桃太郎
「ママ、お話聞かせて」
「はいはい。それじゃあ一つだけね。終わったらちゃんと寝るのよ」
「うん。わかった」
ある東北の小さな村に、桃太郎という男の子がいました。お爺さんとお婆さんとの三人暮らしは大層貧しく、明日の食べ物すら危うい生活でした。
「なあ婆様よ。やっぱり桃太郎なんぞ拾ってこにゃよかっただよ」
囲炉裏の火を掻き回しながらお爺さんは言いました。
「だどもオラもう七十だ。いつ足腰立たなくなるかわかんねべ。そろっておっ死んじまえばええが、嫌でもどっちかが先に死ぐ。そんとき男手一つありゃ何かと楽だべな」
お婆さんは表情一つ変えず言いました。
「そだもの村の奴に任せられただ。桃太郎さえいなきゃな。奴のせいで俺ぁ家は八分だ」
「桃太郎のせいじゃねえだよ」
「全部彼奴のせいだんべな。狂ったみてえに畑荒らすわ、佐平んとこの犬っこ叩き殺しっちまうわ。そだ酷えことして悪びれもしねぇ。オラぁ強え、日本一だって威張ってるばぁりのどうしょもねえ野郎だ」
「桃太郎は百姓にゃむいてねえだな」
「なんで婆様はそだ呑気でいられるだ。あんな腐れ奴喰わしとくだけ無駄だってわかっぺな」
「桃太郎はオラが拾ってきただ。最後まで面倒みにゃ可哀想だんべ」
「だども――」
お爺さんが言いかけた瞬間、板戸が勢いよく開きました。そこには桃太郎の姿がありました。
「お前ぇ寝てたでねえだが」
「全部聞いでだよ。爺やん、オラがそんなに迷惑か。家が貧乏してるんもオラがせいだ言うんか」
お爺さんはうつ向いたまま、何も言いません。
「黙ってねえで何か言えや。爺やんオラがそだに嫌えか。オラがことより自分のことのが大事なんだべ。爺やんよう」
「お前ぇは何も心配するこたねえ。だからもう寝ろ。な」
「婆やんは黙ってくいよ。オラ爺やんに聞いてるだ。どうせ捨てっちまおうとでも考えてんだべ」
「そだことねえ。オラも爺様も桃太郎を大事に思っとるよ。だからもう寝んべ。さあ寝んべ」
「うっせえ婆あ」
桃太郎はお婆さんを突き飛ばしてしまいました。
それを見たお爺さんは、血相を変えて桃太郎に掴みかかりました。
「馬鹿やろ。婆様になんてことするだ。はったおすことなかんべ」
「爺やんがいけねえだよ。オラのこと邪魔者みてえに言うからだ。オラは日本一だど」
「お前ぇなんぞただの穀潰しでねえか。日本一の畜生に食わす米はねえだ。料簡入れ換える気がねえだら、どこぞへいっちまえ」
「こんなぼろ家こっちから願い下げだ。明日の朝一番で出てってやるよ」
「今すぐでてけ、この腐れ奴」
次の日も、その次の日も、桃太郎は家を出ていく様子はありません。相変わらず仕事もせず、暴れまわってばかりいました。毎晩のように口論は続き、お爺さんもお婆さんも大変疲れていました。
ある日お爺さんが芝刈りから帰る途中、古くからの友人、与吉と出会いました。
「なんでえ与吉でねえか。こねえなとこでどうしただ」
「どうしたもこうしたもあるか。お前ぇんとこの桃太郎のことでな」
「また彼奴何かやっただが」
「竹屋の姫っこに手え出しただ。あすこの父っ様姫っこをえれえ大事にしてっからな。竹屋んとこだけでねえ。村中えれえ迷惑してるだ」
「俺もなんとかせねばとは思ってるが、婆様があの調子だで」
「わかっとる。お前も婆様も悪い人でねえ。冬も近えし、これ以上八分にしときたくねえだ。そこで相談なんだが、お前ぇに一芝居うってほしいだよ。そうすりゃ万事解決するだ」
その日の深夜。お爺さんは桃太郎を呼び起こしました。
「なんだ爺やん。まだオラに文句言い足りねえか」
「そうでね。まあ座れや」
お爺さんと桃太郎は二人、火の落ちた囲炉裏を囲みました。
「お前ぇは日本一強え言ったな」
「ああ、オラは日本一だ。鬼でも神さんでもオラにゃ敵わねえぞ」
「ほう、そりゃ大したもんだ」
「爺やんオラ馬鹿にしてるか」
「しとらんて。まあ聞けや。男梯の山越えた向こう側に鬼の住む洞があるてのは知ってるか」
「そだの知らね。なんでぇそりゃ」
「恐え鬼がいるだよ。隣の村は米も芋も鬼に全部とられっちまったそうだ」
「オラにゃ関係ねえな」
「関係ねえことあんめな。隣村が全滅したら、次はこの村さ来るだど」
「オラは日本一だ。鬼なんぞ恐かね」
「お前ぇはいいかしんねえが村の連中はみんな恐がってるだ。お前ぇ仕事もしねでぶらぶらしてるだら、鬼退治でも行ってきてくれねえか」
「なんでオラがそんなことしにゃなんねえだ」
「お前ぇ昨日竹屋んとこ行ったな」
桃太郎はどきりとしました。
「竹屋の姫っこに惚れてんだべ。だども俺ぁ家は八分だしお前ぇみてえな脛っかじりに嫁なぞこねど」
「わかった。オラが退治してやらぁ。そんかわり鬼の首さ取ってきたら」
「ああ、そだら村の英雄だべな。なんも不自由なぐ暮らせっど」
「オラは鬼退治行く。婆やん起きろ。鬼退治さ行くからな」
次の日の朝、桃太郎は意気揚々と家をでて行きました。
日本一と書かれた大きな旗を掲げ腰にはきび団子を付けています。
「気をつけるだよ。危なかったらすぐ帰ってこいよ」
きび団子と共にお婆さんに貰った言葉を胸にしまい、男梯の山を目指しました。
その頃山の峠では、桃太郎の到着を今や遅しと待ち構える数十人の村人の姿がありました。ほっかむりをした彼らの手には、鍬がぎゅっと握られています。
何時間待ったでしょうか。遠くから目印の日本一の旗が見えてきました。
「与吉、佐平。準備はええが」
「ああ、いつでもこいだ」
彼らは一斉に襲いかかり、桃太郎を生き埋めにしました。
その後、お婆さんは桃太郎の帰りを待ちながら、お爺さんと二人幸せに暮らしましたとさ。
めでたしめでたし。
「ママ、それどういう意味?」
「だからね、桃太郎みたいな人になったら生き埋めにしちゃうぞってこと。さあもう寝なさい。電気消すわよ」
「はーい。お休みなさい」