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6.「紐」

「見えましたよ!」


 森を抜けると草原が広がり、視界の先に小さく街が。


「あれが風の街です!」

「すぴー……」

「おなかすいたー」

「ごちゃごちゃしてる」

「この感動を誰か共有したいな」



 *



「よくものこのこと姿を現しやがったな!」


 見渡せば、簡素なベットが二つある。片側には純白が、もう片側には純真がうつぶせで寝ており、純真の傍らに雫が座って居る。暖かい色合いが落ち着く、木張りの部屋だ。窓枠に飾られた風車。

 “風の街”の宿屋かな。


「ただいまー」


 とりあえずただいまを言うと、雫がすぅぅと目を細める。


「どこ行ってたのー?」

「ちょっと、世界を救うためのお仕事に」

「……ふぅん?」

「どうせまたどこぞの女でも引っ掛けて遊んできたのだろう」

「それより皆はどうしてたの?」

「否定は?」

「嘘は吐いてないよ」


 雫が口を尖らせる。


「ふーくんが居ない間、大変だったんだからねー?」

「俺が目を離したちょっとの隙にこの平和そうな街の中で事件なんて起きるわけ無いだろ」

「……」


 ……。


「誰が何やらかしたの? みんな?」

「何で誰か何かやらかした前提だし」


 雫が話し出す。


「街中で突然化け物が現れてねー」

「大丈夫だった?」


 雫の様子を見る、表面的な怪我はない。


「え、あ、うん。それは大丈夫だったんだけど。純真が一呑みだったし。……ただ、街中であの煙を出し始めちゃって」


 あっ。


「急いで宿に連れて帰ってきたんだけど、部屋の中ではおねーさんが寝てて、純真は部屋の中に入れとかなきゃだし、でもおねーさんもそんな格好で外には出せないし——」


 飛んできた靴下が俺の頭にぶつかる。


「これ以上は話しちゃダメだって」

「結末もう一つしか無くない?」


 頑張って耐えて疲れて二人とも寝たわけね……って。


「お姉さまが靴と下着履いてる!」

「うるさい……」


 まぁ丸見えなんだけど。足にはゆるゆるのロングブーツ。胴体の横、服の裂け目からは蝶結びの紐が覗いている。恐らくは下着の紐。紐は見えていいのかな。俺はいいと思います。僕もそう思います。ダメだろ。


「どういう心境の変化ですか?」


 聞いても、純白は喋らない。他の誰も。

……。


「急に姿を消した事は、すみません。俺は救世の任に就いておりまして、不意に姿を消す事があります。いつ来るかは分かりませんが……先に言っておくべきでした」


 ぽつり、純真が伏せたまま言う。


「帰って来てくれたから、いい」


 純真……! 


「きゅーせー、って何?」

「世界を救う事だよ」

「中二病」

「異世界にも中二病ってあるの?」

「何で消えたの?」

「世界を救うためだよ」

「中二病」

「あれループしてる?」

「ふーくんのばか」


 雫がふい、と顔を逸らす。


「少年は口だけだな」

「あれ。お姉さまもお怒りですか?」

「……」


 純白も、ずっと顔を伏せたまま。


「ここは皆の部屋なんですか?」

「そーだよー」

「ベッド二つしか無いけど」

「私がどっちかと寝る」

「どっちと寝るの?」

「その日の気分」


 選り取り見取りだなお前。


「俺は?」

「出て行け」

「……外で寝て」

「ざまぁ」


 扱い酷くない?

 俯いていると、雫が肩をぽんと叩く。


「しずく——」

「はいこれお小遣い」

「……」

「早く出て行っていいよ」


 バタン!


 一人で体を洗いご飯を食べ布団に入り寝た。 



「入るぞ」

「どうぞー」


 鍵を()ける前に鍵が()いて(ひら)いた。ん?


