星屑の願いごと
遠い宇宙からやって来た小さな星屑たちは、地球に近づき過ぎると光を放って落ちてしまう。
──あぁ、あんなに青くて綺麗なのにな…。
僕はすごく、すごく長い間、仲間の星屑たちと宇宙を漂っている。
ゆらゆら、ふわふわ。みんなで大移動をしているのだ。
真っ暗な宇宙空間だけど、全然怖くなんてない。
だってたくさんの仲間と一緒だし、何より他の星さんたちに出会えるからだ。
今だってほら、僕の大好きなあの星さんに近づいている。
遠くからでもすぐに分かるくらいすごく、すごーく大きくて暖かくて明るくて、ちょっとだけ声が大きい太陽さんに。
たくさんいる星屑たちの中から気づいて貰えるように、僕は元気良く大きな声で挨拶した。
「久しぶりー太陽さん!」
「………」
僕は元気良く、もっと大きな声で挨拶した。
「久しぶりー!太陽さーん!」
「………」
僕はすごく元気良く、もっともーっと大きな声で挨拶した。
「ひーさーしーぶーり!!太陽さーーん!!!」
するとようやく「あぁ、お前か。小さすぎて、聞こえなかった。ガッハッハッ!!」
返ってきたその声は僕が出した声なんかよりずっと大きくて、広い宇宙の彼方まで届くのではないかと思うほど響き渡っていた。
「太陽さんが大きすぎるんだよー!」
声も大きさも規格外の太陽さんにそう言うと「ガッハッハッ!大きくないと、遠くにいる仲間のところまで明るく照らせないじゃないか。それに、俺は照らすだけじゃなくて暖めてもいるんだからな!ガッハッハッすごいだろ!」と嬉しそうに笑ってくれる。
これは会う度に何回も聞いている、太陽さんの自慢話の一つだ。
そして、僕もその度に「さっすが太陽さん!すごいや!」と言葉を返している。
太陽さんは毎日、何百何千何万の星屑たちと会っているから僕との会話なんていちいち覚えてはいないだろう。
だけど僕は、太陽さんと毎回交わすこんな言葉のやり取りが大好きだった。
「太陽さんの近くにいるとぽかぽか暖かいなぁ」
「そうだろう!だけどあまり近づき過ぎると、燃えてなくなっちまうぞ。おまえは小さいからな」
冗談のような口調で言っているが、近づき過ぎるのは本当に危険なのだ。
太陽さんは常にボコボコと真っ赤な炎に取り囲まれている。しかも表面で爆発まで起きることもあるのだ。もしそれに呑み込まれてしまったら、僕なんてきっとすぐに消えてなくなってしまうだろう。
それでも。
「いいなぁ。僕も太陽さんみたいにかっこ良く炎とか出してみたいな」
そう言いながら自分の姿を確認してみた。
表面がでこぼこしているだけで、なんの特徴もない小さな石だ。
「ガッハッハッ、それは無理だな。おまえは小さすぎるから、炎なんか纏ったらすぐに燃え尽きちまうぞ」
「そうだよね…」きっと他の星屑たちがいくら集まったところで、太陽さんのようにはなれないだろう。
残念がる僕に「でもな」と太陽さんがいつもとは少し違う、真剣な声で話しかけてきた。
「俺は明るく照らして暖めてやることは出来るけど、この場所から動くことは出来ないんだ。だから俺からしたら、自由に移動出来るお前たちのことを、いいなと思う時があるぞ」
「そうなの!?」
僕は驚いてしまった。
こんな小さい僕たちのことを、そんな風に思う時があるなんて。
「そうだとも。自由に動けない分、お前たちがこうやって来てくれて話をするのがすごく楽しみなんだ。だから、また来てくれるか?」
いつもより寂しげで少し照れくさそうな太陽さんの声に、僕は出来るだけ大きく元気な声で「絶対、また来る!!」と応えていた。
すると「ガッハッハッ。今までで一番の大きな声じゃないか!よし、楽しみにしているぞ!」そう言った太陽さんは、いつもの豪快な太陽さんの声に戻っていた。
「おっと、もう行かないとじゃないのか?」
いきなり言われた言葉にハッとして周りを見ると、次の場所に向けて仲間は移動を始めていた。
「早く行かないと置いてかれちまうぞ」
「わぁぁ、待ってー」
太陽さんの言葉に急かされるように、慌てて動き始めた。
別れ際にもう一度「また来るからねー!」と言うと「ガッハッハッ!」と大きく響き渡る笑い声を返してくれた。
仲間と合流してだいぶ進んでも、まだ太陽さんの姿は見えている。
僕の姿なんてとっくに見えなくなっているだろうな。
ここにいてもまだ明るくて、暖かい。やっぱり太陽さんはすごいや。
僕は明るい太陽さんを背に次の場所へ向けて、また仲間と暗い宇宙の方へと漂い始めた。
前後左右の感覚が曖昧な宇宙では、自分が進んでいるのか止まっているのか分からなくなる時がある。
──海の中ってこんな感じなのかな?
