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8.「風の街の噂」

「私を背負って街を歩いていいぞ」


 相変わらず偉そうだなこのやろ。


「いいんですか俺で。思春期終わりました?」

「今さらだしな」

「それもそうですね。ほら、乗ってください」

「うむ」


 純白の前にしゃがみ込むと、いそいそとお姉さまがのしかかる。暖かく、柔らかい感触が背中に。うぇへへ。

 と、部屋に雫も帰ってきた。


「私も行くー!」



「ご希望の場所はありますか? お姉さま」

「とりあえず適当に見て回れ」

「あいあい」

「おねーさん服とか見ないー?」

「見ない」


 ここの近くの竜脈の属性は“風”。この街には絶えず風が吹いている。街の至る所、露店に、家の窓に、花壇にと、色とりどりの風車が飾られ、くるくると回っている。風車はこの街の特産だ。色鮮やかなそれらが風に吹かれれば、それだけで目が飽きない。

 ここは風吹く“風の街”。

 三人で露店を冷やかして回っていると、


「あ、この前の可愛いお姉さん!」


 見慣れた顔を見つけたので駆け寄る。マントは付けていないが、腰には剣を佩いている。騎士のお姉さんだ。


「……人の呼び名にかわいいを付けるのは止めなさい」

「じゃあ、か弱いお姉さん」

「喧嘩売ってるの?」

「込めてる意味は同じですよ」

「喧嘩売ってるの?」

「何してるんですか?」


 ふむと、その人は俺たちを眺める。


「その子たちは、あんたの仲間?」

「はい」

「じゃあ……話してもいいか」


 ……え? 面倒事?


