人的にはこの先を連載として続きを書けたらと思っています。
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