そんな時は決まって、行ったことのない地球の海に思いを巡らせてみる。
「水の中と宇宙は似ているの」これは以前教えて貰ったことだ。
僕は水を知らないから本当かどうかは分からないけれど、想像の中の水はとても綺麗だった。
だって水がいっぱい集まったところが海で、海は地球の青い部分だから。
僕はあの青が大好きなのだ。
地球の近くを通る度に、あの綺麗な場所に行ってみたいとずっと思っていた。
だけど、地球に近づくのは危険だとみんなに止められてしまう。
なぜなら、近づき過ぎると光を放って落ちてしまうからだ。
僕も、仲間がそうやって地球に落ちていくところを何度も見てきた。
みんなはその光景をとても怖がっていた。
もちろん僕も怖かった。落ちた星屑たちがどうなるのか分からないし、落ちた星屑たちが戻って来た話なんて聞いたことがない。
だからきっと、落ちたら二度と宇宙に戻っては来られないのだろう。
みんなに会えなくなるのは嫌だ。
落ちるのはきっと怖いことだ。怖いことだけど、僕はその光景を少しだけ綺麗だとも思っていた。
だって小さな石の僕たちが、あんなに強い光を放つことが出来るのだから。
「みんないつかは、地球に落ちていくのよ」これも教えて貰ったことだ。
「あの青い部分は海」これも「地球にはたくさんの人や動物がいるの」これも「地球の人はみんな宇宙に来たがっているわ」これも。
みんな、教えて貰ったことだ。
すごく物知りで優しい、月さんに。
そして今まさに僕たちは、月さんがいる方向へと向かっていた。
今回はどんな話が聞けるだろう。
会う度に僕の知らない話をたくさん聞かせてくれる。
僕は月さんが聞かせてくれる話が大好きだった。
真っ暗な宇宙の先がほんわか明るく、遠くに丸いシルエットが見えてきた。
太陽さんのような強い光じゃなく、包み込むような優しい光を月さんは放っている。
最初は僕たちくらいの大きさに見えていた丸が、近づくにつれ段々と大きく、その姿がはっきりと見えるようになってきた。
そこでようやく僕は「月さん、久しぶり!」と声を掛けた。
声はあまり大きくなかったけれど月さんには届いたみたいだった。
すぐに「あら、久しぶりね」と穏やかな声が返ってきた。
「あのね、僕ここに来るまでずっと、月さんから聞いた話を思い出してたんだ。色んな話を聞かせて貰ったけど、やっぱり地球の話が好きでそればっかり考えてた!」
「うふふ。そうなのね」
太陽さんの豪快な笑い方とは違い、月さんは静かに笑う。
「あなたは地球が好きなのね」
「うん!いつも近くを通る度に綺麗だなって思ってる。いつか行ってみたい!…だけど、それは月さんやみんなと会えなくなっちゃうことなんだよね…?」
「どうしてそう思うの?」
「だって、落ちた星屑たちが戻って来た話なんて聞いたことないもん」
「そうかもね」
「だけど、みんないつかは地球に落ちていくんでしょ…?」
そう言うと月さんは嬉しそうに「私が前に話したこと、ちゃんと覚えてくれていて嬉しいわ」と言った。
「もちろんだよ!ここに来るまでずっと思い出してたって言ったでしょ」
「うふふ。そうだったわね」
月さんの声を聞いていると、ふわふわして気持ちが落ち着く。もしかして、このふわふわも海の中と一緒なのかな?