「うちの仲間は四分の三非戦闘員ですよ」

「何の仲間よ」

「今日はその四分の三なので不安ですね」

「あんたは戦えるでしょ」

「何かあったんですか?」


 彼女は少しだけ、口に出すのを迷っていたが、


「協力してくれるかしら、“幻想の鍵”」



「はぁ、事件」

「そう。街の中でね」

「その割には平和な街並みですが」

「表向きには魔物の被害で通してあるから」

「その実は?」


 ちらと、彼女が目を遣る、視線の先には何も考えていない雫が居る。


「しずく」

「……んー?」

「ちょっとその辺で遊んでおいで」

「……意図は分かるけど私を何だと思ってるのかな……」


 お姉さまは……寝てるしこのままでいいか。


「どうぞ」

「路地裏で、倒れた二人の男女が見つかったの。疲労困憊で、倒れる直前まで行為を続けていたことが分かったわ」


 うへぇ……追い払って良かった。


「お盛んな事で」

「何か、心当たりはあるかしら」

「……街で流れている不穏な噂の出所は、これだったかと、合点が行ったくらいですかね」

「そう……」

「……これ、お姉さんの仕事なんですか?」


 騎士王隊の仕事は基本的に禍津鬼の討伐、街中の事件やらは衛士連の管轄の筈だ。

 コトリと、彼女がコップを置いた。


「その二人はね、周りからは、特別に仲が良いと言われていたわけでは無いの。近しい人間からは、一緒に居るのが目新しく見える二人だった」

「はぁ」

「二人とも良識的な人間で、屋外で行為に及ぶような人間ではないって。けれど見つかった場所は、人気のない路地裏」

「……偶には羽目を外したくなったんですかね」


 彼女が言った。


「催淫系の鬼がこの事件に関わっているわ。協力してくれる? “幻想の鍵”」



「ぱーふぇくとあいす三段盛り!」


 とたとたと雫が駆けてくる。


「お腹いっぱいになった。残り食べて」


 雫が0.5段盛りあいすを差し出してくる。もう少しだろ。


「おねーさまー? アイス要りますー?」

「んー……?」


 眠たげに顔を上げ、ちらと目をやり、


「他の味がいい……」


 ほんまこいつ……。


「たべてー」

「じゃあ……まぁ」


 受け取り、彼女の口の跡が付いた氷菓を口に入れる。味は分からないが甘い。


「おいしーでしょ?」

「うん」

「えへへ」


 薄い目で騎士のお姉さんが見てきている。


「……この二人を、目の届かない所に置く訳にはいかないので」

「……まぁ、いいわ」


 すたすたとお姉さんは歩いていく。


「どこに行くんですか?」

「どこでもいいわ。あなた達が先導する? その少女に付いてくでもいい」


 なんだ、随分と投げやりだ。


「えっと、件の場所とかは?」

「行ってもいいけど、もう何も無いわよ。考証も処理もとっくに終わってる。関係者も目撃者も洗い終わった。もうやれる事はやり尽くした後なの。やる事なんて、残ってない」


 とりあえずで置かれているのだろうか。それならやる気は出ないだろうけど。


「……探しものは、まだこの街の中に?」

「知らない。街を出た形跡が無いから、街の中を探してるだけよ」


 なんだ、必ず犯人が街の中に居るわけじゃないんだな。


「じゃあお姉さん暇なんですね」

「あんた達のお守りは頼まれてもしないわよ」



「“幻想の鍵”!!」


 たたたと誰かこちらに駆けてくる。小さい背丈に翻るマント。この子は——


「小さくて可愛いお姉さん!」

「誰が小さくて可愛いお姉さんですか! よくもおめおめと私の前に姿を現せますね! 私をあれだけ虚仮にした後で!」


 今お姉さんの方から来たんだけど。お姉さんが小っちゃいのに声を掛ける。


「先輩、お知り合いですか?」

「……えぇ、不本意ながら先日命を……そうですね。一応、命の恩人です」


 弱い方が小さい方を先輩って呼んでる。意外。


「うちの後輩が“幻想の鍵”に同行している……という事は、また神様からの指令ですか?」

「いえ、偶然出会ったのでデートを」


 小さい騎士が俺を見る、じとぉーと。


「……どれと?」

「俺はこっちの騎士のお姉さんとデート、そっちの水色と背中の真っ白でデート。つまりはダブルデート」

「違うわよ」

「おねーさんとデート!」

「やぶさかではない」


 小さい方がほけーと見ている。


「そうなんですか」

「違うわよ」


 と、雫がたたたと、小さい方の騎士の後ろに回り、後ろからきゅっと抱き締めた。


「この子誰ー?」

「あなたこそ誰ですか、馴れ馴れしいですよ」

「かわいいねー」

「うるさいです」


 微笑ましい構図。だがしかし、


「しずく、その子五歳年上だよ」

「へー、きゅーさい? おっきいねー」

「十九歳」

「……え゛」


 雫が珍しい声を出した。雫は今、彼女に後ろから手をまわし抱きしめている。


「まぁ可愛いしいいか」

「良くないんですけど」


 小さい方は半ば諦め、雫に為すがままにされる。


「小さい方は何しに来たんですか?」

「小さい方って誰ですか。私ですか。ぶっ飛ばしますよ」

「でもどっちも名前知らないですし」


 ふむ、と二人が顔を見合わせる。


「覚えなくていいわ」

「貴様に名乗る名前は無いです」


 あはは、冷たーい。


「じゃあ天勁の人と無色の人で」

「夜空よ」

「私は天勁でいいです」


 弱い方が夜空、小さい方が天勁ちゃんね。覚えた。


「天勁ちゃんは何しに来たんですか?」

「年上をちゃん付けで呼ばないでください」

「天勁ちゃんかわいいなー」


 半ば死んだ目で雫にいじられる天勁ちゃん。ほっぺたむにむに。


「……目的なんて、そこのあほと一緒ですよ」

「……あほ?」


 夜空ちゃん? 言われて、彼女が表情を変えた様子はない。


「なぜあほなんです?」

「騎士王隊の入隊試験を実技満点、筆記零点で落第し、城門の前でだだをこね続けている所を根性があって可愛いからという理由でスカウトされ、入隊後も売られた喧嘩を片端から買ってきた挙句一般人にも負けてくるあほがそこで澄ました顔をしている我が後輩です」

「大分あほですね」

「うるさいわね……」


 ……しかし。


「二人掛かりで共同任務ですか」


 敵は正体不明、強さ不明、衝動的に人を襲う訳でもなく、人に紛れるだけの知性もある。まぁ危険度は高いのだろう。

 そんな奴がこの街に紛れている……厄介な。


「いえ、もう一人来ています。計三人ですね」


 ……まじ?


「それも飛び切り強い人。私が敬愛してやまない——」


 と、背後から声が掛かった。


「あら、二人とも集まってどうしたの? 何か進展があったのかしら」


 振り返って、そこに居たのは……男。声は作られた女声、語りも女口調、容姿も女性に寄せた男性がそこに立っており、


「あ、副団長! この人、この人です! この人があのにっくき“幻想の鍵”です!」

「初めまして。私は騎士王隊昼騎士団副団長、“藍鉄”の昼騎士よ。先日はうちの子が世話になったらしいわね」


 ……え、あい、藍て、


「何ですかー固まって。いくら副団長が気色の悪い見た目をしているからってバカにすることはこの私が許しませんよ?」

「……一応、擁護してくれてるのよね?」


 あなたは、あい、藍鉄の——


「“藍鉄”の姉貴ぃ!!」


 場が静かになり、彼がポツリと言った。


「……兄貴でいいわよ」

「“藍鉄”の兄貴ぃ!!」


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