「何か御用ですか?」

「暇つぶし」

「二人は?」

「出かけた」


 デートかな。純白はそのまま、俺のベッドにぼすんと突っ伏す。真っ白なシーツは、綺麗好きな彼女にとっては、好きなものの一つに入るだろう。


「用が無ければ、来てはダメか」

「いえいえ、いつでもどうぞ」


 彼女は枕に顔を埋め、しばらく黙っていた。


「昨日の件だが」

「はい」

「怒ってないぞ」

「そうなんですか?」


 いつも平淡だから読み取りづらいというか。


「私はな」


 ……まぁ、あの子は怒ったよね。


「頭を占めるのは、他の女の事か」

「嫉妬ですか?」

「好きなだけ考えるといい」

「つれないなー」


 また、しばらく静かになる。


「風は、留まることを知らない」

「はい」


 純白が何やら語り出す。


「けれど、いつも同じ場所を流れる」

「……何の話ですか?」


 彼女が顔を上げる。


「君の話だ」

「はぁ、俺の」

「そう言えば、もうすぐ帰ると言っていたぞ」


 へぇ、誰がです?と、反射的に聞きかけた。


「しずくが……ですか?」

「あぁ。彼女はいつでも帰れるそうだ。と言っても、あるのは片道切符だけ」


 一度帰ったら、もう戻ってこられない、元の世界から。


「純真も、一人旅に出たいと言っていたな。より多くのものを食らう度に」

「……そう、ですか」


 雫が居なくなり、純真も。


「私も人界には満足してきた頃だ。その内ふらと居なくなるが気にするな」

「……」


 皆、居なくなる。俺はまた……一人に。

 街に着くまでは、一緒だと思っていた。街に着いてからの事は……考えていなかった。


「誰も、引き留めはしないのだな」


 引き留める、俺が。考えて、言葉を編む。


「……もともと危険な旅ですし、俺の傍に、安心して置けるような人間は、誰も」


 だから俺は一人で行くのだ、ずっと……。


「ちなみに嘘だぞ」

「何が……ですか」

「君の元から、突然誰かが去るというのは」

「……」


 ……。


「君と違ってな」

「……本当は怒ってるんですか? 昨日の」


 だからこんな意趣返しを。お姉さまは、俺の質問には答えず、


「……」


 静かになる、彼女を見ると。


「すぴー……」

「襲うぞこら」


 と、彼女がむくりと顔を上げる、起きてるし。


「いいぞ」

「え?」

「色々と、世話になった事だしな。私一人の足では、こんな遠くまで来れなかった。君には感謝している。言葉で足りないのなら、何か形で返さねばな」


 そんなに遠くでもなかったけれど。純白は俺の目を見つめ、


「君にその勇気があるのなら、どうぞ」


 そう言い捨て、夢の中へ逃げて行く。純白は無防備に背中を晒している。近寄るが、背中に触れても反応はない。……。


「大した事をした覚えがないので、今はまだやめときますね」


 薄い布団を彼女に掛けた。


「やはり君は口だけだな」


 やっぱ起きてるじゃねーか。


「……早く寝なさい」

「寝るだけなら、自分の部屋でするさ」

「俺に会いに来てくれたんですか?」

「少年」


 純白が俺の軽口に乗る様子はなく、


「はい、なんですか? お姉さま」


 彼女は滔々と語り出す。


「君は昨日、私たちの元に現れたな。消えたのは街中だった、しかし現れたのは宿屋、つまり私たちの傍だ。君が帰ってきたのは私たちの元だった」


 まぁ、彼女たちの元に戻してくれと、そう神様に指定したし。だから何だという。


「君にとって、それが大事な存在ならば形を示せ。想いも、形にするものも、大したものでなくともいい。ただ適当な流言ではなく、確かな形に示せ」


 大事なものを、形に示す?


「君は口だけだ。態度も行動も流されるまま。人との関係とは簡単に切れてしまうもの。君が引き留める意志を、形を示す勇気が無いのなら、やがて彼女は離れて行く。今すぐでなくとも、そのうちに」


 ……繋ぎ留めなければ、離れて行く。


「切れてからでは遅い。離れてからでは、遅いのだ。まだ手元にあるうちに、まだ手が届くうちに、解けてしまわぬように、強く結びなおせ」


 ほどけないように、結びなおす。


「彼女は昨日、君が突然に姿を消した事を怒ったぞ。ならば君はどうする」


 そこまで言うと、純白はまた顔を枕に埋めた。


「これで終いだ。これだけ言って伝わらないのなら私は知らん。疲れた、私はもう寝る」


 純白はくぁと小さく欠伸をした。やがて、すぅすぅと、安らかな寝息が立ち始める。今度こそ寝たようで。そんな彼女をぼんやりと眺め、考える。

 布団を掛けた方が、彼女のうつ伏せの、お尻だけが強調されてまずかったかなぁと、むんずと掴んだ……あっ。


 ばっ、と彼女が飛び上がる。


「本当に手を出す奴があるかこの痴れ者!!」


 彼女は布団をかき寄せ壁際まで身を引いた。顔は珍しく耳まで真っ赤だ。えぇー……それは理不尽。まぁでも、


「僕もそう思います」

「思考を放棄した返答は止めろ!」



「なに作ってるのー?」

「ちょっとねー」



「しずくー、ちょっと腕出して」

「んー?」


 雫の細い手首に、一本の紐を結ぶ。


「何これー?」

「ミサンガ……かなぁ」


 雫は「はぇー」と、特に何の感慨も無くそれを眺めていた。


「あ、お姉さまと純真の分もありますよー」

「……私にも?」


 二人の腕にも付けていく。


「急にどうしたの?」

「ほら、こうしたら、分かりやすいかなって」

「何がー?」


 皆で腕を見せ合う、同じ模様、同じ色、まったく同じ紐が付いている。


「ね?」


 ふふん、とそれを眺める。うむ、我ながら上出来。


「……切れないようにしないと」


 純真が巻いた紐にそっと手を触れる。


「大丈夫だよ、言ってくれたらいつでも新しいの作るから。切れた時はまた結びなおせばいいさ」

「……そう」


 雫も気に入ってくれたらしい、にまにまとそれを眺めている。一方で、純白は、腕に付けたそれを早速解いていた。


「そわそわするから嫌」

「えぇー」


 折角作ったのに。純白は解いたそれを、髪の一束に結んで垂らした。


「これならいいぞ」

「お洒落じゃん」


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