だとしたら、やっぱり海は好きだなと思った。
「地球に落ちるのは、怖い?」
唐突に聞かれた質問に僕は「怖いけど、綺麗だと思った」と正直に応えていた。
仲間が落ちて行くのを「綺麗だ」なんて、悪い気がしてみんなには言えないけれど、月さんなら分かってくれる気がしたのだ。
予想通り月さんは「そうかもね」と返してくれた。
そして「じゃあ今回は、そんな話を聞かせてあげるわ」と包み込むような暖かい声でそう言ってくれた。
月さんの優しい光と暖かい声は、これから聞かせてくれる話が素敵なものである予兆のように思えた。
「星屑は地球に近づき過ぎると光を放って落ちてしまう。私たちはそれを怖いと思うけれど、地球にいる人たちは違うの。あなたが思ったように、落ちてくる星屑を綺麗だと思って見ているのよ」
それは僕にとって衝撃的なお話だった。
今まで自分たちのことしか考えていなかったけれど、地球に落ちるのだから、当然人にも僕たちのことが見えているんだ。
「そして落ちてくる星屑のことを、人は『流れ星』と呼んでいるの」
流れ星。なんて素敵な名前だろう。
「じゃあ、僕も落ちる時は流れ星になれるの…?」
「もちろん、なれるわ」
その言葉を聞いて、僕は今までに感じたことのない気持ちになっていた。
それから月さんはもっと素敵なことを聞かせてくれた。
「流れ星になると特別な力を一つ貰えるの」
「特別な力?」
「そう。人はね流れ星が消えてしまう間に三回願いごとをすると、その願いが叶うと言われているの。そして流れ星はたくさんの願いの中から一つだけ、誰かの願いを叶えることが出来るのよ」
「僕たちが、願いを叶えられるの!?」
「えぇ。実際にどうやって願いを叶えるのか私には分からないけれど、流れ星になるとそれが分かるみたい。だからあなたも、その時が来ればきっと分かるわ」
身体の内側から気持ちが溢れ出てしまうのではないかと思うくらい、僕はすごくドキドキしていた。
月さんの話は毎回楽しくて大好きだ。
だけど、こんなにドキドキしたのは今回が始めてだった。
「僕、すぐに流れ星になりたい!」
勢い余ってそんなことまで言っていた。
けれど月さんは変わらず、落ち着いた口調で言った。
「いつかは、なれるわ。だからそんなに焦らなくても大丈夫。ゆっくり宇宙を漂って、たくさんの星たちと出会って。この宇宙に満足したら流れ星になればいいわ。流れ星には一度しかなれないけれど、その一度はいつでもあなたが決められるのだから」
そうだった…。僕はまだこの宇宙にいたいし、たくさんの星さんにも会いたい。仲間ともまだ離れたくない。月さんの話もまだ聞きたいし、太陽さんにまた会いに行くからと約束している。
「僕、まだ宇宙にいたい…」
熱はまだ冷めないが、月さんのお陰で少し冷静に考えられるようになった。
「うふふ。それでいいのよ」
「でもね、流れ星になりたいって気持ちは本当だよ!あぁ、あんなに青くて綺麗なのになって地球の近くを通る度にずっと思ってた…。だけど落ちていく仲間を見て怖いとも思ってたんだ…。でも今は怖くないよ。何が怖かったのかなって考えたら、何も知らなかったから怖かったのかなって思ったんだ!」
僕は落ちることではなく、落ちていった先でどうなってしまうのか分からないことが、すごく怖かったんだ。
僕の言葉を聞くと月さんは嬉しそうな、それでいて驚いたような声で言った。
「そうね、知らないことは怖いことよね。だから私も色んなことを知りたいと思うわ」
「月さんは僕なんかより色んなことを知っているのに、まだ知らないことがあるの?」
「もちろんあるわ。私の知っていることなんて、ほんの一部に過ぎないもの。だからこれからも、たくさんの星や人に出会いたいわ」
思いもよらない言葉に、思考が一瞬止まりかけてしまった。
「…人?」
「えぇ。私の上を人が歩いたこともあるのよ」
そう言った月さんは、少し誇らしげだった。
「すごい!僕も人に会ってみたい!」
