5.「波及」
「何であんなこと言っちゃったの?」
俯き、うずくまる純真。
「見捨てられたと思ったの」
ぽつり話し出す。
「確かに、最初に彼女に襲い掛かったのは私だった。けれど私は……自分が襲われる事よりも、彼女を見逃す事を優先したから……だから彼女にも、私を守って欲しかったの」
純真は続ける。
「身勝手な考えだけど……。けど、私を襲うあいつが現れて、でも彼女は真っ先に逃げて……だから、見捨てられたと思ったの。少しは、仲良くなれたと思ったのに……」
「違うよ、おねーさんはまず私を逃がして、それからすぐに戻ろうとしたの」
私の言葉に、純真は納得する。
「……うん。私、あの人に酷い事言っちゃった」
「戻って、一緒に謝ろ? 大丈夫、きっと許してくれるから」
「……うん」
「……」
眠たげな表情だが、少しずつ分かるようになってきた。お姉さまはさっきの事を気にしているのだ。ちらりと俺を見る。
「どしたんです?」
「……いや、何でも」
「言って欲しかったんですか? お姉さまは雫を逃がそうとしただけで、純真を見捨てたわけじゃないって」
少しだけ、彼女は眉をしかめる。
「さっきの彼女の怒りは、見捨てられた事だけが原因じゃないでしょ。ただ溜まってた憤りが爆発しただけ、見捨てられたと思ったのはそのきっかけに過ぎない。日頃の行いが悪いんです」
「……」
「心配しなくてもそのうちしずくが連れて帰ってきますよ。目を塞ぐものが無くなれば、そのうち気が付くでしょう。あなたの行動の色々が」
「……」
「分かりにくいのが悪いんですよ。俺は一々擁護しませんからね」
背中の純白が手をまわし、俺の頬をぐにぃぃと挟む。
「そんな事しても俺は何もしませんからね」
「ごめんなさい。私、あなたにひどい事を言ったわ。あなたは私を置いて逃げたわけじゃ無かった」
「間違ってなどいない。私はお前を見捨てて逃げた、それが事実だ」
「……そう」
まぁ、事実は事実なのだけど。黙り込んだ純真に、純白が言い募る。
「……そもそもあれはお前が破った約束の代価とやらなのだろう。私たちが巻き込まれるいわれは無いし、それが罰ならお前自身が受けなければならない」
「……それは、私が、死ねば良かったって言ってるの?」
「……悪事を働きそれを反省しているなら、黙ってその咎は受けるべきだと——」
ぱしんと、鋭い破裂音がする。
「あなたなんて大嫌い」
前を歩く彼女の、淡く長い髪が揺れる。もう一人の、生えた尻尾の先の蕾が揺れる。
土を踏む足音は二人分、少し遅れて一人分。俺の背中にはマシュマロのお姉さま。暗い森の中の小道の行程。
「……私は、間違った事は言っていない」
「そうですか」
「……私は悪くない」
「そうですか」
げしげしと腹の横を蹴られる。
「世界一偉い王とやらは、彼女の考えは理解できませんか?」
「……何を」
「無理に仲良くなれとは言いませんけど、近づきたいのなら自分から歩み寄ったらどうでしょ」
少し間があって、彼女が恐る恐る聞いてくる。
「君も……置いて行かれた事を、怒っているのか?」
「いいえ」
「……怒っては、いるのだな」
ちらと彼女の顔を振り向く。
「純真の体がいくらでも再生すると、あなたは事前に分かっていたようですが、だからと言って、彼女が虐げられるのを終わるまで黙って見ていようなんて思っていたのなら。俺は怒りますね」
ぎゅっと、腕に力が入る。
「わ、私はっ……」
声が震えている。
「まぁ怖くて動けなかっただけだと言うのなら、責めはしませんが」
きゅぅぅと、腕が締まっていく。彼女が、次の言葉を絞り出すまでには、時間が掛かった。
「……私は、君のように勇敢ではない……」
「俺は別に勇敢じゃないですけど」
黙り込む。やがて、腕は震えて、ぽたぽたと、肩に涙が落ちてくる。
「勇敢ではない……だが、彼女を助けに……彼女が傷つけられる前に、止めに入れなかった……止めに入らなかった自分が……ひどく、悔しい……」
振り向くと、純白は泣いていた。少し離れて前を行く彼女たちは、気づいていない。
「へー、そんな事を思っていたんですか。言われるまで全く気が付きませんでした。良くも悪くも純真無垢なあの子も、きっと気づいていないだろう事なので、彼女にもそれを教えてあげたらどうでしょう」
ぽかと、力なく叩かれる。
「……ぅぅ……ぐすっ……」
純真の前でも、こんくらい分かりやすくあればいいのに。
「自分の身が可愛かったので逃げた。済まなかったな」
おい言い方考えろばか。それを聞いた純真は、話もしたく無いというように顔を逸らす。……仕方ない、助け舟ぐらい出してやるよ。
「そう言えばお姉さま、綺麗好きでしたよね」
「……それが何だ」
「綺麗な純白の衣が、いつの間にか赤黒く染まっているようですが」
純真も今気づく、
「……いつ付いたの?」
「……お前を、運ぶ時に」
「……私を? 歩いたの? 私を抱えて、自分の足で」
「はやてが私を背負い、その私がお前を背負ったなどという、カメの子のような愉快な姿でも想像しているのか」
「……」
純真の険悪ゲージが下がっていく。
「そう言えばお姉さま、触れたものは泥に代えてしまうという厄介な体質を持っていたようですが、いつの間に克服したのでしょうね」
「……」
「まぁでも制御できるようになって良かったですね、なんせ純真には近づけない理由があって、お姉さまの方からも触れられない理由があって、もしお姉さまが純真に触れなかったら、それは純真を避けているのか、それとも純真を思って触れないようにしているのかいでっ」
「喋りすぎだ」
ちらと純真が見てくる。
「……治そうって練習してたのは、私の為だったの?」
「勘違いするな、別にお前の為では——」
「俺も雫も問題なく触れるんだから、お姉さまがそれを問題としているのなら純真に触れるためむぐっ」
「街に着いてあれこれ触れて侵食していれば迷惑だろう、それだけだ」
「ふぅん」
また沈黙が降りる。
「……済まなかったな。置いていって」
純真が、ゆっくりと答えた。
「……いえ、私も色々と心無いことを言ったから。……ごめんなさい」
うん、良い感じ。
「それじゃあ、仲直りの握手」
二人が見合う。
「今度こそ、出来ますよね?」
「……子供じゃあるまいし、握手など」
「出来ませんか」
「出来るが?」
お姉さまが純真に手を差し出した。
「ん」
その手を純真が眺める。きゅっと、確かに握り返した。
「……」
「……」
二人は見合ったまま……離れない。二人の手はぷるぷると震えている。
「握手はどれだけ力を込めて握れるかのゲームじゃないからなお前ら」
*
仲直りが出来て良かった。手遅れになる前に、時間切れが来る前に、仲直りが出来て良かった。
安堵して、彼の背中に頭を預ける。心地よい揺れが、彼の温かい体温が、私を甘い微睡みに誘っていく。
あぁ、いつまでも、こんな日々が続いたら——