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25.「答え」

「私を……きらりんの所に……」

「そんな余裕は無い!」


 雫を抱えて走り回る、軌道上に次々と黒点が浮かび、膨張し、破壊の後を残していく。もう壊すものなんて、俺たち以外に残ってはいないが。


「……きらりに近づいて何をする気だ!」

「きらりんを……止める……」

「どうやって!」

「うるさい……止めるのっ!!」

「うわっ! バカお前ぇ!!」


 雫が手から転げ落ち、そのまま駆けていく。


「攻撃に触れるな!!」

「当たらない!!」

「そんな訳ねーだろ!! さっさと下がれ!」

「私が避けるんじゃない、きらりんが外すの!」


 雫が前方に来た黒点を飛び躱す。


「ほら当たらない!!」

「避けてるじゃねーかお前が!!」


 雫につられ、俺も近づかなきゃならない、雫は修行の成果か、はたまた天性か、身のこなし鮮やかに全ての黒点を避けていく。


「バカ野郎!! 今すぐ離れろ!!!」


 そして至近距離まで近づいた雫は、あろう事か……きらりの体を、抱きしめた。それできらりは目を覚ます、なんて、御伽噺のように都合のいい事は怒らない。案の定、雫の体を、彼女から漏れ出る黒い霞が焦がしていく。


「“天癒の涙”! “天癒の涙”!」

「さっさと離れろ!!」

「うるさい!! “天癒の涙”! “天癒の涙”! “天癒の涙”!——」


 雫の体が焦げ、治り、光り、曇りを繰り返す。

 後ろから、純真もきらりを抱きしめる。桃色の煙と黒い霞は混じらず、破壊と再生が拮抗し、色濃く視界を埋めていく。何してんだあのバカどもは!!


「ァァァァアァァアアァァアアアアアアアアァアアアアアアアアアア!!!!!」


 黒い獣が、一際長く、高く叫んだ。それで黒い霞は萎んでいく、事は無い。むしろ際限なく噴き出し、勢いは増し続け、逆さの滝のように彼女から溢れ続ける。

 その間近に居た彼女たちは——


「……くそっ!!」

「は、はやて!!」

「お姉さまは動かないで!!」


 懐から飛槍を取り出し包帯を強引に解く、暴れる石に体が振り回され、バランスを崩すが……くそ!! 間に合え!!

 二人の位置は、きらりのすぐ間近にあった。

 向こうに優しく押しのけるほどの余裕は無く、だから、二人を助けるには、こちら側に引っ張るしか無かった。二人を魔術の範囲外に追いやるには、思い切り引っ張るしか無くて。

 蛇のように飛び回る白い包帯が、雫と純真の体を捉えた、そのままきらりから引きはがす。俺の体が彼女らと入れ替わり、きらりの近くに吸い込まれる。

 黒い影は、ちゃんと全てを目で捉えていたのだろう、範囲内に入った俺に、迷いなく狙いを定めて。


「“砕け散れ”」


 黒い霞の奔流が、俺の体を呑み込んだ。


「——」


 音は聞こえなくなった。光は見えなくなった。匂いは感じられなくなった、風は止まっていた。


 黒い霞が消えたなら、ただその背中だけが見えた。


「……え……アルト、さん……」

「ずっと……お前に掛ける言葉を、考えていた」


 禍津鬼の中でも強靭な人型禍津鬼、“魔人”の肉体だが、しかし魔術の破壊力はそれをゆうに上回る。彼の体は、まともにそれを浴びた彼はボロボロで、立ってる事が不思議なくらいで——


「オレは、かつては勇者だった……。魔王を倒し、世界を救った勇者だった……あの惨劇を、二度と繰り返してはいけない、そう思ったから、オレは魔王と、その芽を狩り続ける、勇者だった……」


 ボロボロの体でそれでも、彼は歩いていく。きらりの方へ、一歩ずつ。


「そして、オレは父親になった。……お前が生まれてから、最愛の妻との間にお前が生まれてから……オレは父親だった……何より代えがたい……お前だった……」


 ボロボロの体で、歩けるはずなんて無いのに、彼の足取りは揺らぎもしなかった。


「オレはずっと悩んでいた……父親と勇者の責務との間で揺れ……、お前を振り回し……ダメな父親だったと思う……勇者として、失格だったと思う……オレは半端に……何にもなれなかった……」


 一歩ずつ、ただ一歩ずつ。今の、きらりの目には何が映っているのか、彼女は止まっていた。


「考え続けて分からなかったから……答えを他人に縋った……正解が分からなかったから……他の人間に、託そうとした……何をするべきか分からなかったから……オレは、お前を……手放した……」


 ぽたり、ぽたりと滴が落ちる。


「けど……ちがうよなぁ……そうじゃねぇよ……父親として……勇者として……どっちかじゃねぇ……どっちもがオレなんだ……オレはようやく、答えを見つけた気がするんだ……」


 輝く雫が彼の体に落ちて、鈍間に、彼の体が少しずつ、戻っていこうとする……けれど。

 最後まで、治らなかった。

 彼はボロボロの体で、きらりの前に立った。


「きらり、さっき遺した言葉、少しだけ訂正するぞ。お前は好きな物を選べ。好きな物を見つけて、好きな事をしろ。自由でいい、お前を縛るものは何も無い。たとえお前がどんな選択をしたとしても、」


 大きな手をゆっくりと広げ、彼女を抱きしめる。


「オレが、責任を取ってやるからな」


 彼の体はボロボロと朽ちていき、そして。

 からんと、石が転がった。

 ただボロボロと涙を流しながら立ち尽くす、金色の少女だけが残った。

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