「前に言ったでしょ。みんな宇宙に来たがっているって。だからあなたも近いうちにきっと会えるわ。それよりも、もう行かないとじゃない?」
ハッとして仲間の方を見ると、動き始めようとしているところだった。
今回は置いていかれずにすみそうだ。
「月さん、素敵な話を聞かせてくれてどうもありがとう!また会いに来るからね!」
「えぇ、待っているわ。行ってらっしゃい」
月さんの優しい声に見送られて、僕は仲間の方へと向かった。
ゆらゆら、ふわふわ、ドキドキ。真っ暗な宇宙の中を漂っている。
周りにはたくさんの仲間がいて、これから向かう先にもたくさんの星さんがいる。
けれどその中で、僕が今一番行きたいと思うのは…。
──早く行ってみたいな。
「どこに行くんだ?」
小さく洩らした呟きが聞こえたらしく、仲間の星屑が話しかけてきた。
「さっきね、月さんから素敵な話を聞いたんだ」
「素敵な話?」
「そう!」僕はさっき聞いた話をこの星屑にも聞かせてあげることにした。
「その話本当か!?それじゃあ、今まで落ちていった仲間はみんな、人の願いを叶えてやったってことなのか?」
「そうだよ!すごいよね!僕たちにそんな力があるなんて!」
「……」
僕の少し興奮気味に返した言葉は聞こえていないのか、何か考え込むように黙ったかと思うといきなり「じゃあ、俺たちの願いは誰が叶えるんだ?」と言ってきた。
「僕たちの願い?」
「そうだよ。俺たち星屑は流れ星になったら人の願いを叶えるんだろ。だったら、俺たち自身の願いは誰に叶えて貰えばいいんだ?」
それは予想もしなかった返答だった。
「僕の願い…」
その言葉で最初に思い浮かんだのは、地球の青だった。もっと近くで見てみたい。
遠くからでもあんなに綺麗なのだから、近くで見る海はきっともっと綺麗に違いない。
海の中と宇宙が似ている。
月さんが言うのだから嘘ではないと思うけれど、実際に行って確かめてみたい。
考える度にわくわくするこれが、僕の願いなのかな。
「おい、大丈夫か?」
今度は僕が考えることに夢中になり黙ってしまっていた。そんな僕に心配そうに声を掛けてきた。
「ごめん。願いのこと考えてて」
「急に話さなくなったからビックリしたじゃんか」
「えへへ、ごめん。…あのさ、君の願いって何?」
「俺!?そうだなー…」と言いながら少し悩んだかと思うと「俺は、デカくなることだな!」そう言い切った。
「大きくなりたいの?」
そう聞くと跳ねるような声で「もちろん!」と言い、勢いそのままに続けた。
「月とか太陽とかデカくてかっこいいだろ!俺たちはこれ以上デカくなれないからさ、願いが叶うなら俺はデカくなってみたい!」
「月さんや太陽さんくらい大きくなりたいの!?」
「いや、さすがにあんなにデカくなくていいんだ。そうだな…」そう言うと周りを見渡しながら「あれくらいだな!」
そう示した先には、今までに見たことがないような白い塊が浮いていた。
そしてそれは、凄いスピードで近づいて来ていた。
「あれ、星さんじゃない、よね…?」
よく見るとそれはゴツゴツした僕たちとは違い、表面はツルツルとしていた。
それだけじゃない。表面にある丸い部分からは塊の中が見えるところもあった。
そして、その中では何かが動いていて…。
「もしかして、中で動いているのって…人?」
僕がポツリと疑問を口にすると隣から「あっ!」と大きな声が聞こえた。
「そういえば、前に聞いたことがある!人は宇宙に来る時、デカい入れ物に乗って来るって!」
ということは、やっぱりあれは人なんだ。
初めて見た人は複雑な形で、いろんな色を持っていて、僕たちと違って個体差がハッキリとしていた。
ゴツゴツ硬い僕たちと違って、なんだか柔らかそうだ。
僕の中から気持ちが一気に湧き出していた。
「わぁぁすごい、すごい!人だ!」
もっと近くで見たい!それなのに人を乗せた白い塊は僕なんかよりずっと早くて、あっという間に通り過ぎて行ってしまった。
「あーあ、行っちまったな…」
「うん。あっという間だったね…」
そのスピードに呆気に取られながら、僕たちは白い塊が見えなくなるまで眺めていた。
「そういえば、次に向かう場所は知ってるか!?」
急に振られた質問に僕は「知らない」と応えた。
すると勿体ぶるように「実は…」と溜めたかと思うと、次に出た言葉に僕の気持ちは更に高まっていた。
「やっぱり、青くて綺麗だなぁ…」
何度目になるか分からないその言葉を、僕は呟いた。
丸くて、青くて、大きくて。あそこには、たくさんの人がいる。
今までは「人」と言う言葉しか知らなかったけれど、実際に見て言葉だけの「人」が、形のあるものに変わっていた。
そしてより一層、人がどんな願いを持っているのか知りたくなっていた。
もう少しだけ近付いてみようかな。
ゆらゆら、ふわふわ。近付くにつれて、なんだか地球に引っ張られているみたいだ。
もう少しだけ。
ゆらゆら、ふわふわ。なんだか、身体が重くなっているような気がする。
あと、もう少し。
ゆらゆら、ふわふわ。
その時、僕の少し前にいた星屑がいきなり強い光を放ち始めた。そして凄い勢いで、地球に落ちて行ってしまった。
その光に驚いて、僕は宇宙の方へと下がっていた。
多分もう少し近付いていたら、きっと僕も落ちていた。
いや、落ちてもいいと思って近付いていていた。
だけど「まだ、だめだ」と小さく呟いた。
── 流れ星には一度しかなれないけれど、その一度はいつでもあなたが決められるのだから
月さんから言われた言葉。
まだ僕には宇宙で会いたい星さんも、知りたいこともたくさんあるんだ。
「流れ星にはいつでもなれるもんね…」
呟いた言葉は強い決意にも似ていた。
いつでもなれる。でも、そのいつかは必ず来る。
青い綺麗な地球は、遠い太陽さんの暖かい光を浴びてキラキラと輝いていた。
***
僕はすごく、すごく長い間、仲間の星屑たちと宇宙を漂っていた。
ゆらゆら、ふわふわ。みんなで大移動をしていた。
たくさんの星さんに出会って、色んなことを教えて貰って、そして気づくことが出来た。
太陽さんは五十億年も生きていて、あんなに豪快なのに実はちょっと寂しがり屋だ。別れる時はいつも寂しそうだから、また来るねと言うと嬉しそうに「ガッハッハッ」と笑ってくれる。
月さんがあんなに物知りなのは、実は地球にいる動物と仲良しで色々と教えて貰っているみたいだった。
うさぎさんという名前で、僕も何度か月さんの上をぴょんぴょんと楽しそうに跳ねている姿を見たことがあった。
もふもふで可愛くて、月さんとすごく仲良しなのだ。
他にも木星さんや土星さんに会ったり、人が乗っている白い塊が「宇宙船」と言う名前だと知った。
そして、たくさんの星屑たちが地球に落ちて行くのを見送った。
その度に、流れ星になった星屑たちは人の願いを叶えられたのかなと気になっていた。
だって、それだけはどうしても知ることが出来ないことだったから。
でも、遂に僕はそれを知ることが出来る。
ゆらゆら、ふわふわ。
少しづつ、青い地球に近付いて行く。
ゆらゆら、ふわふわ。
身体が重たくて引っ張られる感覚。
ゆらゆら、ふわふわ。
次第に加速度を増し、身体が熱く光り始めた。
いよいよだ。
「僕、流れ星になれるんだ…」
暗い宇宙が徐々に遠ざかっていく。
見上げた先には、月さんが優しく輝いていた。
まるで見送ってくれているみたいに。
光に包まれた身体が徐々に削られて消えていく。痛みや恐怖は全くない。
ただ、身体が削られるにつれて感覚が研ぎ澄まされてきているみたいだった。
そして、次第にたくさんの声が聞こえてきた。
「これは…人の声だ…」
……優勝大会で優勝
……車のオモチャ車のオモ……彼氏ができますように
……ヒーローになるヒーローになるヒー……
…欲しい 『 これが、人の願いごと 』 … ように…
テストでいい点… 合格合格合合格 ……
……みに、いきたい… なりたい…見てみたい……
……ください…… …… …たい…… い………
……仲良くなりたい…… …みにいきたい…
──これに決めた!
無数にある願いごとの中から、僕は一つの願いごとを見つけ出した。
叶え方は言葉を話すように、自然と分かっていた。
「君の願いを叶えてあげる」
そう思った瞬間、まるで溶けるように意識が分散していった。
***
ペルセウス座流星群が流れた翌日、一組の親子が海岸を訪れていた。
ピンク色の可愛い水着に花柄の浮き輪を腰に付けた五歳くらいの女の子は、弾けるほどの笑顔で波打ち際を走り回っていた。
両親は人にぶつからないか、女の子が転ばないかハラハラしながらも優しい眼差しを向けている。
「うみ!たのしいね!」
バシャバシャと足で水を蹴りながら女の子は言った。
「おねがいごと、かなったね!」
母親は女の子の頭を撫でながら「そうね。流れ星さんにありがとうって言わないとね」
「うん!」
そう言うと女の子は海の方へ向かって、大きい声で叫んだ。
「ながれぼしさーん、うみにいきたいっておねがいごと、かなえてくれて、ありがとー!」
周りにいた人たちは、女の子の可愛い行動を微笑みながら見守っている。
女の子の声は青く綺麗な海へ波紋のように広がって、吸い込まれるように消えていった。
***
月明かりに照らされて、広い広い海の上をゆらゆら、ふわふわ。小さなクラゲが漂っている。
この感覚は覚えてる。本当に海の中って、宇宙と似ているんだ。
ゆらゆら、ふわふわ。昼はキラキラ青く輝いて、夜になると宇宙みたいに海の中は真っ暗だ。
その中をたった一匹で漂っている。
ゆらゆら、ふわふわ。だけど全然怖くないし、寂しくもない。
だって僕は知っているから。
空を見上げれば昼には太陽さん。夜には月さんやたくさんの星屑たちが、僕がいる地球丸ごと照らしてくれてるのだから。
地球から見上げた星屑は、一つ一つが綺麗に輝いていてすごく驚いた。
小さかった僕も、あんな綺麗に輝いていたのかな。
ゆらゆら、ふわふわ。
今落ちた星屑は、誰の願いごとを叶えるのかな。
ゆらゆら、ふわふわ。
デカくなりたいと言っていた、あの星屑の願いは叶ったのかな。
ゆらゆら、ふわふわ。
地球に落ちた、たくさんの星屑たちの願いは叶ったのかな。
ゆらゆら、ふわふわ。
前とは違う柔らかくて透明な身体で、優しい波の揺れを感じながら思っていた。
きっと、大丈夫だ。
だって僕は今、こんなに青くて綺麗な海の上を漂っていられるのだから。
今回のテーマである『 流れ星 』
消えてなくなってしまう一瞬に人は願うけれど
流れ星からしたら、自分の一生が尽きてしまう瞬間
だとしたら、流れ星にも最後にどうか
幸福が訪れて欲しい
そんな想いで書いた作品です*